はじめに
実際にセッションをしたわけではないのですが、TRPGリプレイを小説に書き起こしたものをイメージして書いています。そのため 敢えて世界観にそぐわない、メタ的な表現をしている箇所やパロディネタも入れてあります。苦手な方はご注意下さい。
今回はボーイズラブ表現と取られてしまいそうなセリフ回しが 都合により多発するので、こちらも苦手な方はご注意下さい。
室内の光量を調整し、画面が暗くなりすぎないよう また 目を痛めるほど眩しくしないよう、明るさ調節をして下さい。
椅子に深く腰掛け、ヘッドレストを適切な位置に固定して下さい。
まもなく 上映を開始いたします。
⑤ ④ ③ ② ①
『MHKスペシャル 惑星セス――48億年の奇跡――』
※映像は観測中のもの、及び イメージCGを合成しています。
遥かな昔、我々人類は 約1.6光年離れたシュステマ・ソラーレと呼ばれる恒星系のハビタブルゾーンに位置するテルスという惑星にて誕生しました。現存する記録によると、我々の祖先は何らかの気候災害に対応することが出来ず、テルスを脱出したと伝えられています。
そうして辿り着いたのが、現在我々が暮らす 衛星メネを包括する恒星系 シュステマ・ネメシス、そのハビタブルゾーンに奇跡的に生まれた 惑星セスでした。今日は、その神秘なる惑星セスについてお話しましょう。
ご覧下さい、こちらの青き水を湛える美しい星が 惑星セスです。
我々の祖先が暮らしていた頃 大陸は幾つかに分かれていたのですが、長い年月の間に地殻の変動を繰り返し、現在の地表には大陸が一つに集合しています。
統合された超大陸は、我々の祖先により《パンゲニア》大陸と名付けられました。
《パンゲニア》大陸には、我々の祖先である旧世界人類が入植するよりも昔から生命が発生しており、生物がより高度に進化するのに適した環境も整っていました。優秀な旧世界人類は 彼らがかつて住んでいた惑星テルスの生物に近づくようゲノムを操作し、テルスのような人類の暮らしやすい環境へと改善していったのです。
しかし、住みよく豊かになり繁栄を極めた我々の祖先は、惑星テルスでの過ちの歴史を 再び辿ってしまいました。戦争です。
惑星テルスから持ち出してきた技術により、機械の獣を造り出しました。原生生物の品種改良をさらに進め、数多くの危険生物を放ちました。そして遂には、地上を焼き尽くす巨人兵器《アーカディウス》を生み出してしまったのです。
それからの歴史は、我々の良く識る通り。衛星メネを居住区として移住することに成功した私達は、惑星セスの永久的な安全が確認されるまで 避難所としての衛星メネで 生活していくのです。
さて、その後の惑星セスの様子を見てみましょう。
巨人兵器《アーカディウス》の暴走が終わり、一時的ではありますが 平和的でのどかな地上の様子が見られますね。
「平和でのどかって……現地の人、思いっきり機械獣に襲われてるじゃないの」
テルスの人類の末裔の中でも取り分け優れた者、それが我々 衛星メネに暮らす先進人類なのですが、我々先進人類と また違った祖先を持つ知的生命体が 現在の《パンゲニア》大陸には数多く生息しています。
まずはこちら。立ち上がった肉食獣のような姿をしているのが、『嵐の民』と地上で呼ばれている種族です。地上の人型知的生命体の呼称は旧世界人類が暫定的に呼んでいたものが現地で定着し、そのまま現在も使われています。
「古代の子供向けアニメによく出てくるキャラクターっぽいね。彼らがモデルだったりするのかな」
『嵐の民』は見た目通り獣の身体能力を持ち、原始的な狩猟を生業としている事が多いようです。知能はそれほど高くはないと思われます。
対照的に地上で生まれた生命体の中では知能が高く、精神面での進化が頭ひとつ抜けているのが、こちらの『夜の民』です。鳥類を思わせる姿をしていますね。
「羽毛恐竜の人型進化形にも見えるねぇ」
ただ、知能が高いといってもあくまで《パンゲニア》大陸内での話であり、彼らの文化は非常に原始的なものです。祖霊、精霊のような理屈の通らないものを信仰し、呪術儀式などの非科学的な風習が今でも根強く残っています。故に彼らは性質も保守的かつ排他的です。
知能面で『嵐の民』と対照的な『夜の民』。性格面で『夜の民』と対照なのが『雨の民』という、その名の通り雨季や水辺を好む爬虫類種族です。
「大昔の都市伝説にあった レプティリアンだ! マールス星人じゃないけど」
彼らは我々の知る爬虫類とは性質が大きく異なり、陽気で好奇心が旺盛です。調査のため 有人偵察船【ジェノベーゼ号】が惑星セスを訪れ 『雨の民』と接触した際、独特の唄と踊りで歓迎されたとの記録が残されています。
そして 最後まで自力進化の兆しが見えず、旧世界人類が少々手を貸した上で知的生命体まで漕ぎ着けた種族が『雹の民』です。『雹の民』は甲虫をベースとし、身体は頑強でありながら寿命が短く 生命のサイクルが早いため、少しゲノムを修正するだけで 優秀な隷属家畜へと成長を遂げました。
「テントウムシの子、可愛いねぇ。ヤパネーゼほどじゃないけど、愛玩奴隷にしたら 人気出そう」
飼い主である我々の祖先が衛星メネへと避難した後、地上にて生き残った『雹の民』は野生化し、様々な環境に適応して《パンゲニア》大陸内で 最も生息数の多い知的生命体となりました。
これらが《惑星セス》独自の知的生命体ですが、実はこの他にも 我々によく似た姿の種族が《パンゲニア》大陸には存在します。
それが『陽の民』。一説には《大破滅》を生き延びた旧世界人類の子孫ではないか とも言われていますが、真偽は定かではありません。
「……生き延びられるはずないってーの。大方、あとから追いついてきたテルスの末裔でしょ。……いっや、モデル酷いなー。もうちょっと可愛い子、いなかったの?」
『陽の民』と 我々メネの民との大きな違いは『繁殖力』です。彼らは早ければ生年十二程で子を為すことができ、それも毎年のように産む者もあるといいます。その分 我々より寿命も短く 老化も早いので、羨むようなものとは違います。
「まるで畜生だね。せっかく産まれた子供も、粗末にしてるんじゃないのかねぇ」
何より驚くべきは、彼ら『陽の民』は他種族とも混血が可能です。信じられないことに男性に至っては、すべての種族と子を為せるというのです。
「ぶふっ!? 嘘でしょ、身体構造以前に 性癖が化け物じゃないか」
そうして生まれたのが『陽の民』に対して『陰の民』です。一代雑種と思いきや、彼らも 相手は選ぶものの子を残すことが出来るのだとか。地上の民の生殖への執念には驚くばかりですね。
番った相手により、また両親の遺伝子の強さにより『陰の民』の姿は多様な変化を見せます。年月が経てば《パンゲニア》大陸の住民の多くを占めるようになるのではないでしょうか。
続いては――――……プツン。
「あああっ‼ テンプラ君、何で消しちゃうの!? ぼく、寝ないで真面目に観てたでしょ!?」
「MHKの番組はバイアスが酷くて情報も偏ってますもん。それに おれが今さっき編集終わった動画の方が、情報も新しいし迫力ありますよ? こっち観ましょう」
「はいはい、あなたは特別です。我々はハナから凡夫です」
「全てがおれのお陰なワケないって言いたいんですか? 洒落臭い」
「あのさぁ? 何度も言うけど ぼく、君の上司なんだけどね?」
**
カシワ血族 人工知能搭載機械獣 研究製造所、改め アゲ門 思考記録継承管理 及び 保管研究倉庫にて。
穏やかそうな小太りの初老男性と、成人前後と思われる年頃の明るい茶の髪色をした青年が 映像記録視聴専用の大きなモニター前に掛けている。人形を入れて白衣のポケットを膨らませている 初老男性の方がこの施設の所長、サツマ氏である。時間が出来たら観ようと前々から楽しみにしていた【MHKスペシャル シリーズ『星と生命』コンプリート配信】の上映を 断りもなく停止してしまったのは、一番弟子とも右腕とも言える 助手のテンプラだ。
前任者であったカシワ血族代表 ラクガン氏の残した、巨大兵器《アーカディウス》のメネの民による制御計画。それを引き継いで計画の実行に移すよう、衛星メネの支配階級であるヨーガ氏族に直々に指名を賜ったのが、アゲ門一派代表 サツマ氏だった。彼自身は人当たりの良さ以外に突出したものはないのだが、サツマ氏を慕い 付き従うのは皆、扱いに難はあれど 優れた研究者たちであった。
サツマ氏としては別段 敵視も特別視もしていなかったのだが、部下であるテンプラが やたらめったらカシワ血族に対抗心を燃やしている。
表向きの研究のベクトルも違うし、特に嫌がらせを受けた記憶はない。それほど関わりがあったわけでもないのに 何故、テンプラはそんなにもカシワ血族を目の敵にしているのだろうか。
「本当、テンプラ君は困った子だよねぇ。ゴザル丸ちゃんもそう思うでしょ?”サツマを困らせるとは捨て置けぬでゴザル! 成敗してくれようぞ”。やっぱり、ぼくの味方はゴザル丸ちゃんだけだよぅ」
親子ほども年の離れた上司に対して、それこそ実の父親にするように テンプラの態度は遠慮も容赦もない。
「食らえ、闇討ちでゴザル!」
「うわ!? 止めてよ テンプラ君! ゴザル丸人形の生産、終了してるんだから 壊れたらもう 修理できないんだよ!?」
サツマ氏が白衣のポケットに入れて持ち歩き、可愛がっている若武者人形の額を指で軽く弾くと、テンプラは先刻 入力切替をしたモニターに自身の端末を接続した。テンプラの左の手の甲に埋め込まれている菱形の人工翠玉が 翠から紅に色を変え、接続が安定すると青色に落ち着く。
「所長は上司だからちゃんと報告しておきますけど、メンチくんとカラさんにはまだ内密にお願いしますよ?」
「……《アーカディウス》、勝手に動かして駄目にしちゃった事?」
「あっ…………ハイ、それもですけど。……言ってませんよね?」
「言えるワケないでしょ! ”テンプラ君ばっかり贔屓するから”って、二人ともブチ切れるもの。ただでさえ上司の責任だなんだって上から怒られてるのに、何で部下にまでボロクソ言われなきゃならないのよ」
他の助手たちも助手たちでテンプラに言えないような悪戯を存分にやらかしてくれているのだが、サツマ氏の口は固く、それぞれに『二人だけの秘密』でいっぱいだ。彼らからの信頼は血縁よりも篤い。
「まあ、一番優秀な部下を贔屓するのは、人間 仕方ないですよね」当然とばかりに言い放つテンプラに、他の二人も自らを最も優秀であると評しているなどと 口が裂けても言えようか。ぼくに比べたらみんな、最強で究極で無敵の才人なんだけどね。サツマ氏は胸の内に苦笑した。
「《アーカディウス》を動かした時、《充電体》のメガロも放流してたじゃないですか。その、メガロの方の活動記録が上手い具合に編集できたんですよ。それ観て感激してひれ伏して時給三倍にして下さい」
「時給三倍は ぼくの権限じゃ無理だから」
「タイトルコールは飛ばしますね」だったら何で入れたのか とは思いはしたものの、黙ったままサツマ氏はモニターの動画を注視する。確かに 先程 観ていたMHKスペシャルより観察対象に肉薄した映像が撮れている。MHKスペシャルにも映っていた『嵐の民』らしき現地民の姿も確認できたが、ナレーターが言うほど狩猟の技術は原始的ではなかった。
「ふむ。上層部が言ってるほど、文明が遅れてるわけじゃないみたいだね」
「おれもそう思ってます。何せ、ミツマメ氏が生前に地上との接触を試みていましたからね。……お、もうすぐですよ」
「もうすぐ? 何が…………あ、あああ‼」
モニターに映ったモノに、目を釘付けにされたまま サツマ氏は立ち上がる。
予想通り、期待通りの反応に 満足そうにテンプラもニヤリと笑う。
「どうです? 所長、ボーナス五倍にしたくなったでしょう」
「すごいよ! さすがだよ、テンプラ君‼」
スタンディングオベーションで今にも「ブラーヴォ!」とか叫びだしそうなサツマ氏に、ニヤニヤしつつもテンプラは人差し指を口元に当てている。
「おっと、ごめんよ。内密に、だったね。……それで?」
上層部にも研究仲間にも通さず進めようとしている、テンプラの意図を訊ねる。どんなおねだりをするつもりなのか、と。
「今まで手を出して来なかった、地上への干渉計画に着手させて下さい。手土産に、新しい若武者人形でも 拾ってきましょうか」
「それは是非ともお願いしたいね! うわぁ、嬉しいなぁ」
満面の笑みを浮かべるサツマ氏の様子に、テンプラは小さくガッツポーズを決める。
許可も取れた。これで 地上に 手が出せる。
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あれからすぐに、とは いかなかった。
念入りに準備を整え、下調べも万全に行うだけで五年も経ってしまった。
周りをうまく誤魔化し、失敗作を廃棄するとの名目で 惑星セスへの調査船に乗り込む。だが、地上へ放つのは 失敗作なんかじゃない。
「頼んだぞ、もう一人の『おれ』。良い収穫を 待ってるからな」
誰にも聞かれないように呟き、テンプラは《卵》を投げた。
さあ、研究室に戻ったら 早速、リモート開始だ。