第7話:残念だけど、おれは絶対あきらめない。
1年7組―――。
「明日から夏休みに入る」
「知ってまーす!」
須藤は、一学期最後のホームルームで、すっかり高校生活に馴染んだ生徒を前に言った。水泳部員は、今日から三日間に渡って、インターハイ予選の試合で、学校を欠席している。
「わかっていると思うが、常に節度ある行動を心がけるように。宿題も遊びも、思いきり楽しめ。部活や試合があるやつは、がんばれよ。以上だ」
「はーい」
そう言って須藤は、教室を出ていった。生徒たちは、一斉にスクールカバンを肩にかけ、須藤のあとに流れていく。
「なあ! 7組のみんなで明後日の花火大会、行かねーか⁉︎」
亮太は、ダムの放出をせき止めるかのように、みなを振り向かせた。
「来れるやつは、夜7時に、星ヶ丘の河川敷に集合な! 女子は浴衣着てくるように!」
亮太は、お得意の企画力で話を進めた。
「ナイスアイディア、亮太!」
「浴衣はわかんないけど、いくわ!」
「わたしも〜」
「おれも行く! じゃ、現地でな、亮太!」
「おう、じゃあな〜」
一波さったところで、亮太は、意識の帆をみさきに向けた。
「みさきも来るだろ?」
「あ、うん、たぶん行けると思う」
「たぶん?」
眉をくねらせた亮太に、みさきの細胞がキュッと縮んで反応した。そして、慌ててりさに耳打ちをする。
(明後日の結城くんの試合、さすがに夜7時までには、終わってるよね)
(閉会式があるけど、夕方には終わるって言ってたよ)
りさは、小さなため息混じりの声で返した。
「なんか、その日、予定でもあんのか?」
「あ、大丈夫! 行く! 行ける!」
「そうこなくちゃな!」
亮太は、顔全体の皮膚を横に伸ばし、たくさんの歯を見せて言った。みさきは、肩の力が抜けて、安堵の表情を見せる。
「あと、おれたち、これから都内に映画を観に行くけど、みさきも来ねーか?」
「う〜ん、今日はやめとくよ。お母さんが、またうるさいから」
「そうか。じゃあ、また今度な」
「うん。ありがとね、誘ってくれて」
そう言ってみさきは、カバンを肩にかける。
「ねえ、斉藤さん! 田辺くん経由で、花火大会、結城くんも誘ってよ。連絡つくでしょ?」
みさきが亮太に集中している間、三、四人の女子が、りさを取り囲んでいた。
「・・・一応、伝えるけど、来るかどうかは知らないわよ」
「やった! ありがと! 頼んだわよ!」
そう言って女子たちは、お花畑を歩くようにして教室をあとにした。その様子が目に入ったみさきは、思わずゴクッと唾をのみ込んだ。
(さすが結城くん。学校休んでも、放っておかれないのね・・・)
同日・インターハイ予選会場―――。
「海斗、また自己ベスト更新じゃん!」
「うん。潤も、いいタイム出してたな」
「ああ。やっぱ、海斗に教えてもらったスタートがよかったぜ!」
7組のホームルームが終わるころ、水泳部は一日目の試合が終了し、混雑する更衣室で、帰りの身支度をしていた。
「おい、星ヶ丘! 着替えたら一階のロビーに集合!」
「うっす!」
三浦は、更衣室の天井に向かって声を上げ、部員も天井に向かって返事をする。そして、海斗たちは、息ができないところから脱出するように、勢いよく廊下に出た。
ピチャン―――。
「海斗、約束、覚えてる?」
セレインは、海斗のポロシャツの胸元から話しかけた。
「覚えてるよ。ロッカーでちゃんとおとなしくしてたら、帰りにショッピングモールに連れていくってやつだろ?」
海斗は、ロビーに向かう廊下で、周囲に注意しながら答えた。
「きゃはっ! 人間の服!」
そう言ってセレインは、海斗のからだを泳ぎはじめた。ポロシャツが突起を出して暴れる。
「バカ、やめろ。まだ動くな!」
そう言って海斗は、モグラたたきのようにして、手のひらでその突起を追いかける。そして、平らになったところで、ロビーの角に集まっている部員の輪の中に、自分を押し込んだ。
「じゃあ、みんな。明日の予定を伝える。それぞれ、個人種目の予定を確認して、各自余裕を持って会場入りすること。リレーの予選がはじまるにあたって、茂木とおれ、田辺に結城は、朝7時半に集合してウォームアップを開始する。おれからは以上だ」
そう言って三浦は、茂木に視線を移した。
「もう一度言う。この予選は、あくまでも通過点。インターハイ本番でメダルを獲ることが、おれたちの目標であることを忘れるな。だが、どんなときも、やることはひとつ。明日も、自分の最高のパフォーマンスとともに、試合を思いきり楽しめ。いいな」
「はい!」
部員たちは、茂木の高校最後の試合に向けた言葉を胸に刻み、その場を解散した。
「やっぱ、茂木先輩は熱いぜ。海斗、絶対、リレーで茂木先輩たちをインターハイに連れていこうな!」
「うん。トップの背泳ぎは任せた、潤」
「おう! おれも、おまえにアンカーの自由形、任せたぞ!」
そう言って田辺は、海斗とこぶしを突き出して、ガチッと合わせた。
海斗は、田辺と会場の最寄り駅で別れると、そそくさと電車を乗り継ぎ、最短のルートでショッピングモールに向かった。信号が青になると、四方八方から、人がアリのように湧き出てくる交差点を渡り、入り口に一番近いエレベーターで、レディースのフロアへ直行する。
ピチャン―――。
セレインは、エレベーターの中で、ゲートが開くのを待ちきれない馬のように、海斗の胸元でスタンバイした。海斗は、乗り合わせた人と、防犯カメラから死角になる隅っこで、壁と向かい合い、セレインの頭を押さえる。
浮いた内臓が戻ってきたように、エレベーターが止まった。
「海斗! これがいい!」
セレインは、エレベーターの扉が開いて、最初に飛び込んできたマネキンを指さした。
「わかった」
即答した海斗は、店員の視線が自分に刺さる前に、マネキンと同じ服を手に取り、風のごとく試着室へ向かった。海斗が、バタンと個室の扉を閉めるやいなや、セレインは等身大で姿を現した。
「ここから頭を通すんだ。おれはすぐそこで待ってるから、着たら出てこい」
「はーい」
そう言って海斗は、スピーディーに個室から出て、ショップのフロアに戻る。
「海斗、見てーっ!」
扉を開けて出てきたセレインは、下半身を人間仕様にして、落ち着いた黄色のワンピースにピッタリおさまっていた。両肩を出し、薄い生地のフリルがふわりと胸をおおっている。腰の高い位置からひざまで広がるスカートは、やわらかくセレインの太ももを包んでいた。
「よし。じゃ、服は決まりな。あと、これ」
海斗は、待っている間、マネキンの足元にあったサンダルを確保していた。それは、目の粗い麻が、繊維をむき出しにして編まれている。
「それ、なに?」
「・・・・・・」
海斗は、無言でセレインを椅子に座らせ、彼女の足をサンダルに滑り込ませた。つやのあるプラチナの赤髪と、澄んだ青い瞳を持ったセレインの美貌、さらに、その前でひざまずく海斗の隙のない所作で、徐々に周りの注目が集まってきた。
「お、お客様、サイズはいかがですか?」
店員のうわずった声が聞こえ、海斗は顔を上げた。
「この服と、靴を買います」
「きゃはっ!」
海斗が立ち上がると、セレインはサンダルでフロアを踏み締め、海斗の腕に抱きついた。店員は、美男美女の並びに吸い込まれ、しばし仕事を忘れて見入ってしまう。
「ありがとうございました〜」
ふたりは、横一列に整列したショップのスタッフに見送られ、エレベーターに舞い戻っていった。それは、ショッピングモールに入ってから、わずか十五分後のことだった。
「セレイン、家に着くまで、絶対、おれから離れるな」
「はーい」
ふたりは、モールから出て、交差点で信号が変わるのを待つ。セレインは、喜びが湧き水のようにあふれだし、終始、猫のように、海斗の腕に顔をこすりつけていた。
信号が青に変わる。その交差点は、まるでシマウマに好きな絵の具を塗り広げるように、歩行者で埋め尽くされた。海斗は、まるで、黄色いカーテンを片手で閉めるように、はしゃぐセレインを先導する。
「え、結城?」
「へ?」
海斗は、だれかとすれ違いざまに、名前を呼ばれた。交差点の真ん中で立ち止まって振り返ると、顔のすべてのパーツを大きく開けて、セレインを見つめる亮太の姿があった。海斗の腕にしがみついていたセレインは、遠心力で花びらが舞うように、亮太にからだを向ける。
「おまえ、今日、試合だったんじゃ・・・」
「うん。試合は終わった。いまから帰るとこ。じゃあ」
淡白に答えた海斗は、再び、残りの交差点を歩きはじめる。
「ま、待てよ!」
「・・・?」
海斗が、横顔だけで亮太を見ると、今度は、目が吊り上がり、いまにも突進しようとするイノシシのような体勢になっている。
「おまえ、彼女いたのかよ!」
「は? 彼女?」
海斗は、眉をくねらせて答えた。
「ごまかすんじゃねー! てめぇ、彼女がいるのに、みさきにちょっかい出してたのか⁉︎」
「はぁ?」
海斗の顔が険しくなった。そして、怒りに似たものが、心の隅で燃えているのを感じた。
「ほらみろ! 図星かよ!」
亮太は、勢いよく走り込み、海斗のポロシャツの胸元をよくねじり上げた。その瞬間、セレインの目が刃物のように尖り、無数の小さな水玉を出して、亮太の背中に狙いを定める。
「やめろ、セレイン。おれは大丈夫だ」
海斗は、胸元で震える亮太の手をよそに、セレインを自分の背後にしまい込む。
「なにが大丈夫だ! ちゃんと答えろ!」
亮太は、噴き出した怒りを、血走った目とともにぶちまけた。
「あれ? 亮太は?」
先に、交差点の向こう岸に着いた7組の男子は、亮太がいないことに気がついた。
「なんだよ、この歳で、はぐれるとかある?」
「いや、ないだろ」
「ったく、なにやってんだ?」
そう言って連れたちは、キツネにつままれたように立ち尽くした。
「あのさ、どう思ってもらっても構わないけど、おれ、明日、明後日も試合だから、早く帰って休みたいんだけど」
海斗は、亮太に胸ぐらをつかまれたまま言った。
「ふざけんなよ! それ、みさきにも言えんのか⁉︎」
「・・・!」
海斗は、胸を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。そして、気がつくと、自分でもわからない、込み上げてくるイラ立ちを断ち切るかのように、亮太の手首をつかみ、胸元から引っぱがしていた。
「てめ・・・っ!」
亮太は、あとを引く手首の痛みと、躊躇なく引き金を引くような眼光を当ててくるセレインに、戦意を喪失した小動物のようになった。
信号の点滅で、中央の三人を残し、人の波が引いていく。
「どういうつもりか知らないけど、おれは、おまえになにか言われる筋合いはない」
そう言って海斗は、セレインの肩に手をまわし、無理やりその場の幕を下ろすようにして、去って行った。
「くそ・・・っ!」
亮太は、うしろ髪を引かれながら、ゆっくり動きはじめる車と競争するように、連れたちが待つ岸へ走って行った。
海斗の自宅―――。
「はぁ・・・。やっと家に着いた」
そう言って海斗は、リビングのソファに倒れ込んだ。セレインは、片足で回転しながらスカートをやわらかく広げ、黄色い花びらを舞い散らすように踊る。
「海斗、すごく怒ってた」
セレインは動きを止め、うつ伏せになる海斗の横顔を、ソファの背もたれからのぞき込んで言った。
「うん。なんか、腹立った」
「ふ〜ん。なんで?」
「なんとなく・・・みさきには、おまえのこと、誤解されたくないって思った」
セレインの瞳が、スッと冷ややかになる。
「海斗、そろそろ、あきらめた方がいい」
「なにを?」
「毎晩、過去に連れていってるけど、まだミシェルを助けようとしてる」
「あたりまえだろ。おれを大切に思ってくれる人を、目の前で死なせてたまるもんか。残念だけど、おれは、絶対あきらめない」
そう言って海斗は、セレインから顔を背ける。
「海斗、ミシェルが死ぬところを見たくないって言ってるのに、結局、毎日見てることになってるの、わかってる?」
「・・・・・・そうだな。おれの無力を痛感してるよ」
「だったら、さっさと、ひとりで助かればいい。そしたら、わたしもちゃんとした人魚に戻れて、みさきに誤解される要素もなくなる」
海斗の視線の先に、セレインの凍った瞳が、真っ暗なテレビのスクリーンに映っていた。
「海斗、ミシェルと自分をロープでつないだり、折れたマストに固定したり、最後の最後まで船に残ったり、無駄なことばっかりしてる。もう、四十回目」
「・・・・・・」
「昨日、ミシェルは、飛んで来た木の破片で心臓をひと突きにされた。一昨日は、海に落ちた時点で、からだの骨が砕けてた。その前は―――」
「やめろ!」
海斗は、顔をしわくちゃにして叫んだ。ミシェルの血で真っ赤に染まる海流と、人の原形を失った彼女の残像が、海斗の肺を破裂させそうなくらい圧迫する。
「やめない。このままだと、海斗が壊れる。かなりまいってるの、わからない?」
直後、海斗は、ソファから飛び起き、口を押さえてキッチンの流し台に走った。セレインは、蛇口から勢いよく流れる水の向こう側で、海斗の嘔吐する姿を見つめる。
「はぁっ、はぁっ・・・っ! やっぱり、おまえは自分のことしか考えないんだな。わかってないのは、おまえの方だ! おれは、ちゃんと切り替えることができてる! 普段の学校生活も、今回の試合にも、なんの影響もないだろ!」
そう言って海斗は、口元を袖で乱暴にぬぐい、セレインをにらんだ。
「それは錯覚。海斗は、自分の感情をマヒさせているだけ。もし、イレギュラーなことが起こったら―――」
「ふん、イレギュラー? 普段から、そのイレギュラーに対応できるようにトレーニングしてるんだ。おれをなめるな」
そう言い放った海斗は、ポロシャツを脱ぎながら廊下を歩いていった。そして、セレインを締め出すように、浴室の扉をピシャッと閉めた。
「・・・・・・」
セレインは、まぶたを半分落とし、サメのような光が宿らない瞳で、だれもいなくなった廊下を見つめた。そして、室内に響きはじめたシャワーの音を、ただ、耳に通過させていた。
次の日・インターハイ予選会場―――。
「結城、頼んだぞ! アンカー!」
「海斗! ぶっちぎれーっ!」
海斗は、第3泳者の茂木が壁に向かってひと伸びするとともに、スタート台を蹴った。これ以上にない継泳のタイミングに加え、高速で水面に上がってきたイルカが、勢いよく水の中に戻っていくように、スピードが乗った飛び込みを見せる。
「おぉ!」
「結城 海斗! 中学のチャンピオン!」
「はえーっ! やっぱケタ違いだな!」
選手と保護者があふれる土曜日の観覧席から、割れるような歓声が上がる。海斗の、水の抵抗を一切感じさせない、美しいフォームと、光の矢のようなスピードは、会場全体を瞬時に沸かせた。折り返しのターンから水面に浮上した海斗は、他校を寄せ付けない泳ぎで、ますます差を広げていく。
「結城! いいぞ! ラストスパート!」
「そのままいけーっ! 海斗!」
田辺と三浦は、ゴールの壁に近づいてくる海斗に声援を送る。茂木は、腰に手を当て、消耗した体力を回復させながら、海斗の泳ぎを見つめていた。
海斗の右手が壁に触れた―――。
「星ヶ丘高等学校、3分39秒52」
「よっしゃー! 余裕で予選一位、決勝進出だ!」
海斗は、柳のようにコースロープにもたれ、乱れた息を整える。斜め上から伸びてきた田辺の手にハイタッチをし、続いて、三浦と茂木の手のひらにも応えた。
「や、やべーな、すでに本戦レベル・・・っ!」
「今年の星ヶ丘、速いな」
「トップバッターの田辺がつくった差を、結城が倍近く広げてたぞ」
「こりゃ、インハイでもメダル確定だな」
観客は、星ヶ丘の圧倒的な強さを肌で感じ、熱気に満ちた声は、どよめきに変わっていた。
「茂木、どう思った?」
「そうだな。あと、タイムを2秒縮めるとしたら、なにができる?」
三浦と茂木は、海斗と田辺と肩を並べ、プールサイドから退場しながら話す。
「あと、2秒っすか・・・?」
田辺は、目を泳がせ、ぼんやりと思考をめぐらせた。
「ま、そのとおりだな。いまのタイムじゃ、本戦でメダルは獲得できても、一番いい色じゃなさそうだ。結城はどう思う?」
三浦は、茂木の考えをクリアにして、海斗に投げた。
「正直、三浦先輩と、茂木先輩のバトンタッチのタイミングがまずかった。少し安全圏での飛び込みになってたから、そこを改善すると、1秒は縮む」
「か、海斗・・・っ!」
田辺は、海斗の忖度なしの発言に、毛穴が開く。
「ご明察。おれたち、蛙でも、蝶でもなく、チキンになってたのがバレてるぞ、茂木」
「ふん、上等だ。他には?」
三浦と茂木は、堂々と歩きながら、海斗の意見を受け入れた。田辺は、遅れをとるように、三人のあとをついていく。
「あとの1秒は、おれと潤が、すべてにおいて磨きをかければ、いけると思います」
「田辺、結城がそう言ってるけど、どうだ?」
「あ、はい。えっと、じゃあ、おれは、後半の伸びを意識して泳ぎます」
「よし、明日はそれでいく。しっかりコンディションを整えておけ」
「はい」
そう言って、茂木と三浦は、ロッカーの方に去っていった。
「海斗、茂木先輩に向かって、よく言ったな」
「茂木先輩の目指すところがわかりやすいから、意見しやすい」
「ほんと、おまえのメンタルの強さにはかなわねーわ」
海斗と田辺は、星ヶ丘高校の部員が集まる観覧席に戻りながら話す。
「それよりも、明日は、りさとみさきちゃんが観に来てくれるな!」
田辺は、口を顔いっぱいに広げ、目を輝かせながら言った。
「うん」
「びっくりさせてやろうぜ、おれたちの泳ぎで!」
海斗は口角を上げて、小さくうなずいた。
その夜・みさきの自宅―――。
(・・・・・・)
みさきは、スマホとにらめっこしながら、自室のベッドの上に腰かけていた。画面には、先日加わったグループチャットが開かれている。
『結城くん、田辺くん! 明日、がんばってね! 全力で応援します! みさき』
そう入力したみさきは、送信ボタンに人差し指をかけたまま、時が止まっていた。そして、ふうっと緊張を溶かすように息を吐き出し、指を画面に接触させる。そのまま紙飛行機が飛んでいく様子を見届け、送信完了の表示になると同時に、ベッドに仰向けになった。
(ふぅ・・・送っちゃった。これ・・・、もし、結城くんに直接メッセージしたかったら、できちゃうんだよね)
みさきは、鼓動の高鳴りを感じながら、天井を見つめる。
ピコン!
(ひぇっ! 返信・・・っ⁉︎)
みさきの首筋に、ピリッと電気が走って頭上を突き抜けた。そして、ゆっくりスマホの画面を目の前にかざす。
『みさきちゃん、ありがとう! おれたちの泳ぎ、楽しみにしといて!』
(田辺くんか・・・)
スポッ!
『ありがと、みさき。がんばる』
(わ・・・っ! 結城くんだ!)
みさきの心臓がわさわさと騒いだ。
スポッ!
(ん? スタンプ・・・?)
次に、その心臓は小槌で打たれたようにトクンと反応し、その波紋を全身に広げた。
(なんか頭でっかちのプニプニした物体が、ビシッと敬礼してる。こんなの使うんだ・・・。って、ちょっと! やっぱ、結城くんって、めちゃくちゃかわいいじゃないっ!)
みさきは、思わずスマホを抱きしめ、折り紙をクシャクシャにしたように、からだを縮こませた。
(そう・・・だれもが認める容姿に、勉強もできて、スポーツ万能。そして、すごくやさしいときた。でも・・・なんか、もう一歩、深いところの結城くんは、まだ見られてない気がするんだよね)
みさきは、たたんでいたからだを、ベッドの縁から手足がはみ出るほど広げなおした。
(もっと・・・知りたいな。明日の花火大会、誘ってみようかな・・・。来てくれるかな)
そうして、みさきのまぶたは、プリンのようにとろんとした目を、ゆっくりと包んでいった。




