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第4話:なんで、わたしばかりこんな目に。

 次の日・早朝―――。


「あ〜、からだ痛い・・・」


 海斗は、リビングのソファで目覚めた。きしむからだにムチ打って起き上がり、目をこすりながら、自分の部屋に制服を取りに行った。


「・・・いない」


 そこにセレインの姿はなく、シワくちゃになったスウェットだけが、ベッドに放置されていた。海斗は、クローゼットを開け、ポロシャツを着る前に、胸のあたりの皮膚をさすってみる。



 ピチャン―――。



「やっほ!」


 セレインの声が聞こえた。


「うわっ!」


 クローゼットの鏡に、手のひらサイズで肩の上に乗った人魚が映っている。セレインは、そのまま海斗の腕に飛び移り、血液の中を泳ぐかのように、前触れなく手の甲から顔を出した。さらに、わき腹に飛び込んで、まるで曲芸をするように、広い胸板で飛び出しては回転し、頭からつま先まで何往復もしている。そして、ちょうど、おでこのあたりで動きが止まり、鏡越しに目が合った。


「おまえ、なんでもありだな。ちょっとうらやましい」

「きゃはっ! 海斗が寝てから、いろいろ試してた!」

「余計なことしてないだろうな」

「してない! だって、もう海斗の巣は、わたしの巣!」

「・・・・・・」


 海斗は、ハンガーからポロシャツを引っ張り、頭上にいるセレインに構うことなく、頭と腕を通した。


「なあ、いまから学校に行くけど、くれぐれも出てくるなよ。ずっとおれの中にいるのは問題ないんだろ?」

「そうだけど、つまんなーい」


 セレインは、海斗の肩に移動して答えた。がっちりした肩は座りやすい。


「冗談じゃない。おまえの姿、他の人に見られたら、めんどくさいにも程がある」

「え〜」

「あと、帰ってきたら、話の続き、するからな」

「・・・・・・」


 セレインは、ふてくされるようにして、海斗の中に戻っていった。そして、海斗は、マンションのエントランスで降り続く雨を眺め、一瞬迷いながらも傘を広げて駅に向かうのだった。



 朝7時・星ヶ丘高等学校・温水プール―――。


「おいっす、海斗」

「おっす、潤」


 海斗と田辺は、部員が集まりはじめたプールサイドを歩く。


「なんだよ、海斗。まだ泳いでないのに疲れた顔してるぞ」

「うん。ちょっと寝不足」

「めずらしいな。どこでも寝れるおまえが」

「ああ・・・」

(人魚に振りまわされてた・・・なんて言っても信じないだろうな)


 ピ――――――ッ。


「集合!」


 三浦が、甲高い笛の音を鳴り響かせ、主将の茂木のところに集合をかけた。タオルを首にかけ、腕を組んで立っている茂木は、まるで仁王像のような眼力で部員を見据える。


「来月、インターハイの地方予選がある。おれたちは、個人はもちろん、リレーの種目で本戦に出場し、メダルを獲ることを目指す! リレーのメンバーは期末テストのあとに発表する。それまでは自分のスキルを伸ばすことに集中しろ! いいな!」

「うっす!」


 茂木は、太い張りのある声で、部員を引き締めた。


「よーし! 一年、スタートにつけ!」


 三浦の号令で、男子六人がスタート台に上った。田辺は、中央で海斗と並ぶ。


「海斗、目標タイムは?」

「23秒台」


 即答した海斗は、手足を振ってゆるめながら、射るような鋭い目に切り替わる。


「ひえ〜、オーラ半端ねーな」


 そう言って田辺も、真剣な眼差しになり、身をかがめて飛び込みの体勢をとった。


「50メートル、自由形! よーい!」


 ピ――――――ッ。


 一斉に、六人が宙を舞う。


「え・・・っ!」


 水の中に入ったと思ったら、海斗が向こうサイドの壁にタッチしていた。


「さっ! 3秒42⁉︎」

「はぁ⁉︎」

「うそだろ?」


 プールサイドにいた部員たちは、毛穴を全開にして海斗に視線を送る。海斗は、あとから追いついてくる水の勢いに埋もれながら、金縛りにあったように固まっていた。


「田辺、25秒08!」

「おぉ、すげーっ!」


 その瞬間、視線の呪縛から解かれたように、海斗のからだが動く。


「はぁ! はぁ! はぁ!」


 田辺が、水面から顔を上げると、海斗の姿は消えていた。


「でも、結城のあれ、なんだったんだ?」

「23秒・・・の間違いだろ?」

「そう・・・なのか?」



 更衣室・男子トイレ―――。


 海斗は、倒れ込むように個室に入って鍵を閉めた。壁に左手をつき、胃液の波が押し寄せる嘔吐感と戦う。のど元から、われ先に出ようとするかたまりが、鼻まで上がったすっぱい匂いとともに吐き出された。


「オエッ、ゴホッ・・・!」


 すぐに、痙攣した腹から第二波が押し寄せ、有無を言わさず胃の中が空っぽになる。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」



 ピチャン―――。



「きゃっ! なんか産卵みたい!」

「ほんとに・・・、おれのからだじゃないんだな・・・っ!」


 そう言って海斗は、大粒の汗をボタボタと床に落とした。そして、息が乱れたまま、肩から顔を出したセレインに、矢のような尖った視線を向ける。


「さっきの水、やだー。変な匂いしたー」


 セレインは、激しく上下する海斗の肩につかまって、波乗りをするように言った。


「人間が泳いで出せるタイムじゃない」


 不気味に光る漆黒のウロコが、海斗の理性を奪っていくかのように、血の気が引いていく。海斗は、バランスを崩し、壁にぶつかるようにして寄りかかった。


「海斗、弱ってる」

「・・・っ!」


 ダンッ―――!


 海斗は、こぶしの側面で、壁を勢いよく叩いた。


「ひゃっ! びっくりした!」

「人ごとみたいに・・・っ! いますぐおれのからだから出ていけ!」

「海斗、コワイ〜」


 すると、だれかの足音が聞こえてきた。


「・・・っ!」


 海斗は、肩に座っていたセレインを押しつぶすように手でおおい、ゴクリと酸味のある唾液をのみ込む。


「おーい、海斗。いるんだろ? 大丈夫かー?」


 田辺の声が、更衣室の方から聞こえてきた。


「あ、ああ。大丈夫。ちょっと気分が悪くなっただけ」


 そう言って海斗は、平静を装いながら個室から出た。田辺と目を合わせることなく、洗面台で顔を洗い、口をゆすぐ。


「そうか、無理すんなよ。で、三浦先輩が呼んでるけど・・・いけるか?」


 田辺は、妙に険しい海斗の顔を見て、眉をひそめながら言った。


「・・・潤、おれ、今日はこのまま帰るよ」


 海斗は、盲目のごとく壁を伝い、田辺にぶつかりそうになりながらロッカーに向かう。


「え? お、おう、わかった。じゃあ、先輩に言っとく・・・」

「すまん」


 そう言って田辺は、一歩下がるようにして、蒼白な顔をした海斗に道を開けた。



 海斗は、荷物をまとめて更衣室を出ると、一目散に校門に向かった。ちょうど、一般の生徒が登校している時間だった。人混みでカラフルな傘が入り混じる中、身を交わしながら校内のアスファルトを逆流する。次第に、頭の中で釣鐘が鳴り響くような痛みと、めまいが海斗を襲ってきた。


「おいっ! いってーな! ぶつかったぞ!」


 校門に近づいたところで、うしろから、荒々しい声が聞こえた。


「あ、ごめん」


 そう言って海斗が振り返ると、ひとりの男子生徒が体勢を崩していた。


「ごめんじゃねーよ、コラ」


 そう言ってからだを起こした男子は、うつろな目をして、ポロシャツをズボンから出し、ズボンの裾を引きずっている。そして、両わきに、似たようなふたりを従えていた。


「佐竹さん、こいつ確か、水泳部のルーキーだぜ」

「ああ? だからって、先輩に向かって、その口の聞き方も、態度もねーよなぁ」


 佐竹と呼ばれた生徒は、肩に傘の中棒を乱暴に乗せ、バサッと雨粒を落とした。そして、輪っかのピアスが通った眉毛をくねらせ、ガニ股でアスファルトを踏みつけて海斗に近づく。


「おい、また佐竹たちだ」

「ああ。だれか、からまれてるぞ」


 好戦的な佐竹の所業を知る生徒たちは、深く傘をさし、目を合わせないようにして校舎に入っていく。


「あれ、一年だろ? かわいそうに」

「てか、あいつ、なんで傘さしてねーんだよ」


 海斗は、耳に入ってきた声で、カバンしか持っていないことに気づいた。


(・・・しまった。また、傘忘れた)


 佐竹は、海斗と目と鼻の先で向かい合わせになった。そのすぐ背後に、ふたりの取り巻きが半目でニヤけている。両者、負けず劣らずの背丈。その空間は、周りの生徒を油のように弾いていく。


「ちゃんとあやまれ、コラ」


 佐竹は、のどがつぶれるような声で、いきり立って言った。ワックスで毛先を遊ばせた髪が鈍く光っている。海斗は、佐竹が放ってくるエネルギーよりも、嵐の中で揺れる船に乗っているような気持ちの悪さに、意識が引っ張られていた。


「だから・・・ごめんって」


 海斗の視界がぼやけ、ねっとりした汗がにじみ出る。


「それが三年に向かって言うセリフかっ!」

「・・・っ!」


 その瞬間、佐竹は傘を手放し、右手のこぶしを振りかざした。海斗は、目をつぶり、反射的に両腕を顔の前に出し、衝撃に備えた。



 ゴプンッ―――。



「グフッ! ・・・っ⁉︎ ・・・っ⁉︎」

「さっ、佐竹さん?」

「どうしたんですか⁉︎」


 薄目を開けた海斗に、雷に打たれたようなショックが全身を貫いた。佐竹の顔が大きな水玉でおおわれている。まるで、金魚鉢に頭を突っ込んだかのように、すっぽりと首から上が水の中に浸かっていた。


「ガブブブ・・・ッ!」


 佐竹は、気泡を吐き出しながら、首をかきむしってもがく。


「・・・っ! ・・・っ!」


 その光景は、海斗の毛穴を全開にさせ、内臓をうごめく恐怖で包み込む。海斗は、無意識にあと退りしていった。


「佐竹さん! 大丈夫ですか⁉︎」

「おい、おまえ! 佐竹さんになにをした!」


 とうとう、両脇の木下と奥野が前に出て、海斗に向かって牙をむく。


「おっ、おれはなにもしてない・・・っ!」


 海斗は、青白くなっていく佐竹の顔を見ながら、言葉をのどに詰まらせた。


「ううっ! ・・・っ! ・・・っ!」


 佐竹は、ごもりながら、崩れ落ちるように両ひざをアスファルトについた。そして、血走った両目を大きく開けて、海斗に向かって手を伸ばす。海斗は、恐怖で破裂しそうな心臓に抵抗しながら口を開く。


「やっ・・・やめろ! セレイン!」


 海斗は、ヒビ割れるような声を出した。


「・・・っ! ・・・っ!」


 佐竹は、変わらず手を伸ばし続ける。



「セレイン‼︎」



 海斗は、からだを折り曲げ、雨水を全て吹き飛ばすような、大きな声を出した。


「ぶはっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 その瞬間、佐竹の顔をおおっていた水が弾き飛んだ。佐竹は、四つん這いになり、アスファルトに鼻が付きそうなくらい身をかがめる。


「さっ、佐竹さん!」

「大丈夫ですか⁉︎」


 佐竹の尖ったヘアセットは見事に崩れ、頭皮に力なくへばりついている。制服のポロシャツも、ひと泳ぎしたかのように、ぐっしょり濡れていた。木下と奥野は、佐竹の無事を確認し、上体を起こす。


「てめー、このやろーっ!」

「あっ! いねえ! 逃げやがった!」


 海斗は、駅の方に向かって走り出していた。


「あのやろ・・・絶対に許さねぇ・・・っ!」


 そう言って佐竹は、歯ぎしりを立てながら、からだを細かく震わせた。



 星ヶ丘駅―――。


 海斗は、最後の力を振りしぼるようにして、電車に飛び乗った。


「・・・っ! はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 そのまま、扉に背中を滑らせながら座り込む。立てひざをついて、肩にかけたカバンが外れるほど脱力した。都心と反対方面の車両は、パラパラと人が座っている。


「おまえっ! なんてことするんだ・・・っ!」


 海斗は、電車の走行音にまぎれて声を出した。



 ピチャン―――。



「あいつ、きらい」


 セレインは、海斗のポロシャツの中で姿を現した。


「おれが止めなかったら、殺してたのか?」

「あたりまえ。海斗のエネルギー、どんどん落ちてた」

「だからって、人殺しなんて・・・っ!」

「海斗が弱るのは、やだ。心地よくない」


 そう言ってセレインは、くるっと背中を向けて、お腹の中にもぐり込んだ。


「・・・っ! おい、まだ話が終わってない! 出てこい!」


 海斗は、自分の胸元を広げ、顔を突っ込むようにして言った。皮膚の表面は、凪のように静かになっている。


「はぁ・・・」


 そうして海斗は、頭を放り投げるように天を仰ぎ、下半身から伝わる電車の振動に身を任せるのだった。



 昼休み・1年7組―――。


「え? みさき、昨日、結城くんと帰ったの? ふたりで?」 

「うん」


 みさきとりさは、ひとつの机で向かい合ってお弁当を広げていた。


「向こうから、誘ってきたの?」

「・・・うん、まあ。たまたま職員室でいっしょになったんだよ」


 机の上から、こんがり焼けた魚と肉の匂いがこぼれた。


「それでもめずらしいね。結城くんがだれかに声かけるって」

「たぶん、厄除けだよ。いつも田辺くんといるから気づかなかったけど、駅でみんなに会ったとき、女子に囲まれて大変そうだったよ」


 そう言ってみさきは、苦い顔をして白米を口に放り込む。


「・・・その中に、亮太もいたの?」

「うん。でも、なんか怒らせちゃったみたいで“さっさと帰るぞ”って腕引っ張られた」

「へぇ〜・・・」

「実は、今日も、ずっと気まずいんだよね」

「・・・そうなんだ」


 りさは、澄ました顔で、キラリと光るミートボールを箸で持ち上げる。


「で? どっちに誘われてうれしかった?」

「ぶっ⁉︎」


 みさきは、思わず手を口に当てて、飛び出そうとする米を押さえた。


「なによ、いきなり!」

「じゃあ、質問変えてあげる」

「へ?」


 りさは、リッチな唇を伸ばして光らせながら、みさきの目をまっすぐ見た。


「結城くんか、亮太。どっちがドキドキした?」

「・・・っ!」


 みさきは、熱を顔に溜め込んだように赤くなり、言葉を失う。りさは、一切、目をそらさず、みさきの返答を待った。

 

 そのとき、昨日の女子たちがみさきを取り囲むようにして、机に影をつくった。


「ねえ! みさき!」

「あんた昨日、結城くんに“みさき”って呼ばれてたけど、どういうこと?」

「もしかして、付き合ってるってことはないよね?」


 女子たちは、じりじり顔を近づけて問い詰める。


「そんなこと、あるわけないじゃん。そもそも、結城くん、あれだけモテるのに、わざわざ、わたしを選ぶわけないでしょ」


 みさきは、漬物石のように圧迫してくる女子に、平静な顔をして、つらつら答えた。


「あんた、それ、自分で言ってて悲しくならない・・・?」


 さすがの女子たちも、潮が引いたように、大人しくなる。


「ねえ、連絡先とか知らないの?」

「知らないってば」

「もし、知るようなことがあったら教えなさいよね」


 そうして、女子たちは言い捨てるようにして去っていった。


「はぁ・・・。なんでわたしばっかりこんな目に」


 みさきは、肩を落とし、重いため息をつく。


「てか、あんた、結城くんに下の名前で呼ばれてるの?」

「あ・・・言ってなかったけ。はははっ・・・」


 みさきのうぶ毛が逆立つ。りさは、目を細め、みさきの火照る顔をじぃっと見つめていた。



 食堂―――。


「おい、田辺」


 田辺が、7組の男子たちとテーブルを囲みながら昼食をとっていると、心臓をつかまれるような太い声が聞こえた。


「あ、茂木先輩・・・と、三浦先輩。ちわっす」


 そう言って田辺は、半分食べ終わったところで箸を止めた。7組男子も、ポケットに手を突っ込んで見下ろす茂木と、メガネを光らせた三浦を見て、口に運んでいたおかずを皿に戻し、意思とは関係のないところで姿勢を正した。


「食べ終わったら、おれたちの教室まで来い」

「・・・あ、はい。わかりました」


 7組男子は、去っていく茂木と三浦の背中を見ながら震え上がった。


「潤、おまえ、なんかやったのか⁉︎」

「いや、なにも」

「じゃ、なんであんなこえーんだよ!」

「いつもあんな感じだけどな、あの人たち」


 そう言って田辺は、残りの昼食を、胃に流し込むようにして平らげ、席を立った。


「じゃ、いってくるわー」

「おう、がんばれよ!」


 7組男子は、自分ごとのように手に汗にぎり、肩に力が入った。



 3年2組―――。


 田辺は、教室の入り口のところから、遠目で茂木と三浦を探す。そこは、ひとまわり成熟した女子生徒と、磨きがかかった男子生徒で構成された、大人の空間だった。


「田辺、こっちだ」


 三浦が、田辺にうしろから声をかけた。そのまま、茂木が待つ廊下の隅へ連れていく。


「茂木、田辺が来た」

「おう田辺、悪いな」


 茂木は、壁にもたれて腕を組み、田辺を鋭い目で突いた。


「あ、いえ。どうかしたんすか?」

「おまえ、今朝、結城が帰ってから、なにか聞いてないか?」

「え? 海斗ですか? いえ、なにも・・・」


 田辺は、パチッとまばたきをして言った。田辺の様子を見て、三浦が話しはじめる。


「あいつ、今朝、校門で、佐竹たちともめたらしいんだ」

「佐竹?」


 田辺は、交互にしゃべる茂木と三浦を、首振り人形のように繰り返し見る。


「佐竹 竜二。何度も暴力事件起こして停学くらってるやつだけど、水泳部員がからんでるとなると見過ごせない」

「かっ、海斗が、ケンカしたんすか⁉︎」


 田辺は、大きく目を見開いて、天地がひっくり返るほど驚いた。


「いや、目撃したやつに話を聞くと、結城は手を出していないが、急に佐竹が地面に倒れ込んだらしい」

「・・・どういうことっすか?」

「わからん。だが、騒ぎを起こしたことは事実だ」


 三浦は、田辺の目をまっすぐ見て言った。そして、茂木が口を開く。


「わかってるだろうが、おれたちは大事な試合が近い。インハイの切符を手に入れても、一回の事件で出場停止。三年間やってきたことが、すべて泡となって消えるかもしれないんだ」

「はい・・・」

「だから、なるべく早く状況を確認したかっただけだ。あいつから、なにも聞いてないんならいい」


 そう言って茂木は、教室に戻っていった。


「ま、結城のことだから、大丈夫だとは思うけど、念のためだ。茂木も、試合前でピリピリしてるから、勘弁してやってくれ」


 三浦は、田辺に耳打ちするように言い残し、教室へ戻っていった。


「はい・・・」

(なんだよ、海斗のやつ・・・らしくねーな)


 田辺は、スッキリ晴れない胸のまま、一年の校舎に足を向けた。



 海斗の自宅―――。


「出てこいよ、セレイン。仲直りしよう」


 海斗は、ラフな短パンだけ履いた姿で、ベッドにうつ伏せになっていた。顔の半分が枕に埋もれ、無造作に流れる髪の毛が目にかかっている。


「おれ、もう、怒ってないから」


 海斗は、一点を見つめながら、空気に向かってしゃべりかける。


「守ってくれたんだろ? ありがとう」

(おれが弱ったら、居心地が悪くなるからなんだろうけど・・・)



 ピチャン―――。



 すると、ベッドがきしみ、等身サイズのセレインが、添い寝をするように現れた。


「近いって・・・」


 海斗は、鼻がくっつきそうになるセレインに向かって言った。セレインは、海斗の腕に、やわらかい胸を挟むようにしてしがみつき、ピッタリ身を寄せて横たわっている。


「おまえのこと教えて。ちゃんとお互い、快適に暮らせるようにしよう」

「カイテキ?」

「そう。おれは水泳ができて、学校に通えればいい。それ以外は、おまえのやりたいことに協力する。だから、人間界に来た目的、教えて」


 セレインは、ムクッと起き上がり、ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねた。


「マジでやめてくれ。また吐きそうになる・・・」


 脳みそと内臓が揺れ、海斗の意識が遠のいていく。


「じゃあ、いまから、わたしの頭の中、海斗に送信するね!」

「そ、送信・・・? どうやって」

「海斗、上向いて!」

「・・・上? こうか?」


 そう言って海斗は、ゆっくり仰向けになった。


「そのままじっとしててね」


 セレインは、そっと海斗の額に手を滑らし、前髪を上げながら顔を近づけた。


「おい、待て・・・っ! なにする気だ!」


 海斗は、思わずセレインの肩をつかんで突っぱねる。


「いいから、目、つぶってて」

「・・・っ!」


 海斗は、無意識に表情をこわばらせた。セレインは、構わず海斗のおでこに、自分のおでこをくっつけた。知らないところで、硬直していた海斗のからだは、溶けるようにしてベッドに沈んでいく。


 海斗の意識に、あたたかくて心地のよい、白い光が流れ込み、からだが浮き上がるかのような感覚におちいった。そして、そのまま導かれるように光の中を進み、急に景色が広がったと思ったら、海斗は、大きな木造の船の甲板にいた。

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