持つべきものは友人
圧倒的経験不足で口下手なリクのことだから……と友人の為に仕事を少し後回しにして、陰からこそこそ彼の様子をうかがっていたフレッドは、リクとアナの会話を聞いて、またしても「だめだこりゃあ」と呆れた。
自分が友人を助けるしかないとアナに近寄ったところ、視界の端でリクに同年代らしき女性が声を掛けた。
それはちょうど足を止めて振り返ったアナがリクを見た時。
彼女は「追いかけてくれないかな」と期待してリクを見たのだが、ナンパされていたので悲しみ倍増。
フレッドはこの光景を見て、リクにはやはり恋愛運がないのか? と悲しんだ。それで、自分がどうにかしないとと意気込む。
フレッドはアナに急いで近寄って、仕事の途中でと前置きをして、素敵な装いなのでお出掛けですか? と話しかけた。
「ええ。友人のところへ遊びに行った帰りです」
アナはにこやかに笑ったけれど、両手で本を持つ手が少し震えていることを、フレッドは見逃さなかった。
「そうなんですか。てっきり、そろそろリクとデートの日かなぁと。来週でしたっけ? リクはあの店に行くのに良い服はなんだとか、花に迷うとか言うのに、肝心の日付は俺に言い忘れてて」
「……リクさんが?」
愛想笑顔が崩れたアナは、不安そうなのに少し期待しているような上目遣いでフレッドを見上げた。
どう考えてもリクは普通に好かれているよな、とフレッドはアナを観察。
彼女のこの表情は、妻が自分に向けてくれたことのあるものと良く似ている。
「待ち合わせはしましまベンチでしたっけ? こんなに綺麗だと、リクに会う前に強引にナンパされそうだから護衛しますよ」
とにかく彼女をリクのところへ戻すぞと、フレッドはわりと強引めにアナと歩き出した。
押しに弱いアナは行こうと言われて歩き出したフレッドに、リクさんが仕事で疲れているので帰るところでしたとすぐに言えず。
こうしてアナとリクは再び向かい合って、どんどん距離を詰めていくのだが、リクの隣には美女……。
ん? と首を傾げたアナはリクが美女と二人ではなくて、美女と男性と三人だと気がついた。
話は少し戻る。
茫然としていたリクに、とある女性が「追いかけないんですか?」と話しかけた。
「セレナ、お節介だって」
「でもだって、こんなにショックを受けてて可哀想だし、多分あの美人は泣いてそうよ。そんなの悲しいでしょう?」
「な、泣いてそうってなんですか⁈」
突然話しかけてきた女性はまるで知らない人間。
それよりもリクの心は「アナが泣いているかもしれない」という考察に意識が向いた。
「二時間近く楽しそうに人を待っていたのに、仕事で忘れていたなんて言われたらそりゃあ悲しいですよ」
「セレナ、お節介だって」
「でもルイス。この人、ルイスみたいなんだもの。見た目は全然違うけど雰囲気が。貴方、花屋であんなに悩んでいたのに悩んでいませんって照れ隠しはどうかと思いますよ」
リクに話しかけた女性は旅行客で、その夫ルイスと二人で新婚旅行中。
二人はこのあけび野広場のお店を見て回っていたので、アナがベンチにずっといたことを知っているし、花屋に長くいたリクも目撃していた。
そんな会話をしていたところに、フレッドがアナを連れて近寄ってきた。
「うわっ。格好良い男ににナンパされてる」
「格好良い人ね。でも私はルイスが一番好み」
「ありがとうセレナ。俺も同じだ」
「あ、あ、あれは俺の友人です!」
見知らぬ他人——多分夫婦——がしれっと惚気たのでリクは動揺。
「へぇ、それは良かったですね」
こうして五人は合流して、最初に声を出したのは旅行客セレナだった。
「こんにちは。私達、黄昏国から新婚旅行でこの国に来たんですけど、この辺りでおすすめのカフェはどこですか? そろそろ休みたくて」
美女にナンパされたのではなくて、夫婦に話しかけられたと理解したアナは、にこやかに「遠路はるばるようこそ」と告げて、この辺りで人気なのはとセレナに自分が知っているお店を教えた。
「観光なら是非我が薬草園へ。自分は薬草園を経営しているんですが、カフェはないけどおもてなししますよ」
フレッドはこれ以上リクとアナの仲が拗れませんようにと祈り、新婚夫婦に笑いかけた。
「それは嬉しい提案だけど、薬草園には昨日行ったんです」
「ちなみにどこですか?」
「プラスペローという薬草園です。大きかったのでご存知ですか?」
「自分の実家で、実家はあまり観光向けじゃないです。自分の方は旅の思い出に雑貨作りなんかもしていますけど興味無いですか? お揃いのアクセサリーや、寝室を彩るロウソクなど色々ありますよ」
雑貨作りは気になるとセレナは夫のルイスに笑いかけた。さりげなく腕を組んで、実に親しげな夫婦の姿にリクもアナも羨望の眼差しを向ける。
「結婚指輪以外にお揃いのアクセサリーは素敵かも。これは新婚旅行で買ったのって自慢するわ」
「そうだな。それに俺は昨日の薬草園が面白かったからまた行きたい」
ここでフレッドは素早くリクに目配せ。それに即座に気がついたのはセレナで、彼女は「お二人も良ければ一緒にどうですか? この国のことを教えて欲しいです」と誘った。
「異国の方と話したことがないので、私はご一緒したいですけど、お……こちらの彼は仕事が山程あるそうなので難しいかと」
アナはリクに近寄って「仕事に戻って大丈夫ですよ」と気遣いの囁きをした。
「いや! あの! 終わらせたんで! 全部!」
リクがアナとここまでの距離になるのは結婚式以来。
彼の声は上擦ったが、誤解を解く為の台詞はなんとか言うことが出来た。
わりと大きな声を出したリクを見上げて、アナはどうしてこのように慌てているのだろうと首を傾げた。それで、きっとこれだろうという彼女なりの答えを発見。
「お疲れだから帰りたかったんですね」
デートに乗り気ではなかったと落ち込んでいるアナの思考は捻くれてしまっており、リクは仕事が沢山でデートしたくなかったという推測が、そこから更に山のような仕事をなんとか終わらせた疲労でデートしたくなかったという結論へ変化している。
「かえ、帰りたくないです」
「……。そうですよね。異国の方々は気になりますね」
リクと過ごせる! と喜んだアナは彼に微笑みかけた。見惚れたリクが小さく首を縦に振る。
瞬間、アナはセレナの隣に移動して、黄昏国はどんなところですか? と質問開始。
ぼーっとしているリクの様子に何かを察したセレナの夫ルイスが彼の隣へ。
「あの」とルイスはリクに話しかけた。前の三人が歩き始めたので彼も足を動かし始める。
少し遅れてリクも歩き出した。
「はい」
「彼女を口説き中ですか?」
「……」
なぜ分かるんだ! とリクは慌てふためいてルイスを凝視。
「照れ隠しは何の役にも立ちません」
「……」
「俺はそれで最初失敗して、それを直したら幸せです」
凛と背筋を伸ばしてゆったり歩くルイスは、リクの目から見ると、同年代で容姿の良い自信にみなぎる男。
こういう男でも失敗したことがあるのだなぁとか、目の前を歩くフレッドもそういえば最初は大変だったらしいと思い出す。
初デートの日は曇っていたのに、良い天気ですねしか言葉が出てこなくて、何回も言って笑われたとかなんとか。
「ありがとうございます」
「そういえばどこへ行こうとしていたんですか?」
この質問に、リクは正直に答えた。それも、こういう経緯でという話し付きで。
先程会ったばかりなのに気にかけてくれて親切な彼が、何か素晴らしい助言をしてくれると期待して。
「えっ。それなのに俺達に付き合って良いんですか? 彼女、あの格好で、二時間くらい前からあそこにいたから、とても楽しみにしていた様子なのに」
「……二時間前?」
「今日はこの広場を何度か通ったんで、ニコニコしながら本を読む彼女を何度か見ましたよ」
「その本はとても面白かったってことですね。話題が出来ました。ありがとうございます」
ルイスはリクのこの発言に呆れつつ、多分自分も以前はこんなだっただろうと同情。
「視線が本じゃないし、周りを見てニコニコしていたから、多分これから何かあって楽しみとかそういうことかと」
「……えっ?」
「照れ隠しや後ろ向き思考や自信の無さは、大体足を引っ張りますよ」
そこからルイスは、少し前の自分の話を開始。それはお見合い結婚したセレナに対してしてしまった失敗談。
友人には笑われるから言いたくないけど、旅先で出会った人とは二度と会わなそうなので恥はかき捨て。
妻がお節介をやいたので、それなら自分も少しはと。