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選択は簡単

 今日は待ちに待ったデートの日。

 リクの予想に反して、アナは昼食前に出掛けた。友人と会うので、と一言残して。

 店が休みでもリクには経営者でしての仕事が山積み。彼女が作っていってくれたサンドイッチとスープを飲みながら、帳簿に目を通しつつ、自分達はまだ一日デートする間柄ではないのかと落ち込む。


 友人ネッドに「鳩ベンチ」とは何かと質問しに行った結果、本人に聞けと言われて、それもそうだと納得。

 リクはその時に、アナに「まだ妻ではない」と言われてしまったことや、なぜか「妻になれるんですね」と告げられたという話もした。

 ネッドの返答は「意味が分からん。君のことだから会話下手か何かだろう。もっと説明しろ」である。

 そういう訳でリクはアナとの結婚経緯を伝えた。その結果、ネッドに言われたことは「カイリ君の世話で勉強してこなかったせいだ。とにかくアナさんと話せ。なんとなく正解は分かったけど、これは今後もついてまわる話しだ」である。


 勉強はそれなりに頑張っていたと伝えたら、女のことだバカやろうという返事。

 女の勉強……とグルグル考え、自問自答ばかりで他人の力を借りないところはリクの悪癖。

 ただ、そんな彼も少しずつ変わっていて、フレッドやネッドに話せた結果、鳩ベンチが何かは事前に把握出来ている。

 

『あの、アナさん。鳩ベンチとはなんですか? あの広場にそんなベンチってありましたっけ?』

『やたら鳩がいるベンチがありませんでした? ほら、アイスクリーム屋の向かいにあるベンチです。手すりがしましまにハゲているしまベンチ』


 鳩ベンチはしまベンチでアイスクリーム屋の向かい側。

 あけび野広場は通り過ぎるくらいなので知らなかったと伝えたら、私とマリナはお気に入りなんですよ。ほら、あそこは良く演奏をしている人達がいるから。アナはそんな風に、あけび野広場でのマリナとの思い出を語った。

 それはもう楽しい時間だったので、ネッドからのアドバイスにとても感謝している。


 食事を終えて身支度していたら来客が来た。

 それは友人フレッドで、彼は営業の通り道だったから寄ったと告げた。


「ネッドに聞いたんだ。リクは今日デートだって。しかもさ、結婚後初。誘えたなら誘えたって言えよ」

「えっ、ああ。次に会えたら言おうかと」

「うわぁ、やっぱり。なんでそんな格好なんだ。それとも着替えるところだった?」

「着替え?」


 ダメだこりゃ、とフレッドはリクを連れて彼の部屋へ。


「なんで作業汚れのあるズボンなんだ。履き替えろ」

「ほとんど汚れてない。ちょっとお茶ってだけで気合いを入れたら変だろう?」

「ちょっとお茶? フォチュアップカフェに行くんだろう?」


 疑問符を浮かべたリクに、フレッドは呆れつつも「予想の範囲内」だと肩をすくめた。


「デート場所くらい下見しろ。俺がシルフィーとデートだなんだって騒いでいた頃、君は子育て開始だったから仕方ない」


 そもそも何でデート先を知っているんだというリクの当然の疑問に対し、フレッドは「アナさんがシルフィーに話したから」という返答。


「いつの間に」

「君がアナさんに我が家と食事会と言ったから、アナさんが手紙をくれて、会って打ち合わせた二人はあっという間に仲良し。料理好きと料理好きは意気投合。ネッドのところで楽しくお茶だ」


 一日のほぼ終わり、夕食時に「今日はどうでしたか?」という夫婦の会話をしていないんだなと指摘されたリクは、夫婦はそうなのかと驚く。

 フレッドはますます「ダメだこりゃ」と呆れた。


 自分だって最初は緊張して難しかったけど、半年もなく妻と親しくなった。

 フレッドは元々寡黙気味なんだから意識して喋りなさいとリクを注意し、彼のクローゼットを漁り、これを着ろと指定。


「えっ? こんな気合いの入った……店なのか?」

「庶民向けだけど、庶民にも貴族夫人やご令嬢の気持ちになってもらえますようにってすごく内装に凝ってる。出す品は平凡だけどその内装が人気。今、この辺りじゃ一番のデートスポットだ。男同士じゃまず入らない」

「……」

「人気なのに予約無しにしている。並ぶ人の為に少し多めに椅子を用意しているし、姉妹店の雑貨屋を強制的に見せられる。クイズや間違い探しのあるメニューを渡していて、完全に恋人同士、夫婦、娘がいる家族に狙いを定めている」

「良く知っているな」

「開店直後に発見して、すぐ営業をかけた。あそこのハーブティーは平凡じゃなくて美味しい。こんなに近いのに、遠いライバル園に取られてるんだ!」


 上の園同士の政治的なことが理由だけと悔しいとフレッドは憤りつつ、リクに対して「とにかくそんな店へ行くのに下手な格好で行くな」と注意。


 リクは素直にお礼を告げて、言われた通りにして、髪型もいじってもらい、いざ出発。

 花を一輪くらい買え、あの店なら花には負けないから薔薇にしておけ薔薇と言われて慌てて花屋へ。

 そうしてリクは待ち合わせに少し遅刻気味。


 アナはかなり前から鳩ベンチで待機中。

 待ち合わせに憧れていたからリクに待ち合わせを提案したものの、昼食を一緒に摂って別々に家を出るのは変だと気がつき、友人ケミーのところへ遊びにいくということにした。それで実際にそうした。

 昼食を作るから、化粧と髪型の工夫を手伝ってと依頼して、家事育児を手伝ってくれてありがとう、素敵よと送り出してもらって小一時間。

 楽しみにしていた新作の小説を楽しみながら、早く「お待たせしました」と言われたいとニヤニヤ。

 

 彼女の中の理想の待ち合わせは、格好に悩んで遅れてしまってと照れられるか、楽しみ過ぎて早く到着してしまったの二択。

 近くのカフェみたいだから少し小綺麗にしておけば大丈夫とか、時間通りに行かないとという選択肢はお呼びでない。


 そんなアナのところに、遅刻だ遅刻と、花を持ったリクが到着。

 どの種類でもどの色でも良いから薔薇とフレッドに指定されたのに、他が良いかも色はなんだ何本だと悩みに悩んだせいで遅くなった。

 荒々しい吐息が寒空に白い煙を作っていく。申し訳なさそうな表情であり、手には一輪の薔薇。


「お、お待たせしてすみません」

「私に花を選ぼうとして、どれが良いか迷ったからですか?」


 アナの表情はどう見ても「うわぁ、素敵♡」というものなのに、遅刻してしまった罪悪感でいっぱいのリクはそれに気がつかず。

 相手が何を言ったら喜ぶのか台詞や表情で提示したというのに、焦っているリクはスルー。

 口や頭が回れば「可愛い君をさらに可愛くする花はどれか迷って」と口説くのだが、そのくらいがこの国の普通なのだが、リクは「いえ。すぐ選びました」という間抜けな発言。


「……」

「その。仕事に夢中でつい」


 リクは気の利く友人が服を選んでくれたとか、そういう話は自尊心が強くて言えず。

 こう言ってから、リクはアナがお洒落をしていて、めちゃくちゃ可愛いことに気がついた。

 満月亭で良く見ていた服装や髪型のアナに、こんなに美しい人が俺の妻か……と惚ける。

 ただ、アナの顔色は悪い。しかも彼はその前の満面の笑顔を目撃していない。


「……」


 リクはますます焦った。遅刻して怒らせたかも、怒らせたというよりも、悲しませたような顔をしているのでそっちかもしれないと。


「私は休みでも、リクさんは仕事が沢山ですものね」


 困り笑いでため息を吐いたアナは、そのまま「帰りましょうか」と口にした。


「えっ?」

「無理にお誘いしてすみません。仕事が立て込んでいたなんて」

「……」


 今日まで指折り数えてこのデートを楽しみにしていたリクは、何を言われたのか理解出来ず。


 選択肢その1→楽しみにしていたと分かる言葉に続いて、だから遅刻した。


 選択肢その2→楽しみにしていて、そわそわして早く着いてしまった。


 遅刻したので選択肢その2は消滅しているので、残る選択肢は1のみだった。

 しかし、リクが選択したことは選択肢1や2にかすっておらず、仕事が大事でデートのことなんて忘れていて、慌てて雑に花を買って、急いでここへ到着したという風にアナに感じさせたもの。


「そうだ。今夜はなにか美味しいものを作りますね。いつもは手抜きという訳ではないですよ。朝市ばかり行くからなにかあるかもしれません」


 こうして、アナはその場を去ってしまった。

 ここで何か言えば良いのに、衝撃で固まったリクは立ち尽くしたまま。

 茫然としているリクには、最後の正解選択肢である「追いかける」も選べなかった——……。

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