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噛み合わない二人

 褒めて、褒めて口説くと意気込んで頑張った矢先に、意中の女性、それも入籍済みの相手に「妻ではないですよね?」と言われたリクは既に灰になりかけ。


 アナは褒められたことと、妻だと初めて言われたことに対する照れで、悲壮感漂うリクの様子に気がついていない。

 俯いて、もじもじしながら、言葉が喉から出てこないと格闘中。

 白銀月国の女性達は、そこそこ自分からアピールするのだが、アナは奥手中の奥手。

 困り笑いで俯いてもじもじする姿は、リクの視界だと、困っている、負の感情がありそうだと見える。


 私と貴方はあくまで子ども達の為に父親役と母親役を担っただけ。入籍したのは、世間体の為で単に同居だと変だから。

 改めてそう突きつけられたと感じたリクは、そうなのか……と立ち尽くしている。


「私は妻になれるんですね」


 まるで予想していなかった言葉に、リクは少し立ち直った。


「良かった。リクさんは私をカイリの母親や、家政婦としか見てないんだなぁって思っていたので、友人に妻だと言ってくれたなんて」


 素敵な薔薇のリースもくれたし、私の自慢をしてくれたなんて嬉しい。アナは両頬に手を当てて、きゃぁ〜とその場から去った。

 ここに友人ケミーがいたら、酔っ払っていないで、照れて逃げないで、抱きしめられるようにそれとなく誘いなさいよと教えただろう。

 入籍してからのアナは、わりとこういう感じで、リクが立てたフラグを何度もへし折っている。

 ただ、今夜はこれまでよりはリクにアピール出来た。


 残されたリクは、何が起こった、何を言われた? と混乱。

 去り際のアナは、とてつもなく可愛らしかった。


「えっ? ええっ?」


 ここで多少強引にいけば全て解決なのだが、リクは本能任せや理性をなくして勢いのままという性格ではない。

 アナはアナで、私は良くやったと自画自賛。実際はあまり良くやってないし、ケミーにかなり言われた「人気のあのカフェに行きたいの作戦」を忘れている。

 彼女の中では「妻にして欲しいと言えた」ということになっている。


 リクはアナの発言で混乱中。

 妻ではない発言は自分達は夫婦ではなく家族になりましょうという話だったから。

 だがしかし、リクは「まずはそうして、その後のことはゆっくり」と彼なりに自己主張をして、アナにジャブを放っていた。しかし、アナはそれをスルー。

 入籍してからも、二人きりになろうとすると避けるように逃げられていた。

 そういう経緯やこれまでのアナの言動と、妻になれるという嬉しそうな顔と、友人達に妻だと紹介してくれてありがとうという笑顔の統合性はとれない。


 その後、あまり眠れなかったリクは明け方になって爆睡。なので、彼は普段よりも遅めに居間へ顔を出した。

 アナはもう起きていて、コトコトというような、鍋で何かを煮込むような音がしていて、パンが焼けた匂いも漂ってくる。


「魔法を振りかけたら絶品料理〜」


 アナがまるでマリナのように歌い出っていて、指を指揮棒のようにしているので、リクはそのまま「可愛いな」と傍観。

 マリナが歌ったり踊ったりすることが好きになったのは、アナの影響だったと初めて知る。


「いっーひっひっ。お前はこの惚れ薬入り……」


 ガタッ!

 ゆっくり眺めたいなと椅子に座ろうとしたリクがわりと大きな音を出したので、アナは勢い良く振り返った。

 誰も居ないと思っていた彼女は、リクの姿を瞳にうつした途端、みるみる真っ赤。


「おは、おはようございます……。ついふざけて……」

「……」


 可愛いです、と言えば良いのにリクは心の中でだけそう呟いて無言で俯いた。

 大人しそうなのに、子ども達とはしゃいだりするアナの姿がかなり好きなリクは、さらに好きだと心の中でデレデレ。

 

 口に出して言え、と誰かリクに注意して欲しいところである。


「さ、寒いのでミルクシチューにしました」

「ありがとうございます」


 リクは朝食を並べるのを手伝い、二人で着席していただきますと挨拶。その後は無言で食事。


「アナさん、考えたんですけど……」

「なにをですか?」


 雑談という様子ではなく、不穏な雰囲気なので、アナはスプーンを置いて真っ直ぐリクを見据えた。

 リクはこれから言うことに対するアナの反応が怖くて俯いている。


「夫婦円満だと子ども達は喜ぶと思います。喧嘩したり、ましてや別れてしまって、皆が家族でなくなるよりも」

「私、何かしました? 温厚で優しいリクさんが怒るくらいのことなんて、身に覚えはないけど、私は何をしてしまいました?」

「えっ? 怒る? いや、怒っていません。単におしどり夫婦になる為に、どうしましょうかというか……何かして良いですか? という確認です」


 言った、言ったぞ。ついに言ったーーー! とリクは背筋を伸ばしてアナを見つめた。

 彼の心臓は爆発しそうな勢いである。


「……。何かして良いですかって……何かしてくれるんですか?」


 困り顔ではなくて期待の眼差しに見えると、リクは背筋を伸ばした。


「欲しいものはありますか? 行きたいお店とか、食べたい物とか。なんでもどうぞ」


 これはどうやら、私を元気づけようと考えてくれた結果、何が良いのか分からなくて困って、直接本人に問いかけたということ。アナはそう判断して、ケミーの言う通り悩ませてしまったと反省。


「すみません。悩ませてしまって。友人に言われたんです。私は趣味がマリナだったから、励まそうにも何をしたら良いのか分からないって」


 励ますってなんの話だ? とリクは思案。

 妻どうこう話で吹き飛んでいたが、そもそもアナがやけ酒をするくらい寂しいようだから、何かで慰められないだろかと考えていたと思い出す。


「いえ。器用に励ませなくてすみません」

「あの、カフェ。クッキーが美味しいと評判のカフェが気になっています。友人におすすめされて。混んでいるので昼休憩には難しいなって」


 アナはここで、人気のカフェにいきたいの作戦を思い出し、ケミーとの練習の成果も出た。


「予約しましょう」

「予約は受け付けていなくて、並ぶしかないようなんです」

「……」


 アナは嬉しくてニコニコしていたが、リクの顔が曇ったので動揺。

 彼女は俯いて、並ぶのは嫌なのか、お店選びは失敗と落ち込んだ。

 二人で問答無用で待つ時間があれば、もじもじ照れ屋のアナでも会話しないとと奮い立つだろうという友人ケミーの助言による選択だったが、雲行きが怪しい。


 なぜリクの表情が暗くなったかというと、お店は休日でも自分には仕事が山積みだからではなくて、単にアナとかなり長い時間二人で出掛けられるのか? 会話は持つのか? いきなりそれで振られないか? という心配のせい。


「あっ。忙しいですよね。私、先に並んでいます。一時間半くらいらしいので、一時間したら来て下さい」

「いやいやいや! それなら俺が並びます! 家でくつろいでいて下さい」

「私はカフェに行きたいのではなくて、リクさんと話したいだけなので、別々に並ぶなら……」


 ハッと気がついたアナは両手で口を覆って、恥ずかしい事を言った、好きだと言ってしまったと冷や汗。

 

「えっ?」

「いえ、カフェに行きたいです。どうしても行きたいです。他に何も言っていません」


 子どもの為にとか、仕事だからきちんとしないとと理性が先立っている時のアナはしっかり者。

 しかし、平静でない時の彼女はわりとポンコツ気味。


 何も言っていないって、さっき何か言ったよな。めちゃくちゃ浮かれそうな発言をしたよな?

 リクはそう思いつつ、もしかして何か相談があって言い出せないだけかもという結論に至った。

 

「そんなに並ぶなら、次の休みの日にしましょうか」

「……ありがとうございます!」


 目を輝かせたアナに面食らったリクは、彼女がその後に「十三時の鐘が鳴ったら、あけび野広場の鳩ベンチでお願いします」と言って去ったので首を傾げた。


 同じ家に住んでいて、同じ日が休日で、おそらくいつものように昼食を一緒に摂るのに「待ち合わせ」とはなんなのか。

 あけび野広場は分かるけど、鳩ベンチがなんなのか分からない。


 恋愛小説——それも読破したわりと若年者向けのもの——が恋愛指南書であるアナの頭の中ではデートは待ち合わせをするもので、鳩ベンチはマリナと良く小祭りを楽しんでいた時に座っていた、鳩がやたら集まるベンチのこと。


 リクはあけび野広場の鳩ベンチという単語に数日悩み、友人ネッドに聞きに行き、当然のように本人に聞けよと言われた。


 既に入籍していて相愛なのに、こういう感じなのでリクとアナの関係は中々進んでいない。

 

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