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すれ違う二人

 二人だけの生活になると気がついたらリクとアナは、予定よりも早いけど、これは好機(チャンス)だと行動に出た。

 

 アナはカイリが年頃の男の子なので、悶々とさせてはいけないのでと身なりに気を遣い、暑い夏でもなるべく素肌を隠してきた。今は冬だからなおさら野暮ったい服装である。

 今夜からはそれは解禁。手持ちの冬服の中から一番自分が美しく見える服をえらび、野暮ったいおばさん風にしていた引っ詰めていただけの髪も綺麗に結い直して、リクを晩酌に誘うと意気込む。


 一方、年頃の女の子がいるので、気をつけていたリクも、これまではとにかく良い親になろうとして過ごしていたけれど、今日からは少しずつアナを口説いても良いはずだと判断。

 今夜はまだ家には何も贈れる物はないけど、自分には「いつも素敵な靴を作りますね」とアナに褒めてもらえる靴作りという技術がある。

 マリナの第一次巣立ちのお祝いに、アナさんに靴を作ろうと思いますと言って、喋って足に触るぞと計画。


 お盆にグラスと葡萄酒の小瓶を用意したアナは、さっそくリクの部屋へ向かった。


 一方、リクは工房からスケッチ本と色鉛筆、それから足の大きさを測る道具を持ち出して、アナがマリナと良く寝ていた屋根裏部屋へ。


 ここで、二人は早速すれ違った。


 ハベル家の二階の廊下はロの形をしている。

 その内側には二つ部屋があり、出入り口は反対にある。その二部屋のうち、一つはリクの部屋で、もう一つは夫婦の部屋となっている。

 内側の二部屋のそれぞれ向かい側、廊下の外側には南北に部屋が一つずつある。

 そこはアナの部屋とカイリの部屋で、屋根裏部屋から二階の廊下へ続く階段近くがアナの部屋で、階段から遠い南側にあるのがカイリの部屋。


 アナの部屋はほぼ物置で、彼女は娘マリナと共に主に屋根裏部屋で生活してきた。

 今夜もそうで、アナは屋根裏部屋で着替えて、髪を結い直し、一階へ降りて台所で晩酌準備。

 二階へ上がったアナは、リクを誘うので当然彼の部屋を目指した。

 一階から二階へ続く階段を昇り、右に曲がり、突き当たりをまた曲がる。

 

 そこへリクが、工房から道具を持って二階へ上がり、アナはきっと屋根裏部屋だろうと階段を上がった。

 

 お互い、ちょうど姿を見ないタイミングと場所である。


 リクはアナとマリナの寝室をノックしたが、アナはリクの部屋の前にいるので当然返事は無い。

 何度もノックして安眠妨害するのは悪いので、とリクはすぐにそこから去った。

 時同じくして、アナは勇気を出してリクの部屋の扉をノックしたものの、返事がなくて諦めたのでそこから去った。


 一階へ続く階段近くの廊下を歩くアナと、一階へ続く階段とは離れた廊下を進むリクは、お互いの姿を見ることなく自分の部屋へ。


 もしや、と思ってリクは歩いている廊下を戻って、屋根裏部屋ではなくて、あまり使ってなさそうなアナの自室かもしれないと移動。


 あと少しでリクとアナは遭遇するところだったが、アナは屋根裏部屋にも自室にも向かわずに夫婦の寝室へ入った。

 

 リクはアナの部屋の扉が少し開いていたので中を覗いてみたものの、そこにアナは居なかった。


 やはり寝たのか……靴作り作戦はまた明日以降だなとリクは自室へ。


 アナは夫婦の部屋にある、二つ並んだ寝台(ベッド)のうちの一つへ腰掛けて、居るわけがないとため息。


「アナさん。これまでは家族で親役でしたが、今夜からは夫婦ですね。夫婦としても親しくなりましょう」


 歌劇や演劇好きのマリナに影響されているアナは、歌うように立ち上がって両腕を広げた。


「まぁ、嬉しいリクさん。私……前からずっと抱きしめて欲しかったの」


 自分で自分を抱きしめて、きゃぁっと照れた後、アナは虚しいと床に倒れるように座った。

 娘がいる時はそんなことは出来なかったけど、今夜からは少し自堕落でも問題ないと葡萄酒を手酌で飲み始める。


「夫婦にも恋人にもならないけど、家族になりましょうなんて酷いわ。例の女性って誰よ。忘れられない程良い人なのね……」


 お酒に弱いアナは早速酔っ払った。

 アナとしては初デートの日、彼女はフレッドがリクにこそっと告げた「例の女性はどうした?」だけを聞きとって、続きは聞けなかったから誤解している。

 リクはお店には並べないような、客層ではない女性を想定した素敵な靴のスケッチをしているので、多分あれは身分格差や子持ちが理由で引き離されたどこかの高貴な女性への恋文代わりだと考えている。


「恋愛小説なら、酒場でよく会う時点で恋に落ちるのに。口説かれるのに」


 自分でそう口にしてから、アナは「年増子持ち女が主役の純愛小説なんて読んだことないわ……」とメソメソ泣き。

 良い母親にならねば、良い母親でいたいと日々励んでいたので、マリナが家に居なくて、すっかり気が抜けている。

 

「でもここからよ。リクさんは愛や恋よりも子どもを取ったから私がここにいるの。負けないでアナ。死ぬまでにリクさんを振り向かせたら私の勝ちよ!」


 リクと結婚してからというものの、アナは存在しない恋敵に対抗心を燃やしている。

 彼女は情けないことに、そのままメソメソぐずぐす泣きながら床で寝てしまった。

 数年の片想いを拗らせているので、仕方ないといえば仕方ない。


 ★      ☆


 翌朝、リクが起きて居間へ顔を出すと、いつもならエプロン姿の可愛いアナが「おはようございます」と美味しそうな料理を並べてくれているというのに、誰もおらず。


「……」


 昨夜、部屋を訪ねたけど彼女はもう寝ていた。

 そう考えていたけれど、実は家に居なかったのでは? とリクは慄いた。


 まずは家族になりましょうと結婚して、じわじわ、じわじわ距離を縮めていたつもりのリクは意気消沈。


 カイリの母親役はしばらく休止。子ども達に会いに行く時や、子ども達の帰省に合わせてまた母親役をしてくれるのだろう。

 そうか、アナさんは満月亭へ帰ったのか。男と二人で一つ屋根の下は嫌だよな……と肩を落とす。

 ここにリクの友人がいたら、おいおい。そうだとしてもアナさんは説明をするだろうと突っ込むが、ここにはリク以外誰も居ない。


 結婚式で頬にキスして様子をうかがったら、困り笑いで身を捩られたので唇にキスは諦めた。

 家族になりましょうだけど、普通に入籍した訳だから、新婚初夜もありでは? と勇気を出したものの、アナはそそくさと娘のマリナと睡眠。 

 アナは自分と二人きりになると、途端に口数が減って俯いてしまうことが多いけれど、子ども達と四人だと幸せそうな素敵な笑顔で沢山喋る。

 なので、リクの勇気や意気込みは入籍から時間が経てば経つほどすり減っていた。そこにこのトドメである。


「はぁあああああ……。なんで皆は上手くいくんだ……」


 口説いたら良い反応で、押したらそのままいけた。友人達はそんな風に結婚して普通の夫婦である。

 少し変わった経緯だと、万年片想いで、恥ずかしくてデートに誘えないから政略結婚を狙って成功というフレッドがいる。

 子ども達の為に片親から両親になりましょうという提案をして、意中の人との結婚を成し遂げたリクは、フレッドが妻ととても上手くいっているので期待していたのだが、これである。


「す、すみません。寝坊してしまって」


 項垂れて背中を丸めていたリクの背中に、階段を降りてくる足音と、アナの声がぶつかる。

 振り返ったリクはアナを見て、これまでのきちんとした寝巻きやガウン姿とは全然異なるし、いつもしっかりまとめている髪は無造作に広がっているし、目元には隈でまぶたも腫れているから驚いた。


「アナさん! 大丈夫ですか? マリナが居なくなって、寂しくて眠れなかったのですね」


 リクは慌ててアナに駆け寄った。

 家にいてくれて嬉しいという気持ちと、子どもが一人で頑張り始めて不安なのはよく分かるという切ない気持ちが混ざり合う。


「えっ? いえ……。あの。ついやけ酒を……」


 アナは策士にはなれない正直者。

 ここで、そうなんです。寂しくて仕方がないからリクさん、慰めてと言えれば全てが解決するのに、恋愛経験がないままここまできた、頭の回転が人並み平均よりやや下のアナにはそういう台詞は吐けず。

 自分は酒臭いから、嘘をついてもバレると考えたのもある。

 

「やけ酒?」

「……」


 アナは涙目になり俯いた。

 何年も片想いしている、結婚して一緒に暮らすようになってからもどんどん好きになっている貴方にまるで相手にされていないのが辛くてやけ酒しました、とはさすがに言えない。

 言えば全て解決ではあるが。


「寂しくて酒に逃げるなんて良くないです」

「そうですよね。弱くてすみません……」


 アナはリクの誤解をそのままにすることにした。その方が都合が良い。

 惚れてもらうどころか、醜態を晒すとは……と気持ちを沈める。


「そうだ。こう、何かパァッと明るくなることをしましょう。美味しいものを食べるとか、何か鑑賞に行くとか。来月末には二人の様子を見に行くんですから、元気な姿を見せないと」

「……」


 アナはリクを上目遣いで見つめて、これはなんだか好機(チャンス)? と顔色を明るくした。


 可愛い……とリクは停止。


 アナはリクの言葉を待つ。


 時刻を告げる鐘の音が響き渡り、それが開店間近の鐘の数だったので、リクとアナは慌てて仕事の準備。


 結果、二人の仲は何も進まなかった。

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