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ひよこ夫婦5

 あっと思ったら、アナの視界は上向きで、そこには熱を帯びたリクの瞳があり、彼女は息を飲んだ。


「夫婦ですし……こちらを向いて話さないかなと……」


 衝動に突き動かされたというのの、覆い被さってそのまま手を出す勇気が出なかったリクは、起こしていた上半身を再び布団に沈めた。

 妻に背中を向けていたけど、それはなんとかやめて、彼女の方を向いて横たわり、心臓をバクバクさせる。


「失礼します……」


 襲われると思った。襲われたかったとドキドキしながら、アナはゆっくりとリクの方へ体の向きを変更。


「……」

「……」

「緊張……しますね」

「はい……」


 向かい合って横になってみても、互いの顔を見れないまま、リクはアナのつむじを眺めて、アナは握りしめている自分の手を見つめている。


「添い寝ってどこまでが添い寝ですか? 今の状態ですね。眠れるかしら……」


 明日の朝、それぞれの子供に手紙を書いて、恋人になっても良いと言われたら……自分はこの人の腕にまた抱きしめられるのだな、とアナはにやつく口元を両手で覆った。

 恋人は良いけど子供は嫌という可能性もあるけど、それならそれで、前よりは幸せである。


 マリナを育て始めて毎日幸せで、恋した相手と結婚出来たというのに、さらなる幸運が訪れそうとは。

 アナは幸福と安堵を胸に抱いて、眠りに落ちようとしていく。


「添い寝はまぁ……」


 思春期だから悩むかもしれないけれど、人生の全てを子供に与えるとそれは彼らの不幸になると考えたリクは、アナに少し近寄って片腕で彼女を抱き寄せた。

 言い訳をまだ考えられるので、理性は残っているけれど、亀裂から水が噴出し始めるくらい、彼の理性は破裂寸前だ。


 リクはそっとアナの額にキスをしてみて、逃げられないようだと気を良くして頬にキスして、彼女の顔を覗き込んだ。

 結果——……。


(寝てる……寝れるのか!)


 自分の自分は暴れそうで、ちっとも眠くないというのに、アナは幼子みたいなあどけない寝顔で穏やかな寝息を立てている。


(可愛い……)


 眠れないと仕事に支障が出ると、リクはそそくさと諦めて布団から出て、自室へ向かった。

 

 当然、アナが朝目を覚ますとリクは居なかったが、彼女は「今日のリクさんは早起きなのね」で終わり。

 一度自室へ行き、支度を済ませていつも通り朝食を作り、リクが顔を出したので挨拶をして二人で食事。

 両想いが確定して、キスまでしたとアナは上機嫌で非常に満たされている。

 一方、リクは昨夜の生殺し状態にそこそこ疲弊中。


「朝から何かありました? お疲れですか?」

「いえ」


 素っ気ないリクの反応に、以前のアナなら「自分に興味が無い」とか「親しくないから話してくれない」という発想をしたが、今のアナは自信があるので、自分が何かしたら励ませるかもしれないと思案。


「話したくないことは話さなくて大丈夫です。元気がないのでしたら、お昼に何か好きなものを作りますか?」


 元々、アナはリクに対して、接客に乗じて話しかけたり、服や髪型を変えてアピールしていた。

 そのように行動力ゼロ人間ではないので、自信があればこのように軽いシャブを繰り出せる。

 アナが作った〇〇が食べたいと言われたら、にっこり笑顔で了承して、リクを仕事へ見送る際にハグしようと意気込む。


「元気です」


 素っ気ないリクの返答に、アナの自信がピシッとひび割れる。

 彼女は曖昧に笑い、俯いて、スープを口に運ぶことにした。

 これはハグをしても無駄というか、それをしたいのは自分だった、彼は望んでいない、私のこれまでの料理に対しての好き嫌いもなさそう、つまり興味が薄そうだと落ち込む。


 疲れていないので疲れていないと答え、元気がないという誤解を解いた結果、アナの素敵な笑顔がすっかり陰ってしまったので、リクは動揺した。


(なんでだ? そうだ。分からない時は聞く。聞くしかない)


 リクは深呼吸をして「アナさんこそ、元気がないように見えますが、どうしました?」と問いかけた。


「私? 私は毎日元気ですよ。あっ、でも、その……リクさんも疲れていないなら……。そうでした。手紙! マリナとリクに手紙を書かないと」


 片付けは後でしますので、とアナは慌てた様子で去った。

 

(俺も疲れていないなら、なんだ? なんなんだ。手紙は俺も早く送りたいからすぐ書こう)


 リクはカイリとマリナに対して、とても簡潔な内容の手紙を出した。

 確認だけど、自分達は普通に結婚したので、そのうち弟が妹が出来るけど嫌ではないか? という内容。


 一方、アナはカイリには「長年片想いしていたリクさんが、カイリの母親役を引き受けた自分を、妻としても考えてくれるそうなので、そうなりたいです」と綴った。

 そしてマリナには、カイリの母親役になればマリナの父親役を引き受けてくれるというのでリクと婚姻したけれど、彼を慕いましたと書いた。

 それで、どうやら彼もそのようなので、夫婦になりたいですと続けた。


 さて、カイリとマリナは二人からそれぞれ手紙を受け取って読んで首を捻った。

 自分達は親の背中を押して、惚れている相手と結婚出来るように動いてそうなった。

 なのでリクからの手紙は納得で、弟か妹は大歓迎だし、まだ? まだ? まだ? と考えている。

 二人とも親がそういうことをする、という発想よりも「弟か妹が出来たら楽しい」という考えしかない。


 ところが、アナからの手紙だと、二人は打算で結婚したようだ。

 とりあえずカイリはマリナへ、マリナはカイリへ手紙を送り、長年片想いと慕いましたでは話が違うので、どっちが本当で嘘? と戸惑うことに。


 休みを合わせて、互いの住居の間あたりの安いカフェで落ち合ったカイリとマリナは、アナからの手紙を見せ合って、同じ字だと呟いた。


「カイリが手紙に書いた通りの内容だ。よく分からないけど、お母さんはお父さんをまだ夫って認識していなかったんだ」

「そりゃあ全然弟も妹も出来ないはずだ。待っているのに。親父は何をしているんだ? ヘタレだからあんな美人が一つ屋根の下ってだけで満足しているのかも」

「一回帰って確認してみる? 今度、創立記念休暇があるの。朝早く出て最終の大衆馬車ならなんとか日帰り出来るよ」

「早く一人前になりたいのは分かるけど、休むのも大切って言われたからマリナと一緒に帰ろうかな。


 こうして、カイリとマリナは日帰りで帰省することに。

 急に帰ったらきっと驚くし、泣いて喜ぶと考えた二人は手紙の返事をしなかった。


 アナとリクは、二人から返事が来ないことを、自分達子供を優先しないで恋人生活をされるなんて嫌だとヘソを曲げられたと解釈し、そんな話をそれとなく二人でして、距離を保とうという結論に至った。


 意識してしまうので、食事は別で、寝るのももちろん別で、二人になるのはお風呂屋へ行く時くらい。

 そして、その間の会話は子供達のことと決めた。

 恋愛関係、夫婦生活、相手への気持ちなどだとグダグダの二人なのだが、子供関係となると相談も決断も非常に早い。


 八日後、アナが身支度を終えて一階に降りた時に、玄関の呼び鈴が鳴り、マリナとカイリの「ただいま」という声が響いたので、彼女は玄関へ一目散。

 すぐに扉を開いて、二人の姿を確認すると、即座に二人を抱き寄せてこう叫んだ。


「寂しくて家出してきたの? イジメにあった? まさか食べさせてもらえないとか? 大丈夫?」


 私の子供達の体が冷たい! とアナは急いで二人を部屋の中に入れて、毛布を持ってこようとして「違う」と止められた。


「もうっ、心配性! 楽しくて元気って手紙を送っているでしょう? 書いている通り、大変なこともあるけどさぁ」

「そうだよ。驚かせようと思って、マリナの休みに合わせて日帰り帰省! どう? 嬉しい?」


 瞬きを繰り返したアナは、満面の笑顔の二人に向かって、嬉し泣きを返した。


「ええ、とても。でも、それならリクさんと一泊で遊びに行ったのに。遠かったでしょう?」

「そっか、泊まりで来てもらえば良かったね」

「そうだな。新婚旅行もまだなんだし」

「ねぇ、お母さんだけが新婚じゃないって思っていたの? 妻になりたいです。夫婦になりたいですって、意味不明だから帰ってきたんだけど」

「えっ?」


 ここへ、何やら騒がしいなと様子を見にきたリクが登場して、アナと似たように大丈夫なのかと二人を心配して、アナと二人がしたようなやり取りをした。


「親父も心配性だな。たまに落ち込むこともあるけど、こんなに元気って書いた手紙を読んでいるだろう?」

「カイリはたまに、寂しいよーって泣いてるじゃん」

「それはマリナだろう!」


 たまにお茶をしている二人はやいやい喧嘩を開始して、二人が手紙のやりとり以上の付き合いをしていると知らなかったリクとアナは顔を見合わせた。


「手が離れると知らないことが増えていきますね」

「そうですね」


 四人で過ごせるのならと、リクはアナ以外の従業員達に店を任せることにした。

 

「親父、そのまま一泊旅行はどう? 俺達を送って、そのついでにさ。俺、これまで働いてきた分の貯金を持ってきたんだ」

「それは自分の為に取っておきなさい。そのくらいの甲斐性はある」

「そう? それは良かった」

「一泊どころか二泊だって平気だ。二人に会いに行く為に貯めているんだから。でも一回の日数よりも回数を多くして頻度が多い方が良いから一泊だな。そろそろ行こうと思っていたんだ」

「もう会いに来てくれようとしていたのね。嬉しい!」とマリナがリクに笑いかける。


 マリナとリクがそれなら決定、と踊り出した。

 こうして、リクとアナは深く考えないまま、子共達を送りがてら一泊旅行をすることに。


 子供達との時間を減らしてなるものかと二人はそそくさと支度して、仕事の手配をして、家を出て、目的地に到着するとまず宿を手配した。


「夫婦なんで一部屋で」

「そうそう。私のお父さんとお母さんは再婚だから新婚なんです。二人で一部屋で、安くても汚すぎない、二人で寝れるだけの寝台がある部屋をお願いします」


 リクやアナよりも先に、カイリとマリナがそう告げて宿泊部屋が決まった。

 景色は悪いけれど、雰囲気は悪くない、汚くもない、二人だと少し狭い寝台が一台だけの部屋である。

 ここでもリクとアナはあまり深く考えておらず、節約出来たから二人に会いに来れる機会が増やせるとご満悦。


 ただ、ぼんやり気味のアナと異なり、リクは子供達の言動をしっかり把握しており、この部屋ならそういうことだろう、勇気を出すと意気込んだ。

 今夜、自分は本当の意味で男になるし、自分達は本当の意味で夫婦になるぞと。

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