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ひよこ夫婦爆誕

 エレイン湖から飛び降りるつもりで口説いたのに変な解釈をされて伝わらなかった! とリクは動揺。

 おろおろしているリクは、アナのペースで夕食開始。


 もっと直球じゃないと伝わらないようだけど、それだと反応が悪かった時に塵となる。

 リクはそうビビって次の一手を打てずにいたが、言い直せば良いのでは? と気がついた。


「俺もフレッドと同じことを思っています。それで薔薇を持ち帰りました」

「同じことですか」


 数日前のことは夢で、どうやらリクはかつての片思いの相手にまだ気があるようだ。

 君しかいないとはズルい、どこの誰よとアナはフォークをスープの中のじゃがいもに突き立てた。

 それから、振られて挙句に結婚されてしまったのなら、良い加減諦めなさいよ! とリクにも憤る。

 自分はそこまで悪くない女のはずなのに、こんなに長く一つ屋根の下にいるのに、恋愛どころか性欲にさえ引っかからないとは惨めと涙目。

 一気に機嫌が悪くなったアナの雰囲気に、リクな背筋に冷や汗が滲む。


「じめじめ、うじうじ、未練たらたらでナメクジみたいですね。家柄かお金か知りませんけど、フラれたか諦めたなら、いい加減新しい人に目を向けたら良いのでは?」


 アナはついに噴火。

 お洒落しても無視され、話しかけてもつれなくて、妻になれたのに興味を持たれず、一生懸命誘ってようやくデート出来て、もしかしたらと期待したらこれ。

 次のデートの約束をしたばかり、と前向きに考えてみても、これまで失恋のようなことばかりだったので彼女を悲観させる。


「……?」


 不機嫌極まりないアナの低い声と、ぽろぽろ落下した涙と、吐き捨てるように告げられた台詞にリクは唖然。


「デートすらしてくれなかった人に、まだあんなに素敵な靴を沢山考えて、虚しくないんですか?」

「……?」


 アナの妄想から生まれているリクの過去は、全くもって事実ではないので、本人の頭の中はハテナでいっぱい。

 

「すみません。余計なことを言いました。私は残りは明日の朝食べます。失礼します」

「ま、ま、ま、待って! 待ってアナさん! 何の話か分からないです! 今のって誰の話ですか!」


 立ち上がって歩き出したアナの方向が、二階ではなくて玄関の方だったので、リクは慌てて彼女の前に移動。

 ぼんくらリクでも、先程のアナの発言は、自分には彼女ではない想い人がいるという誤解があると気がついている。


「誰のって知りませんよ」


 ぶすくれ顔のアナはリクから視線を逸らした。

 そうして冷静になって、嫉妬と惨めさでなんてことを言ってしまったんだろうと後悔。


「俺はフラれたことしかないけど、デートすらしていない相手にまだ惚れているなんてことはありません!」


 そうなの? と素直なアナは期待の眼差しでリクを見上げた。

 

「それなら……誰も慕っていませんか?」

「まさか」

「……」


 一応既婚者なのに、デートしている惚れている女がいたとは……アナは頭を金槌で打たれたような衝撃を受けた。

 この間、自分と気が合うとか、これが初デートと言ってくれたのに……さっき私を歌劇に誘ってくれたのに……と軽い目眩に襲われる。


「これは俺からアナさんへです!」


 ダメだ。

 アナという女性は頓珍漢で、直接的に言わないと変な会話になるとリクは机に近寄り、花瓶を掴んでアナに向かって差し出した。


「……」

「……」


 反応がないのでリクは様子見。


「私?」


 小さな声を出したアナに向かって、リクはぶんぶんと首を縦に振った。


「あー……。私は家政婦妻ですからね。そうですね。私しかいないですね。そういう意味なのに、歪曲して八つ当たりして、すみませんでした……」


 別に慕っていないけど、世間的には妻だから、惚れられているなら努力してみるか。

 その考えは間違っていないようだとアナは理解して、あの沢山の素敵な靴の絵は最近描いたものではなくて、過去のものだったと認識。

 この間妻にしてくれる、ゆっくり夫婦になろうと言ってくれた——リクは言ってない——から、可能性ゼロではないと分かったばかりなのに、このように勘違いして怒るなんて恥ずかしいと俯く。


 ここまでアナの脳みそがポンコツになったのは、そもそもリクが満月亭で全然彼女と会話しなかったせいである。

 数多の老若男性が、酔ってふざけたり、若干本気でアナを褒めたり口説く中で、照れ屋のリクは何にもしなかった。 

 周りに便乗して「今日のアナさんはいつもよりも綺麗ですね。服が俺好みだからかな」というように、この国の平均的な口説きすらしなかったせいでアナの恋心はボロボロ。

 

『今日は急に大雨が降ってきましたけど、大丈夫でした?』


 みたいににっこりした笑顔で話しかけても、リクの反応は「ええ、まぁ」くらい。


 それは結婚してからも続いたので、アナの恋心はズタボロである。


「八つ当たりってあの、それって俺が他の誰かに薔薇一本は嫌ってことで……嫉妬ですか?」

「……すみません」


 どこからどう見ても落ち込んでいるアナのこの謝罪の意味がリクには分からず。

 嫉妬してすみませんということは、嫉妬してはいけない立場だと思っているということ。

 それは家政婦妻という聞いたことのない単語と関係があるのだろうかと訝しげる。


「あの、その。家政婦妻ってなんですか?」

「なんですかって、家政婦妻は家政婦妻です」

「いやあの、そんな単語は初耳です」

「初耳ってリクさんが作ったのにですか?」


 俺が作った⁈ とリクは目をカッと大きく見開いた。


「つ、作った記憶は無いです!」

「えっ? そうでしたっけ。私は家のことをして、子育てをして、仕事を少し手伝って、節約する役目を引き受けた妻なんですよね?」

「そうですけど、それを家政婦妻って言うんですか?」

「さぁ。それは単なる家政婦だと思うんですけど、リクさんが私は妻だって言ったので」


 ダメだ、アナが何を言っているのかサッパリ分からないとリクは質問を続けた。


「アナさんは自分を家政婦だと思っていたんですか⁈」

「ええ。母親役と家政婦を引き受けた家族ですからそうですよね?」


 この発言で、リクはようやくアナから聞いた『妻ではないですよね?』という言葉の真意に気がついた。

 

『リクさんは私をカイリの母親や、家政婦としか見てないんだなぁって思っていたので』という台詞も思い出す。


「いやでも、あの、俺達は普通に入籍しました……。いやあの、家族になるところからって言いましたけど……。あの! アナさんの考えだと、どうなったら妻なんですか⁈ 家政婦妻じゃ無い普通の妻はどういうものですか⁈」


 ボタンを掛け違ってそうだと、リクは言葉を続ける。


「フレッドさんとシルフィードさんとか、この間の新婚旅行夫婦さん達は普通な気がします」

「それはえーっと、あの……。俺はあなたとそうなっても良いんですか?」

「そうなっても? そのつもりがあるからデートしてくれたんですよね? 家政婦妻も一応妻だし、惚れられているなら歩み寄っても良いかなって考えてくれたんですよね?」


 バシンッと頭を叩かれたような衝撃を受けたリクは放心。

 惚れられているならって台詞は、私はあなたが好きですという意味。

 それでこの会話の流れだと、自分はアナに対して上から目線だし、惚れていないと認識されているということであると気がつく。

 おしどり夫婦を目指すと頑張って言ったけど、その時の自分の想いとアナの認識があまりにも乖離していたということも理解した。


 ニコッと笑ったアナは「みっともないやきもちで怒鳴ったりして本当にすみませんでした。懲りていなければ歌劇を一緒に楽しみたいです」と言ってリクに会釈。

 それで彼女は立ち去ろうとした。もうすでに告白済だと思い込んでいる奥手なアナは、このくらいなら自分の気持ちを言えるようになっていた。


「惚れられているなんて思ってもいなかったです!」とリクは叫んだ。


「……えっ?」とアナが振り返る。


「そう……なんですか……」


 おかしいな、前にはっきり言ったよな? とアナは真っ赤になって逃亡——……しようとしてリクに捕まって彼の腕の中にすっぽりおさまった。

 

「歩み寄ってくれてありがとうございます……」


 なんだかよく分からないけれど、嬉しい……とアナが目を閉じて幸福に浸る。


「違います。俺はそんな義務感とか同情心などは抱いていません。好きだアナ……。ずっとこうしたかった……。怖くて上手く口説けなくて……」


 入籍前にこういう感じで真っ直ぐ口説いていたら、このように遠回りしなかった訳だが、照れ屋でヘタレでぽんこつ頭の二人は、こうして正式な夫婦に昇格した。

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