3.女神官とゲスコーン
ざまぁ職人ことリットーゲイルが駆けつけたとき、その視線の先では、まさにいま追放が行われようとしていた。
例によって悪いリーダーが、有能な部下を追い出そうとしているわけだが、以前のような虐待勇者がウマを追い出した時とは状況が違う。
「俺様と付き合えないとはなぁ」
そうパーティ―リーダーに睨まれた女神官は、毅然とした様子で言い返した。
「お誘いはありがたいのですが、私は神に仕える身……生涯独身を貫くと決めています」
「はっは~ こりゃご立派な心構えだ!」
パーティーリーダーはそういうと、女神官を突き飛ばした。
「じゃあ、そこでずっと祈ってろよ。お前の旦那さんである神様とやらが守ってくれるだろ!」
「行きましょうリーダー!」
「あばよ、アバズレ神官!」
パーティーメンバーは、神官をダンジョンに置き去りにすると、そのまま立ち去って行った。
「……ああ、神よ……どうかこの罪深い者たちをお許しください」
『許さないと思うな』
ざっくりとした台詞と共に登場したのは、もちろん人間不信ウマのリットーゲイルである。角を隠して単なるウマとして登場した彼だが、言葉だけは流暢に話していた。
どう見ても泣きっ面に蜂という演出で、女神官を困らせにかかっているのだが、彼女は意外にも冷静だった。
「まあ! おウマが喋れるなんて素敵……! これも主の思し召しでしょう」
驚かないどころか喜んでいるのを見て、リットーゲイルはうそ……と言いたそうな顔をしていた。これでは怖がらせてから追いかけ回し、最後に馬車ウマのように女神官をこき使うというシナリオが台無しになる。
女神官はニコニコと笑いながら言った。
「このような場所でお会いできて光栄です。わたくしに何か御用でしょうか?」
リットーゲイルは、真剣な表情をしながら言った。
『シスター。僕はいま……とても悩んでいます』
そんなことを言いながら、尻尾は落ち着きなく動いていた。コイツ……さてはまだ懲りずにゲスコーンを続けるつもりだな。
そんなゲスコーンの胸中も知らずに、このまじめな女神官は真剣な表情で聞き返してきた。
「まあ、わたくしでよろしければ……何なりといってください」
直後にリットーゲイルは魔法で隠していた緑色の角を現して、一角獣であることを証明した。
「おお、なんと……美しい姿!」
『僕は一角獣として、ヒトを救済して社会的に立ち直らせるという使命があります』
女神官は、ごくりと唾を呑んだ。
「そ、それは……なんと偉大なお仕事でしょう!」
すぐさま十字を切る彼女を見て、ゲスコーンは言った。
『その最初の仕事が……神様が自分の夫とか言う、電波系の少女だったのです! しかも、意外と可愛いから余計に困っています!!』
「……ユニコーン殿、お戯れが過ぎますよ」
『自覚してるんだね。偉い!』
女神官は作り笑いをしたが、作り笑いなので目は笑っていなかった。
「わたくしたち聖職者は、真摯に人の話を聞いています。からかうのは止めてくださいね」
その言葉を聞いたリットーゲイルは、更にこの少女を困らせて遊ぼうと思っていた。
『なるほど。君は心が清い女の子だということはよくわかった。さっきの野獣どもとは対照的だね』
女神官は困った顔をした。
「彼らが道を外れたのは私が正しく導けなかったからです。そのことにはとても責任を感じています」
『いや無理。ああいう連中にお説教なんて馬の耳に念仏だよ。バカには脅して言うことを聞かせるのが最良だし唯一の手さ』
リットーゲイルはそう言って、先ほどの男たちを虐めに行くことを提案しようとしたら、女神官は気の毒そうに彼の毛並みを撫でた。
「この体の傷……恐らく、貴方自身がそう扱われたのでしょうね。同じ人間としてお詫び申します」
直後に彼女の視線が厳しくなった。
「しかし、鞭うった人間を貴方は尊敬しますか? 決して尊い存在とは思わないでしょう」
『…………』
人間不信だったリットーゲイルだが、この女神官は少し違うのではないかと思い始めていた。
当初は性欲の権化リーダーを虐めるだけ虐めた後で、女神官も脅して自分の身の回りの世話をさせようという、いかにもゲスコーンらしいことを考えていたが、彼の中でも少し考えが変わっていた。
『さて、そろそろ背中に乗ってもらえる? あの性欲の権化であるパーティーリーダーとも距離をとりたかったしね』
「汚い言葉を口にしては駄目ですよ。一角獣殿?」
『わかった。じゃあ……お詫びに歌を一曲……』
女神官が頷くと、ゲスコーンはニタッと笑いながら歌った。
『チ〇コのうたが~ 聞こえてくるよ~ チ〇コ、チ〇コ、チ〇コ、チ〇コ~』
「おやめなさい!」
その直後に、腐った死体がよろよろと歩きながら向かってくると、女神官は恐々とした表情をした。
このようなアンデッドは、耐久力があるだけでなく病気をばらまくこともあり、冒険者にとっては最も遭遇したくない敵の一つなのである。
『はーい、邪魔だよ邪魔』
そう言いながら角を光らせると、ゾンビの身体はバラバラに崩れて消滅した。
人間にとっては恐ろしい敵であっても、ざまぁ職人にとっては何もいないのと一緒なのである。
「あの恐ろしい亡者を……やはり貴方様は神の末座にいるべき御方なのですね。わたくし……感激いたしました」
『じゃあ、さっきの名曲をもっと歌っていい?』
「駄目です! 貴方はどうしてそういう品のない行動をしたがるのですか!?」
『ゲスコーンだから』
そう言いながらダンジョンの出口に到着すると、ざまぁ職人は女神官を下ろした。
『はい。ここから先は自力で帰れるよね?』
女神官は、とても感謝した様子で答えた。
「ありがとうございます一角獣殿。貴方様に出逢えたのも主のお導き……深く感謝申し上げます」
『信心深いのもほどほどにね。けっきょく自分の身を守れるのは自分自身しかいないんだからさ!』
ゲスコーンにしてはまともなことを言うと、コイツはダンジョンの中へと戻っていった。
女神官も、無事に教会へと戻り一件落着。というところで普通の一角獣なら、この話は終わるわけだがコイツはあくまでゲスコーンである。
洞窟の中に戻ったゲスコーンは、スンスンと鼻の穴を広げてにおいを嗅ぐと、ある場所に向かった。
その視線の先にいたのは、先ほど女神官を追放した性欲の権化リーダーと、その手下たちである。彼らはモンスターにボコボコにやられて壊滅寸前にまで追い込まれていた。
『あ~あ……自分たちで自分のパーティーの長所を潰したんだから、残念だし当然の結果だよね』
「く、くそぉ……血が……血が止まらない」
ゲスコーンは近くを見渡すと、ちょうど薬草になる葉っぱを見つけて、口先で器用に摘み取った。
そして角で魔法力を込めて細工をして薬にすると、性欲の権化リーダーのところへと落とす。
「だ、誰だか知らないが……感謝……」
パーティーリーダーが受け取った薬袋には【ばーか!】と書かれており、その直後にリーダーは、魔物の攻撃を受けて悲鳴を響かせた。
リットーゲイルの救済者 2人目:女神官
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