2.ざまぁ職人の誕生(後)
ウマは全身の毛を逆立てて駆けだした。右も左もわからない状況だが、それでもウマは自分を守らないといけないと無我夢中だった。
痛いのは嫌だ。勇者たちが嫌だ。怖いのも嫌だ。人間が嫌だ。不安なのも嫌だ。だから自分を守る。自分には走ることしかできないけれど、走ることなら出来る。
ぐんぐんと森の中へと入って行くウマだが、とりあえず勇者一行は追ってはこないようだ。それでも不安がぬぐえないウマは更に奥へと進んでいくと、少しだけ不安が収まりはじめた。
さらに奥へと進んで大木を通り抜けると、悠然とした山が姿を見せた。ウマは嬉しそうな表情をした。
それだけでなく、余裕も感じはじめていた。
力いっぱいに大地を蹴ると、ウマは自分はこんなにたくましいのかと、少しだけ自分が好きになった。大きな鼻の穴から空気を吸い上げると、自分はこんなに立派な肺を持っていることに気が付いた。だからもう少しだけ自分が好きになった。
周囲を見渡すと、真後ろ以外の350度が見渡せた。そこで更にもう少しだけ自分が好きになった。その目には暗闇の中に隠れている肉食獣の顔もしっかりと見え、もう少しだけ自分が好きになっていく。大きく開いた鼻の穴から危険な動物の臭いもわかった。鼻の良さは人間の1000倍ほどあるという言葉を思い出し、もう少しだけ自分が好きになっていく。
『…………』
あの虐待勇者は、毎日のように鞭で叩きながらウマのことを、無能だの金食い虫と罵ってきたが、それは勇者パーティーという場所が、ウマと合わなかっただけのことなのだ。
世界はこんなにも広い。ウマは追いかけてきた猛獣を置き去りにすると、もっと自分のことが好きになった。
『な、何とか……生き延びることができた』
実績を得られると、おぼろげだった自信も、より鮮明になっていくものである。
ウマはこの自然界でも生き抜くだけの力を持っている。そう確信した彼は、今までの弱々しい目ではなく、しっかりと周囲を睨むように見つめる、牡馬ならではの頼りになる視線を持つようになった。
そして、今までひどい目に遭わせてきた人間も、全力で恨むような存在ではないとも思っていた。勇者たちは確かに自分を虐めてきた。辛く当たってきたのも勇者たち自身の弱さを隠すためなんだ。
そう考えると、今まで強大だった勇者や仲間たちもちっぽけなものに感じた。もう、ウマは自分の脚でどこまでも歩いていける。どこでも好きな場所に行ける。もう、人間のご機嫌を取ることも怯えることもしなくていいんだ!
そう感じたとき……奇跡は起こった。
【芦毛ウマよ。貴方はたった今……弱者の救済を行うことに成功しました】
『え? なに……何なのこの声。頭の中に響いてくるよぉ!?』
【固有スキル、リットーゲイル発動。貴方のクラスを……荷馬からユニコーンに昇格します】
どうやら、このウマは固有スキルと言われる特殊能力を持っていたようだ。
脳内アナウンスの説明した通り、リットーゲイルという能力は弱者を救済することで、自分の力を強化することができるのである。
『……!?』
間もなく、ウマの額にはドリルのようにねじれた緑色の角と、胴体、首、脚などを守る鎧のようなものが現れた。彼はまさに、ウマの脚力を持ちながら、魔導士のような魔法力と、戦士のような防御力を持ったことになる。
『もしかしてリットーゲイルって……僕の名前?』
いや違うぞウマ。脳内アナウンスもウマって、君のことを呼んでいたじゃないか。リットーゲイルは能力名だ。だから……
【リットーゲイルよ。貴殿の今後の活躍に期待します】
『わかった。この力で……僕と同じように群れから追い出された人間を慰める……つまり、ざまぁ職人になればいいんだね!』
【違います。きちんと被害者を立ち直らせて社会的に行動できるようにしてください】
『わかった。ゲスコーンモードで頑張る!』
ちょっと待てい!
アナウンスは、救済って言ってたでしょ! リットーゲイル君……わかってるかな?
『さ~て、さっそく可哀そうなヒトをさ~がそ~~っと!』
リットーゲイルの表情は、どう見てもゲスが……ゴホン。どう見てもオモシロ半分という様子だ。困った人を救おうというモノではない。
今まで虐待勇者にいじめられて来たし、人間が嫌いなのはわかるけどさあ。そんなに意地悪そうな顔をしながら歩かなくてもいいんじゃないかな? 作者のスィグはとても悲しんでいるぞ。
って、言ってるそばから、追放されそうになっている女の子を見つけたし、ああ……リットーゲイルの表情がニタニタと笑っている。これはまさにゲスコーンと呼ぶに相応しい表情だ。
あの追放被害者……泣きっ面に蜂という状況にならなければいいけど……
リットーゲイルの救済者 1頭目:リットーゲイル
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