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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ノイマン家の短編集

婚約破棄した後日、女の子に告白される話

作者: 良夜

誤字脱字、変なところがあれば教えていただければ……


楽しんでくれたら嬉しいです




姉に婚約者を奪われた。



五年もの間婚約していたエドゼル・ライネッケ男爵令息が建国祭で連れてくれたのは、丘の上にある街を見渡せることのできる人気のカフェ。有名な貴族に仕えていた料理人が作る美味しい料理と最高のおもてなし、そして目玉はディナータイムで最高の夜景を楽しむことができるところである。

本日はランチであるが、それでも貴族のご婦人から少し背伸びして来たであろう若いカップルまで、店内はとても賑やか。外もお祭りらしく色とりどりの花がまるでモザイクアートの様に客達の目を楽しませていた。紅茶好きな店長とコーヒー好きの副店長が自ら厳選した豆や茶葉に合う軽食を中心にランチタイムは繁盛するらしいが今日はひと際多い。多分店の前に大きく張られていた『お祭り限定メニュー』が原因だろう。いくつか既に品切れしており人気と勢いがある事が傍目からでもわかる。

美味しくて人気の食事を婚約者と楽しみにしていた私、クリセルダ・ボームに対して彼が口にした言葉は、プロポーズではなく別れの言葉と、こからともなく現れ彼の子を孕んだと告げた姉の性悪な笑顔だった。


そういえば姉は彼氏と別れたと先週報告して来たっけ、なんて現実逃避に走れば、元婚約者のエドゼルが嘲笑うかの様に私に愚痴を言い始めてきた。なんでも私が結婚しても家に入らず、騎士としての務めを果たす事が気に食わないとのこと。おまけに容姿が気に食わないらしい。他にも雑とか気が利かないとか、女の癖に馬鹿力とか自分を立てない事への苛立ちとかそんなどうでもいい事と、如何に姉のオトゥリアが可愛らしく健気で自身を愛してくれている等々。


へー、ふーん。そっかー。


彼が声高々に浴びせる愚痴という名の罵声を迷惑に思っているのは私だけではなくこの店にいる人達もなのだけれど、この男はこれっぽっちも気にしていないようである。

確かに私は姉とは違いこれっぽっちも容姿に頓着していない。女である前に騎士である私にとって栗色の髪は長いと邪魔なのでもう何年も肩にかからない程度の長さだし、化粧っ気も全く無くそばかすがとても映えてて、訓練は主に外だから日焼けは勿論している。母の突き刺すような鋭い目を受け継いだ事もあり、同じ騎士の父に似た優しい顔が残念ながら半減している。

対する姉は母方の没落貴族出身の祖母に似たのか金色の美しい髪をなびかせ、お人形の様な顔立ちと雪のように白い肌が特徴的。町を歩けば誰もが振り返って感嘆の声を出してしまうほどに美人さんだ。比べる方が間違っている。

いつもの私なら、相手が口を開くその前にその鼻の下を伸ばした堅物な顔を拳で殴っているのだが、何故私がこんなにも冷静なのかと言えば、この事実はもう二ヶ月以上前には私と私の両親、加えて相手側の両親の知るところとなってしまっていたからである。双方の父達は憤慨し、母達は口を開けて呆然としていたが、姉が彼の子を宿している事実は変わらない。同じく騎士である三人の兄達は顔を見合わせて、すぐにもエドゼルのところに殴り込みに行きそうだったのを全力になって止めているうちに、顔色を失う程に一瞬で老け込んだ相手側のご両親は、私に慰謝料を支払うので婚約を白紙に戻し、その上で姉との結婚を許して欲しいと頭を下げてきた。実の両親も同じように頭を下げる。たっぷり一時間考え、私はその案に同意した。婚約者であった彼は男爵家の一人息子で彼以外家を継げる者はいないし、姉もなにかしら訳があったのかもしれない。それに加えて生まれてくる子どもには何の罪もないのだ。私が結婚しても騎士として働く事は相手のご両親には事前に告げていたので、いつ子どもが出来るかは分からない事だった。男爵家的にはもう次の後継ぎは生まれてくれるのなら、私よりも姉を選ぶ事は理解できないわけではない。頭の中では、だが。


『分かりました。でも慰謝料は結構です。生まれてくる甥っ子か姪っ子の為にいろいろと物入りでしょうし。その代わり、少し野蛮なのですが、彼を殴らせて頂く許可を下さい』


ダメもとで言ったら骨折以上はケガを負わさない事を念頭に言われ許可を頂いたので本日私と彼と姉、そして双方の両親を交えて食事会という名の話し合いを開く予定であったのだが……何故今なのだ?


「と、言うわけだクリセルダ。何か反論はあるか?」


相手の一方的な演説も一通り終わったようだ。面倒ではあるが一応聞いておく。何故今日ここでなければならなかったのか。


「お前はいつも剣ばかり振り回しているから知らないだろうが、このカフェのこの席で永遠の愛を誓えば幸せな生活を送る事が出来るというジンクスがあるんだよ」

「だから偽りの愛に終止符を打って、私と永遠の愛を誓うの。いい案でしょう?」


堅物な顔からまさかの『永遠の愛』という甘すぎるワードが出てきた事に飲んでいたスープを吹きそうになった。

いやいやいやいや、あんた達の行いのせいでそのジンクス完璧に嘘になるわ。逆に別れるジンクスが今正に出来ている。姉達の後ろで店長だろうか若い男性とオーナーらしき身なりのいい御貴族様がこちらを笑顔で見ている。その目の奥は全くと言っていいほど笑っていないのが手に取るように分かる。店長に関しては青筋立てていた。おまけにお客さんの三分の一は早々に席を立ち始め、この席に座る為に店内で待っていた二組ほどのカップル達はいつの間にかもういない。多分外にいたカップル達も今ここで行われている出来事をお茶のお供に町のカフェに向かっている事だろう。今この店内にいるのは私達に店員さん達、こちらの様子を窺う噂好きのご婦人方だけである。ランチを食べ終わり、ゆったりコーヒーに舌鼓をうってる最中のコレだ。いい見世物である。そんなご婦人方の目は私が二人に対してどう反応するか、だろう。泣いても怒って出て行っても当分は好き勝手に言われるに違いない。私は城に仕える女騎士としてそれなりに名が通っているから、ここで彼を殴ってしまったら仕事にも影響が出るだろう。


なら私が取る行動は自ずと絞られてくるのであるが、ここで縋るにしても怒るにしても、何か言おうものなら残っているご婦人方に面白おかしく噂されるに違いない。貴族間の話は意外と下町に広まるのは早かったりする。

私の話は大人しく昼食として運んでもらったサンドウィッチを口にした。


「ちょ、ちょっとクリセルダ、何か私に言う事ないわけ!?」

「……別にありませんけど。姉さんが私と競うつもりですか?一応私騎士ですのでか弱き婦女子にはそれなりに敬意とかいろいろ払わなければけないんで、決闘は流石に」

「違うわよ!?暴力に持っていくなんて貴方本当に女?」

「女以前に騎士です。姉さんこそ、一応血の繋がった妹の婚約者とはいえ、婚前の行為は淑女として如何でしょうか。元彼は兎も角として、亡くなったお祖母様が草葉の陰で泣いていますよ」


最後の一口をスープで流し込む。ちょっとマスタードが効きすぎていた事以外は肉厚なハンバーグにシャキシャキのレタスのサンドウィッチは食べ応えがあったし、濃厚な卵の風味とカリカリのベーコンがうまい具合にマッチしている方もとても満足のいく一品であった。

壁に掛けられている時計を見るとまだこの席に座って十五分しか経っていない。(今は)人気の席なので一時間の時間制をこの店では取っているとこの間同僚に聞いたのでまだ時間はある。

そういえば一つやらなければならない事を思い出しておもむろにテーブルの端に立てかけている小さなメニュー表を確認する。目的の物はしっかりあるようだ。


「すみませーん!このチーズケーキとチョコレートケーキ、あとアップルタルト一つずつお願いします。あとコーヒーを一杯、ブラックで!」


様子を窺うだけで近付こうともしていなかった店員たちは私のまるで酒場での声を張り上げだ注文のような行為にビクリと体を揺らし、だが笑顔で承知致しました、と告げ奥に引っ込んでいった。


「クリセルダ、君はこの状況で一体何をしているんだ?」

「何って注文です。ここのケーキ、私の所属する部隊の隊長の奥様、オルバース伯爵夫人が、美味しいからぜひ食べてねって言ってくれたんですよ。折角来たんだし食べておこうかと」


その言葉に店内が騒めき出す。オルバース伯爵夫人は美人で優しくて、二児の母親とは思えない程に若く、社交界でもそれなりに知名度がある(らしい)人物だ。

私の前に三種類のケーキが置かれ、少しお行儀が悪いけれど一口ずつ口に運んでいく。チーズケーキは所謂ベイクドチーズケーキ。固さがあるにも関わらずチーズ特有の香りがたまらない。うん、美味しい。チョコレートケーキは隣国から仕入れた結構お値段がするチョコレートを使用しているらしく、たまに差し入れで頂く小さなチョコレートの粒とは比べ物にならない程に濃厚で、少し苦い。でもその苦さが癖になる。アップルパイは食べた事あるけれどアップルタルトは初めて。タルト生地の上にあっさりとしたカスタード、この国で一番人気のノイマン産の林檎が絶妙にマッチしている。少し火で炙ってあるところはパリパリしていて食感も含めて美味しすぎる。なんでパリパリしているかは料理下手な私には残念ながら分からないが。普段はお財布の紐が固いので、ケーキなんて記念日とか誕生日にしか食べられない。この機会にしっかり味わっておこう。

流行は華やかな人が作っていくもので、社交会でそれなりの地位を築いているオルバース伯爵夫人のおすすめのケーキだ。いくら容姿が優れない私であろうと美味しそうに食べる姿を見ていれば何処からともなく唾を飲み込む音が聞こえてき始めた。一人が店員に注文すればそれを皮切りに次から次へとケーキを求める声が店内を駆け巡る。五分もしないうちに私達のような平民に近い貴族より、高位貴族で流行の発信源である伯爵夫人が好きなケーキへと関心が移っていく。四方から『美味しい』やら『流石伯爵夫人!』やら『紅茶に合うわ』など思い思いの感想が広がっている。よしよし、いい具合に興味が逸れてくれた。


「ま、ケーキはカフェだけでしか味わえないとも言われましたし……お持ち帰り用とかあったらいいのになぁ」

「貴方、なんて状況で食べてるのよ。少しは私達の話を聞きなさい」

「聞く必要ありますか、姉さん。というより姉さん達の行動全て筒抜けです」

「は?」


ここにきて始めて呆けた顔をする二人に思わず失笑してしまう。美味しいケーキを味わいつつ話を続ける。


「今夜両家でお食事会をしましょうって話あったの覚えてます?」

「勿論だ。そのときに俺とオトゥリアが結婚することを発表する予定だからな」

「貴方の、企画?企み?私達親族全員知ってます。そのときに、貴方方に対する制裁とかいろいろさせて頂くので」

「……は?何を」

「両家共々貴方方の不貞に気づいてます。というか私の友人が教えてくれたんですよ。元になるとは言え旦那様になる人の不貞ですよ。もう恥ずかしくて恥ずかしくて」


偶然買い物に行ったら宝石店から貴方の婚約者が女性を連れて出てきたのだけれど、と申し訳なさそうに話してくれた友人の顔が今もすぐに思い出せる。結婚間際の私に気を遣っていたのだろう。そんなものを見せてしまって逆にこちらが申し訳ない。

三つのケーキを美味しく頂き、私は少し冷めたコーヒーを一気に流し込み立ち上がる。


「後の事は今夜ゆっくり話しましょうね。ここのお会計は貴方が払って下さい。それと婚約破棄は承ります。慰謝料とかは要らないので。その分ここのお会計お願いします」

「待て、父上も母上も知っているのか!?オトゥリアの事も、お前の事も!」

「ええ勿論です……というかもうお前とか言わないでくれます?言われる筋合いもないし。姉さん、姉さんにも慰謝料を請求したい所ですが、これから先なにかしら入り用でしょう?ご祝儀と出産祝い兼ねてチャラってことで。それではお先に失礼致します」


席から離れると後ろから元婚約者と姉が騒いでいる声が店内に響くがお構いなしである。店長さんらしき人に迷惑をかけたことを詫びれば私がさっき食べた物とは違うケーキを渡してくれた。このケーキは持ち帰り可能ですので是非とも伯爵夫人に、と言付けを貰いお互いにっこり笑ってカフェから出る。何台かある馬車の中でひときわ目立つ馬車の前に居たのは元婚約者の家の騎士達。こちらが頭を下げれば向こうも申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべて深く頭を下げてきた。元婚約者のご両親が二人を逃がさない為に派遣したのだろう。こんな痴話喧嘩で出動とか、本当にこちらが申し訳ない。

騎士の方のご厚意で元婚約者の馬車で送って頂けるというので有難く甘え、カフェから真っ直ぐ近くの屋敷、オルバース伯爵家に向かってもらった。突然の訪問ではあったが快く迎え入れて頂き、あのカフェのケーキが持ち帰り可能になった事を告げて今日の出来事を報告。情報をもたらしてくれた友人というのが伯爵夫人、クラーラであるのでまぁ、一応。


「気落ちしてはダメよ、クリセルダ。あの男に貴方は勿体ないもの。すぐに私が新しい相手を見つけて来てあげるから」


帰り際私を抱きめたクラーラはどこか血走っていたように見えた。

美人程怒らせたから怖いというのは本当なのだとしみじみ実感したことと、やっと婚約破棄が現実であることを実感してちょっとだけ泣いた。


そして夜のお食事会。元婚約者の実家で私と両親、相手側の両親が席に座る中、無理やり連れてこられたであろう元婚約者と姉を前にしっかりと婚約破棄の書類と姉との結婚届に名前を書かせた上で渾身の一撃を元婚約者の頬に放ったのだった。


歯が一本足元にコロリと落ち姉の悲鳴が部屋の中を巡って行った。

とても良い飛距離が出ました。





朝一番に訪れた王都の隅の屋敷。門番が細かな細工が施された門を開けば、元婚約者であった伯爵家の敷地よりも一回り以上小さくいが、手入れの行き届いた屋敷と庭は非常に美しくそして完璧に計算された構図で、騎士である私達を迎え入れてくれた。近くではメイドたちが楽しそうに仕事をしていたり、この家の騎士たちが和気藹々と訓練をしたりと、爵位的には下の方にあると言っても、長く歴史ある子爵家にしては緊張感があまりにも無かった。目の前を通りすぎる鶏とひよこを追いかける小さな女の子が笑顔で走り過ぎる。その後ろからその兄であろう顔の似た男の子も走り抜けて行く。

王と国を守護する誇り高き騎士である私達の班の中には、この子爵家よりも地位が高い家の子息もそれなりに所属している。私のすぐ後ろの裕福な伯爵家の次男坊なんて早速悪態と舌打ちが止まらない。そんな彼に思わず私も溜息が漏れる。


少し歩けば身なりのいいメイドが前に現れ綺麗な所作で頭を下げた。なんでも彼女がこの家の当主の元に案内してくれるという。総勢十五人のそれなりの人数の騎士を前にしても背筋をピンと伸ばした銀色の髪の美しいメイドは、物怖じ一つしないで屋敷内を進んでいく。何人か彼女に突っかかっていったが全て無視されていたし、一瞬ゴミを見るかのような目を向けていたのはきっと同性である私と奥さんに尻に敷かれている隊長しか分からない事だろう。

二階の奥の部屋、少しだけ豪華な作りのドアの前でメイドは立ち止まり四回ノックをする。奥から少しだけ気の抜けた声が聞こえれば彼女はドアを開け、視線で私達の入室を促した。

思った以上に広く、左右には本棚正面の大きな机の前には大量の書類と小難しそうな専門書。天井は吹き抜けとなっており、左奥から階段を上れば三階部分に行くことが出来る。下から見るに上の階も本で埋め尽くされているように見えた。当主の執務室にあるはずの来客用のテーブルやソファーはなくただ広い空間に私達は立っている。


「いやぁ、出迎えも出来ずにすまない。別件で必要な書類が見当たらなくてね」


声の方向、階段の方向を向けば小柄な初老の男性がニコニコと笑顔を向けて降りて来ていた。側には私達とはそう歳が変わらない執事が主人が階段から落ちないように支えて降りてくる。


「話は伺っているよ。ご迷惑をお掛けすることも多いと思いますが、一週間宜しく頼みます」


笑顔を携え、何の躊躇いもなく頭を下げた男性、この家の主であるキルヒアイス子爵は何だか貴族らしからぬ貴族であった。

国の、それも城に仕える騎士である私達が王都の端の一子爵家の屋敷に来ているかと言うと少し前までに遡る……まではいかないが簡単な話、本来この屋敷に行くはずだった部隊が揃って夏風邪。代わりの部隊を何故か私達の部隊が指名されてしまったそうだ。以上。


「いえ、こちらも急に派遣予定の部隊と変わってしまい申し訳ありません」

「それを言うならこちらこそいろいろと申し訳ない。もともと屋敷を警備してくれている者達が慶事で実家に戻ったり、風邪をひいてしまったり、壁外の魔物討伐で怪我を負ってしまったりと少し人数が減ってしまっていてね。陛下が気を効かせて人手を手配してくれたんだが、まさかこんなにも格式高い方々とは」


ありがとうと頭を上げる子爵に隊長は慌てる様子を少し見せたが、すぐにいつも通り笑顔を取り繕いこちらこそと少しだけ首を下げた。爵位的に上なのは伯爵。でも隊長がいつも以上に下手に出るのも分からなくはない。

こちらにも挨拶をしてくれている御貴族様。メアレ・レオポルド・キルヒアイス子爵。王都の端っこに小さな領地を構える子爵家である。爵位は下でもその歴史建国時から続く由緒ある家柄である意味格上の存在だ。一昔前は魔法使いを輩出する家柄であったが時が流れるにつれ魔法は衰退していっている。それでもキルヒアイスは魔法使いを半世紀に一人は必ず輩出している家柄。他にも国を守るのに必要不可欠と言われるほど、優秀な文官をたくさん輩出している。私の父もキルヒアイス姓の文官にはお世話になったと言っていた事を頭の隅で思い出した。


「ウルリックは隊員さん方を食堂に案内しておくれ」

「旦那様……」

「私はもう椅子に座っての作業だけだから。案内が終わったらお茶をお願いするよ。君のお茶は娘たちにも好評だからね」

「……承知致しました」


仏頂面の執事さんを先頭にして私達は執務室を後にした。隊長は少し話があるらしくメイドのウルリカさんと執務室に残った。

一階に移動して食堂へ入るとウルリックさんは頭を下げて奥へと向かう。ここで待っているように、とのことだろうか。中にはドレス姿の女性達が三人と数人のメイドと何やら話し込んでいた。内容は分からないがとても楽しそうである。その中で一番身なりのいい女性がこちらに気付きニコリと笑った。


「あら、騎士の皆様方。ごきげんよう、そういえば今日でしたわね」


こちらに気付いたのか濃い緑色のドレスを着こんだ金色の髪の女性は機嫌が良さそうに一礼をした。その後ろには娘だろうか、顔つきも瞳も髪の色も同じではあるがあどけなさがまだ残る水色のドレスの美少女。そして異様に気品漂う栗色の少女が同じように頭を下げた。他のメイド達も先ほどまでとは打って変わってやうやうしく頭を下げている。


「私はフェルナンダ・キルヒアイス。メアレ・レオポルド・キルヒアイスの娘で、この家の長女よ。私の事は夫人と呼んで下さらない?一応結婚をしている身ですので。この二人は私の可愛い娘達。ヴェリーナ、エリーゼ」


その言葉に一歩前に出たのは夫人と同じ髪の色の美少女。その半歩後ろにもう一人の少女。


「はじめまして騎士様、私はエリーゼ。こっちのお姉様はヴェリーナお姉様よ」

「はじめまして騎士様方。ヴェリーナと申します」

「ここにはおりませんが、年の離れた弟と妹もおります。なにかと騒がしいとは思いますが、どうぞよろしくお願い致しますわ」


上品に、気品よく。各爵位によってマナーなど習うものは変わってくると昔教えてもらった事があるのだが、王族と遜色ない出で立ちの三人に逆に此方はおどおどしてしまう。正直ここまでとは思っていなかった。エリーゼ様は多分まだ社交界デビューはしていないのだろうが所作はほとんど成人した女性と同じぐらいのレベル、いや絶対に上だ。ヴェリーナ様に関していえば先月隣国に嫁いだ第三王女を思い出してしまう程に優雅であった。私や副隊長、この部隊にいる数人はほんの少し前まで第三王女の護衛が主な仕事だったので、なんとなく懐かしくなってしまうのは仕方がないことだと思いたい。

惚けてしまった自分の腕をつねってなんとか飛んでいた自我を覚醒させ、鼻の下を伸ばしている副隊長の背を叩き、私達も一人一人簡単に挨拶していく。名前だけを口にする者もいれば、遠回りに自分を売り込もうとする者もいる。確かに子爵といえど王家に近く歴史的にも格式高い家柄なので婿入りを希望する気持ちも分からなくはない。でも弟がいるって事は後継ぎはその子ってことじゃないのか?どうせ都合のいい事しか聞いていなかったのだろう。

夫人に座るよう勧められたので、近くにあった丸椅子を借りようと手を伸ばそうとしたとき、ヴェリーナ様がにっこりと笑みを浮かべて私の前に立ちふさがる。その行動に私よりも夫人とエリーゼ様が驚くような顔をした。


「えっと、ヴェリーナ様?」

「もう一度、貴方のお名前を教えて頂けますか?」

「は、はい!王国騎士団第三部隊所属、クリセルダ・ボームです!」


高身長の私と変わりない背丈のヴェリーナ様に少しばかりたじろいでしまったが、どこか満足した表情を浮かべた彼女はくるりと背を向けたと思うとすり足で私の左腕に自身の腕を絡ませた。流石に他の隊員もぎょっと目を見開きこちらを凝視してくる。


「お母様、決めましたわ」

「ヴェリーナ、急にどうしたの?……まさか!」

「お、お姉様!?待って、お待ちになってください!」

「えぇ、私この方にします。いくらエリーゼの頼みでも聞いてあげられないの。ねぇクリセルダ様」


顔を左側に向ければ眩いほどの美しい顔が私の瞳の奥まで届く。だがどこか彼女のその瞳の奥には獲物を刈り取る鷹のようにらんらんと鋭い瞳が光っていた。一瞬の青い色が彼女の瞳を掛けた様な気がした。彼女はぎゅっと私の腕を自身の胸に当てる様に締め付けにっこりと笑みを浮かべた。


「どうか私と、結婚を前提に婚約して下さないかしら?」



急遽私用にと用意された客間に訪れたアンヲルフ・オルバース隊長は会ってそうそうに、それはそれは腹が捩れんばかりに笑った。いつものザ・御貴族、の澄ました端正な顔が今ではクラーラことオルバース伯爵夫人ぐらいしか見る事が出来ない、貴族という服を脱いでただの人間になった彼は気持ちのよさそうに爆笑していたが、正直なところ笑えないのが現状である。

あの後上品で気品あるエリーゼ様の手によってヴェリーナ嬢は驚く位の速さで離され、後程また挨拶に来ると美しい笑みと共に風の様に食堂を後にした。夫人からも何度も頭を下げられ彼女もまた、走りはしないものの、急ぐように食堂から出て行った。残ったのは何とも言えない空気と私達隊員のみ。メイドさんたちは最初からいなかったかのようにいつの間にか消えていた。気まずい空気の中あのウルリカさんと言われていた銀髪メイドさんが今日はお引き取りを、とまるで氷の様な笑顔で食堂に来たばかりの騎士達を追い出した。


私以外。


「ヒッ、ヒィッ、腹が、痛い……」

「隊長笑いすぎです……やっぱいっそ盛大に笑って下さい」


本来なら明日から通いでこの子爵家での仕事のはずがあれよあれよで私はこの客間に通された。これは絶対に今日は帰してくれない。下手すれば一週間この部屋から通う事になるかもしれない。頭が痛い、帰りたい。


「はぁー!笑った笑った。さて、真面目な話、何でこうなった?」

「私が聞きたいです。普通に自己紹介したらこうなってました」

「それだけ?」

「それだけ」


さっきの爆笑が嘘のように急に黙り込む隊長に何故か冷汗が出てしまう。何か私が知らないところでやらかしていたのかもしれない。だがそれよりも、今の私は帰っていた部隊の彼らが私が女の子にプロポーズされた事を酒場で面白おかしく言っている事が気がかりだ。くっそー、まじであいつら明日許さねぇ。多分酒場には当分からかってくる人が結構いるだろうから行かないでおこう。まったく、この間婚約破棄したと思ったら今度はプロポーズとは……。


「うーん……今のところ俺が何かを言う事はないがヴェリーナお嬢様は、なんだ、悪いお人じゃ、ない、かな?」

「なんで疑問形なんですか。……お知り合いなんですか?」

「ヴェリーナお嬢様が五つの時から知ってるよ。幼い頃から可愛らしい子で、俺の家でクラーラと一緒に面倒を見てた事もあったな。それにたまにではあるけれど、このキルヒアイス家にも遊びに来たことがある」


当時伯爵令息とその伯爵令嬢に子爵令嬢の世話をさせていたって、このキルヒアイス家の歴史の長さがさせる技なのか。子爵家といえど恐ろしい。


「当時からあの方は、悪戯が服を着て歩いているというか、悪知恵が働くというか、一瞬目を離した隙に木に登っていたり、川に落ちていたり、俺に悪戯したり、ひどいときなんかクラーラと共謀して人前で俺の取り合いの泥沼愛憎劇なんてやられて……そのときのヴェリーナお嬢様は吃驚する程悪い顔が」

「あら、私のお話?」


突然の声に二人して肩が跳ねた。恐る恐るドアを見れば、誰もいない。開いてもいなかった。思わずえっ、と声が漏れた。隊長も目を見開いたがすぐにドア……ではなくクローゼットの方へ向かった。少々乱暴に開くが、やはり誰もいない。


「残念ですねオルバース伯爵。このお部屋の秘密の扉はこちらですわ」


バンッと勢いよく開いたのは、ベッドの真向い、何の変哲もない淡い青色の壁だった。栗色の長い髪をなびかせ先ほどと同じドレスを身にまとい、気品たっぷりの少女はニコリと笑顔を見せた。


「嫌ですわ、昔のお茶目なお話を当事者がいないところでなさるなんて。そういうものは私も会話に入れて頂かないと。その上で『ヴェリーナにもそんな時期があったのですね!』『キャッ、クリセルダ様ったら恥ずかしい!』ってするものなのではないでしょうか。そう思いませんこと、クリセルダ様?」


手で口元を隠しながら優雅に笑みを浮かべる。静々と歩み寄ってくる彼女は本当にどこかのお姫様のように見えた。左手に持った暖炉の火かき棒さえなければ。


「や、やぁヴェリーナ。お元気そうで何よりです」

「えぇオルバース伯爵。貴方もお元気そうですね。ところで……要らない事を口に出す悪い犬に私はどう躾を施したらいいのかしら」


火かき棒で軽く自分の手の平を叩く姿は、何故か迫力がある。身長は隊長の方が高いはずなのに何故かヴェリーナ嬢が見下ろしているかのように見えてしまうほどに、この空気は凍り付いている。否、実際に寒い。ヴェリーナ様の足元を中心にあきらかに床が凍り付いてきていた。


「これ、もしかして魔力暴走!?」


騎士になって四年と数か月。私は城で初めて魔法使いに会った。

だが魔法使いと騎士は仲が悪い、という事は無いのだが事あるごとに対立してしまう。以前騎士が魔法使いを煽った結果、今のように魔力が溢れ出て暴走状態に陥り人的被害は免れたが、会議室が魔力を帯びた強風により大破した事があった。

あの時と同じように、魔力は氷という形を得てこの部屋を覆いつくそうとしている。そして逃げないようにと言わんばかりに氷は隊長と私の足元を動かないよう凍らせてくる。咄嗟に側に置いてあった剣を手繰り寄せ柄で足元の氷を砕く。続けて流れる様に隊長の足元も同様にすれば、ヴェリーナ様は怒ったように目を見開き火かき棒を天に掲げる。先端に魔力が収縮しているのが肉眼で確認できるほどに彼女の持つ魔力は膨大で尚且つ質のいい事が分かった。ポタリと落ちたほんの少しの魔力の塊は床に着いた瞬間に弾けるかのように一本の大きな氷柱を作り出した。僅か数ミリの、水滴の様な魔力が人の腕一本分の氷柱を、だ。なら、いま火かき棒の先端に集まっている魔力がもし私達に向かって放たれたのなら……この部屋は無事では済まないし、こちらも無傷という訳ではいかないはずだ。なら、私は慎重に、だが素早く一歩を踏み出した。


「待てボーム!!」

「お待ちになってヴェリーナお姉様!!」


隊長が私の肩を強く掴んだと同時に、バンッと勢いよくこの部屋の正規の扉を紅蓮の炎を身に纏い入って来たのはヴェリーナ様の妹、エリーゼ様だった。瞬間炎が部屋を駆け回り氷を溶かして消えていく。先ほどとは違うピンク色のフリルたっぷりのドレスを着こなした彼女は大きな足音を立てて自身の姉に近づき、思いっきりその美しい顔を叩いた。

また別の意味で室内が凍る。貴族のご令嬢のまさかの行動。


「……エリー、ゼ?……あれ?」

「お目覚めですかお姉様、暴走しておりましてよ。私の顔、ちゃんと認識していますね、よかった」

「ごめん、ちょっと頭に血が上っちゃったわ。反省します」


ペロッと舌をだしてウインクする姿は先ほどの迫力や初めて会った時の上品さとはまた違った雰囲気を醸し出した。多分このヴェリーナ様が素なのだろう。

エリーゼ様の炎が部屋の氷が完全に解かした事を確認すると彼女はこちらに向かって深く頭を下げた。


「オルバース伯爵、大変申し訳ございません、姉にはうんと言い聞かせておきますわ。そしてクリセルダお姉様、ご迷惑をお掛け致しました」

「へ、あ、いや」


暴走を止めようとした行動ではあっても、令嬢であるヴェリーナ様に剣を抜きかけた騎士に、頭を下げるとは。こちらが頭を下げればエリーゼ様は待ったをかけた。


「クリセルダお姉様は謝らないで下さいませ。堪えの無かったヴェリーナお姉様が今回は悪いのですから」

「あらエリーゼ、その言い方では私は短気と取られかねないわ」

「事実でございましょう?気が短いから部屋にノックも無しに入られて、気が短いから魔力を暴走させて……気が短いから、クリセルダお姉様にプロポーズなさったのでしょう」

「……」


そこで初めてヴェリーナ様は苦い顔をした。図星であると言わんばかりに。

キッっ睨むものの意味がないと判断したのか、長い溜息を吐いてエリーゼ様は軽く頭を抱える。


「全く……どうかもう少しだけ堪えてくださいまし」

「努力するわ。……ところでオルバース伯爵、いつまでクリセルダ様の肩を掴んでいらっしゃるおつもりかしら?やっぱり躾を」

「お姉様!!」


慌ててヴェリーナ様の持つ火かき棒を奪い、魔法の発動を妨害する素早さを見るに、二人の間ではよくある事なのだろう。姉に対しての説教のスタンスも慣れているように私には映った。


「全く……クリセルダお姉様、申し訳ありませんがオルバース伯爵とヴェリーナお姉様を少しの時間お借り致しますわ」

「え、俺もかよ」


隊長はあからさまに行きたくないと顔に出しているがエリーゼ様には関係ないらしい。


「そうだわ、晩餐をご一緒にどうでしょうか!おじい様もお母様もクリセルダお姉様とお話をしたいと言っていた事を思い出しましたわ!!」

「い、いえお構いなく」

「そんなお構いなく、だなんて!我が家は子爵家ですが資産は侯爵家並みにありますのでご心配なく、諸々の用意は此方で……」


パンパンと手を叩くと扉から二人のメイド達が燃えカスとなった扉の方より現れる。背筋を伸ばし、凛とした佇まいは……これっぽっちの隙もない。そしてまた後ろから数人のメイド。如何にも高級そうな箱をいくつも手に持っていた。そしてキャスター付きのクローゼットを二台押して入ってくるメイド達。


「急遽で申し訳ございませんがこちらで晩餐用の服を何着かご用意させて頂きました。ドレスは苦手とお伺いしておりますのでワンピースをご用意しておりますわ。さ、貴方達、私達は席を外します。その間に頭の先から爪先まで綺麗に、尚且つ丁寧にして差し上げなさい」

「はい、エリーゼお嬢様……それではクリセルダ様、お覚悟を」

「え、ちょっと待って下さい!それって、いやそれよりもどうして私がドレスが苦手って、うわあ!!」


エリーゼ様を筆頭に、にこやかな笑みを浮かべたヴェリーナ様の背を押す形で隊長は部屋を後にする。その際隊長は私を哀れな目で、だ好奇心を全面に押し出していた様に見ていた事を忘れない。

そして悪漢にも魔物の大群にも負けない自負がある私は今日初めて、私よりも小さなメイド達に負けた。



「さて、オルバース伯爵。いえ、あえて言わせて頂きます。アンヲルフ、彼女はどこまでご存じ?」


不要な家具が積み上げられて入れられている空き部屋は話し合いの場には相応しくない。埃も凄いし座れもしない。ゆっくりお茶を飲むことすらできない。だが幼い頃の自分達はこの部屋を『秘密の部屋』として愛用してきた。それが今この瞬間まで続いていて、誰にも聞かれたくない話をする際は自然と足が向かってしまうのだ。

エリーゼは腕を組んでアンヲルフを睨みつける。あからさまに不愉快であると言わんばかりの表情は貴族の子女としては相応しくない。


「……全く。キルヒアイス家は歴史ある子爵家ってことぐらいじゃないか?」

「それはそうよエリーゼ。機密事項なんだし知っている部外者は陛下と王妃ぐらい。もし知っているとしたら一族の問題を大きく外れてしまう可能性があるわ」

「お姉様が悪いのでしょう!突然あんなこと仰るなんて!お母様なんてあの場を抜け出して直ぐに倒れてしまったのよ!」


顔を真っ赤にして怒るエリーゼもあの場を後にした直ぐに腰を抜かしていた事をしっかり見ている。


「大体彼女は私の護衛の予定だったでしょう!私が自分の護衛を決めてもすぐに却下するお姉様だって今回クリセルダお姉様でって言ったら賛成して下さっていたじゃない、アンヲルフも何か言ってちょうだい!!」

「そうだぞヴェリーナ。『エリーゼの周囲に汚い雄は置きたくない』って言うから態々魔物の討伐隊から引っ張って来たんだ。集団戦闘が可能な女騎士って貴重なのは知っているだろう?ほとんど王妃や姫達の護衛に回されている程だからクリセルダが空いていたっていうのも奇跡に等しい」

「あら、別にクリセルダ様を私の護衛にするつもりはないわ。そのままエリーゼの護衛に回って頂いて。エリーゼは私の魅力をそれとなくクリセルダ様のお耳に入れるだけでいいのよ」

「自分でなさって!!」


もう!と膨れ上がった頬を人差し指で軽く突っつくが今回ばかりは機嫌を直してはくれない様。


「それに私が彼女の事言ってもお姉様特に興味さそうだったし。もしお姉様がその時点で興味を持っていらっしゃるなら我が家に隊ごとお呼びしないわ……」

「取られると思ったのね、可愛いエリーゼ」

「実際取ったじゃない!!」


酷いわお姉様とアンヲルフの胸に飛び込む。堰を切った様にわんわんと泣く姿を見ると案外本気で気に入っていたようだ。申し訳がないと同時に少しの優越感が支配する。

第三王女に仕えていた女騎士。それが彼女。日に焼けた肌とそばかす。化粧っ気が無く女性のほとんどが髪を伸ばしているのに、彼女はバッサリとしたショートカット。お世辞にも容姿が良いというわけではないのだが、御忍びで城下町を訪れた王女が悪漢に襲われそうになった際、颯爽と現れた彼女が一人で守ったらしい。その現場を偶然にも見た令嬢は心を奪われたとか。エリーゼもその一人で、もう一年以上前から彼女の虜である。耳にタコが出来る程に魅力を伝えてくることに、正直に言って聞きすぎてウンザリしていた。男の事を言われるよりもマシだったけれどそんな彼女に、まさか自身が一目惚れしてしまうなんて思ってもいなかったが。


「ぐすっ、ぐすっ、クリセルダお姉様の為に、いっぱい頑張ったのに、婚約者の男の不貞だって、私が見つけたし、実の姉に寝取られている様なこともそれとなくクラーラに伝えてもらったのに、変な噂が立たないように伯父様の経営しているカフェに自然に誘導して親戚という名のサクラまで沢山仕込んだのに、全部お姉様のせいよ!!せいぜい自分の手柄にしたらいいんだわ!!!!」


と、延々と愚痴を言っているエリーゼの頭を撫でれば疲れたのかアンヲルフの胸の中で寝息を立て始めた。立ちながら眠るなんて器用な子だ。魔力が乏しい癖にあんな魔法を使った上で大泣きして疲れてしまったのだろう。少しすると立つ力も抜けてきたのか、よろめくエリーゼをアンヲルフが抱き上げてくれた。


「エリーゼが最近屋敷を抜け出していたのってクリセルダ様の背を追っていたのね」

「あれはストーカー行為の一歩手前だったぞ。ボームか気づかないよう気配消しの魔道具まで持って……俺以外が見つけていたらキルヒアイス家から犯罪者を出すところだった。しかもクラーラまで巻き込んで、全く、妹の手綱ぐらい握っていてくれ」

「世話を掛けたわね。表にウルリカを待機させているから部屋まで運んでもらって」

「……男の俺はエリーゼの部屋に入れない、か?」

「当たり前でしょう?あぁ、でも実の親に弟のスティーンは勿論入れているわよ。私だって例外。男は狼だもの、いくら貴方が結婚していクラーラが一番であってもそれは許さないわ」


ドアを開けて待機しているウルリカを呼び寄せると分かっていると言わんばかりにエリーゼを抱きかかえ部屋のある上の階へ向かって行った。

寡黙ではあるがそれなりに融通も聞く、自分にとっては代えの効かない従者だ。


「なぁヴェリーナ、本気なのか?」


エリーゼを見送り部屋に戻れば至極真面目な表情がそこにあった。なるほど、自身の部下をこちらに任せたくないのだろう。気を置いている人間を前にするとすぐに感情が顔に出る。分かりやすい奴だ。


「あら、私が本気じゃないとでも?」

「本気だと思うからだ」


いいじゃない、と思わず笑って窓の外を見れば年の離れた弟と妹が元気に走り回っている。すると奥の扉の向こうから仕事を終え帰宅したであろう夫に支えられながら、気を取り戻したフェルナンダが出てきた。両親の姿を見た二人は夢中になっていた遊びを放り投げて駆け寄っていく。子どもは嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。可愛らしくて無邪気でいて、世間知らずで生意気で、でもそんなところを守ってやりたい。見知らぬところで殺されかけていた自身が大人にしてもらっていた事を、いつかは自分の子どもにしてあげたいと思うのは自然であろう。

あの場に立つのが自身とクリセルダ、そして自分たちの子どもならば……自然と笑みが浮かんでくる。


「貴族として言わせてもらう。……ボームは一代限りの騎士伯の出身だ。あいつ自身、身の程は弁えている。それに男爵家や子爵家ならまだしも侯爵家なら周りも黙ってはいないだろう。それが、ノイマン家であっても」

「でしたら…………早めに口煩い周囲や実家の掃除を進めるだけだ。親戚共は俺が白といったら黒であっても白だと同調してくれる奴が多いしな。……俺はもう成人迎えているしいつ戻って黙らせてもいいが、今のノイマン侯爵があと少しでやるべき事を成す。なら待ってあげるのが本来の侯爵であり、大きな器を持った男だろ?」

「……」

「クリセルダにも振り向いて欲しいしな。一緒にお茶をして、城下町を歩いて買い物をするんだ。遠乗りもしてみたいな。お前がクラーラと一緒に行ったっていう湖を見に行ってみたい」

「お前は馬には乗れないだろ」

「そこはクリセルダに乗せてもらうよ。別に恥じらいなんてないし。他にも、俺が性別を偽って超絶美少女でいる理由とか、侯爵家の出の癖にどうして子爵家にいるのとか、いろいろ種明かしする日が楽しみだ」

「本当に性格が悪い。分かった、お前が……いや、貴方様が本気ならば、未来の奥様の為こちらはそれなりのサポートをさせて頂きます」


ガラス越しにペコリと頭を下げる騎士の姿が目に入った。

フンと偉そうにする自身の顔は長い髪の印象で女に見られやすいが、男の顔だった。







「ところでアンヲルフ、俺が暴走しかけたときにクリセルダが止めに入ろうとしたよな?」

「あ、ああ、そうだな」

「その時さぁ、クリセルダはお前を守る為に俺に立ちはだかった。まぁそれに関してもムカついているけど、それよりも……お前俺が傷つけられるって思ってクリセルダを害そうとしただろ。右手、柄握ってたぜ」

「!!いやちょ、ちょっと待て、」

「別に俺はクリセルダに傷つけられてもどうとは思わないよ。悪いの俺だったし、それに結果エリーゼが俺を止めたから良かったけど。でも、やっぱさぁ、







躾って必要だよな?」





婚約破棄した後日、女の子(男)に告白される話


Q.なんで火かき棒なのかとか、どうして女装しているのか

A.連載用に書いていたけど一先ず上げただけ

なのでちゃんとヴェリーナの本名も考えてますし設定もある

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[気になる点] 検索妨害になるのでガールズラブ作品でない場合はガールズラブタグをつけないでほしいです
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