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8話

「お兄ちゃんお願いがあるの」

部屋の扉を開けると彩花が抱き着いてきて、開口一番にそんな事を言った。


「あらら、あやちゃん甘えんぼさんかな?」

彩花はたまに甘えんぼモードになる。小学生の低学年の頃はよくこうやって抱き着いてきては頭をグリグリ胸に押し当ててきた。ここ数年は無かったのだが、環境が激変した為、変なスイッチが入ったのかもしれない。


「あのね、あやか(・・・)プリンが食べたいの。」

彩花が胸の中で器用にクルッと上を向いて、おねだりする様に言った。ウン、カワイイ。ちなみに今は例の野暮ったい黒メガネはしていない。というよりもこの世界に来てから視力が良くなったみたいで不要になったと言っていた。


「プリン?」


「そうお兄ちゃんの作ったプリン、久々に食べたいの。」


「プリンか・・」

俺は彩花の頭を撫でながら言った。プリンは牛乳、卵、砂糖があれば作れる。シンプルだけに美味しく作ろうと思えば難しいが、ある程度のものなら簡単に作れてしまう。お菓子作りは彩花の世話をするうちに身に着けたスキルの一つではあるが、俺の趣味でもある。ここでの生活にも少し慣れた事だし作ってみるのも悪くないと思った。なにより暇なのだ。


(材料あるかな?)

こないだ市場に行ったときに砂糖はあるのを確認している。チーズがあるから、なんらかの"乳"はあるのだろう。後は卵か・・・エルナさんに聞いてみよう。


「駄目?」

彩花が考え込む俺をみて、確認する様に言った。


「いや、材料次第かな。でも冷えてないと美味しくないんじゃないか?」

この世界には当然冷蔵庫なんかない。常温でも食べれない事もないがやはり冷たい方がおいしいだろう。


 俺がそういうと、彩花が少し離れて、手から"氷"を出した。1cm角の小さい物だ。


「これで冷やせるよ」

彩花が自慢気に言った。そういや彩花は氷魔法を使えるのだった。冷やす問題はあっさりと解決した。


「じゃあ、冷やす時はあやちゃんにお願いしようかな。」

俺が笑顔で返すと、彩花が目を合わせずに"うん"と(うなづ)いた。


甘えんぼモードはもう終わりらしい。少し恥ずかしくなったのだろう。


 という事で、プリン作りを開始した。甘味に飢えているわけではないが時間つぶしにはちょうどいい。材料は問題なく揃った。エルナさんに頼むと近くの農家から鶏卵と牛乳をすぐ調達してくれた。砂糖については市場で購入した、300g程度で銀貨6枚、6千円くらいだな、高いがお金を使う機会が殆ど無いため、気にはならない。


 プリンは甘さと食感を楽しむお菓子だ。甘さは砂糖で調整できる。難しいのは(なめら)な食感を出す事で、これには内部に()(気泡)が入らないよう工夫する必要がある。()が入る原因は大体は加熱の温度や時間である。自宅であれば、オーブンレンジで作っていたのでそこら辺の微妙な温度や時間の調整は全て機械がやってくれていたが、ここではそうはいかない。材料の違いもあり若干戸惑ったが、4回目で納得のいくものが出来た。カラメルと生クリームも合わせて作る。


(うん、こんなものかな)

欲を言えば、カットフルーツも添えたいところではあるが、無い物は仕方ない。彩花を呼んで氷を出して貰い。木箱の中にプリンと氷を入れる。昔使っていた冷蔵箱と同じ要領だ。もう少し断熱とかを工夫した方が良いのだろうが、ゼラチンを使わないプリンは加熱した時点で固まるので、冷やすのは旨味を出すのと、冷たさを楽しむ為のものだ。なので、そこまで神経質にならなくて良い。


「あとどのくらい?」

彩花が聞いてくる。


「そうだな、2時間もあれば、十分じゃないか?」

家の冷蔵庫なら1時間だが、即席の冷蔵箱ではそこまでの早さは望めないだろう。


「2時間か、夕食の後かな」

正直、味見と失敗作の処理で夕食どころではないのだが、それを言うのは野暮だろう。


「食後のデザートでいいんじゃないか、レア達にも食べて貰って感想を聞こう。」


「うん、楽しみ」


「ご期待に添えていれば宜しいのですが、お嬢様」

若干、おどけて言う。


「うむ、くるしゅうない。」

彩花もノリで返してくる。


「フフフフ」

「ハハハハハ」

二人で笑い合う。ここに来て4カ月、望郷の念は今だあるが、こうやって2人で笑い合えるのは本当に嬉しく思う。


 その後、夕食の時間になったので、食事をとる。レアお嬢様達は俺達が来る前は3人で並んで食事をしていたみたいだ。イメージだと、貴族の食事は、自分だけ食べて使用人は立たせて待たせるみたいなのを想像するけどそんなことは無いらしい。今はその3人に俺達二人が加わって5人で食事をとる事が多い。ちなみに今日の夕食はパンとスープそれに腸詰だった。これはエルナさんが作ってくれたものだ。


『コトリ』とレアお嬢様が静かにスプーンを置く。


それを合図に口を開く。

「あの~、少しいいですか?」


「どうした、シューイチ?」

レアが小首を(かし)げながら言う。絶妙な角度だ。自覚してやっているなら、小首(かし)げ検定1級を取れるな。


「食後にデザートは如何でしょうか?プリンというお菓子を作ったのですが?」


「デザート?プリン?何だそれは?」

あ、デザートって概念がないのか?


「そういえば、シューイチさんは朝から、調理場でなにやら料理をしていましたね。それを出してくれるのですか?」

そう思っていたら、エルナさんが補足してくれた。エルナさんには色々協力してもらったから、当然知っているだろう。もっとも何を作ったかまでは知らないはずだ。別に隠したというわけではなく、失敗する可能性もあったし、説明が難しかったから言わなかっただけだけど。


「ふむ、もっと後ではダメなのか?」

レアお嬢様はあまり乗り気ではなさそうだ。確かにデザートという概念が無ければ食事の後に更に何か食べるって変な感じなのかもしれない。彩花の方をチラリとみると、待ちきれないという様子だったが、口を挟んでくる様子はない。押し切るか。


「私達の故郷では、食後にデザートを食べると、健康に良く、食事の満足感も高まると言われていますよ。」

なんか、変な宣伝口調になった。でも食後にデザートを食べる意味は、不足したビタミンを補うためだったり、糖分が胃の活動を抑えるからだと聞いたことがある。なので、(あなが)ちデタラメではない。


「ふむ、故郷か」

レアは何か考えている。もう一押しか。


「それに甘いですよ。」


「甘いのか?」


「ええ、甘いです。」


「よし、シューイチ、プリンとやらを出してくれ。」

許可が出て『ホッ』とした、レアお嬢様甘いもの好きなのかな?


 という事で5人の机の前にプリンを並べていく、裏返してカラメルが上に来る状態にして、その上に生クリームを乗せたものだ。


「これがプリンか?スライムみたいだな?」

レアが器を前に(つぶや)く。


「そうです。材料は牛乳、砂糖、鶏卵です。」

一応変なものは入っていないとアピールする。


「お嬢様まずは私が食べましょう。」

そう思ったら、エルナさんが先陣を切ると言い出した。ただのプリンなんだけど、エルナさん達には異国の者が作った怪しげな料理に映るのかもしれない。


「いや、私が食べよう。シューイチが変な物を出すとは思えない。」

そういって、レアがプリンをスプーンで(すく)い口に入れる。


(モキュモキュ)


「おおおお、これはぁ」

一瞬レアの顔の構成が崩れたと思ったら、すぐに真顔になった。


「お嬢様?」


「いや、大丈夫だ。というか、うまいぞ。エルナとマーシャも食べるといい。」

レアにそう言われ、エルナさんとマーシャさんもプリンを口にする。


((モグモグ))


「あまぁああ」


「ふわぁ」


三者三様に驚いてプリンを食べている。良かった気に入ってくれたみたいだ。彩花の方を見ると普通にプリンを食べていた。まぁでも少し頬が高揚してたので、合格点なのかな、それともレア達にあて(・・)られたのか。


「もうないのか?」

レアが空になった器を見ながら名残惜し層言う。


「ああ、ではこれ食べます?まだ手をつけてませんよ。」

俺は自分の器を差し出す。


「しょれはシューイチのだろう。いいのか?」

あ、噛んだ。でも、カワイイ。


「私は味見でお腹がいっぱいですので」


「そうか、では遠慮なく頂こう。」

レアが俺の器をとろうとしたところで、別の方向から声がかかった。


「レアお嬢様それは、(ずる)くありませんか?」

「私もそう思います。」

エルナさんとマーシャさんがそれを見て、抗議する。


「これはシューイチが私に(・・)くれると言ったのだ、なんの問題もないだろう。」


「おかわりが欲しいのは私達もです。平等に分けるべきではありませんか?」


「何を言う、そんな事すれば形が崩れるではないか」


「お腹に入れば同じではないですか?貴族の令嬢がつまらない事に(こだわ)りますね。」


「何をお前らこそ、(あるじ)(うやま)う心はないのか?」


なんか、『ぐぬぬ』って効果音が出そうな勢いで争っている。ここら辺の3人の関係って微妙だと思う。俺の価値観だと貴族という身分が絶対なイメージがあるけど、この3人を見ているとそんな感じもしない。勿論、レアもエルナさんもマーシャさんも締める所はきちんと締めるんだけど。


 そう思ってたら、彩花が横から俺の器を取って、プリンを食べだした。


「「「ああああ」」」

3人が絶望したような声を出す。


「本のお礼まだ貰ってなかったなと思って」

彩花がそういうと3人は黙ってしまった。本のお礼が何かは分からないが、彩花なりに気を使ったのかな?険悪な雰囲気にはなりそうには無かったけど。


「まぁ、また作りますので」

俺がそう言うと


「絶対ですよ。」

エルナが微笑みながら念を押す様に答えた。その姿に少しだけ"ドキリ"とした。

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