7話
「ここまでで何か質問はあるでしょうか?」
マーシャさんがモノクルをクイッと動かしながら言った。場所は館の一室。俺たちはこの世界の事を学ぶためにマーシャさんから授業を受けていた。
マーシャさんは何と言うか理想の音楽教師っていう感じのタイプの人なのだ。肩にかかるソバージュの髪、豊かな胸におっとりした目元。白色の胸元フリルのブラウスと黒のタイトスカートが似合う感じ。なので思わず先生と呼びたくなる。
「宗教間の対立はあるのでしょうか?」
今はこの国の宗教について教えて貰ったところだ、この国は主に『ヴィーナス教』と『雷龍教』の二つが信仰されている。どちらも一神教であるらしい。一神教同士の信者って、いがみ合うイメージがある、そこら辺はどうなのだろうかと思い質問をした。
"ふむ"とマーシャさんは頬に手を当てながら考え込む。ワザとやってるんじゃないかって思うぐらい絵になるな。
「難しい質問ですが、大きい争いは起きていませんね。小競り合い程度は日常的に起きていますが。」
マーシャさんが答える。
「先程も少し触れましたが『ヴィーナス教』は富裕層や中間層に支持者が多く、『雷龍教』は貧困層に支持者が多いです。権勢的にはヴィーナス教の方が有利なのですが、数の上では雷龍教の信者の方が上です。なので、お互い消極的に相手を尊重しているという感じでしょうか。」
「なるほど、良く分かりました。ありがとうございます。」
支持層の違いというのが大きいのかな?雷龍教側からみれば、ヴィーナス教側は雇用主や支配者層だから怒らすことはできない。一方、ヴィーナス教側からみれば雷龍教側の数は怖い。それに、支配者側とは言え労働者層にそっぽを向かれてはどうにもならないだろう。
「では、次に各宗教の教義について説明します・・・・」
マーシャさんの授業は続く、彩花の方を"チラリ"と見るとまじめに授業を受けていた。実際にこの世界で生きる為の知識を教えてくれているわけだから、普段の授業よりは真剣になるのかもしれない。その点は俺も同じだな。日本にいると分からないが、宗教は人種、性別と同じぐらい差別の理由にされて来た。どちらの宗教にも属さないとしても、問題や対立があるなら、詳しく知っておかなければならない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「では、この辺で今日は終わりにしましょうか。」
50分ぐらい授業をした後、マーシャさんが終わりを告げる。"ありがとうございます"と礼を言った後、俺は両手を挙げて"グイ"っと体を伸ばす。集中して同じ姿勢だったから体を伸ばすのが妙に気持ちいい。思わず"んっ"と声が出る。
たっぷり20秒ぐらい体を伸ばした後、周りを見ると彩花とマーシャさんに凝視されていた。
「?」
俺が疑問符の付いた表情で見ると彩花は慌てて視線を逸らす。マーシャさんはこっちをみたまま顔を逸らさない。何なんだろうと考えていたら、そのままツカツカ近づいてきて、俺の背後に回って首元当たりに顔を近づける。
(スンスン)
え?何か匂いを嗅がれている?ひょっとして変な匂いが出てる?それで、見られていた?一応、ここに来てからも毎日湯浴びを欠かさないようにしているし、石鹸も使って体を洗っている。風呂は3日に1度沸かしてくれるので、毎回入る様にしている。なので、体は清潔な筈なのだが。
「チェストーーーー」
"ガバッ"とマーシャさんが抱き着いてきた。その勢いに思わず”グオッ"と変な声が出る。そのままグリグリと締め付けられる。色々、当たっている気がするが、それより締め付けが痛い。
「マーシャさん!」
彩花が慌てて止めに入る。
「はっ、私は何を・・・」
彩花の声を聞いて、マーシャさんが締め付けを解いてくれた。あの体の何処にあれだけの力があるのだろう。力の差と言う意味で、女性を怖いと思ったのは初めてだ。
「ゴホン、すいません。しかし、前の授業でも言った通り、そういう風に無防備な感じを出すと、女性に勘違いされますよ?」
マーシャさんが、元の場所に戻り。咳払いをする。
「お兄ちゃんも悪いよ。」
彩花もマーシャさんに同調した。
え、俺が悪いの?伸びをしただけなんだけど。
「うう、あやちゃんがいじめる。」
俺がいじける振りをすると彩花がもう一度"お兄ちゃん!"と言った。茶化すなという事らしい。
「はい、すいませんでした。」
納得はいかないが謝ってしまう事にした。何と言うかこういうところは日本人だなと思う。しかし、この世界の男女の価値観は地球とはだいぶ違うというのは分かっている。それは頭では分かっているのだが感覚が付いていかない。"伸び"をする程度でも無防備判定されるのか?向こうの世界でもそこまで厳しくないような気がするのだが。
いや、そうでもないか、大勢の前ならともかく2人きりの時にそういう風な動作をすると、誘っていると勘違いする男はいるかもしれない。彩花は勇者業でしょっちゅう外に出ている。俺よりもこの世界の感覚に馴染んできているのかもしれない。
そう考えると元の世界の女性というのは相当窮屈な生活をしたのかもしれない。何気ない所作一つでも気を付けないといけない。マーシャさんには、それを身をもって教えられたという事なのだろうか?なんだか怖かったけど。気を付けるようにはしよう。
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その後、治療院を開き、それが終った後、エルナさんの部屋に遊びに行く。最近よくあるルーチン的な行動だ。ちなみに彩花も一緒にいる。
「それで、そのサッカーとは、どんなものなのですか?」
エルナさんがパチリと黒の石を置きながら言う。白の石が3枚裏返える。
「そうですね。人間の頭部ぐらいの大きさがある"ボール"と言う球体を蹴って相手のゴールに蹴り込むゲームです。コートというスペースが決められていて・・・・」
俺が隅の一つ横に白の石を置く。余り置いてはいけない位置なのだが石の並び的に、置いても問題ないだろう。黒の石を1枚裏返えす。
「そんなにゴールが大きいのではすぐに決着がついてしまうのではないですか?」
エルナさんが絶妙な位置に黒の石を置く。白の石が1枚裏返る。
「いえそれがなかなか難しくて、ゴールには手を使える守備専門の人がいますし、相手もゴールを阻止しようと必死ですからね。」
俺が再び白石を置く。黒の石を1枚裏返えす。
「・・・・」
(パチリ)
「・・・・」
(パチリ)
「・・・・」
(パチリ)
オセロをしながら雑談をする。エルナさんが俺が向こうの世界でやっていた、サッカーの話を聞きたがったので説明しているところだ。オセロも俺が作ったから、地球の娯楽に興味があるのかもしれないし、面白いなら広めたいとも考えてるのかもしれない。しかし、何も知らない人にサッカーというのを言葉だけで説明するのは難しいな。実際やってみせるのもいいかもしれない。男を22人集めるのは難しいが、女性なら集めれるだろう。俺はサッカーをするのも好きだが見るのも好きだ。この世界の女性は身体能力が高いから面白いプレーが見れるかもしれない。
「これで終わりですかね。」
俺が隅に白の石を置く。黒の石が5枚裏返る。これで逆転するはずだ。
「ああ~、また負けちゃいました。」
エルナさんが少し悔しそうに言う。
「いや、なかなかでした。」
実際、覚えてから1ヶ月弱で俺とほぼ互角のレベルまで上達しているのだ、頭はいいのだろう。
「次、あやちゃんやる?」
隣で本を見ている彩花に声をかける。ちなみに本の内容は黒魔術の事がかかれたもので、レアから借りたと言っていた。
「ん、私はいい。」
彩花がそっけなく返事をする。不機嫌な感じではない。元の世界に居たときは俺が彩花を差し置いて、他の人と話しているとみるみる機嫌が悪くなったのだが。この世界に来て自立したという事なのかな?というより、寧ろ何か観察されている気がするのだけど、気のせいだろうか?
その後、エルナさんと雑談に話を咲かせ、自分の部屋に戻る。この世界に馴染みつつあった。