5話
「シューイチ、怪我を見てくれ。」
治療院の方に、レアが顔をみせる。特訓で怪我をしたのだろう。
俺と彩花はレアの雇い入れたいという申し出を受ける事にした。市中に職を求める事も出来たが、そうなると俺は性別を明かさないといけない。彩花は14歳で、この世界では既に大人と同じ扱いだが、お金を貰って仕事をすると言うのは始めての筈だからトラブルだってあるだろう。この世界の常識についてはマーシャさんに習っているが、それでも知らないことが多すぎる為、騙される可能性も高くなる。彩花は少し考えたようだが、意外に乗り気だった。レアの元で働くのは悪くない考えだと思ったのだろう。
俺は治療師として働いている。というより、治癒魔法を使えるだけで、治療師になれると言うのが凄い。10000時間の法則とか完全に無視だな。それが魔法と言えばそうなのだろうけど。ちなみに、治療院の方は館の一角を借りて開いている。といっても、ベッドと椅子2個だけがある簡素なものだ、壁は一応、白くしてもらった。清潔感は大事だろう。
雇用主の事も知っておきたいと考え、レアの事も詳しく聞いた。レアは正式名称をレア・ミラージュという。ミラージュ家は伯爵家で、その五女と言っていた。年齢は15歳で彩花の一つ上。代官としてこの街を治めている。代官といっても、全権を委任されているわけではなく、徴税権と軍事統制権はないらしい。重要な管轄は年齢から言っても、流石に任せられないという判断なのだろう。それでも日本の感覚からすればありえない事ではある。
「どこですか、レア様、見せてください。」
俺がそう言うと、レアが胸元を少しだけ開ける。結構、際どい場所だ。見ると、赤い滲みのような物が出来ていた。
仕事を始めて分かったが、治療師という仕事はかなり暇だ。今回の様に偶にレアが擦り傷を作ったとか言って来ることを除けば、日に2人、3人くればいい方だ、怪我についても軽いものが多い。まぁ、医者となんちゃらは暇の方が良いと言うが、暇すぎると逆に不安になるな。俺は医者ではないけど。
「治療を開始します。少しだけ触りますね。」
俺がそう言うと、レアが『コクリ』と頷く、恥ずかしいのか顔は背けていた。まぁ、恥ずかしいのは俺も一緒だ、子供のお医者さんゴッコを思い浮かべる。
元々、この街には治療師というか治療魔法を使える者が居ないらしい。代わりに薬師がいる。この薬師が医者みたいな役割をしているのだが、大きな怪我をした場合は、薬師だけではどうにもならない。そういう場合は隣街の治療師を呼ぶか、怪我人を運ぶかするらしい。
人口5000人ぐらいの街で、軽めの怪我なら薬草を塗り潰したものを自分で塗って治療する場合が多いし、薬師もいる。治療師の需要は低いのかもしれない。それに、治療師にかかると、高いというイメージがある為、死にかけの怪我をしても、治療してもらう費用がないという事で、諦める場合も多いと聞いた。治療費は俺が決めているわけではない。格安に設定したとレアは言っていたが、それでも手が出ないという人は一定数いるのだろう。
そんな感じで治療師業については、たぶん赤字だろうけど、行政サービス的な側面もあるのかもしれない。いざと言う時にはいないと困る。居れば安心ということだ。そう思う事にしよう。
「あと少しだけ我慢してください。」
魔法が発動し白く光る手をを患部に当てながら、俺が言う。レアは時折、「んっ」とか、「はぁっ」とか吐息を吐く、妙に色っぽい。
(やっていることは治療、やっていることは治療)
俺は変な気分を追い出す様に自分に言い聞かせる。
蛇足だが、『治療魔法』は、唱えればすぐに全快するという簡単なものではなく、怪我の度合いにもよるが、何日も繰り返し魔法をかける事で、徐々に回復を促すものだ、ともすれば、本当に効果があるの?と思われる可能性もあるが、かすり傷程度なら、10数秒治癒魔法をかけるだけで治る為、破格にすごい力とも言える。
「ふうっ、終わりました。」
レアの胸元を見ると、赤い滲みはきれいに消えていた。
彩花の勇者業は順調のようだ、彩花は『氷』『雷』『土』が使えるが、モンスターは基本的に『氷』魔法で倒していると聞いた。モンスターは森や洞窟に居る事が多いから、『雷』魔法を使うとかえって面倒くさい事になるのだという。後は精神的にも凍らすのが一番楽なのだといっていた。確かに、雷で倒すと、死体とか酷いことになるだろうし、匂いもきついだろう。『土』魔法はどちらかと言うと防御向きの魔法らしい。しかし、彩花がモンスターを倒すねぇ・・・。どうもイメージが湧かない。
最初は俺もモンスター退治についていきたいと言ったのだが、役に立たないからやめて欲しいとハッキリとレア達に言われた。男が行っても邪魔にしかならないとも言われた。それに亜人種のモンスターの中には好んで男を攫う種もいると言われた。攫って何をするのかと言えば、お察しの通りだろう。どうやら、亜人型のモンスターの中には人間との間に子供を作れる種もあるらしい。
まぁ、モンスターもオスが少ないのは同じと言う事らしい。最近モンスターの被害が増えていると言うが、あんまり対策していなかったら、モンスターが増えすぎて被害がシャレにならなくなってきたと言う事なのだろう。時代や場所が変わっても問題が表面化してから、対策するというのは同じなのかもしれない。
「うむ、礼を言うぞ。」
レアは恥ずかしかったのか、胸元を隠しながら言った。
ちなみに、彩花の勇者業は週2回ぐらいだ、残りの日は休みだが、最近はレアと一緒に剣の練習をしている。元々は文学少女だったはずなのに、どんどん、遠くに行ってしまいそうな感じを受ける。
「・・・・・・・」
それと、彩花とレアはかなり仲が良くなったみたいだ、普通にため口で話してるのを見かける。一応貴族らしいので、俺は敬語を使っているが、大丈夫なのだろうか?まぁ、レアはあまり気にしていないようだし、黒魔術という共通の趣味があるから気は合うのだろう。それに、俺達は異世界の人間だ、こちらの常識を押し付ける気はあまりないのかもしれない。
「・・・・・・・」
俺の方は、仕事が暇な時は館の家事を手伝うようにしている。別にやらなくていいと言われたが単純に暇なので体を動かしていたいだけだ、それに彩花が勇者業をやるときは、エルナさんが必ず同行する。つまり、館の家事をする人が居なくなるので、その穴埋めという意味もある。もっとも同行しているのはエルナさんだけではなく、市中で傭兵みたいな事をやっている人を雇って5~6人のチームを作っているみたいだ。
「・・・・・・・」
「あの、何か?」
治療が終わってもレアが一向に席を立つ気配がないので聞いてみる?というか『ジッ』と見つめられている気がする。
「いや、何でもない。」
照れたようにそっぽを向く。う~ん。何となく好意を向けられているような気はする。勘違いかな。男が珍しいというのもあるのかもしれない。でも、それだけではないような。まぁ、レアの気持は分からないが嫌な感じはしない。それで完結させておこう。