4話
俺達がこの世界に来て、1週間が経過した。分かっていた事だが、帰る目途は全く立っていない。地球でも同じ時間が過ぎているなら、両親は嘸かし胸を痛めているだろう。子供二人が同時に行方不明となったのだから。それを思うと暗い気分になる。せめて、無事で生きているという事だけでも伝えれればいいのだけど。
この1週間で分かった事をまとめると。まず、この世界では男よりも女の方が力が強いという事だ。レアもエルナさんも、マーシャさんもどうみても俺より力が強い。それに彩花も何故か強化されているみたいだ、というより俺が弱くなったのか?この辺は良く分からない。何だか部活動が否定されたみたいで凹む。まぁ、地球でも同じような感じなのかもしれない。女性は同じ努力をしても、男性よりは速く走れないし、高く飛べない、力もつかない。立場が逆なだけで、そういう意味ではここがそういう世界だという事なのだろう。
あとは街を案内してもらった。文明レベルは地球の中世程度、男が極端に少ないという事も分かった。今いる都市は人口5000人程度だが、その中で男は150人ぐらいしかいないと聞いた。ここが田舎というのもあるらしいが、国全体で見てもその比率は偏っていると言っていた。実際、街中では男には全く合わなかった。男とバレるとトラブルに巻き込まれる可能性もあるのだとか、なので基本は外に出ない、外出してても女装している場合が多いらしい。レアとかエルナさんの変な行動は、俺が珍しいというのがあったのだろう。
そんな感じなので、当然だけれども、国を支配しているのは女性という事になる。女系国家ということになるのかな?良く分からない。というより、男が少ないのだから、そういう形が普通なのだろう。
人口維持できるのかな?と思ったが不可能ではない。生物としての繫殖面だけを考えれば、女性が多いという事は個体数が増えやすいという事でもある。数学の問題にすらならないが、例えば、1年に1回1匹だけ出産する種がいるとする。十匹いてオスとメスが五匹ずつの場合は、1年後は15匹だ、ところが、オス一匹でメス九匹の場合は、1年後19匹となる。これが毎年続く。単純に考えた場合、種としてはメスが多い方が個体数を増やしやすいのだ。というより、極論を言えば、単細胞生物の様に無限に分裂していく方が増える事だけを考えれば有利であり、男やオスという"型"は不要とすら言える。
この世界がどうしてこんな歪な形なのかは分からない。進化の過程で適応した結果なのだろうか?
話は変わるが、レアから正式に俺達を雇い入れたいと申し出があった。彩花は魔物の間引きを、俺は治療師として働いて欲しいと言われた。召喚した者としての責任を感じているのだろう。少し考えさせて欲しいと言って回答は保留している。彩花は勇者として申し分ない力を手に入れたし、俺は治癒師としての力を得た。能力的には問題ないと太鼓判を押されもした。彩花はどうやら悩んでいるようだ。しかし、いきなりモンスター退治と言われても大丈夫だろうか?モンスターを殺すということの意味を理解しているのだろうか?能力はあっても精神面が心配だ。それに縛り付けるような真似はしたくないが、危ない事は止めて欲しいというのが本音だ。俺が治癒師として働く、そちらだけでは駄目なのだろうか。
『ボーッ』と、そんな事を考えながら着替えをしてると。ドアが『コンコン』とノックされた。
「どうぞ」
そう言うと。ドアが少しだけ開き、彩花がひょっこり顔を覗かせる。今日は一緒に街の東南部にいく事になっている。中間層が多く住んでいる地区で、その近くで市場が開かれるらしい。それを見に行く予定だ。俺達が出かけるときは護衛をつける事になっているが、今日はマーシャさんが一緒に来ると聞いている。
「準備できた?」
彩花は街に行くのが待ちきれないといった様子だ、まぁ、俺も楽しみな所はある。
「今、終わったところ。」
最後のボタンを締めるながら答える。ちなみに、俺が今着ている服は女物だ、一応、警戒して欲しいと言われエルナさんから貰った物を着ている。サイズの方はなぜかピッタリ。わざわざ、直してくれたのだろう。
玄関でマーシャさんと落ち合い、レアとエルナに見送られながら、市場に向かう。レアからは、金がないと困るだろうという事で、俺と彩花にそれぞれ銀貨10枚ずつ渡してくれた。悪い気はしたが、使わなければ返せばいいだろうという事で受けとった。
彩花とマーシャさんと話しながら道を行く。何故か俺が真ん中だ、両手に花ではなく、どちらかというと左右をガッチリガードされている感じなんだよな。
街並みは長閑だ。石造り、レンガ造り、木造りの低い建物が点在して、その家を中心に畑が並ぶ、畑は大半が小麦を作っているっぽい。道中に話す内容は様々だ、俺と彩花は日本での話題は意図的に避けるがそれでも、会話は尽きない。魔法の事、剣の事、モンスターの事、街並み、宗教、食べ物の事。マーシャさんは分からない事を丁寧に説明してくれる。この人、レアの家庭教師もやっているだけあって、話が分かりやすい。
20分くらい歩いて、目的地に着く。市場は活況だった。目抜き通りの左右にタープを貼った露天商が20~30ぐらい並んでいる。客は百人近くというところだろうか、入口付近では串焼きを売っているのかいい匂いがした。彩花を見ると、向こうも気になっているみたいだ。店の前に行き確認すると、ボンタの腿肉、銅貨30枚と書かれている。銅貨100枚で銀貨1枚だから、問題なく買える。『ボンタ』って何だろうと思っていたら、マーシャさんが説明してくれる。イノシシみたいなものらしい。それを聞いて俺と彩花は購入を決めた。金を渡し、串焼きを受け取る。愛想のいいおばちゃんだ、でもナチュラルにお釣りを誤魔化そうとするのは止めて欲しいな。俺が一言いうと、「冗談だよ」と笑って、残りのお釣りを渡してくれた。全く油断ならない。串焼きは問題なく美味しかった。
そんな感じで、市場を見ていく。売っている物は食べ物が多い感じなのかな、小麦、大麦、エンバク、豆、芋、干物、香辛料、あとは変わり種でモンスターの肉や角?もある。槍や防具も売っているのはこの世界らしい。自分の身は自分で守れという事なのだろう。ふと彩花の方を見ると一着の服を見つめていた。
「これどうかな?」
若干、上目遣いで俺に聞いてくる。そう言われて、彩花が指を指している服を見る。キルトっぽい服だ、下は、赤をベースに黒のラインが入ったタータンのセミロングのスカートで、上は黒一色のブレザーっぽい服だが、嫌がらせの様にボタンが付いている。そのボタン意味あるの?っていう位置にもついている。中に着込むシャツは白色で襟元にフリルがついている。
(洗うのめんどくさそう)
第一印象はそれだが、そのままの感想を言うわけにもいかない、改めて服を見ると彩花が着ると学生っぽく見える気がした。
「似合うんじゃないか」
そのままの感想を言う。似合そうではある。
「う~ん。」
彩花は悩んでそうな振りしているが、欲しいのかもしれない。服はレアやエルナさんやマーシャさんに貰ったものを着ているが、やはり、自分の好みにあった物を選びたいというのはあるだろう。価格を見る。金貨2枚+銀貨30枚と書かれていた。日本の感覚だと23万くらいか、うん、どうにもならないね。妹に服すら買ってあげれない兄。情けない。トホホ。
「購入しましょう。費用は私達が持ちます。」
それを見ていたマーシャさんが言った。
「いえ、流石にそれは」
俺が固辞しようとすると、マーシャさんが続けて言った。
「アヤカさんとシューイチさんには不便をさせるなと言い使わされています。」
マーシャさんは今にも買いそうな雰囲気だ。彩花の方を見ると困ったような表情をしている。たぶん、本気で買うつもりなどなかったのだろう。仕方ないので方向性を変えてみる。
「もう少し見てみたらどうだ?」
俺が彩花にそう言うと。彩花も「うん。」と返事をした。そう言われれば、マーシャさんも下がらざるを得ない。その後、小一時間、市場を見回った後、館に帰って行った。
しかし、レアは俺達に不自由をさせるつもりはないと考えているようだが、いつまでも世話になるのは良くないな。そういう意味ではそろそろ、現実を受けてとめて、働くべきなんだろう。幸いにもこちらの世界でやっていけるだけの力があるのだから、それに、自分で得た金なら、遠慮もしなくていいし、管理した上で、節約も散財も出来る。彩花ともしっかり話し合って決めよう。