14話
「はいっ、終わりました。今後は気を付けてくださいね。」
俺は、笑顔で患者に言うと、患者はありがとうと言って、両手で手を握ってきた。
10数秒ぐらい『にぎにぎ』した後、満足したのかようやく手を解放してくれた。なんなんだろうねこれ。治療のついでに握手会をやっている気分になる。いや、逆か握手会のついでに治療をやっているのか?
雷龍が訪れてから、3ヶ月が経過していた。子供を治療した後、俺は魔力を使い果たした影響で、3日ぐらい寝込んだ。市中では俺が子供を助けた事が大きな話題になってしまったらしく。館には雷龍教の信者のお見舞いとお礼が殺到したらしい。レアはその全てをことわり、面会は認めないと雷龍教の上層部に通知した。
そしたら、今度は治療院に来る患者が増えた。流石にこれを断る事は出来ず、目覚めてから最初の一週間ぐらいは大騒ぎだった。3ヶ月が経過してようやく落ち着いてきた感じだ。それでも日に20人ぐらいはここを訪れる。当初の閑散ぶりからは考えられない。
なんでも、この国の貧困層は男に触れる機会が殆どなく、酷い場合には一度も目にすることなく生涯を終える事もあるそうだ。確かに逆の立場なら、一度くらい目にしたい、触れ合いたいと考えるだろう。
どちらかと言うと、アイドルに会いたいという心理に似ているのかな?でも、俺としてはその為だけに、わざと怪我をしている人もいるのではないかと心配している。いや、実際にいるのだろう。いっそ、握手会でも開いて満足してもらった方が、余計な怪我人を出さずに済むかもしれないと、変な考えも浮かんでしまう。
あの時、落雷にあった女の子はすっかり元気になった。何度か追加で治療魔法を施したが、火傷の痕はすっかり消え去り元通りになった。痕が残らずに本当に良かったと思う。こればかりは魔法に感謝だな。
彩花が町中に立てた"キノコの柱"は街の名物となった。アレを見に外から観光客が来ているらしい。俺なら引越しを考えるところだけど。レアの話によると、雷龍教はアレを正式にシンボルにしようと考えているらしい。雷龍はコルサの街以外でも暴れまわった、全ての街での死者を合算すると千人を優に超えると言っていた。その中で唯一、コルサだけ死者が出なかった、原因は明らかだろう。
最初は"天罰を曲げた"みたいな話しになっていたらしいのだが、時間が経つにつれ、徐々に雷龍教内でもシンボルを活用すべきだという声が大きくなっていった。まぁ、いくら天罰とは言え、死者が何人もでるのだ、教会内部にもおかしいという声は前々からあったらしい。だが、雷龍を崇める以上、祈る事や天罰を否定は出来ない。しかし、今回の事でその二つをうまく両立させる方法が見つかった。それで便乗しようと考えたのかもしれない。
そんな感じで、雷龍教は国中にアレを建てよう検討しているとの事。せめて形状は普通の柱にして欲しいのだが、もしそのままの形状で国の彼方此方に建つようなら、考えるのは引っ越しではなく亡命の方だな。
先程の患者が名残惜しそうに部屋を出て行く。待合室を覗くと新しい患者は居なさそうだったので、今日の業務を終える事にする。
穏やかな日々が続いていた。当初あった望郷の念は薄れつつあり、このままこの世界で生きていくのも悪くないかと思い始めていた。ただ一つの問題を除いて
「娯楽がなぁ・・・」
電源ボタンを押してもうんともすんとも言わないスマホを前に一人ごちる。オセロを作ったり、新しいカードゲームを作ったりもしてみたが、やはり地球の娯楽には叶わない。幸いこの国の文字も読むことができるので、レアに本を借りてはよんではいるが、それも大量にあるわけではないし、物語性の強い物は更に少ない。どちらかというと、事実を淡々と書いていたり、あるいは、誇張され過ぎた神話のような話が多く、楽しめるものは数えるほどしかない。まぁ、それすら読めない人がいる事を考えれば、贅沢は言えないだろう。いっそ自分で本を書くか、日本での恋物語を書いた本を作ったら逆に受けるかもしれない。
寝るか、そこまで考えて寝る事にした。この世界の就寝時間は早い。来た当初は日本での生活習慣が抜けずに夜更かししていたが、今ではすっかりこちらの世界に生活のリズムがあっていた。日が昇るとともに起きて、日が沈むと眠る。非常に健康的な生活だな。
そう思っていたら。『コンコンコン』とドアがノックされた。「どうぞ」と言ったら、彩花がドアの隙間が顔を覗かせる。神妙な雰囲気だ。
とりあえず、部屋に入ってもらう。彩花は俺が座っているベッドの横に腰かけた。距離が近い。
「・・・・・」
しばらくお互いに黙っていたが、彩花が静かに話し始めた。
「聞きたい事があって。」
「うん。」
出来るだけ優しい声を出す。この世界に慣れてきたとはいえ、悩みごとの一つや二つあるだろう。
「どうしても気になって。」
「なんでも聞いてくれて構わない。」
「うん、ありがとう。じゃあ言うね。」
そうして一呼吸した後、彩花がとんでもない事を聞いた。
「・・・・・お兄ちゃんホモなの?」
「はぁっ?えっ、いや違うんじゃ」
あまりの事に変な言葉遣いになる。
「本当?」
彩花がこちらに向き直って、俺の顔を覗き込むように見る。
「ほんとうだよ。」
別に嘘をついているわけではないが、何故か片言になる。というか、誤解する要素など皆無だと思うのだが、俺がホモかも知れないという事で、彩花に心配をかけていたのだろうか。
「じゃあなんで、エルナ達に手を出さないの?あんな美人が好意を向けてくれてるのに。」
何故、そこでエルナさんの名前が出てくる?あ、そういう事か。
「それは、いい加減な事は出来ないだろう。いつか帰るかも知れないんだぞ。俺達。」
「わかった。じゃあ、私ならどう女としての魅力を感じない?」
彩花は食い下がる。
「お前は妹だろう。」
なんでこんな話を。
「そういうのじゃなくて。異姓として。」
「妹としか見れない。」
彩花が美人なのは認める。だが俺にとってはただの妹だ。それ以上の感情は持ち合わせてはいない。だから、正直にその気持を伝える。
「やっぱり、ダメか・・・」
彩花はポツリと呟くように言った。
「実を言うとね。お兄ちゃんとエルナ達が、エッチをするような関係になればって少し期待してた。それで、女の子が柔らかくて、気持ちいいて分かれば、私の事も女として意識してくれるんじゃないかって。」
「・・・・・」
「私はね、お兄ちゃんが好きだったの、ずっとずっと、小学生ぐらいの時から。」
「・・・・・」
彩花の話を黙って聞く。
「でも、どんな好きでも、兄妹で結ばれることはない。民法に書かれたたった1文がそれを阻むなんて、そんなの許せなかった。こんなに好きなのに、愛してるのに一緒になれないなんて。」
彩花は顔を横に向きなおし、一気にそこまで捲し立てた。
「そうか。」
そういうのが精一杯だった。俺は今どんな顔をしているのだろう。」
「多様性の時代とか耳障りのいい事をいってるんだから、兄妹の結婚も認めてくれればいいのに。」
ポツリと彩花が呟く。
「それは、遺伝的な問題もあるから・・・」
兄妹の婚姻が認められないのは生物学的見地からの要請である。そこに多様性を持ってくるのは違う。単に"気持ち悪いから"という理由で禁止されているわけではない。
「お兄ちゃんもつまらない事を言う。たった一世代兄妹で交わったぐらいで、弱い子供が生まれてくるなんて、どう考えてもおかしい。」
確かにそうかもしれない。だけど、そうなった場合は?それに、兄妹婚が認められれば2世代、3世代と続く事だってある。
「私、ずっと異世界に行けたらって思ってた。そこでなら、法律なんて関係なく、お兄ちゃんと男と女の関係になれるんじゃないかって。」
彩花はなんだかスッキリした顔をしていた。全て吐き出したのだろう。
「そうか、素直に気持ちは嬉しいと思う。」
告白に応える事は出来ない。俺が言えるのはこれだけだ。
「最後にもう一つ秘密があるの。」
「うん」
正直、既に胸やけ気味だけど、これ以上の爆弾はないだろう。
「私とお兄ちゃんね。血は繋がってないの。」
「・・・なんで、彩花がそんなことを・・・・」
血が繋がっていない?そんな事はないはずだ、そもそも俺が知らないのに彩花が知っているはずがない。
「鑑定魔法。」
「鑑定魔法?」
「そう、他人の情報を除き見れる魔法、個人情報保護法も真っ青だよね。」
「・・・・・」
「お兄ちゃんを鑑定したら、両親は"根岸"って人達だった。」
「根岸?」
あまりの事に喉が渇く。『根岸』という苗字には覚えがある。毎年、お盆にお墓参りしていた人の苗字だ、両親の親友だった人だからきちんと手を合わせなさいと言われた。じゃあ、あれは墓前に俺の成長を報告していたのか?彩花の言葉が俄然真実味を増す。根岸夫妻は俺が生まれた年の1年後に航空機の事故で亡くなったと聞いた。彩花の親としてはありえない。
「本当は少しだけ、妹を理由にしてた。妹だから傍に居ていい。妹だから彼女になれない。そうやって誤魔化そうとしてた。でももう止めるね。」
そういいながら、俺の肩をグイッと押し、ベッドに押し倒す。そして、そのまま顔を近づけてくる。押し付けるだけの軽いキス。
違和感はあったが、不思議と嫌悪感は感じなかった。この世界にきて、最大の衝撃的出来事だった。