12話
雷龍が去っていく。夜明け前にコルサの街を訪れた雷龍は上空を轟音とともに百雷を落としながら旋回し、30分程で飛び去って行った。館にも雷は落ちたが、被害らしい被害はなかった。避雷針が役目を果たしてくれたのだろう。備えていて良かったと心から思う。
雷竜は50mぐらいの蛇に蝙蝠の羽を付けたようなモンスターだった。どうやって飛行しているかは不明だが、『グネグネ』と空を飛び回る様子は正に気味が悪いの一言だった。そんな生物が雷を落として回る。その姿を見れば誰だって神の使い、いや神そのものだと崇めたくなるだろう。
俺の方は念のため治療院を開いていた。落雷での人体が受ける損傷は様々だが、その中に火傷がある。火傷なら、治癒魔法で治療可能という事で、被害者が出た場合に備えて待機している。ただ幸い今のところ怪我人は運ばれてきていない。治療院にいるのは俺だけでなく、彩花の他、レア達いつもの3人の女性メンバーもいる。雷って本能的に生物に恐怖を抱かせる力があるのだろう。皆、雷龍が飛び去った後を不安げに見てた。
暫くして、急患もなさそうなので、一旦部屋に戻ろうかと言う話になったときに、俄かに館の外が騒がしくなる。そして、館の護衛が中に飛び込んできて、「子供が雷に撃たれたそうで、すぐ見て欲しいといった。」護衛の横には母親らしき人物が立っていた。子供は連れてきていないのか?いや動かさない方が良いと判断したのか?
「何処ですか、案内してください。」
近くにあった薬草と包帯の入ったカバンを手にしながら俺が言うと、母親らしき人物が先頭を切って走り出した。その後を追う。
現場に着くと、30人ぐらいの人だかりができていた。雷に撃たれた子供がその中心にいた。3歳ぐらいの女の子だ。上半身には火傷が葉脈のように走っていた。あまり見たいものではないが、治療する以上、見ないわけにはいかない。服は肌と癒着しているのか、脱がせそうになかった。心臓は動いている。荒いが呼吸もしている。意識はなさそうだ。耳からは血と何かが混じっているのか茶色い液体が流れていた。鼓膜が破れたのだろう。
周りの人間は何するとでもなく話していて。その声が嫌でも耳に入る。中には心配する声もあるが、多くは
「雷龍様が選んだことだから仕方ない。」
「信仰心が薄いから。」
などと無責任な事を言っている。なるほど、こういう声があるから母親は子供を治療院に連れてこれなかったのか、あるいは治療師を呼ぶことすら反対されたのかもしれない。子供に何の罪があるというのか、気分が悪くなったが、ぐっと抑えて治療を始める。
手の平に治療の光を集めて、火傷の箇所に充てていく。どういう対処が適切か分からないが俺に出来るのはこれだけだ。こんな大怪我をみるのは初めてだし、治癒魔法は効果が分かりづらい。良い方に向かってくれることを祈るだけだ。暫く光を当て続けると火傷が少しだけましになっているのが分かった。だが、火傷を負った面積が広すぎてこれでは時間が掛かりすぎる。それに服の上からでは治療の効果は低くなる。
俺は思い立ち、上半身裸になる。彩花とレアが制止しようとしたが構わず脱いだ。そして、上半身全体に治癒魔法を発動させる。治癒魔法は手以外でも発動する事は出来る。ただ、患部に当てやすいという理由で手の平に発動させることが多いだけだ。そのまま子供をゆっくりと抱き起し、治癒の光で全身を包み込む。子供の肌は火傷で爛れていたが、気持ち悪いとは思わなかった。治癒師としての使命感だろうか。
そのまま、ずっと集中して治癒魔法を当て続ける。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
気が付くと太陽は頂点の位置まで登っていた。母親が俺を呼びに来たのが夜明け前だったはずだ。そうすると6、7時間は経ったのだろうか?必死で時間も忘れていたようだ。子供の火傷痕は目立たないぐらいまで薄くなっており皮膚と服との癒着もなくなっていた。今は『スースー』と寝息を立てて寝ている。
(助ける事が出来たのだろうか?)
自分でもおかしいぐらいに必死になっていた。でも、助けたいと思ったのは純粋な気持だ。魔力を使い果たしたのか、俺の体からは白い光は消えていた。
ふと、周りをみると膝を折り曲げて祈るような恰好をしている女性達に囲まれてることが分かった。50人ぐらいはいそうだ。
えっ、何この状況?彩花もレア達も祈るようなポーズはしていないが、呆然とこちらを見ていた。
「レアお嬢様?」
レアに声を掛けるが反応がない。
「彩花?」
今度は彩花に声を掛けるがこちらも反応がない。目の前で手を振るとようやく気が付いたのか「お兄ちゃん」と声を出した。うん、お兄ちゃんです。できればこの状況を説明してほしいのだが、彩花に目配せをする。
「は、早く服を着て!」
俺の上着を渡された。
「あ、そうだった。」
この世界では男は少ない。バレると犯罪に巻き込まれる可能性が上がるという話だった。今更かもしれないが俺は慌てて上着を着る。服を着終わると子供を母親に渡して。囲みの外に出る。幸い邪魔されることなく外に出られた。そう思ったら安心したのか、そこで力尽きてしまった。傍にいる彩花に寄り掛かる。このまま肩を貸してもらおうと声をかけようとしたら、その場で抱っこされる。しかも、お姫様抱っこだ。抱えられてるのは俺。抱えているのは妹。
「と・・・、下ろしてくれ、自分で歩ける。」
暴れると危ないので苦情を言って下ろして貰おうとする。それにしても、やすやすと俺を持ち上げるとはこれも勇者の力なのかな?
「駄目!」
彩花はにべもなく、俺の苦情を跳ね除ける。」
「駄目って、恥ずかしいのだけど」
それに口にはしないが、兄の威厳というものがある。俺、威厳あるかな?
「お兄ちゃんは頑張ったので、次は私が頑張る番。」
彩花は避雷針を建てるので十分活躍したと思うけど、そう言おうとしたら、彩花がこちらを見て『二コリ』と笑った。こいつ母親似なんだな、地球の両親を思い出す。
「重くないか?」
何か、彩花の中で変なスイッチが入ってしまったみたいだ。下ろして貰うのは諦めて、別の言葉が出る。
「全然」
彩花は自信満々に答える。確かに全然重そうには見えない。
「そうか」
もうこいつの好きにさせよう。そう思ったら、急速に睡魔に襲われ、俺は抱っこされながら不覚にも、その場で眠ってしまった。