11話
俺がレアに提案したのは、避雷針を作る事だ。雷と言えば避雷針で防ぐというのは日本なら小学生でも知っている。この世界の住人は経験上、雷は高い所に落ちる。家の中にいれば比較的安全と言った知識はあるみたいだ。だが、雷が電気と言う認識はなかった。というより、電気というものの存在を認知していないようだ。
レア達は良く分からないという感じだったので、実際に彩花に雷魔法を撃って実験してもらった。併せて、簡単な原理も説明する。そこまでやってもまだ、疑問は残るようだったが、避雷針を作る有用性については何とか納得して貰えた。ついでに、避雷針を設置する許可と費用も領地側で持ってくれると約束してくれた。
問題は避雷針をどれだけ建てれば良いかという事だ。
雷は地学の自由課題で調べた事がある。その中で避雷針についても調べた。避雷針は名前とは逆で、雷をひきつける機構物だ、理論はとても簡単で、乱暴な言い方をすれば、高所に棒を立てて、そこにワイヤーを巻きつけて地面に接地させる。これだけだ、要は空中から地中に効率よく電気をバイパスさせる電路を作ればいい。避雷針で保護できる範囲は保護角で決まる。確か50度とか60度ぐらいだったと思うのだが・・・うん、思い出せない。安全マージンをみて、45度という事にしよう。45度ということは高さと同じ半径が保護面積と言う事だから、この館なら屋根に5mの金属棒を建てれば、10本あればいけるな。
一般の家屋の方はどうするかな。流石にそこまで費用は出してくれないだろう。日本でも、普通の住宅には避雷針は設置していなかったはずだ。日本の場合は周りに高い建物も多いし電柱もある、家屋自体に雷対策をしている場合が殆どだから必要なかったのだろう。一般の家は諦めるしかないか、そもそも、ヴィーナス教の信者は雷龍が出たときは家の中にいるのだから、比較的安全な筈だ、避雷の基本的な方法を教えればいいだろう。
頭が痛い問題は、雷龍が来た場合に外に出る人がいる事だ。広場や畑に避雷針を設置する。数から行っても現実的ではない気がする。うーん、1回だけ防げばいいのなら、木の棒があるだけでも大分違うかな?木の棒なら紐で結んで、どんどん長くできる。根元だけワイヤーで支えて地面に接地する。構造的には大丈夫な筈だ。しかし、高い棒を立てると、棒の近くに人がいる場合は、かえって雷を引き寄せる事になって危険だ。落雷による爆発の問題もある。
とりあえず、計算してみるか。紙がいるなと思ったら、彩花がノートと筆記具を貸してくれた。ありがたい。受け取って計算を始める。仮に20mの棒を使うとすると半径20mが保護範囲。つまり、28mの内接する正方形が作れる。いや、内接する六角形にしてハニカム状に並べた方が効率はいいな。うん、結果が出る。8000本ぐらいあれば貧困層が住む地域の畑や広場をカバーできそうではある。雷龍が目覚めるまで2ヶ月はあると言っていた。準備に30日かけると設置は1日250本以上か、現実的な数字ではないか?いや、協力があれば間に合うかな?でも、結局建てた棒に人が近寄るようなら意味がない。費用対効果の問題もある。
俺が、『うんうん』悩んでいると彩花が声をかけてきた。
「この『木の棒』って書いているのは何?」
「ああ、これは避雷針の代わりになるかと思って、畑や広場に設置するなら、雷龍が去った後に外すし、費用の面からもこっちの方がいいと思って。」
レアを説得するにしても、金属の棒を大量に用意するのと木の棒を大量に用意するのでは差がある。使わなかったとしても、そのまま資材に回せる。
「避雷針て金属じゃなくてもいいんだ。」
彩花が『フムフム』と言った感じで頷く。
「雷は基本的に近い構造物に落ちるから、避雷針が金属かどうかはあまり関係ないぞ」
そもそも空気の絶縁を破っている状態なのが雷撃なので、それを引き付けるという意味においては、避雷針が金属であるかどうかはあまり関係ない。
「あの、じゃあこれ"土"じゃ駄目かな?」
彩花が『木の棒』と書いた箇所を指差しながら言う。
「土?別に土でもいいけど、大変じゃないか?」
グラウンドというくらいだから、最終的に雷は土に電気を逃がす。土の電気抵抗までは覚えていないが、木よりは低い気がする。土を盛って高くしたような物でも機能的には全然問題はないはずだ。
「ちょっとみて。」
彩花が何かつぶやくと床から1mぐらいの土の柱が生えてきた。
「こういうのじゃ駄目かな?」
「・・・・」
質量保存の法則はどうなっているんだろう。いや、今更か。
「高さはどれくらいまでいけるの?」
「30mぐらいかな、数は1日千個ぐらいは余裕。」
「うん、そうか。」
そういうのが精一杯だった。家の妹が怖いんですけど、『うん、そうか』とか恰好つけたけど、どうなってるの?お、落ちつけ俺。
「あ、でももう一つ問題が」
俺が思い出したように言う。
「何?」
彩花が首を傾げながら聞いてくる。可愛いけどはずなんだけど何だか凄味がある。
「土の柱を作っても、傍に近づく人が居たら余計危険になるので、近づかない様に対策を立てる必要がある。」
雷は直撃も怖いが、いったん木などの高い物に落ちた後、進路を変えて近くにいる人間などに落ちる側撃雷も怖い。土の電気抵抗が分からない以上、人が近づかないようにする必要がある。
「人が近づかない様にする必要があるのか。」
そういうと、彩花は少し考えて、再び何か呟く。今度は土の柱を囲うように氷の壁が生えてきた。なるほど、氷の壁を建てて人が近づかないようにするのか。土の壁なら登れるが氷の壁は登れない。
「・・・・これも、数は?」
しかし、魔法ってこんな便利なのか?目の玉飛び出そうなぐらい驚いているのだが。と思ってレアを見たら、向こうも驚いていた。あっ、妹が例外なのね。
「これも千個はいけるよ。多分今の時期なら2週間ぐらいは持つんじゃないかな。」
彩花が氷の壁を叩きながら言う。
「2週間?」
俺が繰り返す。えっ、じゃあ問題解決じゃん。もう彩花一人いればいいんじゃないかな。雷龍が目覚めそうな2週間ぐらい前から、これを立てまくる。
「レアお嬢様どうでしょうか?こういうのの大きい奴を広場や畑の傍に建てたいのですが?」
問題ないかと確認する。
「ふむ・・・」
レアは何か考えているようだ。
「一応土地の全ては建前上は領主が保有していることになっている。何処に何を建てようが全然問題ない。」
レアはそう前置きをした上で付け加える。
「だが、自分たちが普段使っている広場や畑にこんなものが出来れば破壊しようとする奴が出てくるだろうな。」
「・・・・・」
なるほど、壊そうとする人がいるのか、それは考えていなかったな。
「何か、理由付けが出来ればいいのだが、そこに雷が落ちるのだろう?なら宗教的な理由は無理だな。」
確かに、破壊を防ぐなら宗教的な理由は一番楽だろう。だが、ヴィーナス教信者が建てた宗教的なシンボルに雷龍の雷が落ちる。そんな事が起きれば碌な事にはならない。
「「「「・・・・・」」」」
「「「「・・・・・」」」」
「「「「・・・・・」」」」
「はっ、私、思いつきました。」
俺達が考え込んでいると、エルナさんが声を上げた。そして、彩花の元に歩いていき、耳打ちをする。それを聞いて、彩花の顔がみるみる変わっていく。
「いや、無理だって・・・」
「でも、これで・・」
「お兄ちゃんが・・・」
「解決する・・・」
「出来るけど・・・」
二人は何かを言い争っているが、小声の為、内容までは分からない。5分ぐらい争って、最終的に彩花が折れたみたいだ。
「私が、問題を解決すべく案を出しました。」
エルナさんはニコニコ顔で話し出した。
「はぁ・・・・」
対して彩花は浮かない顔だ。
「実際に見てもらいましょう。」
何かは分からないが、取り合えず見せてくれるらしい。
彩花が呪文を唱えだす。するとさっきと同じように土の柱が伸びていく。なんだ同じじゃないかと思ったら先端で形状が変わった、キノコの様に。
「「「・・・・・」」」
これどう見ても男性の象徴的なアレだよね。出来上がった柱をみて思う。
「ア、・・・・」
「アウトーーーー」
レアが"キノコの柱"を思いっきり蹴飛ばす。自分のモノではないけど何だか痛い。
「お前、馬鹿なのか?」
レアがエルナさんに詰め寄る。それはそう。
「いやいや、至ってまじめですよ。」
エルナさんが"シレッ"と言う。
「これを子宝の象徴として建てれば壊そうとする人はいないでしょう。これ以上神聖なものはないのですから。」
えっ、そうなのか?この世界では男性器って神聖なもの扱いなの?その割にはさっきレアが蹴っていたけど?
「むっ、それはそうだが・・・」
レアも何故か説得されそうになってる。ああ、そういう感じなのか・・。
「それに雷龍は"女神"という説が有力です。シンボルに雷が落ちれば、雷龍教の信者は大喜びでしょう。」
エルナが説得を続ける。レアが俺の方を見た。
「いいのか、シューイチ?」
"ゴニョゴニョ"と聞いてくる。こんな恥ずかしい物を町中に立てるのだ、嫌じゃないか?と聞きたいのだろう。嫌か嫌じゃないかで言えば嫌に決まっているが。
チラリと周りを見る。レアは"モジモジ"している。マーシャさんは興味深げに"キノコの柱を見ている。エルナさんはニコニコ顔だ。彩花はそっぽを向いている。
作戦を立てた俺が決めろという事なのかな?
「わかりました。これでいきましょう。」
返事をする。俺としては、彩花がこんな卑猥な構造物を建てていくのは受け入れ難いが、この世界がそれを神聖とみなすなら利用しない手はない。日本にだってそんな風な祭りがあったはずだ、切り替えて、今は"心"よりも"実"を取ろう。
うん、最後に少し脱力したが、一応、作戦は立てた。あとは館に避雷針を設置するのと土柱と氷壁を作っていくだけだ。うまく行くかどうかは分からないし不安はある。雷龍がくるかも不明だ。だがやるべきことはやっておこう。後はまさに神頼みだな。