10話
異世界に来て6カ月が経過していた。そろそろ、生活にも慣れてきた。
最近、館に住む女性陣達から好意を向けられている気がする。思春期にありがちな勘違いとも思えない。特にエルナさんとはいい感じだ、年齢が近いし、同じ使用人と言う立場というのもあるけど、一緒に行動する事が多くなった気がする。こちらに来た当初にあった、変な発言や過度なボディタッチはなくなっていた。当初は男が珍しいのもあったし、本当に接し方が分からいと言うのもあったのかもしれない。それに、美人なんだよ。それだけじゃなく、たまに見せる艶のある笑みは本当に同じ歳かと思うぐらい大人びているし。話も合う。
と言っても、付き合うとかそういう話には発展してはいない、俺としてはやはり帰る事を諦めきれないでいる。帰る場合に未練は残したくないし。いい加減な事もしたくはないと思っている。
「「雷竜が目覚めそうな兆候がある?」」
俺と彩花の声が綺麗に重なる。そんな日がしばらく続いた後、レアが朝の食事の時間にそんな事を言い出した。
「そうだ、昨日遅くに、隣町の警備隊から、コルサの警備隊に連絡があった。」
レアが補足する様に言った。
「えっと、それは一体どういうことなのでしょう?」
雷竜というのだから、ドラゴンのモンスターなのだろうか?目覚めそうだから、彩花に討伐を依頼するとかそういう事なのかな?
「うむ、そうだな、私より実際に雷龍を見たことがある、マーシャの方が説明には適任だろう。」
レアが目配せをすると、マーシャさんが頷きながら説明を始めた。
マーシャさんの話によると、雷竜とは空を飛ぶ巨大な蛇のようなモンスターらしい。つまり、『竜』というよりは、『龍』か、十数年に一度目覚めて、近くのモンスターや動物を食い荒らし、それが終わると、轟音とともに雷を落としながら空を飛び回る迷惑なモンスターで、街の上を通過されると死者もかなりの数が出るらしい。2週間ぐらい暴れたら再び眠りにつくのだとか。マーシャさんは前回、雷龍が目覚めたときは王都にいて、空を飛ぶ姿を見たそうだ。王都では雷で300人近くの人が亡くなったらしい。もっとも、雷龍は好んで人が住んでいる街を狙うわけではなく、雷龍の通り道に人の街があるというだけの事らしい。
「それで、何か手を打つのでしょうか?」
俺が聞く。
「対策という事か?何もしないぞ、雷龍は自然災害のようなものだ止める事は出来ん。一応、市中に情報を流す事はするが、それくらいだな。」
レアがにべもなく答える。なるほど、討伐するとかというそういう話ではないらしい。自分勝手かも知れないが、彩花が巻き込まれないことに安心する。
「幸い、雷龍は夜にしか活動しない。館の中にいれば、死ぬ事は低いと言われているし、それを信じるしかないな、といっても前回、雷龍がこの街に来たのは40年以上前の事と言われている。余程、運が悪く無ければ、この街に来ることはないのではないか?」
夜行性ということか、それにこの街の上空を飛ぶ可能性も低い。一応、家の中に居れば危険度は下がるとレアは言ったから、避雷の概念もある。それでも前回は王都で300人以上の人が被害にあったという事は、余程の威力の雷なのだろう。
「もっとも、仮に雷龍が来た場合は、"人死に"や"怪我人"が出るのも、問題だが、雷龍が去った後の暴動も問題だな。そっちには備える必要がある。」
レアが人差し指で蟀谷を抑えながら言う。
「暴動?雷龍が去った後に、暴動が起きるのですか?」
俺が良く分からないと言う風に質問する。
「この国にある、2大宗教については知っているか?」
レアが俺の質問を返すように言った。
えっと、宗教については前にマーシャさんに教わったな。この国には「ヴィーナス教」と「雷龍教」という宗教が主に信仰されているという話だった。ヴィーナス教は国民の3割ぐらいが信仰していて、富裕層から中間層の信者が多い。雷龍教は残りの7割が信仰していて、貧困層の支持者が多いという話だった。まてよ、雷龍教?
「知っています。」
それを、聞いて頷きながらレアが続ける。
「雷龍教は、まさに今回目覚める雷龍を信仰している宗教だ、雷龍が土地に訪れ、その土地の領主や代官の館に雷が落ちるとな、その支配者には"徳"が無いという事で交代を求める暴動が起きる。」
なるほど、日頃の政治が悪いから、雷龍による天罰が起きる。そして、天罰を受けるような領主は支配者として相応しくない。それで暴動が起きるという感じなのかな?歴史的にみれば、いや、現在の地球でも、大災害が起きると、セットで暴動が起きるみたいな地域は結構ある。なので、おかしくはないか。
「前回、領都に雷龍が訪れた時は運悪く母上の住んで居る城に雷が落ちて領主が変わったな。今は私の叔母が領主をしている。まぁ、変わったと言っても形だけのもので、相変わらず実権は母が持っている。しかし、形だけでも領主を挿げ替えたのだ、暴動を無視できんかった証拠でもある。」
領主とか住んで居る館とか城って高い所に建てるからな、落雷を受けやすいというのもあるのだろう。整理すると、雷龍が来て起きる問題は2つあるという事か、怪我人や死人がでる。それと、その後の暴動か、これも下手したら死者が出るのかもしれない。
「あの、確認なのですが、この街に雷龍が来た場合、どのくらいの被害になるのでしょうか?」
王都の人口規模が分からないから、300人の被害が多いか良く分からない。という事で、この街ならどうなるかという事を聞いてみた。
「難しいですが、コルサは雷龍教の信者が多いので、50人~200人という所でしょうか?」
マーシャさんが、暫く考えた後、答えた。ふむ。
「雷龍教の信者が多いと被害が大きくなるのですか?」
信者が暴動を起こす理由は分かったが、直接の被害が大きくなる理由が分からない。
「雷龍教の信者はな、雷龍が空に現れると、その姿を見ようと外に出る。そして祈りを捧げるのだ」
レアが横から補足した。単純な理由だった、自分の信仰する対象が空に現れれば、当然見ようとするだろう。それで、雷に撃たれて死ぬという事か、いや、雷龍の姿をよく見ようとするなら、建物の少ない畑や、広場にでるだろう。雷の時に一番やってはいけないことだ。
「それを止めさせることはできないのですか?」
俺が聞く。
「できん、やるつもりもない。」
レアがきっぱりと言う。
「・・・・・・・」
レアの言葉に少し失望する。彩花の方を『チラリ』と見ると憂鬱そうな顔をしていた。彩花は週2回モンスターの討伐に行っているが、その仲間には貧困層出身の者も多いと言っていた。雷龍が来る可能性は低いとはいえ心配ではあるだろう。俺も同じ気持ちではある。勝手かもしれないが、ここにきて6ヶ月以上が経った。この館の人を好きになりつつあったのに、もし雷龍がきても、別宗教を崇拝する貧困層が多く死ぬだけだ、関係ないと思ったのかもしれない。いや、彩花が巻き込まれないことに安心した俺が、非難する権利はないが。
「シューイチ勘違いはしないで欲しい。宗教が違おうが、貧困層だろうが、この国の民だ、いや私が治める街の民だ、死んでもいいなどと思ってはいない。寧ろ、助けたいと思っている。だが、出来ないのだ」
俺の表情を読み取ったのか、レアが弁明する。
「もし仮に、雷龍がこの街に来た時、家からでるなという命令を発したとする。雷龍教の信者からもの凄い反発を受けるだろう。信者からすれば一生に一度あるかないかの、神を崇められる機会を奪われるという事なのだ。」
なるほど、そういうものなのかもしれない。ともすれば宗教弾圧とも取れるだろう。
「それに、雷龍教の信者にとって、雷で撃たれることは天罰の一つなのだ、信仰心の薄いもの、日頃の行いが悪い者は神によって裁かれる。そういう風に信じられておる。馬鹿らしいがな。」
ワザと自分の身を危険にさらして、信仰心を試すという事なのだろう。いつの時代でも宗教と言うのは厄介だな。毒にも薬にもなる。でも今回ばかりは毒の面が強すぎる。
「あの、俺に一つ提案があるのですが・・・・」
レアお嬢様が助けたいというなら、出来る事はある。俺は思いついた事を提案する事にした。