プロローグ
「あやちゃん、また黒魔術?」
期末テスト1週間前という事で部活動が無く、勉強の合間にリビングで寛いでいたら、『ガチャリ』とドアが開き、彩花が入って来た。
「あっ、お兄ちゃん、ただいま」
『パッ』と顔を輝かせ、彩花が俺の隣に座った。いつものムーブだ。距離感が近い。リビングのソファーは”コ"の字に配置されているから隣じゃなく、反対側に座ればいいのにと思うのだが、それを口にした事はない。
彩花は俺の妹だ、年齢は14歳。中学2年生。クリッとした大きな瞳には野暮ったい黒縁の眼鏡をつけ、長い黒髪は前は眼鏡の上で切りそろえ。後ろは三つ編みにしている。まぁ、ありていに言えば文学少女のような恰好をしている。顔は整っていてるので、そんな恰好さえしなければ、誰もが振り向く美少女だと贔屓目ではなく思っているのだが、本人はあまり気にしていないようだ。
「おかえり、あやちゃん。それで手に持っているのは何?」
「あっ、これね。魔法陣だよ。今日は召喚術を試そうと思って、部室から借りてきました。」
彩花が『ニコニコ』しながら答えた。
そんな妹の最近のブームはドイツ語と黒魔術。ドイツ語の方は分からない事もない、父親が医者だから、そこから興味を持ったのだろう。ひょっとしたら、俺と同じように将来医者を目指しているのかもしれない。まぁ別にドイツ語が出来なくても医者にはなれのだが、イメージなのだろう。問題はもう一つの趣味の黒魔術の方だ。中学ではオカルト研究会に所属している。そこから怪しげな物を色々借りてくる。そしてその道具の実験台に俺が選ばれるのだ。例をあげると、変なお面を被らされそうになったり、悪魔を呼び出すから呪文を一緒に唱えて欲しいとお願いされたり、人型の陶器の壺に入れるから、髪の毛と爪を寄越せと言われたり、怪しげな紫色の液体を飲まされそうになったり。
「ひょっとして、リビングで召喚術をやろうしてる?」
「流石お兄ちゃん、それでお願いがあるの」
上目使いで彩花がそんな事を言う。
蛇足だが、両親曰く、俺は彩花にすごく甘いらしい、別に甘やかしているつもりはないのだ、ただ、父親が医者で、母親は教師をしている。厳しく躾けられてはきたが、両人とも忙しく、家の事はおろそかになりがちになるし、帰りも遅い。そして、俺は家の事も寂しそうにしている彩花もほってはおけない。そうやって単に面倒見のいい兄が一人誕生しただけの話なのだ。俺自身、世話を焼くのが嫌いじゃないと言うのもある。
「うっ、あんまり変なお願いは駄目だぞ。」
「あっ、そういうんじゃないよ、魔法陣を広げるから、ソファーどかすの手伝ってほしいの。」
俺が若干警戒しながら答えると、彩花は言い訳する様にそう答えた。
「ああ、なんだそれくらいなら」
生贄にされたり。変な薬飲まされたり、電気を消した部屋で怪しげな呪文を唱えさせられるのかと思ったら普通のお願いだった。
「ありがとうお兄ちゃん、大好き。」
彩花の軽口に苦笑しながら、ソファーを動かすのを手伝う。ついでに魔法陣を広げる作業もしていく。魔法陣は薄い布にカラフルな円形の模様がかかれたものだ。かなりデカい、彩花が儀式の場所にリビングを選んだのも、自分の部屋では狭すぎるというのもあるのだろう。
「あれ、これ反対じゃないか?」
魔法陣の事は良く分からないが、どう見ても裏と表が反対に見える。
「これで合ってるよ。」
彩花が断言する。
「そうなのか?」
まぁ、専門家がそういうならそうなのだろう。最後に、捲れないように陣の端に錘を置いていく。錘になるような物が足りなかったので、俺も布の端っこに立つ。こんなのだから、両親に甘いと言われるのだろう。
「では、儀式に入りまーーーす。」
間延びした声で彩花が宣言する。電灯は消さないらしい。彩花は陣の真ん中に立って、本を見ながら呪文を詠唱していく。召喚術なのに、術者が魔法陣の上に立つってどう考えてもおかしいだろう。そう思ったが黙っておいた。暫く彩花が呪文を詠唱するのを見ていたが、突然、持っていたスマホが大音量で警告音を発する。
『『キュイッ、キュイッ、地震です。キュイッ、キュイッ、地震です。・・・』』
俺のスマホと同じように彩花のスマホも高い音を発する。彩花は呪文を唱えるのを止めて、キョロキョロ周りを見ている。
「「地震?」」
2人の声が重なり、その瞬間屋鳴りがして、風景が揺れだす。結構大きい。目の前で彩花が倒れそうになったのでとっさに支える。再び周りを見ると、彩花の持ってきた魔法陣が淡い光を放っているのが見えた。
「は?何これ?」と思った瞬間。俺達は白い光に包まれて。そのまま世界が反転した。