〚07.おまけ〛花楓のおつかい
花楓は頭を悩ませていた。おつかいに行く場所についてだ。
金貨の換金を頼まれたのはいいものの、普通の店では買い取って貰えなかったのだ。
それもそのはず。通常、貴金属の売却には自分の物である証明が必要だ。花楓の場合なら、さらに両親の承諾も必要になる。
異世界の住人は軽々しく換金を任せたが、この世界では売却ひとつするのにも何かと不便が生じるのだ。
少し街を出て何個か店を回るも、結果は同じだった。
(向日葵さんに昼前ごろには帰ってきて欲しいと言われましたし……どうしたもんですかね)
検討をつけていた店はすべて回ってしまったので、花楓は近くにあった公園で、自販機で買ったジュース片手に暫しの休息を取る事にした。木製のイスに座り、金貨の入った革袋をジャラジャラ鳴らして小さくため息をつく。せっかく引き受けた頼まれごとなのだから、出来れば成功させたい所である。
(ん……なんでしょうか……?)
花楓が顔を上げると公園の入り口の所におっさんが立っていた。服装は小汚く、マスクをしていて、そりゃないだろとげんなりするくらい怪しい容貌だ。
そのおっさんがこっちに向かって手招きしている。
(こっちに来いってこと……? よくもまぁあのナリで白昼堂々手招きなんぞ出来るもんですね)
花楓は「反応したら喜ばせるだけだから」と無視を決め込む。
なんせこっちは忙しいのだ。いち早く金貨の売却を済ませ、大事なおつかいを完遂しなくてはいけない。
花楓はイスの背もたれ上部に頭を乗せ、気怠そうに空を見上げて次の行き先に思考を巡らせる。
また次の街まで出かけるべきだろうか。
それともお金持ちの家に手当たり次第押し売りでもしてみようか?
……やはり、遅くなる前に失敗の報告をしに帰るしか──
「ぅわっ!?」
いつの間にかおっさんが目と鼻の先にいた。
「な、なんか用ですか……?」
問うと、おっさんは金貨の入っている革袋を指差した。そしてボソボソと話し始める。
「それ……売りたいん、だよね。……おじさん、なんでも売れるとこ……知ってる……だから……案内、してあげようと……思って……」
花楓は訝しげにおっさんの言葉に耳を傾ける。
どうやら「売れる物持ってるなら売れる所紹介してあげるからついてこい」という事らしい。
……はい、怪しい。いくら脳天気な花楓といえど、防犯ブザーでも持っていたならすぐにでも鳴らすぐらいにはTHE・不審者である。
「遠慮しときます。……ん……??……ていうかなぜ私がこれを売りたがってるって知ってるんですか!?」
花楓はすぐさまイスから飛び降りておっさんと距離をとった。
そもそも自分が金貨を売りたがっていると知っている時点でおかしいのだ。花楓はますます思った。「マジで誰だよおっさん」と。
「あ、あぁ……だって、さっきから……その袋持っていろんな店をウロウロと……。それで……おじさん、き、君が困ってるんじゃ……ないかって……」
「な、なるほど……つまりおじさんは私のストーカーってことですか?」
「ち、違う……! お、おじさんはただ、街で困ってる君を見つけて……」
「そ……そうですかぁ……」
やばい。やばすぎる。公園にいる一人の女の子を連れ去ろうとした上に、完全にストーカーだ。不審者確定。これには流石の花楓もドン引きである。
……とはいえ、金貨を売りたいのは確かだ。そして売り場所に困っているのも本当の事だ。
花楓は一応場所だけ聞いておく事にする。
「疑ってすみませんでした。よく考えてみたらおじさんはぜーんぜんストーカーとかじゃナイデスネ。……それで、その、なんでも売れる場所というのはどこにあるんですか? 案内して貰うのもアレなので場所だけ教えて頂けると助かるのですが……」
花楓は一応の謝罪をしてから質問した。もちろんこのおじさんが不審者じゃないと本気で思っている訳ではない。120%不審者だ。
おじさんはポケットからスマホを取り出してマップを開いた。そして目的地に印をつけると花楓に歩み寄り、手渡した。
花楓は渡されたマップを見て首を傾げた。極々普通の、貴金属や宝石を取り扱うチェーン店に印がついていたのだ。
花楓は顔を上げて訝しげにおっさんを見る。するとおっさんはニコニコしながらこう言った。
「ここの店長、金目の物に目が無いから。その袋がなんなのかよく知らないけど、買い取ってもらえると思うよ」
……訂正。このおじさんは人に話しかけるのを躊躇うほど内気な、ただの親切なおじさんだった。
花楓は教えて貰った店で無事換金を済ませ、意気揚々と宿に帰っていった。
次は、9月10日の土曜日、あさ5時に投稿しますですしおすし