〚07〛結成! 海外調査班
「んじゃ、これからの方針と生活について決めていくぞ」
晩御飯を食べ終えた五人は、少しの休憩を挟み向日葵の部屋に集合していた。
理由は単純明快。もとの世界に戻る方法を考える為と、それを達成するまでの資金の調達方法などを決める為だ。
因みに司会進行役は向日葵である。
「とは言えだ。ハーレーに帰還する件は、そんなに焦る必要はない……と俺は思う。原因不明とはいえせっかく異世界に来たんだ。こっちの世界を楽しみながら、ゆっくり方法を探して行けばいい」
司会進行がいきなり話の出鼻を挫いた。
「さんせーい。せっかく来れたんだから観光とかしたいよね〜!」
向日葵の提案にすぐさま日奈子が賛同した。彼女の言う「観光」は恐らくただの食べ歩きだが。
「そうデスね。ワタシも賛成です。異世界には漫画もゲームも溢れかえるほどありマスし。あれ、これ帰る必要あります?」
「あるに決まってんだろバカ。ま、急ぐ必要がないとはいえ、一応今後の方針は決めときたい。何か案とかあるか?」
「はい!」
向日葵が問うと、食い気味に紅葉が手を上げた。
「おっ、じゃあ紅葉さん意見をどうぞ」
紅葉はひとつ咳払いをして話を始める。
「確か、ソフィーの故郷では今も異世界貿易が行われてるのよね。ならその貿易相手国の……アメリカだったかしら。帰る手がかりを掴むなら、そこに行くのが一番手っ取り早いと思うわ」
「……こいつは驚いた。なかなかまともな意見を出すじゃないか」
向日葵もすでに同じことを考えついていたが、紅葉がまともな意見を出した事に驚きを隠せない様子だ。
「まぁそれを単純に考えると、アメリカに一番詳しいソフィーが行くってのが一番手っ取り早い訳だが……」
「なんデスか。ワタシは嫌デスよ、せっかく日本に来れたのに」
「だよな」
ソフィーは面倒事を押し付けられる事を察知し、露骨に嫌そうな顔をする。仮に面倒事じゃなくても、海外に赴くなんてもってのほかだ。
「そうデスね……ワタシはバイトでお金を稼いでゲームを買い漁る使命があるのでお断りします」
「そうよ、無理して行く必要なんてないわ! だってアメリカには──このアタシが行って来てあげる予定だもの! 感謝しなさい」
ソフィーがそう返すのを待っていたかのように、紅葉は自らアメリカに赴くと宣言した。
それを受け向日葵が怪訝そうな顔をする。
「なんだ、今日はやけに親切だな。俺の知ってる紅葉は、むしろ我儘を垂れる側だったと思うんだが」
「なっはっは、ちょっとも〜、そんなことないわよ〜?」
紅葉は赤い髪をユサユサ揺らしながら軽快に笑う。なんだか妙にゴキゲンだ。
そんな紅葉の様子を見て、しおりがにっこり笑いながら言葉を発する。
「お出かけに行ったら、お金を稼がなくていいですもんね〜」
瞬間、紅葉の笑いがピタリと止んだ。そして愕然とした顔でしおりの方を見たまま固まってしまう。
その様子を見て、向日葵は額に手を当てため息をついた。
「なるほどな。こっちの世界に滞在するのには金がいる。だから何かしらの方法……例えば働いたりで稼がなきゃだめだ。でも外国に調査に行く事を『仕事』にすれば、自然と日本組が外国組に仕送りを送ることになる。で、お前は働きたくないから外国に行きたい。……そうだな?」
紅葉は依然として固まったまま動かない。が、動かない時点で「そうです」と言っているようなものだ。
しばらく様子を見ていると、紅葉はようやく向日葵の方を振り返った。自分の目論見が綺麗にバレたのが気に食わなかったのかなんなのか、目を逸らしながら壁を睨むというよく分からない事をしている。
「……い、いや全然違うわよ? アタシなら最速でアメリカに辿り着けるし、適任かなと思ったんだけど! まぁでも、確かにアタシが行く必要はないかもしれないわね! 別に働くのを人に押しつけたい訳じゃないし?」
「なら俺たちで決めても文句ないな?」
「あ、当たり前じゃない。好きにすれば」
それを受け、向日葵は他の三人を見やる。
しおりは笑顔でサムズアップを返した。どうやら向日葵に丸投げするということらしい。
ソフィーは体を半分だけ向日葵に向けて手を横に振り、自分は行きたくないことを再びアピールした。
日奈子は自分を指さして、自分が外国に行きたいことを向日葵に伝える。さっきの説明を聞いた直後に行こうとするとは大した度胸である。
向日葵は顎に指を当て「んー……」と少し考えると、紅葉と目を合わせた。紅葉の体がビクッと震える。
「紅葉」
「はい……」
「アメリカ行きはお前に任せようと思う。頼めるか?」
「「えっ……?」」
紅葉と日奈子は仲良く声を上げた。
「え……そりゃ頼めるもなにもアタシは全然オッケーだけど……いいの? ホントに?」
「じゃあ、はい! 私も! 私もアメリカ行きたい!」
アメリカ行きをすんなりOKした向日葵に日奈子が猛アピールする。二人に割って入る勢いだ。
「んじゃ、お前にも行ってもらおうかね」
「やったー! じゃあ紅葉とアメリカ旅行だね! 紅葉、よろしく〜」
「旅行じゃない。調査に行くんだ調査に。……てことで二人がアメリカに行く事になったが、異論は──なさそうだな」
向日葵はしおりとソフィーの方をそれぞれ振り返るが、どちらも不満はなさそうだった。さっき向日葵に判断を委ねたのだから当たり前といえば当たり前だ。
だがしおりは少し不思議そうに首を傾げる。
「紅葉ちゃんと日奈子ちゃんが行くのはいいんですけど、それならお金はどうするんですか? 二人も行くとなると、流石に厳しいものがあると思いますけど……」
しおりはもっともな疑問を投げかけた。単純に考えて、三人で五人の生活費を賄うのはなかなか骨が折れる。
「いや、問題ないんだなこれが。……ていうか、金なんて俺に任せとけば誰も稼がなくていい」
「なんでですか。……あ、確かにそうですね! 向日葵ちゃんは地属性の練成を扱えますもんね。わざわざ働いたりしなくても、地面を錬成すればお金になる資材が簡単に手に入りますね」
自信満々に言う向日葵に対し再び首を傾げたしおり。……が、すぐ言葉の意味を理解し補足した。
「ピンポーン。そういうこと。極端な話、ここの裏山の土から鉄集めるだけで金になる。だから俺がいる限り金には困らない。それに俺は知っての通り天才芸術家だからな。何かしら彫刻でも掘って売りに出す予定だ」
「天才芸術家て……向日葵って結構アレだよね。ナルシストだよね」
自ら「天才」を名乗る向日葵に、日奈子はジト目で視線を送る。
「んー、ナルシストかどうかはともかく、俺は自分の作品に自信はあるけどな」
「ナルシストかどうかはともかく、結局お金は向日葵が稼いでくれる……って事でいいんデスか? なんか悪いデスね」
「俺の属性がたまたま金稼ぎに向いてるだけだ。悪いもクソもあるか。……それに、この世界で俺の芸術作品がどこまで評価されるか試したいってのもあるしな。ぶっちゃけこっちが本命で、おまけで金を稼ぐって感じだ。異世界に俺の作品が知れ渡る……考えただけで笑いが止まらねぇよ。な?」
向日葵はクククと不気味な笑い声を発する。
「『な?』と言われても……。でも、ワタシは応援してマスよ! 頑張ってください!」
「現金なやつだな。ま、という訳で経済面は俺に任せとけ。お前らは好き勝手やってりゃいいさ」
おそらく一番の難点であった経済問題が解決され、しおりとソフィーはホッと息を吐いた。これが決まったら、あとは追々どうにでもなるだろう。
向日葵はニッと意地の悪い笑みを浮かべて紅葉と日奈子の方を見た。そして「それじゃあ……」と笑いを堪えるように声を漏らすと、ワナワナと震えている二人に言い放つ。
「自分たちから調査に出向きたいなんて素晴らしい心がけだ。明日からでもよろしく頼むぞ、二人とも?」
「「は、嵌められたぁっ!!」」
二人仲良く膝から崩れ落ちた。
こうして紅葉と日奈子。メンバー二人のアメリカ調査班が結成され、話し合いは終了となった。
☆
翌日。朝から花楓としおりの二人が出かけて行った。
花楓は昨日預かった金貨の換金と、換金した一部を使ってこの世界の便利な通信手段である携帯電話を買いに。両方とも向日葵からの頼まれごとだ。
しおりは「気になる事がある」と言って花楓より先に出て行ったっきり。
それぞれ別の理由での外出である。
「ただ今帰りました! 向日葵さん、金貨換金してきましたよ。だいぶ怪しまれましたが買い取ってくれました。ふっふっふ、それはそうと結構な値段に──って、どこか行くんですか?」
そして今、換金に出ていた花楓が帰ってきた。ふくよかに膨らんだ財布と、スマホが入っているであろう紙袋を持っている。
花楓は向日葵から視線を外すと、机の上の物を見て首を傾げた。結構な大きさのお弁当が二つと、横にはタオルやらなんやら最低限の物が入ったリュックがひとつ置かれている。
「ああ。ちょいとそこの二人がアメリカにな」
向日葵は、部屋の隅で三角座りしている紅葉と隣で眠そうに立っている日奈子を指さした。
「へぇーアメリカですか。アメリカといえば私、3リットルサイズのコーラってやつを飲んでみたいアメリカ? アメリカってあのアメリカですか? 外国の? 米国の? Sサイズ頼んでもLLが出てくると名高いあのアメリカに?」
「そうデスよ〜。元の世界に帰る手がかりを掴むために調査に行くんデス。二人とも、自分から名乗りを上げて調査に行くのを引き受けてくれました。感謝感謝デスね」
ソフィーは白々しく感謝の言葉を並べた。
「その割にお二人とも気力がゼロなんですが……。……ていうか100万歩譲って今からアメリカ行こうとしてるのは分かりましたが、海外旅行はそれこそお金がかかりますよ。結構な値段で売れたって言っても、いうて普通に使ったらの場合で、ですし。……それに、荷物それだけですか? 無事に帰ってこれるビジョンが見えないんですが」
机の上にあるスカスカのリュックと遠足気分のお弁当を見て、花楓は普通に心配になる。地球に来たばかりで国と国の距離が分かっていないのではないか。国から出るには色々な手続きがある事を知らないのではないか、と。
「それは大丈夫よ……。アタシ、足速いから……海の上走って行ってくるわ……さっき地図で見たけど、あの距離なら多分半日もかからないし」
疑問に答えたのは紅葉だ。目線は上げないまま、気力のない声でボソボソと呟く。
「あ……そ、そうですか」
足が速いと水の上を走れるらしい。花楓はまたひとつ賢くなった。
そして、なら日奈子は、と視線を移す。すると日奈子は心配するなとばかりにフッと笑い、サムズアップを返した。
「私はおぶって貰うから問題なし!」
「アタシだけだと途中で魔力が尽きちゃうかもしれないから、魔力の補給役ね……こいつは無限に魔力が尽きないから」
哀れみの視線を送ってきた花楓に対し、紅葉は補足の説明をする。
「超燃費悪い車にガソリン注入し続けて無理やり動かす感じですね」
花楓はひとりで納得した。
「ガソリン……? まぁ分かったならいいけど。だから何も心配いらないわ。手続きとかは……まぁ大丈夫でしょ。勝手に走ってくだけだし……」
「なんか面白そうですね! 私もついてっていいですか? おんぶバッタ方式で日奈子さんの背中に乗るので!」
「お! いいよ一緒に行」
「だめよ。スピードに耐えきれなくてお陀仏になるわ」
日奈子が了承しかけたが、すぐさま紅葉が断りに入る。
「お、お陀仏に……?! や……やっぱいいです。いってらっしゃいませ」
ついて行くと問答無用で死ぬらしい事を聞き、花楓はすぐさま見送る側につく。
まあ連れて行こうと思えば方法はいくらでもあるのだが……単純に重くなるのが嫌だったのだろう。一人背負って走るだけでも、想像するだけで肩が痛くなりそうだ。
「……と、いうわけでだ」
話がひと区切りついたところで、向日葵は一つ手を鳴らし、花楓の肩をポンと叩いた。
「すぐに帰ってこれるとはいえ、暫く離れ離れになるんだ。コレの使い方を教えて欲しい」
向日葵は花楓の持っている紙袋を指差した。
〇
「それじゃあ行ってくるわね! お土産は期待しない程度に待ってなさい!」
「んじゃ、またね〜!」
そう言い残して、紅葉と日奈子は水平線の向こうに消えていった。
「は、速っ……!? 話には聞いてましたが人って本当に水の上走れるんですね」
「ちょっと気持ち悪いデスね」
「こんな事もできんの……? 魔法使いやばいな」
「あれ出来るのはアイツだけだ、多分。俺もはじめて見たぞ」
文字通りあっと言う間に海面を駆け抜けて行った二人を見て、花楓たち見送り組は各々の反応を見せる。
「多少強引に行かせた感はあったが……ま、何も起こらなければ実質旅行と同じだ。なんだかんだ楽しんで来るだろ」
「ですね〜」
言いながら、一同は山にある宿に帰っていった。
するとそこには……
「あ、皆さんおかえりなさい。ただいま戻りました〜」
朝早くから出かけていたしおりが帰ってきていた。