〚05〛異界の訪問者
「この辺りだったと思うんですが……」
歓びの宿の店員である橘花楓は、謎の光が降りていた山を散策していた。結構なペースで走ってきたのでそこそこ息が上がっているものの、ビニール袋を振り回している所を見るとまだまだ元気そうだ。
少し落ち着きを取り戻しジュースを一口飲む花楓。すると、前から誰かが下山して来るのに気付く。でもなんて事はない。近所に住んでいる農家のおばさんだった。
「おばさん、こんばんは〜」
「あら、橘さんとこの娘さんじゃないの。珍しいわね〜こんなところで。何かい、花楓ちゃんもウォーキングかい? 健康には気を使わないとねぇ〜」
「違います。私は毎日学校まで歩いてるので心配無用です! あと今日山に来たのは何やら珍しい物を目撃してしまったので」
クククと面白そうに笑いながら言う。
「珍しい物ねぇ……。おばさんもさっき珍しい物拾ったのよ。ほら、六つ葉のクローバー。持って帰るかい?」
「クローバーとかそんなチャチなもんじゃ六つ葉!? 四じゃなくてですか!……それはレアですねありがとうございます」
花楓はクローバーを財布にしまい込んだ。
「私が見たのはユーフォーの不時着的な! 突然の天使の召喚的な! そんなやつです。では急いでるので私はこれで! 日が暮れて来てるので気をつけて帰って下さいね!」
「あ、ちょっと待って花楓ちゃん。ひとつ頼まれてくれないかしら?」
「……はい?」
花楓は足踏みしながら振り返る。
「山頂の方で道に迷ってる方がいたから、見つけたら案内してあげてほしいのよ。話しかけようとしたんだけどねぇ……道を外れてどこかに行っちゃったの。まだ下りて来てないから珍しい物探すついでにお願いできるかしら?」
「こんな単純な山道でも迷子になる人がいるんですね! わかりました。夜の山は危険がいっぱいなので、案内ついでに何がしの墜落跡を探すことにします」
「ありがとうね。なら花楓ちゃん、はいこれ」
迷子の案内人を快く引き受けると、なぜかスコップを手渡された。
「あの、これは……?」
「ただの不審者かもしれないから……」
「これで殴れと!? 山とか関係なく危険ですよそれは! ていうか不審者の可能性があるなら高校生に任せるのはどうかと思います!」
「冗談冗談。じゃあ頼んだよ!」
「あっ、待って下さい! 一応スコップは受け取っときます! 明日返しに行くので……って、なんで足早に去っていくんですか! ちょっと待ってくださ……ちょ、逃げ足はや……ま、待って下さいよコラァ!!」
結局スコップは受け取れなかった。
○
「迷子さ〜ん、どこですか〜♪ 早く出て来ないと〜夜には熊の餌ですよ〜♪ この山熊出ませんけど〜……おっ?」
スコップの代わりに拾った棒を振り回しながら歩いていると、行く先に五人組の女の子を発見した。全員学生くらいの年頃に見える。
「すいませ〜ん! ちょっと迷子を探してるんですけど何処かで見かけませんでしたか〜?」
花楓は少し遠くから声をかける。すると若干もめた後、大人しそうな前髪ぱっつんの少女がこっちに来た。
「それなら先程、一人で歩いているおばあさんを見かけましたよ。貴方のお婆ちゃんでしたか」
「いやあれはただのウォーキングおばさんです。迷子でもお婆ちゃんでもございません。他に誰かとすれ違ったりしてませんか」
「心当たりはないですね……ごめんなさい。──あとこちらからも一つ質問があるんですけど、ここは何という名前の山でしょうか?」
「え? 錦ノ山ですけど?」
「やっぱり……聞いたことがない……」
そう呟くと、少女は途端に難しい顔をした。それを機に少し遠くで喋っていた他の少女らが花楓の元に集まってくる。
「しおり、どうだった?」
「向日葵ちゃん……やっぱりここはハーレーじゃないみたいです」
「そうか……なあアンタ。俺たちはハーレーに行きたいんだが、どっちに行けばいいかわかるか?……わかりますか?」
しおりにニッコリ顔で睨まれて向日葵は丁寧に言い直す。
「ハレに行きたい? そうですね、明日は多分晴れるのでどこにも行かなくて大丈夫です」
「晴れじゃない、ハーレーだ。あの魔法大国の」
「魔法大国のハーレーですか……あいにく私は世界地図を丸暗記する系女子じゃないので分かりませ魔法大国?」
「あぁ、分からないならいいんだけど……」
「ちょっと待って下さい、今決して流してはいけないワードが聞こえた気がします」
「……やっぱりまずは地形を把握するのが先だな。この転移が敵国の罠って可能性がある限り控えたかったんだが……この際仕方ない」
言い終わるが早いか、向日葵は地面に向かって魔力を流した。地を這う魔力の波形の変化と反射速度により膨大な量の情報を得る。
その様子をまじまじと見ていた花楓はというと──
「は、はえぇ……ここここれが魔法……?ですか。……凄いですね。……何これ地面が淡く光ってます。格好いい……。え、ちょっと待って、これはあの光の柱よりヤベーもの目撃しちゃってる気がします」
──思いっきり混乱していた。
「え、まさかアンタも魔法使いなのか?」
情報収集が終わった向日葵もまた、少し混乱した様子で花楓に問う。
「やっぱりあなたは魔法使いなんですね!」
「ま、まあ俺達はな。それで? アンタはどうなんだ。魔法に適正がなければ魔力が見えない筈なんだが?」
向日葵は少し警戒した様子だ。
「なら見えたという事は、私は魔法使いですね!」
「そういう事じゃなくてだな」
「魔法使いじゃありませんよ。私は橘花楓 17歳。好きな食べ物はバウムクーヘンとカップ麺です。この山に射していた光の柱もあなた達の仕業ですか?」
花楓は自信満々に自己紹介をしたあと、もっともな疑問を口にした。ただ、何が好きかという情報は絶対に今言わなくてもよかったが。
少しの間のあと、向日葵は表情を緩めてため息混じりに息を吐く。
「……ま、どーみても嘘ついてる様子じゃないわな。そうだ。あれはまぁ俺達の仕業だと思ってくれて結構だ。突然の事で驚いただろ、すまなかった」
敵の謀略ではない事を確信し向日葵は軽く謝罪した。ごくごく平凡な村にいきなり魔法の柱が突き立つなど、気味が悪いに決まっている。
「いやいや謝らないで下さい! 暇してたとこに魔法使いと遭遇なんて、むしろいい感じのスパイス提供に感謝してたとこですよ! それにしても魔法使いという事はアレですか? やはりどこか別の世界からやって来たとかですか?!」
花楓は目を輝かせながら向日葵に詰め寄った。
「そんなまさか。なんで魔法使いってだけでそうなるんだ。適正持ってる人数が少ないっつっても、アンタの国でも結構居るだろうに」
「えぇー!? そうなんですか? ……日本に生まれて17年、過去最大級で衝撃の事実です……」
「「「「「え?」」」」」
『日本』という聞き慣れた言葉に五人は思わず声を漏らした。
「いらない事を言いそうだから」と話すことを禁止されていた紅葉、日奈子、ソフィーの三人も話に加わる気マンマンである。
なにせ五人は知っているのだ。日本という国を。
その昔ハーレーが貿易をしていた国であり、その所在地が正真正銘の異世界である事を。
「皆さんどうかしたんですか?」
詰め寄る側から一気に五人に詰め寄られた花楓は、不思議そうに首をかしげる。
五人は花楓から視線を外して顔を見合わせ、互いに頷きあった。どうやら状況が飲み込めたようだ。
向日葵は片手で頭を掻きながら花楓に向き直る。
「はぁ……まぁ、なんだ。花楓、だったか? さっきの衝撃の事実は嘘だ。それでこっちが本当の衝撃の事実なんだが……。俺たちはどうやら異世界からこの世界に来てしまったらしい」
「あ、やっぱそうですよね。日本に魔法使いがワンサカいるとか乳児でも信じないと思いますよ」
花楓は少し棘のある言葉で言い返す。恐らく騙された事が悔しかったのだろう。ただこの言い方だと、自分は乳児以下だと宣言してしまっているが。
「まあとにかく、迷子の捜索ミッションはこれで達成です! 不審者じゃなくてよかった……」
そろそろ暗くなるからと、花楓はとりあえず五人を引き連れて下山を始めた。
☆
「へーそうなんですか! ならソフィーさんにとっては念願の日本なんですね!」
「そうなのデスよ! お寿司を食べたり、アニメの聖地を巡礼したりゲームを買い漁ったり……やりたいことだらけデス」
「お寿司ってあの魚の切り身が乗ってるやつだよね? ハーレーじゃ近くに海なくて食べれなかったやつ! あ、なんかお腹空いてきたかも」
「日奈子、さっき花楓に食べ物貰ってたわよね……もう食べたの? あと浮かれるのはいいけど向こうに帰る方法も見つけなきゃダメよ?」
「つっても検討もつかんし、まずはこっちで生活基盤作らなきゃだな。花楓、宿代はさっき渡した金貨で大丈夫なんだな?」
「はい。これでしばらくは大丈夫ですよ。後で換金して来るのでもし余ったら返しますね。っていうかよく持ってましたね金貨なんて」
花楓は金貨の入った小さな革袋をジャラジャラ鳴らしながら答える。
「ふふっ、なんだか楽しくなって来ましたね〜」
すっかり打ち解けた一人と五人は話に花を咲かせていた。
五人は、自分達が異世界屈指の魔法使いであることや突然この世界に飛ばされたこと等を既に全て打ち明けた後だ。花楓の激しい勧めで、五人はしばらく『歓びの宿』にお世話になる事になった。
「ふっふっふ、今日は歓迎パーティーですね! 丁重におもてなしするので期待して待ってて下さい!」
「はい、質問です! お寿司はありますか!」
「日奈子さん、お寿司はありませんがお刺身ならあります! ……皆さんつきましたよ! ここが私の宿です」
「……引くぐらい立地が悪いな。これじゃああまり客も入らないんじゃないか?」
「はいそこ、いきなり核心つく事を言わないで。未春、帰りましたよ! 久しぶりの若いお客様です! 聞いて驚くがいい、この方たちは凄腕の魔法使いで──あれ?」
花楓は扉を開けて一気に捲し立てるが、中に未春の姿は見当たらなかった。
代わりに、小さな女の子が丸テーブルに座っていた。髪の色は見惚れるほどの純白で、瞳の色は黄色よりのエメラルドグリーン。だが着ている服は、なぜか花楓にとってすごく見覚えのある物だった。
白髪の少女は酷く落ち込んだ様子で俯いていたが、こちらを振り返ると予想外の言葉を口にした。
「あ、おかえり姉ちゃん……と、お客さん?」
「へぇ、かわいい妹さんじゃない。部屋に飾っときたいくらいね」
「いや私弟はいますが妹はいなかったと思うんですけど……人違いじゃないですかね」
紅葉が白髪の少女を褒めると、花楓は即座に否定した。
「今日はもう閉店したので、申し訳ありませんがお引き取り願います。早く帰らないと親御さんも心配しますよ」
花楓が心配そうに駆け寄ると、少女はまたしても想定外な言葉のジャブを放つ。
「いや……俺だよ、未春だよ。橘 未春。お前の弟の未春さんだよ……」
「私の弟はスモールライトも女装性癖も持ち合わせていません。よく分からない嘘はやめて頂こう」
「姉ちゃん……ステーキ肉買ってきてくれた? 500グラムのやつ……」
「あっ、すっかり忘れてました! やばい、健康食大好き野郎に怒られてしまいます」
「だから俺がその健康食大好き野郎だって言って──ちょっと待ていつの間にそんな二つ名が!? カップ麺没収しただけだよね!」
落ち込んだ様子から打って変わって怒りっぽくなった白髪少女をまじまじと見つめ、花楓は恐る恐る質問した。
「もしかして……本当に未春なんですか?」
「さっきからそう言ってるだろ……」
未春を名乗る少女はため息混じりに、でもホッとしたように肩の力を抜く。
「なぜ女の子の格好を?」
「姉ちゃんの店内服がサイズピッタシだったからだけど」
「ではなぜ女の子になっちゃってんですか?」
「それが分からないから途方に暮れてるんだよっ!」
未春の可愛らしい怒鳴り声が店内に響き渡った。
次話投稿は……ちょーっとだけ空いて、9月3日のあさ5時くらいに行いまっす。
これからしばらくは、毎週「水曜日」と「土曜日」の週二回の投稿になります!