〚04〛五属性の式典
「いよいよですね……」
五人は式典のメインイベントを行うため、闘技場──もとい協会の真ん中へと移動していた。しおりの手には協会の人から渡されたこぶしサイズの魔導石が握られている。魔導石はパーティ登録に必要な道具で、複数人の魔力を注ぎ込むことで登録が完了する。まず代表の五人が登録を行い、続いて他の卒業生らが登録する……といった流れだ。
先程までごった返していた協会内では、入り口を境にして卒業生が花道を作り終えていた。砂の地面に赤いカーペットが敷かれ、その先には、今日の為に用意したのであろう白いステージが鎮座している。──つまり、みんなもうとっくに自分達の代表を迎え入れる準備が出来ていた。後は入場を待つだけだ。
「そうね……これでようやく堅っ苦しい学生生活が終わるってわけね!」
自分の背丈の数倍はあろうかという扉を見上げ、紅葉はしおりに返答する。
「あぁ、そうだな……話がバカ長い学校長の話聞くことももうないわけだ」
五学校合同の全校集会で30人を保健室送りにされた朝礼を思い出し、向日葵はフッと笑った。もちろん彼女もその内の一人だった。
「代表の仕事ってかこつけて色んな仕事押しつけられることもなくなるんだね」
「そうですね……って二人とも、こういう時は良い思い出を口に出すべきだと思いますよ?」
「悲しい学校生活を送ってマスね……」
人生の区切り目ともいえるこの場面で好ましくない回想を始めた二人に、しおりとソフィーは哀愁漂う視線を送る。
「私は学生生活、悪くなかったですよ。たとえ日奈子ちゃんに仕事を丸投げされても、レポート課題を貸していたせいで提出できなかった事があっても、楽しい学生生活でした」
「あ、あれ? しおり怒ってる……?」
穏やかな笑顔で愚痴を言うしおりに対し、日奈子は様子を伺いながら声をかけた。が、しおりはそっぽを向いたまま動かない。だがその口元はとても楽しそうに笑っていた。
『それでは代表の皆さんの入場です。大きな拍手でお迎えください』
進行役の声が響き、ゆっくりと扉が開いていく。
「──っと、いよいよだな。じゃ、お前ら。ズッコケて大恥晒すなんてことにならねぇようにな?」
徐々に大きくなる手打ちの音を受けながら、向日葵がイタズラな笑みを浮かべる。
耳を打つ拍手を届けてくれているのは自分達と同じ卒業生だ。今まで世話になった級友たちの晴れ舞台でもあるのだから、しっかりやり遂げなければならない。向日葵はそう思っていた。
「トップはどーんと構えとけ! ってやつデスね! 漬物石のような気構えで頑張りまショー!」
「も、もうちょっと格好いい気構えにしなさいよ……」
「まぁいいんじゃない? 私は好きだよ、漬物」
「石自体は食べないし味の好き嫌いは関係ないわよ?」
言いながら、五人は花道に消えていった。
○
『これより、代表たちによるパーティー登録を行います。各属性の代表は名前を言われた順に魔力を注いでください』
しおり達五人は白いステージの真ん中で輪になっていた。全員で中心に向かって手を伸ばし、魔導石を持っている。さっきまで花道を作っていた卒業生らは、花道を崩しステージを囲むようにしてそれを見守っている形だ。
静まり返った協会では進行の声がよく響く。
『火の魔法学校代表、“黒炎のしおり”』
火属性魔法の練度には、わかりやすい判断基準がある。「炎の色」だ。初級から中級魔法までが朱色(オレンジ色)、上級から最上級が赤色。最上級魔法の内、特に威力の高いものが青色……といった具合だ。
しかし、この基準に含まれない例外の色が存在する。それが「黒」だ。黒色の炎は術者が選んで出せる色の炎ではない。最上級魔法を使用した際、ごく稀にほんの少しだけ他の色に混ざるものだ。
例えば、青色の最上級魔法を使うとする。この時青色の炎の中に運良く黒色が混ざることがある。これを人々は「黒炎」と呼んでいる。黒炎を含む魔法は威力がケタ違いに上昇し、敵を焼き尽くす。
そしてこの黒炎を自在に操る魔法使いこそ、黒炎のしおりだ。この色の炎を自由に行使できる前代未聞の魔法使いであり、正真正銘の真っ黒な炎を放つことができる。
黒炎を使えるようになって間もない頃、誤って魔法試験室の壁を消失させたことで知られている。
しおりが魔力を注ぎ、魔導石が橙色に光る。
『風の魔法学校代表、"魔力庫、日奈子"』
「風の代表には無限の魔力がある」。昔は誰も信じる者がいなかったが、今となっては誰でも知っていることだ。全世界上のあらゆる物質から魔力を補給する事ができる為、実質的に無限の魔力を有する。そしてこれは、魔力を原動力にして戦う魔法使いにとって、圧倒的なアドバンテージを誇る。彼女がその気になれば、何十分でも、何時間でも攻撃を続けることが可能だ。理論理解が苦手なため使える最上級魔法は数少ないものの、それを補って余りある能力を有している。
とある魔法評論家の著作には、尽きることのない魔力へ抗えない様を評し「まるで歩く災害のようだ」と記されている。
魔導石の輝きに緑が加わる。
『雷の魔法学校代表、"迅雷の紅葉"』
紅葉は生まれつきある特殊体質を持っていた。それは"電気に対する絶対的な伝導性"だ。
彼女はこれにより雷を体に纏うことができる。そしてその電力を肉体に反映させ、神速で移動することができるのだ。魔力の消費は激しいものの、その超人的なスピードは数々の不可能を可能にする。並の魔法使いでは彼女に魔法を使わせることすら出来ない。
規格外のスピードと、それに付随するパワー。それに加え、様々な雷魔法……。まさに迅雷と呼ぶに相応しい魔法使いだ。
ハーレーが誇る全魔法使いの中で、学生ながら「単騎での最強は迅雷の紅葉なのではないか」と、まことしやかに囁かれている。
魔導石の輝きに紅が加わる。
『地の魔法学校代表、"無欠の向日葵"』
地属性魔法には「戦闘タイプ」と「錬成タイプ」があり、この属性を扱うものはどちらかに適正がある。戦闘タイプは魔力を練り上げる速度、影響を及ぼす範囲、威力に優れており、戦場では前線に立つことが多い。逆に錬成タイプは直接的な戦闘力は無いものの、精巧な武器や防具を作ることができる。また、錬成タイプは『地』に精通するものならばその物質を類似する他の物質に作り変えることができる。簡単に言えば、泥から岩の盾を作れるのだ。
そしてこの二つのタイプを両方保有していることが、向日葵が"無欠"と言われる所以だ。
また向日葵は驚異的な美的センスを持ち合わせており、今まで数々の作品で国民を魅了してきた。その実力は世界的な彫刻家からスカウトを受けるほどであり、彼女の作品群はハーレー国王の王室にも飾られている。
魔導石の輝きに黄土色が加わる。
『水の魔法学校代表、ミアソフィー・ペレスウォーカー』
彼女は故郷アングラで「Ogre unidentified」の異名を持つ。というのも、彼女は "水に成る" ことが出来るのだ。本来、自分の身体を属性自体に変化させる力は回避能力に乏しい火属性の特権であるべきであり、それを他属性が行使するなど異例中の異例である。
「禁書を盗んだのではないか」
「古代文字を読み解き、行使しているのでは?」
など様々な憶測が飛び交ったが、最終的に『彼女が偶然生まれ持った新種の魔法』として片付けられた。
もしこの国ハーレーで「肩を叩かれたが濡れているだけで何もいなかった」「誰かが覗いていたが窓を開けても誰もいなかった」などの報告があれば、きっと彼女のイタズラだろう。
因みに周知の事実ではないが、彼女が禁書を手にしているのは本当の事で、蘇生魔法を行使できる。ただ、盗んだのではなく拾っただけだ。
この国では特に禁止された魔法ではないため、使用している所を魔法学校学校長に発見された経緯がある。
魔導石の輝きに水色が加わる。
『……以上、五名のパーティー登録を完了します。皆さん今一度大きな拍手をお願いします』
瞬間、五人の姿が掻き消えた。その場に残るは細くも膨大な魔力を有した光の柱。その光もたちまち失せてしまった。
後に、協会の下に埋められた転移魔法陣の誤発動による事故だと判明するのだが、それはまだ先の話である。
次話投稿は~……えーと、8月31の……やはりと言いますか、朝5時にしときます