〚02〛軽いスキンシップ
五大魔法学校には、それぞれの属性に『代表』が存在する。
代表といっても、ただ学校内で一番成績が良いというだけなのだが、いくつかの優遇と決まりごとがある。
そしてその決まりごとの一つに、『各学校の代表は冒険者になる際、代表だけでパーティーを組む』というものがある。理由は単純で、“強い新入りが来た、負けるわけにはいかない”と既存の冒険者パーティーの士気を上げるためと、国としては強いもの同士で敵対して欲しくないからだ。
それでも世間的には賛否両論あるのだが、明確なメリットがある点と、パーティーに他の仲間を加えるのは自由、というわりと緩い縛りなため、今のところこの決まりごとは廃止されずにいる。
計五人の代表は式典にてパーティー登録を行い、目に見えて五つの学校が一つに団結するのだ。
☆
「ほぇ~……相変わらず大きいですねぇ……」
協会の前で、しおりは思わずといった様子で声を溢した。
協会といっても、別に白を基調にした小綺麗な建物ではない。コロッセオのような、周りをワッフル状の巨大な壁で囲った物だ。見た目は完全に闘技場で、実際数々の武闘会がここで行われている。協会だと見分けられる唯一の物は、壁の上にある、誰かが悪戯で置いたような十字架だけだ。
こんなふざけた見た目をしている理由は単純だ。前あった協会を崩して新築する際、「そんな物より闘技場を新築して欲しい」という要望が出たのだ。なんともまぁ冒険者の国らしい、戦い好きな国民性の賜物がこの協会というわけだ。
そのおかげでハーレーでは、闘技場の真ん中で祈りを捧げるなんともユニークな聖職者を見ることができる。因みに新設する予定だった闘技場の費用が浮いて、国王は大喜びしたらしい。
「んー、まぁ確かにデカイよね。来たのは入学式以来だったっけ?……それにしても、相変わらず協会には見えないよね……」
結局買って貰った大量の食べ物を食べながら呟く日奈子。
「確かに絵本で見るような物とは違いますよね。私は、結構好きなんですけど……」
久しぶりに見る協会について話していると、闘技場……もとい協会の中から聖職者が出てきた。やがて二人に気づくと、ホッとしたように手を振りながら近づいてくる。
「あっ! 日奈子ちゃん、案内の方が来ましたよ。協会は飲食禁止なので早く食べちゃってください」
だが日奈子は頭にはてなマークを浮かべている。
「案内? みんな普通に入り口から入ってるからついて行けばいいんじゃないの?」
それに対し、しおりはあきれた顔になる。
「私たちは火と風の代表なので。みんなとは集合場所違いますよ? 手紙にも書いてあったハズですけど」
「あ〜……まったく記憶にない……」
「手紙くらいちゃんと読んでください! 羊じゃないんですから」
言われて、日奈子は何食わぬ顔で食べ物を頬張った。
「ようやく来られましたか! 時間になっても現れないから、何かあったのかと思いましたよ! いや~、無事辿り着いて頂けて何よりです! さぁどうぞこちらへ。案内しますよ」
聖職者は少しの焦りと安堵を乗せて早口で言う。日奈子の方を見やり、食べ物のゴミの入った袋をジト目で見つめる。
それに対して、しおりは少し不思議そうな顔だ。
「よろしくお願いします……でも、なんでそんなに急いでるんですか? 時間はまだ余裕があると思うのですが……」
すると、聖職者は何か納得した様子で説明する。
「あぁ、一般の卒業生と君達とでは、招集時間が違うんですよ。学校で配布して頂いた手紙に書いてあったと思いますが……読んでませんでしたか?」
「えっ!」
手紙はしっかり読んだつもりが、どうやら大事な所を見落としていたみたいだ。日奈子が「羊……」とか言ってニヤニヤ顔でしおりを見るが、しおりは何も言い返せない。
「今日から君達は冒険者です。これからは手紙ひとつで大事な情報を逃すことになるのですから、今回の事を教訓に、これからは気をつけて下さいね」
「はい……気をつけます……」
「君もですよ、日奈子さん」
ずっとニヤニヤしている日奈子に向かい、聖職者は再びジト目を飛ばす。
「は~い! 分かりました~!」
返事だけは立派な物だと、しおりと聖職者は顔を見合わせて笑うのだった。
☆
「ここです。つきましたよ」
二人は代表者の待合室の前に到着した。
「「ありがとうございました〜」」
「いえいえ、これも仕事の内ですので。私はもう行きますが、また機会がありましたら」
「はい。その時はよろしくお願いしますね」
二人は聖職者に手を振って別れを告げる。そして改めて扉に向き直った。
因みに、協会はほぼ全てがコンクリートとレンガ製だ。通路も、壁も、部屋も全部。鉄は一切使われていない。国王いわく、『そっちの方が雰囲気が好き』なのだそうだ。
「少し緊張しますね……遅刻もしてしまいましたし……」
まだ式典が始まった訳ではないし、他属性の代表と会うのも初めてではないのだが、久しく会うというのに遅れてしまうというのは……抜けているしおりとは言えど、まぁ、さすがに緊張の一つや二つぐらいはする。
「んー、まぁ大丈夫なんじゃない? 誰でも遅刻ぐらいするって。──ってことで……遅れてすいませ~ん!」
「ひ、日奈子ちゃんっ!?」
扉の前でウジウジしているしおりを押しのけて、日奈子は勢いよくドアを開けた。
「いやぁ~ごめんごめん! 集合時間間違えてたみたいでさ。急いで来たつもりなんだけど屋台をエンジョイしてたら遅れてちゃって────」
日奈子の支離滅裂な謝罪は、突如迸った紅い電光に遮られた。日奈子の顔に神速の衝撃が加わり、笑顔のまま部屋の外に殴り飛ばされる。
「アタシを待たせるなんて良い度胸じゃない! 追撃を加えなかっただけありがたく思うことね!」
日奈子をぶっ飛ばした赤髪の少女は、さっきまで日奈子が立っていた場所に仁王立ちして言い放つ。そして特徴的な紅い瞳で部屋の外を睨んだ。すると、すぐに煙の中から人影が現れる。
「……腕は鈍ってないみたいね」
「も~、いきなり何するんですか。ビックリしちゃいました」
人影はゆっくりと近づいてきて、姿が徐々にはっきりしていく。
「悪かったわね。でも大遅刻したアンタのせいでもあるし、ここは恨みっこ無しで行きましょ」
煙の中を歩破し、とうとう影の主が姿を現した。
そこにはパッツンの前髪で、黒目黒髪。おしとやかな表情が特徴の少女──
「それは、そこで伸びてる日奈子ちゃんに言ってください」
──しおりが立っていた。
「……え?」
目の前にいきなり火属性の代表が現れるという予想外の事態に、赤髪の少女は数刻の間動けないのだった。
☆
「まさかいきなり殴ってくるとはね……ほんとビックリだよね……」
「だ、だから悪かったって言ってるじゃない」
赤髪の少女は、赤くなった頬をスリスリしている日奈子の隣で謝罪を繰り返していた。日奈子は目に見えてムスッとしながら、テーブルセットに座ってそっぽを向いている。対して赤髪の少女は床で正座していた。……一応、本気で悪いと思っているらしい。
「ま、まぁ良いじゃないですか日奈子ちゃん。反省はしているようですし……」
「ごめんで済んだらなんとやらってヤツだよそれは……」
「うっ……アンタならあれくらいいなせると思ったのよ……軽いスキンシップのつもりだったの」
「軽いスキンシップねぇ……」
日奈子はため息を突きながら指で机をトントンと叩く。
謝罪をまったく受け入れる気がない日奈子に対し、赤髪の少女は涙目になる。
「だ、だって、久しぶりにみんなと会うし、どんな顔で会えば良いかわからなかったの。いろいろ考えては来たんけど、アンタが遅刻してきたから、つい……」
どんどん弱気になる赤髪に対して、日奈子はまたため息を漏らした。でも今回のため息は呆れから来るものではなく、”仕方ないな“といった風なため息だ。日奈子は赤髪に向き直り、ハイライトが消えかかっている紅い瞳を見つめた。
彼女は昔からこうなのだ。悪意はないのに、ちょっとしたおふざけで損をする。むしろ善意のある行動を常とする性格だが、かなりのお調子者なのだ。おまけに、何かしら行動を起こす際に言動が少し痛くなるのが手伝って、彼女を良く知る者の間では“ツンデレ厨二病”と呼ばれていたりするが本人が知るよしはない。
「まぁ、今回は水に流すよ。悪気が無いのは分かったし。ただあれは軽いスキンシップじゃ済まないからもうやめてね。……あ、犬歯がグラグラしてる。抜けそう」
勿論日奈子は彼女の事を知っているため、本気で拗ねていたのではない。ただイジッていたのである。……ここまで弱気になるのも珍しいので、若干罪悪感が沸いたようだが。
「わ、悪かったわね。言われなくてももうやらないわよ」
彼女は依然として気を落としているが、日奈子はニッと笑って手を差し伸べた。
「これからよろしくね、紅葉!」
名を呼ばれた彼女は一瞬戸惑うも、とびきりの笑顔を見せた。
そして、すぐにいつもの不敵な笑みに戻ると力強く答えた。
「……ええ、よろしく頼むわよ!」
彼女の名前は紅葉。雷属性の代表だ。
○
「それで、結局三つもペロリと平らげてしまって。食いしん坊さんですよね~」
なんやかんやで落ち着いた三人は、テーブルセットに座って談笑していた。
「あー、屋台といえば、面白い食べ物があったわよ。赤い果実が割り箸に突き刺さってるんだけど、その上から更に赤色の飴でコーティングしてあるの!」
「ほぇ~……そんな食べ物があるんですね。ちょっと食べにくそうですけど」
「面白いけど、確かに食べずらそうだよね。……ていうか表面が飴ってどーやって食べるの? やっぱり舐めて?」
日奈子は興味津々といった様子だ。食べ物に関しては非常に意欲的である。
「そうよ。食べきるのに一時間くらいかかったわ……美味しかったけど」
「えっ、なにそれめんどくさっ」
「飴ごと噛めばいいと思うんですけど……でも真っ赤なところとか、紅葉ちゃんにピッタリな食べ物ですね」
「でしょでしょ!? アレを見たとき、この紅い目が呼応した気がしたの……。この食べ物を買いなさい、ってね!」
片目を手で覆いながら、紅い目を光らせて言い放つ。そして『フッ…』と短く息を吐き、どや顔になった。
それを見てしおりは相変わらずのニッコリ顔で返す。
「ふふっ、それは良かったですね。でも紅葉ちゃんが赤いのは、目と髪だけではありませんよ?」
「……? どういうことよ?」
困惑顔の紅葉に対し、しおりはやんわりとした笑顔で答えた。
「紅葉ちゃんがとっても可愛いってことです~」
「なっ……!?」
全く会話を無視した突然の誉め言葉に、紅葉は思わず顔を背けた。顔を耳まで赤く染めさせて、手で顔を覆ってしまう。
「あ〜、ホントだ。赤くなった」
日奈子は机に顔を乗せたままポツリと呟く。
「も、も~……。やめなさいよ……そういうの……」
紅葉は指の隙間から目を覗かせ、横目でしおりに視線を送る。
「うふふっ、ごめんなさい紅葉ちゃん。でも嘘じゃないですよ。紅葉ちゃん可愛いです。火の次に」
「だ、だからやめてって言ってるでしょ──火の次に?」
紅葉は疑問形で答える。よもや聞き間違えただろうか?と。
「はい! 火は可愛いですよ? 特にオレンジ色の火が可愛いんです! 比較的火力が弱くてすぐに消えちゃう恥ずかしがりやさんなんですよ。……はぁ、なんだか見たくなってきました。ちょっとそこの椅子燃やしても良いですか?」
「ちょっと理解出来ないけど……燃やすのはダメよ?」
しおりの火に対する説明を聞いて、紅葉は瞬時に冷静を取り戻した。そして思わず日奈子に耳打ちする。
「しおりって、ちょっと変な人……?」
「あぁ……最近は特にね」
日奈子は日に日に火に対して変人になっていく幼馴染みを見て、なんとも言えない顔をするのだった。
○
「なかなか沸かないな……」
待合室の端で、短い茶髪の少女が呟いた。
目の前にあるやかんの蓋を開けたり閉めたりして落ち着きのない様子で座り込んでいる。
やかんはレンガで作られた小さな囲いの上にちょこんと乗せられており、中には薪と砂利が入っていて他の場所に引火しない仕組みになっている。因みに、点火するときは下に開いている小さな穴から火種を放り込む。
……少女は全く沸く気配のない水に煮えを切らし、いっそこのまま注いでやろうかとやかんを持ち上げた所で、ようやく気がついた。
「……薪がねーじゃねぇか、薪が。」
振り返り、三人の代表を見やる少女。……なぜか他の二人と妙な距離感があるが、用のある一人に声をかける。
「なあしおりー? ちょっと火ぃつけてくんない? 薪が無くてさぁ。出来れば強火で頼む」
「あ、良いですよ~。でも弱火にしておきますね。部屋まで燃えてしまうかもしれないので」
「さっき椅子燃やそうとしてたのはどこの誰よ」
何やら後ろから声が聞こえたが、しおりは聞こえないフリをする。
「そんじゃ、弱火でよろしく」
しおりはレンガの囲いを覗き込み、指先に生成した火球を放り投げた。薪が無いのにも関わらず中に火が灯り、ユラユラと穏やかに燃え始める。
「……はい、出来ましたよ向日葵ちゃん」
「ん、ありがとよ」
彼女の名前は向日葵。地属性の代表だ。青いジーパンに迷彩柄のジャージ、メタリックなネックレスと、とても魔法使いとは思えない格好をしている。少しつり目なのも手伝って、彼女が不良だと言われれば信じてしまいそうだ。
「どういたしまして~」
向日葵は再びレンガの上にやかんを置くと、しおりと共にテーブルセットに腰を下ろす。
すると、なぜか紅葉が笑いを堪えるように震えていた。少し顔を俯けて、今にも吹き出してしまいそうだ。
「……なんだ?」
向日葵は不思議そうに首を傾けるが、紅葉は変わらず笑いを堪えている。そして途切れ途切れに言葉を発した。
「……だって……火がついて無いのに……フフッ……じゅ、10分も……ブハッ……! どっからどー見ても……ついて無かったのに……」
「気づいてたんなら言ってくれよ……」
おかしくて堪らない様子の紅葉に対し、向日葵は呆れた様子だ。ついに顔を真っ赤にして黙りこんだ紅葉から“こいつはもうダメだ“と視線を外すと、なにやら日奈子が顔をキョロキョロさせているのを発見した。いったいどうしたのかと尋ねようとすると、日奈子の方から質問が飛んできた。
「そういえばさー、水のトップはどこにいるの? 全然見当たんないけどさ」
「あー……そういえばいないわね。あの子、影薄いから気づかなかったわ」
「お前な……」
ネタじゃない方で忘れていた様子の紅葉にジト目を飛ばす向日葵。まぁ、確かに合同練習も休みがちで根暗なヤツだったが。
「もー、皆さん酷いですよ。水の代表さんと言えば、背が高くてさらさらのロングヘアーが気持ち良い人ですよ。よく触らせて貰ったので間違いありません! それで、名前は確か──」
しおりは顎に手を当てて言葉を募る。
「──水の貴人……」
「お前も覚えてないのかよ……」
水の代表の二つ名を答えたしおりに、向日葵は顔に手を当ててため息をつく。
因みに紅葉は二つ名……というか異名が10個以上ある。自分で考案しては言い広めるからだ。
「まっ! でも覚えてないのも仕方ないか。基本無口なやつだったしな」
向日葵はウンウンと頷きながら続ける。
「それに、別に覚えてなくても困らないぞ」
「……?」
三人は頭に疑問符を浮かべる。
「だってあいつは残念なことに──」
向日葵は哀れんだような目を遠くに向ける。
そして理由を述べようとすると、遮るように待合室の扉が勢いよく開いた。
「お待たせしマシタ~!」
元気の良い声と共に現れたのは、小柄な少女だった。背は150……いや、140もあるかどうか怪しい。髪はとんでもなく長く足首辺りまである。色は透き通った水色でふわふわな髪質だ。
彼女は部屋の中を見回し、四人と目を合わせる。そしてとびきり明るい声で挨拶をした。
「皆さん、はじめマシテ。デスね!」
「「「だ、誰……?」」」
向日葵を除く三人の呟きは気持ち良いほどにシンクロした。
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