〚01〛幼馴染なふたり組
魔法には五つの属性がある。
全てを焼き尽くす《火属性》
何でも飲み込む《水属性》
迅速かつ強烈な《雷属性》
あらゆる物を巻き込む《風属性》
大地を操り、錬成を含む《地属性》だ。
属性には基本的に優劣が無く、どの属性を扱う者も申し分ない戦力を持つ。
しかし同じ属性を扱う者でも、術者としての優劣は当然存在する。
そして今回、数多の魔法使いの中、秀でた実力を認められた者は──
☆
「場所を間違えましたかね……?」
真ん中に生えた一本の大木が特徴の広場の中で、膝くらいまである黒いローブを着た少女が立っていた。髪や目は墨汁を思わせる黒色。目元はおっとりとしていて、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出している。……いや、落ち着いているというより、ボーッとしているという方が正しいかもしれない。放っておけば知らぬ間にどこかに行ってしまいそうな、そんな少女だ。
そんな少女がなぜここに居るのかと言うと、単に友人と待ち合わせをしているのだ。まだ待ち合わせ時間を数分過ぎただけなのだが、少女は心配そうに顔をキョロキョロ動かしている。なにせ、幼馴染みである友人が遅刻したことなんて今まで一度もなかったのだ。むしろいつもは自分が待たせる立場なため、人を待つのに馴れていない。
その場を意味もなくクルクル回り、全身から「困ってます」という風なオーラを出している。
(家まで迎えに行った方が良いですかね……)
そう思い友人の家に歩を進めると、正反対の道から足音が近づいてきた。もしかして、と思い振り返ると、やはり待っていた友人だった。茶色のショートヘアーに同色の目。こちらは茶色のローブを着ていて、その丈は腰の辺りまでしかない。
元気よく手を振りながら、駆け足でこっちに向かってくる。
「もー……遅いですよ日奈子ちゃん。私じゃないんですから、遅刻なんてしないでください。心配で息が詰まりそうでしたよ」
「ごめんごめん~! 楽しみでつい……って、しおりも普段から遅刻しないでくれると助かるんだけどね?」
少し意地悪に問いかける、日奈子という少女。それに対し、しおりと呼ばれた少女は微笑み返した。
「……それは無理かもです~」
「そこは嘘でも肯定してよ……」
いつも遅刻することを咎められても、しおりは平常運転だ。
「でも楽しみなのは分かりますよ。私も昨日寝られなくて、ずっと焚き火をしていました」
「焚き火をねぇ。相変わらずだなぁ」
日奈子は目的地へ歩き出しながら返す。今は別段寒い季節でもないが、焚き火の理由は分かりきっている様子だ。
「はい! 火を見てると心が安らぐんですよ。……あっ、もしかして日奈子ちゃんも眠れずに寝坊したんですか?」
歩き出した日奈子に、横から覗き込むようにして聞く。それに対し日奈子は気まずそうに顔を背けた。
「いや、それがさ……楽しみすぎて待ち合わせてるの忘れちゃって。あの……先に会場向かってた……ごめん」
「えぇーっ!? 酷いです日奈子ちゃん! 二時間も前から待ってた私の気持ちはどうなるんですか……」
「だからごめんって! でも二時間は早すぎだと思うけどね?」
「寝られなくって……」
「一睡もしてないの!?」
日奈子は今日一番の驚きを見せる。いつも活発な彼女にとって、睡眠を取らないなんて信じられないことなのだ。
「はい……ですから、私も凄く楽しみにしてたんです。日奈子ちゃんと一緒ですね」
言いながら、しおりは嬉しそうに笑みを浮かべる。それを受け日奈子は足を止めた。大袈裟に手を広げ、しおりと向き合う。
「そりゃそうだよ! だって私たち、今日から冒険者になるんだよ? やっと退屈な生活から抜け出せるって思うと……──テンション上がってきたっ!」
両手を天に向かって振り上げ、全身で喜びを伝えている。
「ふふっ……日奈子ちゃん昔から苦手でしたもんね。筆記テスト」
「筆記が苦手なんじゃなくて、ずっと座ってるのが苦手なんだよ……魔法の理論とか覚えるよりさ、身体で覚えた方が絶対早いと思うんだよね」
「私は理論があった方が分かりやすかったですけど……きっと日奈子ちゃんは天才タイプなんですね」
「いや~、天才だなんて! それほどでも……あるかな?」
顎に指を当てながら言い放つ。
「ふふふっ、日奈子ちゃん、可笑しいです」
いきなり真剣な顔でボケられて、しおりは軽く吹き出した。今までの付き合いで、日奈子が誰よりも努力してきたことは知っているのだ。理論理解が苦手なために、人一倍魔法の練習をしてきたことを、彼女は知っている。
「あははっ、ならしおりは天才じゃないから凡人タイプだなー」
「その言い方はどうかと……」
今日は魔法学校を卒業して冒険者になる日。今まで積み重ねた知識や技術を、生かすときが来たのだ。
二人は他愛もない会話を続けながら、式典が行われる協会へと歩を進めるのだった。
☆
この国『ハーレー』では昔、異世界貿易が盛んだった。
異世界貿易とは、大規模な転移魔法を使用した異世界同士の貿易であり、異世界との交流の場でもあった。これにより地球という星の『日本』と呼ばれる国との交流が深まった。
ハーレーには、馬車や建築方法など様々な技術が伝来した。そして更に関わりを持つために、ハーレーでは『日本語』という言語が採用された。
日本には色とりどりの食べ物や錬金術で生成した調度品が流入した。この調度品は後にオーパーツと呼ばれるようになり、日本の古典に大きな謎を残すこととなった。
しかしある時を境目に、異世界貿易業が一気に衰退する。一説では魔物の大量発生が原因とも言われているが、その真相は定かではない。
そしてハーレーに伝来した物の一つに寺子屋という物がある。現代でいう所の『学校』だ。
ハーレーの魔法学校には『火の魔法学校』『水の魔法学校』『風の魔法学校』『地の魔法学校』『雷の魔法学校』の五つの魔法学校があり、総じて『五大魔法学校』と呼ばれる。
五大魔法学校は冒険者ギルドに直接繋がっており、一年に一度、一定の魔法水準と年齢を共に満たした者に、冒険者になる資格が与えられる。その時は聖職者の協会を借り、盛大に式典を開くのだ。卒業生はこれからの生活に胸を踊らせ、冒険者は新しい仲間に様々な期待を抱く。協会の周りには屋台が立ち並び、冒険者のパーティー勧誘の声がそこらじゅうに響きわたる。……冒険者の国であるハーレーにとって、一年で最も大きなイベントとなるのだ。
そして当の卒業生……それぞれ火と風の魔法学校生の一員である二人はというと……
「わぁ……すごい賑わってます!」
しおりは辺りを見渡しながら声を上げた。
公園からしばらく歩き、今ようやく裏路地から大通りに出た所だ。目の前には人波が広がり、どこかでサーカスでも開くのか、赤鼻のピエロまでいる。協会までまだ少しあるというのに、もう屋台がちらほら見える。
仮装パーティーや建国記念日など目じゃない程の一大イベントなだけあって、皆全力で楽しんでいるようだ。
「あっ! 見てください日奈子ちゃん。日奈子ちゃんの大好物もありますよ……って、あれ?」
振り返ると、日奈子の姿が無い。
しおりは自分の置かれた状況を瞬時に理解し、ガックリ肩を落とした。
「もうはぐれちゃいました……。自己ベスト更新です……」
「……? なんでそんなに落ち込んでんの?」
「ひゃっ!?」
不意に後ろから肩を叩かれ、しおりは素っ頓狂な声を上げた。振り返ると、小麦の生地に砂糖をまぶして焼いたものを2個持った日奈子が立っていた。日奈子の好物で、屋台の定番メニューだ。
「はいこれ。私のおごりね」
「あ、ありがとうございます。……屋台に行ってたんですね。もう、一言言ってから行ってください!」
ぷぅ、と頬を膨らませながら怒るしおりだが、日奈子に反省の色は無い。
「いやー、すぐ戻ってくるから別に良いかと思って。……あ、ちゃんと行列出来てないか確認してから行ったよ?」
「良くないですよもう……取り残された側の気持ちも考えて欲しいです。またはぐれてしまったかと思いましたよ」
「あはは。しおりはよく迷子になるもんね」
日奈子は小麦焼きをかじりながら笑っているが、毎回迷子になっているのは彼女の方だ。声もかけずにどこかに行ってしまうからはぐれるのだが、両者共にしおりがボーっとしているせいだと思っているために全く改善されず、出かける度に一度ははぐれる羽目になる。
「気を付けているつもりなんですけど……いつもすみません」
「良いって良いって~。もう慣れっこだしさ! でも、しおりがどうしてもって言うなら、何か奢ってくれてもいいけど~?」
日奈子はニヤニヤしながら言う。
「もう食べ終わったんですか。まだ一分経ってませんよ? もう、仕方ないですね……何が良いですか?」
「ん~と……じゃあね~……」
しばらく辺りをキョロキョロと見回してから、顎に手を当てて考える。食べ物の事になると急に真剣だ。やがて目を見開き、キリッとした表情で言い放った。
「……アレとアレ!」
「二つはダメですよ」
「じゃあアレとアレとアレ!」
「日奈子ちゃん……」
しおりは日奈子にあきれた目線を送る。
「そんなに食べたらお腹いっぱいになっちゃいますよ? そもそも、日奈子ちゃんはちょっと食いしん坊過ぎな気がします。この間だって私の家に来たときプリン勝手に食べてましたよね。一個減ってました」
日奈子はビクッと体を震わせる。身に覚えがあるのだろう。
「私じゃないよ!……証拠はあるのか証拠は!」
苦し紛れに言い返すが、明らかに挙動不審だ。
「えぇ……じゃあアリバイはあるんですか?」
問うと、日奈子は自信満々といった様子で答えた。
「あっはは、あるわけないじゃん。ちゃんと誰もいないときに食べたんだから」
「ひ、日奈子ちゃん……」
流れるような独白をする日奈子に、しおりは怒る気力を削がれるのだった。