先生は戦士じゃありません!
こんにちは。千葉市立緋色中学校一年一組担任の王里史成です。今日は修了式! 総勢三十六人の生徒たちを前に、最後のホームルームです。机は誕生日順、つまり出席番号順になっています。
「おはようございます。今日でこのクラスは最後なので、一人ずつ出席確認しますね。葛葉来斗さん」
「はい」
入学式の日、わたしは葛葉くんの心から生み出されたネガハンターと戦いました。戦いの中でわたしに何かの力が与えられたらしく、魔法少女的なものに変身しちゃいました。そこからわたしの、教師というより戦士としての令和三年度が始まったのです。
「乾凌駕さん」
「はい」
インフルエンザで休んだために三学期の副委員長をしてもらうことになってしまいました。ごめんなさい。でも、立派に役目を果たしたと思いますよ。
「宇佐美花実さん」
「はぁい」
うん、ちゃんと制服を着ていますね。制服は着崩さないのが一番似合うんですよ。……どうして頭に芋けんぴがついてるのかは、聞かないでおきましょう。
「剣崎竜児さん」
「はい」
ユーチューバーの剣崎くん。学校生活が疎かになっていた時期があって心配でしたが、しっかり者の一面もあって安心しました。
「佐藤ジャンさん」
「ハイ」
五月の夜に宇宙から落ちてきたジャンくん。本名や年齢などの詳しいことは一切不明です。居場所がないと嘆いていましたが、安心してください。少なくともこの学校はあなたの母校です。
「星明日那さん」
「はい」
明日那さんは不登校でした。家族の支えもあり、二学期からは登校してくれています。一度わたしとさぼって学校を抜け出しましたね。あのときはわたしも楽しかったです。
「星洋子さん」
「はい」
双子の妹、洋子さんもお姉さんのことなど色々あった一年でしたが、クラス唯一の年間無欠席を記録してくれました。二年生になったら、遅刻を減らせるように努力してもらえると幸いです。
「名月紗季さん」
「はい」
下校時はピンクのヘアピンをつける名月さん。ヘアピンがなくなってしまったとき、クラス総出でそのヘアピンを探しました。思えば、それがこのクラスが最初にひとつになったときでした。
「泊隆晴さん」
「はい!」
いい返事。六月のタイムリープを繰り返していた泊くんですが、多くの人の協力と、彼自身の努力によって抜け出すことができました。彼はその後も四回ネガハンターの素にされましたが、なんででしょうね?
「常和皇さん」
「はい」
五十年後の未来から来た常和くん。いつか未来に戻っても、この時代のことを忘れないでいてくれると嬉しいです。あと、いくらタイムマシンの着地点にちょうどいいからって言っても、屋上は立入禁止です。
「如月博夢さん」
「はい!」
はい、いい返事。全員が全員と友達になってほしいと願う如月くんは、戦士としてのわたしと協力者の関係にあります。また、彼もわたしのように変身して戦うことができます。変身後は『ネガバスター』という名前になるそうです。
「朝日奈アムさん」
「はい」
魔法使いの朝日奈さん。魔法で捨て猫を見つけたはいいものの、里親は見つかりませんでした。わたしは結局、元の場所に戻すようにとしか言えませんでした。……彼女の心は、一際強いネガハンターを生みました。
「相田亜美さん」
「はい」
三学期の学級委員長を務めてくれましたし、生徒会選挙では副会長に立候補してくれました。惜しくも落選でしたが、その経験はきっと役に立つと思います。
「雪代麗さん」
「はい」
入学時から体が弱く、体育祭も見学せざるを得なかった雪代さん。そのぶん、スポーツに打ち込む人への憧れが強いです。プレーするだけがスポーツではありません。支えること、応援することもスポーツです。
「火野ライドさん」
「Hi!」
ナイス発音。アメリカにも国籍を持ち、アイデンティティに悩みがありました。それから、理由は不明ですが着替え中にドアを開けられたり、階段で転んだ拍子に唇同士が当たったりというトラブルがよくありました。本当にわざとじゃないんですよね?
「都上走さん」
「はい」
今日も来てくれてありがとう。超能力者でありながら力を制御しきれず、誤解ばかり生んでしまう都上くんは、夏休みに一人で思い詰めて、危うく取り返しのつかないことをしてしまうところでした。君が今日もいてくれて、わたしはとても嬉しいです。
「愛乃美緒さん」
「はい」
わたしが顧問をしている剣道部の部員なので、美緒ちゃんとは来年度も顔を合わせることになります。しかし失恋の愚痴を聞かされるとは、最近の十三歳は進んでますねえ。
「城戸鷹介さん」
「はい」
家庭訪問で上杉鷹山から名がつけられたと聞いたときは、本当に素晴らしい名前だと思いました。何を隠そう、わたしは社会科の担当なのです。城戸くんは成績不振に悩んでいましたが、大丈夫。意外と為せば成るものです。
「花咲絵里さん」
「はい」
少し忘れ物が多かったですが、彼女なりに改善していってくれました。先生によっては厳しく叱り付けられることもあったと思いますが、できれば、その先生やその教科のことを嫌いにならないでください。
「野上幸さん」
「はい」
このクラスにはいじめがありました。その被害者が野上くんです。野上くんはネガハンターを生むことでわたしにそれを知らせようとしてくれました。ですが、わたしがその事実を知ったのは如月くんからいじめの証拠写真を見せられたときでした。
「紅爽輔さん」
「はい」
紅くんはバイオリンがとても上手なんです。学校でも披露してほしいんですが、残念ながら今の学習指導要領では新しい行事を組み込む余裕がありません。
「桐生一郎さん」
「はいっ」
厳格さに関して、桐生くんの右に出る者はいないでしょう。縁日で他校の生徒に注意してトラブルになっていたくらいですから。この場合、注意するのと関わらないのとどちらが正解なのでしょうか?
「寺田大和さん」
「はい」
別の世界でトラックにはねられて、気がつけばこの世界に来ていたそうです。不思議なこともあるものですね。ジャンくん、常和くん、都上くんと仲が良いので、二年生でも良好な関係のままでいてください。
「角家剛さん」
「はい」
食べ物の好き嫌いが激しく、人見知りでもありました。その一方で他者への優しさや気配りはわたし以上のものがあります。短所と長所、どちらを伸ばすべきか、わたしは判断がつけられませんでした。
「桃園茉子さん」
「はい」
茉子ちゃんは元々剣道部だったのですが、練習について行けない、と退部してしまいました。初心者歓迎を掲げておきながら、初心者の茉子ちゃんから剣道が楽しくないとも言われてしまいました。楽しませてあげられなかったのは、わたしの精進不足です。
「新谷章太郎さん」
「はい」
新谷くんはカフェイン中毒で不眠症です。元々は背伸びして飲んでいたコーヒーを常飲するようになったそうです。大人にはわからないこだわりだったみたいですが、成長期の体に余計な負担をかけてはいけません。
「日賀菜摘さん」
「はい!」
元気があってよろしい。自画像などの写実的な絵が苦手だったのですが、美術の換勢先生の指導もあって、印象派のような味わい深い作品を多く作りました。絵って難しいですよね。わたしはビゴーの風刺画を模写してみたことがありますが、全然違う何かしか描けませんでした。
二学期まではこの次に花寺瀬奈さんがいました。花寺さんはご両親の仕事の都合で別の中学校に転校しました。彼女の生んだネガハンターが、驚くほど弱かったのを覚えています。永遠の別れではありません。きっと、またどこかで会えるでしょう。
「美墨麻里香さん」
「はい」
これも突然変異というのでしょうか、美墨さんは天然の茶髪です。学校側は地毛なら何色でも良しとしているのですが、ご両親の反対で黒に染めさせられていました。わたし個人の判断で学校に呼び出してお話しさせていただいた唯一の保護者さんです。
「日高魁さん」
「はい」
スマホやパソコンを買ってもらえないことでふさぎ込んでしまった日高くん。剣崎くんを紹介してみたところ、とても仲良しになってくれましたし、倒していなかったはずのネガハンターもいつの間にか消えていました。
「宗馬大吾さん」
「はい」
わたしだけに秘密を打ち明けてくれた宗馬くん。他の誰にも話せない悩みの種を共有させてくれるのは教師冥利に尽きます。他言無用の約束は必ず守ります。いつか、その想い人に好意を告げる勇気を持てるといいですね。
「北条瑠夏さん」
「はーい」
定期テストで他の人の答案をカンニングしてたのは全部まるっとお見通しです。なので学年末テストでは一年生全員分違う問題を用意しました。ふふ、さすがに堪えましたよ……。
「野乃初美花さん」
「はい」
合唱コンクールでピアノを担当してもらいました。そして、初めてわたしを変身解除にさせた子でもあります。おかげで二段変身できるようになりました。生徒と一緒に成長できているようで嬉しいですね。
「古代達哉さん」
「はい」
古代くんは夏に妹が生まれて、お兄ちゃんになりました。将来の夢は東京都知事。千葉にいてくれないことに若干の寂しさもありますが、担任として応援し続けたいと思います。
「天道智さん」
「はい」
秋に天道くんの母方のおじいさんが亡くなられました。七十九歳で、最期は病院で苦しまずに逝かれたと聞きました。古代くんと併せて、命の尊さを強く感じた一年だったと思います。
「春野風花さん」
「はい」
先日、十三歳の誕生日を迎えました。春野さんの誕生日は三月十一日。誕生日なのに世間が追悼の言葉で溢れる日と重なってしまいます。相田さん主導のもと、誕生日会を開催してみました。それ以来、春野さんのネガハンターは現れていません。
そして、次が最後の一人。わたしの最終決戦の相手をしてくれる子です。
「夢原蘭さん」
「……はい」
挑戦的な瞳。はっきりした自分の意思を持っているという意味では、嫌いじゃないです。わたしも教頭先生にそういう目を向けて怖がられることがあります。
「あなたは、始業式が終わったときに言いましたね。『学校が嫌い。滅茶苦茶にしてあげる』」
「ええ、そう言いました。そう言えば追い出されると思ったので」
「残念ですが、公立の中学校はどんな生徒にも手を伸ばす、とてもお節介なところなんですよ」
「わかってます」
わたしはこの一年間、夢原さんと勝負をしていました。みんながネガハンターを生むよう陰で行動していたのは夢原さんです。夢原さんは学校、というより大人が嫌いなようです。小学校からの引き継ぎでもそう伝えられていました。気持ちは理解できます。わたしもそうでした。しかし、みんなの負の感情を増幅させるネガハンターを生ませ、それで学校を混乱に陥れるのは看過できません。
「あたしみたいなのは、放っておけばいいんですよ」
夢原さんは自らネガハンターに変身しました。わたしも変身します。変身後に名前が変わる、ということは特にありません。わたしはわたし、一年一組担任の王里史成です。
「そういうわけにはいきません。わたしの敬愛する先生が言っていました。生徒は腐った蜜柑とは違う、と」
みんなの避難誘導は如月くんや相田さんが行ってくれています。毎日が避難訓練のような一年間だったので、スムーズに体育館まで移動してくれます。成長しましたね。夢原さんは容赦なく攻撃してきますが、わたしは夢原さんの攻撃力と全く同じ力を出して相殺していきます。葛葉くんに怪我をさせてしまった反省からです。
「はっ!」
大振りになった一瞬で、ネガハンター特有のコアだけを壊しました。これがなくなればネガハンターは消滅します。
「あーあ。あたしの負け。おめでとう、先生」
不貞腐れて夢原さんが言います。目標を達成した以上、わたしは何も言い返しません。先生に感謝するのなんて、大人になってからですよ。現にわたしがそうだったんですから。さ、今から体育館で修了式です。