第3回
「ほんとにいいのかよ?」
オレは、イライラして聞いた。莉沙が目をそらして、とぼけるように言う。
「いいの、って、なんのこと?」
「洋司のことだよ。このままじゃ、あいつ、ほんとに…。」
「もういいんだってば。」
莉沙の声も荒くなった。オレをにらみつけてから、顔をそむける。
「おい。待てよ。まだ話終わってないぞ。」
気づくと、オレは立ち去ろうとする莉沙の腕をつかんでた。
そうだ。莉沙は、ほんとは強くないのに、いつも意地張って、こんな態度をとる。莉沙のことはオレがいちばん知ってるつもりだった。だって、ずっと近くで見てきたんだから。
「ほんといいかげんにしてよ。うざいよ、彰。」
オレの手を振りほどくと、莉沙は校門から駆け出していった。
莉沙の背中を目で追いながら、オレは思い出してた。
オレと莉沙と洋司は、幼稚園のときからの幼なじみってヤツだ。たまたま近所に他に女子がいなかったから、莉沙も俺たちと遊ぶようになった。数えてみれば、知り合ってから10年以上たつ。あの頃は、こんなに長いつき合いになるとは思ってなかったけど。
クラスのヤツらには「腐れ縁」なんて言ってるけど、実はそうじゃない。オレは、二人と一緒にいたくて、高校に入るのにかなりムリした。オレたちの通う高校は、世間じゃまあまあの私立高校と言われてる。だから、学力とかカネの問題とかいろいろあったわけだ。
楽しかった。毎日、バカ言って、笑い合って。そんな日がずっと続くと思ってた。莉沙が洋司を意識してると気づくまでは。そして、オレはわかった。
オレは莉沙が好きだったんだ。
でも、相手が洋司なら仕方ない。そう思ってあきらめようとしてきた。洋司は、オレより頭もルックスもいいし、何よりいいヤツだ。莉沙にふさわしいのは、洋司だ。ずっとそう思いこもうとしてきたんだ。
それが、最近聞いた話じゃ、洋司のヤツ、アキバのメイドに夢中だという。
そりゃ、そう聞いて、はじめはオレも「チャンスだ。」なんて思った。でも、莉沙の様子見てたら、そんな自分がバカだとわかった。だから、オレは、洋司がメイドとどうこうなる前に、莉沙に気持ちを伝えさせようとしたんだ。まあ、完全に失敗だったけど。
オレは、学校じゃお調子者ってことになってるけど、いまいち支持されてないっていうか、なんとなく微妙な感じだ。それにしても、きついもんだな。おちゃらけてもダメ、マジメに話してもダメなんて。
そんなことを思いながら、仕方なくオレも駅に続く道を歩き始めた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。一名様ですか?」
それからしばらくして、オレはメイド・カフェの前に立ってた。
『メイドカフェみるきい・すまいる』
少し前に、話してる洋司の近くにいて、聞こえてきたのが、この店の名前だった。莉沙とケンカしたまま家に帰りたくなかったオレは、前からちょっと考えてたことを実行しようと思っただけだ。秋葉原に行って、莉沙の「ライバル」を観察してみようなんて。
席についたオレは、店の中を見回した。案内してくれた子の他に、メイドは二人。確かにかわいいが、「萌え系」とかいうヤツに興味のないオレには、ちょっとギャル入ってる莉沙のほうが好みだと思った。客は、中年のおっさんが何人かだけ。まあ、まだ会社が終わってない時刻だったから、そんなものかもしれない。もちろん、洋司がその日店に来ないことは知ってた。別の用事があると言ってたのを思い出して、「ちょうどいい。」とか思ったわけだ。さすがに、はち合わせしたら、気まずいから。
一通り観察が終わると、オレは,ポケットから携帯を取り出した。もしかしたら莉沙からメールが届いてるかも、とか思いながら。
「この店は初めてですか?」
顔を上げると、メイドの一人が、オーダーを取りに来てた。オレは、あわてて答えた。
「は、はい。あの…たまたま電気屋に…携帯を買いに来て…。」
「ありがとうございます。よろしかったら、こちらのおすすめメニューはいかがですか?」
「あ、は、はい。」
自分の小心者ぶりに泣きそうだった。オレは、簡単な会話にもかみまくりで、結局、オムライスとカプチーノを注文するハメになってた。腹なんて全然減ってなかったのに。
ま、無邪気な笑顔には勝てねえし。心の中で、そんな言い訳をつぶやいて、携帯に目をやった。新着メールはなかった。
次の日に話してみよう、報告も兼ねて。「たいしたことなかったよ。お前、ぜんぜん勝ってるよ。だから、自信持って、気持ち伝えろよ。」そんなことを言えばいい。でも、莉沙のことだ。よけいにウザがられるかもしれない。
そんなことを考えてたら、メイドがカウンターの客に飲み物を運ぶのが見えた。
「お待たせしましたぁ。では、コーヒーがもっとおいしくなるおまじない、一緒にお願いしまぁす。」
メイドは、カップを客の前に置くと、両手の親指と人差し指でハートの形を作った。客も、それに従う。
「では、いきまぁす。せーのぉ!萌え萌えルンルンッ!」
そう言って、二人はコーヒーの上にハートを近づける。
おいおい。オレもあれを強要されるのかよ。一瞬ひいたけど、郷に入ればなんとかって言う。いつか学校で話すネタになるかもしれないから、やっておくか、なんて思った。
その時、別のメイドに声をかけられて、カウンターの男が立ち上がろうとした。メイドがカメラを持ってたから、チェキの撮影ってヤツだろう。それまで横顔だけだった男の顔が、はっきり見えた。
『ええっ!!』
もう少しで声を出すところだった。オレは、メイドがカプチーノを運んで来たのにも気づかないくらい呆然とした。
その男は、十年近く会ってなかったオレの父親だった…。
めいせん 第3話「青春喪失者の歌」
次の日のことだ。
トイレから教室に戻ったオレは、前の席にいる洋司に聞いた。
「おい。なんで永田がいるんだよ?」
後ろに、学年主任の永田が腕組みして立ってた。そのせいで教室の中に、なんとも言えない緊張感があった。
「たぶん、龍ヶ峰先生の授業を見に来たんだろ。まあ、そろそろかな、とは思ってたけど。」
洋司が苦笑いしながら答えた。
龍ヶ峰アリスは、オレたちの担任で、よくわからない行動をとる、いわゆる「電波さん」だ。だから、電波系の先生、略して「でんせん」と呼ばれてた。まあ、そんなことだから、英語教師というのは名ばかりで、はっきり言って授業が成り立ってない。
最近、ニュースで「不適格教師」ってヤツが話題になることがあるが、永田は、「でんせん」がダメ教師かどうか見にきたんだった。
「よかったぁ。間に合いましたぁ。」
チャイムと同時に「でんせん」が駆け込んできた。洋司が、ほっとしたようにため息をついた。
予想通り、授業はひどいものだった。
「でんせん」は、かみまくりで、そのうえ何度もフリーズした。それを洋司が、涙ぐましいけなげさでフォローしようとしてた。それから、学校裏サイトで、「でんせん」に気があると書かれてるオタクの藤村も。
でも、オレには全部どうでもよかった。何をしても、あの男の情けない姿が、頭から離れなかった。
あの男は、オレが小学生の頃、家を出ていった。まだ小さくて、事情を飲み込めないオレに、母さんはこう言った。
「お父さんは、長い旅行に出かけたの。大事な用事があるから、いつ戻れるかわからないのよ。」
そう。あの男のこととなると、いつも思い出すのは、母さんの寂しそうな横顔だった。
中学生になった時、母さんは、オレにほんとのことを話してくれた。
学生時代、あの男は、バンドやってて、プロのミュージシャンを目指してたこと。母さんがオレを身ごもって、夢をあきらめて、テキトウな会社に就職したこと。でも、歌を捨てきれなかったこと。
身勝手な話だと思った。離婚してから母さんが、オレを育てるのに、どれだけ苦労したことか。
でも、あの男のことをボロクソに言うオレに、母さんは言ったものだ。
「きっと人には、いるべき場所があるの。あの人は、まだ有名にはなってないけど、きっとどこかのライブハウスや街角で今日も歌ってる。プロの歌手みたいにお客さんはたくさんいないけど、少しでも楽しんでくれる人がいれば、そこがあの人の居場所なのよ。」
「おい。彰。何か質問しろよ。」
気がついたら、洋司が振り向いてオレのほうを見てた。クラスのヤツらの視線も、オレに集中してる。黒板の前で、「でんせん」が、救いを求めるように、オレたちをながめ回していた。
ようやくオレは理解した。立て続けの失敗で頭が真っ白になった「でんせん」は、急遽授業を「質問コーナー」に変更したらしい。
まったく損な立場だと思った、盛り上げ役なんて。ふだんなら全然かまわないが、あんなことがあった後だから、とてもそんな気分じゃなかった。
「えーと、先生は、どうして英語を勉強しようと思ったんですか?」
とりあえず思いついたことを言った。上の空だったにしても、フツウすぎたけど、別にどうでもよかった。周りのがっかりした様子にうんざりして、「でんせん」を見る。そこには、意外なくらい気まずそうな表情があった。
「あのぉ、それはぁ、ええとですねぇ…。」
オレは、難しいことは聞いてない。逆に、教師にとっては、定番の質問のはずだった。
「でんせん」は、しばらくモジモジしてから言った。
「恥ずかしい話なんでぇ、今まで言わなかったんですがぁ、今日は特別にお話しますね。わたし、猫さんが大好きなんですよぉ。それで、子供のときぃ、お父さんに猫を飼ってほしいって頼んだんです。そしたらぁ、お父さんが『じゃあ,飼う前に英語を勉強しなきゃね。』って。」
猫と英語?電波親子ってわけか?
クラスのあちこちから、ざわめきが聞こえた。洋司は、どうフォローすべきかわからず、「でんせん」と永田を代わる代わる見た。永田は、壁にもたれ腕組みしたまま、冷めた笑いを浮かべてた。
「そうなんですよ。わたしが飼いたかったのはぁ、アメリカン・ショートヘアでぇ…。ほら、外人さん?だから、英語で話しかけなきゃ、って。わたし,すっかりその気になっちゃったんですよねぇ。でも後で聞いた話なんですがぁ、お父さん猫アレルギーだったんですって。ひどいですよねぇ。」
「たしかに気味わりぃな。」
思わずひとりごとが出た。
数日後の夜だった。オレは、学校に忘れ物を取りに来た。ラッキーなことに、まだ玄関は開いてたけど、人気のない校舎ってのは、やっぱり気持ちいいもんじゃない。
オレは、学校に伝わるウワサ話を思い出した。夜に校舎の中を歩いてると、後ろから「助けてください」って声がして、振り向くと,そこに…。
作り話に決まってるけど、実際来てみると、そう言いたい気持ちもわかる気がした。駆け足気味で教室に着いたオレは、電気もつけずに自分のロッカーをあさった。封筒を手にして、中の札を確かめる。
「これがなくちゃ始まらねえからな。」
そうつぶやいた時、何か物音が聞こえた。心臓が速く打ち始めるのが自分でもわかった。
足音だ。
まさかそんなわけ…。いや、でも…。
混乱した頭には、何も浮かんでこなかった。そうしてるうちにも、足音はどんどん近づいてくる。全身に鳥肌が立ってきた。
背中を向けているのは危険だ。かろうじて判断したオレは、勇気をふりしぼって振り返った。そして、心臓が破裂したと思うほどの衝撃を受けた。ドアのところに髪の長い女が立ってた。
「た、助けてください…。」
「うわあああああああっ!!」
オレが悲鳴を上げるのと、教室の電気がついたのは同時だった。
「梅田君。わたし。わたしですよぉ。」
「な…もういいかげんにしてくださいよっ。」
「でんせん」だった。オレは、全身の力が抜けて、その場にへたりこんだ。
「ごめんなさぃっ。驚かしちゃったみたいですね。」
「みたい、じゃないですよ!まぎらわしいことしないでくださいっ!」
怒鳴ってみたが、なんともカッコがつかなかった。オレは、手近な机を支えにして、立ち上がった。まだ身体が震えてた。
「ほんとにごめんなさい。でも、もうどうにもならなくて…。」
見ると、「でんせん」の目には涙が浮かんでた。ちょっとしたことで泣き出すから、この女の涙は見慣れてたけど、いつもとは違った感じがした。
「助けるって言っても、あ…。」
「でんせん」の様子を見ていて、気づいた。手だ。両手が背中のほうに回ってた。
「手がどうかしましたか?」
「梅田君。絶対に笑わないって約束してくれますか。」
オレは、時計に目をやった。あまり時間がなかったから、早く切り上げたくて言った。
「はい。とにかく見せてください。」
「ありがとうございます。でわっ…。」
「でんせん」は、不自然なくらいに深くお辞儀してから、手を前に伸ばした。すると…。
「え?それは…。」
両手は、いわゆる「OK」の形になっていた。「でんせん」は、顔を真っ赤にして言った。
「瞬間接着剤を使ってたら、こんなことに…。」
「ええっ!?くくっ…。」
「ああっ。ひどいじゃないですかぁ。笑わないって約束したのにぃ。」
こらえきれなかった。
「でんせん」は、職員室で、永田のお気に入りの花瓶を割ってしまったらしい。それで、修理しようと思い、こんなマヌケな姿になってしまったようだ。
さんざん笑った後で、オレは聞いた。
「先生たちに頼めばいいじゃないですか。なんで、オレなんですか?」
「みなさん笑うだけで何もしてくれないんですよぉ。アドバイスもいただいたんですがぁ、『薬局には行かないほうがいいですよ。』なんて、意味がわからなくってぇ…。」
確かにわからなかった。また時計を見たオレは、プラモデルを作ったときのことを思い出して言った。
「ぬるま湯につけながら、ゆっくりはがせばいいって聞いたことがありますよ。じゃ。」
「なるほどぉ。ぬるま湯ですかぁ。あっ。そうそう。梅田君。」
立ち去ろうとしたオレを「でんせん」がひきとめた。
「志望校を書く用紙をまだ提出していませんねっ。」
イライラしてきた。オレは、自分の机からまだ記入してない紙を取り出して言った。
「どうせ就職だから、必要ないですよ。」
「そうですかぁ。でもぉ,就職といっても,今あんまり選択肢なさそうだし。」
「でんせん」は、心配そうな顔をして近づいてきた。オレは、めんどくさそうに紙を押しつけて、ちょっとにらむように彼女を見た。
「先生だって知ってるでしょ。したいとかしたくないとかじゃなく、就職するしかないって。うちは、金がないんですよ。無責任な父親のせいでね。」
「お父さんのことをそんな風にいうもんじゃないですよ。きっといろいろ事情が…。」
「でんせん」の目にまた涙が浮かんできた。もう限界だった。時間的にも、気分的にも。オレは、吐き捨てるように言った。
「父親のことを楽しそうに話す人に、オレの気持ちなんてわかりませんよ。」
「待ってください。ちゃんとお話ししましょう。」
背中を向けようとしたオレに、「でんせん」が手をのばしてきた。オレは、かまわず歩き出した。
「すいませんが、急いでるんですよ。オレのことより、そんな姿でどうやって帰るか心配したほうがいいですよ。」
それから、一時間ほどたった。
オレは、家からそれほど遠くない廃工場にいた。積み上げられた段ボールに隠れるようにして、暗がりから明るいほうを見る。
電灯の下に、数人の若い男と一人の中年男がいた。
「ちょっと待ってくれないか。なぜこんなことをするんだ?」
中年男が、泣きそうな声を出した。若者の一人が、唾を吐いて言った。
「理由なんてねえって。ちょっとムシャクシャしてるだけだよ。今流行の『誰でもよかった』ってヤツ?」
「そうそう。おっさんと違って、俺たち、流行に敏感だからな。」
仲間の一人がそう言うと、どっと笑いが起こった。中年男は、逃げだそうとして、あたりを見回した。でも、そんな隙はなかった。
「ムダなんだよ。逃げられねえぞ、おっさん。」
それまで仲間たちの後ろに立っていた背の高い男が、前に進み出た。中年男の肩越しに、オレのほうをちらっと見る。
そう。仕組んだのは、オレだった。昔の友達に、金を払って頼んで、あの男を痛い目に遭わせようとしたわけだ。
背の高い男は徹といって、小学生の頃は、莉沙や洋司ともよく遊んでた。それが、徹が中学でグレてから、洋司たちと距離を置くようになった。そんなわけで、別の高校に入ると、自然とオレともつき合いがなくなった。
久しぶりのオレからの連絡に、徹は驚いてた。でも、徹も母親に「捨てられた」過去があり、すぐに話にのってくれた。
オレは、徹にうなずいて見せた。それを合図に、徹の仲間たちが、あの男に殴りかかった。2、3発のパンチで、あの男はうつぶせに倒れ込んだ。
「やめてくれ。こ、こんなことをしても、君たちには、何の得もない…。」
苦しそうな声が聞こえた。徹が、背中を踏みつけながら言う。
「じゃあ教えてやるよ。実を言うとな、誰でもよかったわけじゃねえんだ。ま、自業自得ってヤツだな。」
「ど、どういうこと…。も、もしかして…。」
「おっ。思い出してくれたみたいだな。」
そう言って、徹は、腰を落として、あの男に顔を近づけた。あの男も、視線を上げて、徹を見た。
「やっぱり,徹君か。そうか。そういうことか…。」
あの日、オレは金だけ払って、あわててメイド・カフェを出た。でも、あの男はオレに気づいたのかもしれなかった。
「わかった。好きにすればいい。」
あの男は、身体を起こすと、あぐらをかいて、観念したように目を閉じた。それを見て、徹がうれしそうに笑った。
「そうこなくちゃな。悪いことをしたら、罰を受けるのが当たり前だからな。それじゃ、行くぞ。」
徹たちは好き放題にあの男を蹴った。何度も倒れたが、あの男は、そのたびに起き上がって、同じ体勢を取った。
こうなると、さすがに見てるのがきつくなってきた。だけど、もう後戻りはできなかった。オレは心の中で何度も繰り返した。『ざまあみろ。いい気味だ。』
しばらくすると、あの男は、起きあがれなくなった。それでも、徹たちは、手加減しなかった。とうとうオレは、目をそらして、耳だけで成り行きを見守るようになった。
靴の裏で身体を蹴る鈍い音だけが聞こえてきた。時間が過ぎるのを、ひどく遅く感じた。
「よーし。じゃあ、これくらいにしてやっか。」
オレは、徹の言葉に少しほっとして、視線を戻した。あの男は、仰向けに倒れて、もう動けなくなってた。明らかにそれ以上ダメージを加えたら危ないところだった。
ところが、徹は、終わりにするつもりなどなかったようだ。床から鉄パイプを拾い上げて、残酷な笑いを見せた。
「本日のメイン・イベントだ。おっさん、あんた、ギター弾くんだったな。」
オレの心臓が大きく脈打った。徹が何をしようとしてるか、わかったからだ。あの男も、目を開けて、おびえた顔で徹を見上げた。
「それだけは…勘弁してくれ。ほかのことなら…。」
「うるせえ。あんたのくだらねえ音楽が、どれだけ迷惑になったか思い知るんだな。」
徹が、鉄パイプを振り上げた。
「もういい!やめてくれ!」
衝動的に、としかいいようがない。オレは、物陰から駆け出していた。
頭にあったのは、母さんのことだった。
母さんは優しい人だ。そして、とても強い人だ。あの男が出て行ってからも、泣いてる姿を見たのは、ただ一度きりだ。
離婚してから何年も、母さんは、あの男の作った曲をラジカセで聞いてた。オレは、その曲が大嫌いだった。ブルースの要素が強い古い感じのロックに、気が滅入るような暗い歌詞がのっかってた。耳にするたび、ひどく嫌な気分になったのを、よく覚えてる。もちろん、その曲を作ったのが、自分を捨てた男だったことが大きかったけど。
ある日、オレは、その曲が入ったカセットテープを踏み壊した。当然そこには憎しみもあった。それは否定しない。でも、それより母さんに過去から自由になってほしかった。バカな男のことを忘れて、前に踏み出してほしかった。生意気にも、オレは、そんなふうに思ってた。
母さんはオレを怒らなかった。それまで見せたことのない涙を見せ、ただ黙ってテープを修復してた。でも、結局、時間をかけても、テープは元に戻らなかった。ほんとにやりきれない気持ちだった。怒鳴りつけて殴ってくれたら、どんなに楽かと思ってた。
「おいおい。空気読めよ。ものごとタイミングってもんがあるだろ。」
徹が、腕を下ろし、腹立たしそうにため息をついた。オレは、徹の前に回り込んで言った。
「そこまでしろなんて頼んでないぞ。オレはただ…。」
「俺に指図するな!」
一瞬、何が起こったかわからなかった。オレは、両膝をついて、そのまま床に倒れ込んでた。やたらと息が苦しかった。それで、腹にパンチを食らったとわかった。
「なんだよ。あっけねえ。」
「どうする?徹。」
「こいつもやっちまおうぜ。」
笑い声が遠くから聞こえてくるようだった。それから、オレの耳元で徹の声がした。
「彰。俺は、最初からお前なんて信用してないんだよ。お前は、俺よりも優等生の洋司を選んだんだからな。子どもを捨てる親と、友達を裏切る子どもか。やっぱり親子だな。仲良く痛めつけてやるよ。こういうヤツらは、身体でわからせてやらなきゃダメだからな。おい。お前ら。」
その時だった。工場の扉が開く音がして、何かがオレたちのほうへ近づいてきた。
それは、シュールすぎる光景だった。「でんせん」が、メイド服を着て自転車をこいでいた。
「なんだ?お前、誰だ?」
「わたしですかぁ?わたしはぁ、梅田君の担任の先生ですっ。」
「でんせん」は、少し離れたところでブレーキを握り、足をついた。すると、徹の仲間たちが、壁を作るように立ちはだかった。
「先生だって?どこにメイド服着た教師がいるんだよ?」
「この女、頭おかしいんじゃねえの?」
仲間たちは、顔を見合わせて、笑い出した。「でんせん」は、気にする様子もなく、オレに声をかけた。
「梅田君。わたしがおうちに帰れるか心配させてしまって、ごめんなさい。でも…。」
「でんせん」が、ハンドルから手を放した。
「自転車なら乗れるんですよぉ。ハンドルが、ちょうどこの丸い部分に入るんですぅ。すごくないですかぁ?」
両手は、「OK」のままだった。それを見た徹たちの笑いが、一段と大きくなった。
「おい。こいつ、本格的にいかれてるぞ。」
「最近、ストレスで壊れる教師が多いっていうけど、本当かもな。」
「まったく…ん。何だ?」
仲間の一人が何かに気づいた。笑いが収まり、視線が、工場の入り口に集まった。
「徹!やめてくれ!先生も、やめてくださいっ!」
洋司の声だった。
見ると、また一台自転車が工場の中に滑り込んできた。洋司は、後ろに藤村をのせて、ペダルをこいでいた。
「おいおい。今度は、優等生の登場かよ。」
徹は、仲間たちの前に進み出て、自転車を止めた洋司と向き合った。
「久しぶりだな、洋司。さすがにいい子の洋司君だ。先生と仲良しってわけだ。」
洋司は、自転車から降りて、徹たちを見回して言った。
「そんなことどうでもいい。今すぐここから立ち去れ。そうでないと…。」
「何?洋司。お前まで、おかしくなっちまったようだな。というか、もともとマトモじゃなかったのかもな。俺が、ちょっとグレたら、すぐに見捨てるようなヤツだったからな。」
違う。洋司は、何度も話をしようとした。聞く耳を持たなかったのは、徹のほうだった。
「あーあ。ほんと残念ですぅ。」
「でんせん」が、気の抜けるような声で言った。いつものように、まったく緊張感というものがなかった。
「あなたの友情に対する認識は、日本で二億番目ですねっ。徹君。あなた、お友達いないでしょう。」
よく見えなかったが、「でんせん」は、哀れむような表情をしたんだろう。ついに徹がぶちキレた。
「何だとぉ?お前、目ぇ悪いのか?ここにこんなにいるだろうがよぉ!」
「じゃあ、ためしてみますかぁ?」
「でんせん」が、上目遣いで言って、口をとがらせた。
「この女、もう許さねえ!おいっ!」
徹が、鉄パイプで地面を殴りつけた。仲間たちが、一斉に「でんせん」に襲いかかる。
その後で見た光景は、もっとシュールだった。
「でんせん」は、自転車から手を放し、一直線に走ってきた。
スローモーションを見ているようだった。自転車が横になる前に、先頭の男を前蹴りで吹っ飛ばす。つかみかかるのをかわし、ローキック。バランスが崩れたところで、顔面にひじ。これで二人。パンチを腕で払い、踏み込んでみぞおちに膝。三人。振り向きながら、脇腹に回し蹴り。それから…。
あまりのあり得なさに、夢でも見ているのかと思った。一度目を閉じて、また開いてみた。夢じゃない。オレの前に、「でんせん」と徹が立ってた。
「おい。お前ら、どうした?立てよ。女にやられて、ふがいないと思わないのか?」
徹が怒鳴り散らした。仲間たちは、一人、また一人と立ち上がった。でも、徹のほうを見もせず、入り口に向かって、よろけながら走り出した。
「何やってんだよ!?お前ら。戻れ!おいっ!こんなことして、ただで済むと思ってんのかぁ!?なあっ!」
精一杯の叫び声は、工場の中にむなしく響いた。
「やっぱり、お友達、いませんでしたね。」
「でんせん」が、一歩踏み出した。今度は、悲しそうな表情がはっきり見えた。
「ふざけるなあぁっ!!!」
鉄パイプを振りかざして、徹が突っ込んでいった。「でんせん」は、何度か上体を反らしてパイプをかわすと、徹のふところに飛び込んだ。
動きが止まった。そう思った時、鉄パイプは、「でんせん」の左手の輪に収まってた。
「ちっくしょおぉっ!!!」
ふりほどこうとしたがムダだった。徹が、どんなに力を入れても、「でんせん」は、びくとも動かなかった。
「身体でわからなきゃいけないのは、あなたのほうです。」
「でんせん」は、傾けた顔と左肩でパイプを固定した。そして、右腕に力を込めるようにして、身体をひねった。
「自分がダメなのを、人のせいにして、暴力ふるう人は、『めっ』ですよぉ!」
「彰。しっかりしろ。」
洋司が、オレを助け起こした。藤村も、父親を起こそうとしたが、無理だった。体中を蹴られて、完全に意識を失ってた。視線を移すと、徹も大の字になったままだった。至近距離から強烈なエルボーを食らって、あごの骨がどうにかなってたかもしれない。
「ほんとむちゃくちゃやりますね。もう少しやり方というものが…。」
洋司が、渋い顔をして言った。聞こえてないのか、「でんせん」は、指先を見つめながらつぶやいた。
「やっぱり高い接着剤は強力なんですねぇ。まだはがれないんですよぉ。」
「まったく、この人は…。」
藤村もあきれたように言ったが、なんだか笑いを押し殺してるように見えた。
「梅田君。」
「でんせん」が、思い出したように、こっちを見た。オレは、反射的に身構えて、言った。
「な、殴ればいいじゃないですか。オレだって、同罪なんだし…。」
「殴ったりしませんよぉ。」
「じゃあ、その代わりに、この男を許せとでも?」
洋司に肩を借りて立ち上がったオレは、あの男を見下ろした。「でんせん」は、不必要なくらい大げさに首を振った。
「いいえ。家族の問題ですから、簡単にはいかないって、わたしだってわかりますぅ。」
「だったら、どうしろって?」
「そうですねぇ…。」
「でんせん」は、つながった指でこめかみを押さえ、しばらく考えてから言った。
「もっと毎日を楽しんでほしいんですよぉ。」
「楽しむ?」
「梅田君は、メイドさんと楽しんでるお父さんを見て、くやしかったんじゃないですか。そんなの損ですよぉ。楽しんでる人を見て,暗い気分になるなんて。こんなことしてたら、梅田君が、つまらない大人になっちゃうんじゃないかって、心配で…。」
「でんせん」は、言いにくそうに口ごもった。オレは、助けてもらったことも忘れて、かなり腹が立った。
「オレが,この恥知らずのおっさんのようになるって言うんですか?」
「いいえ。お父さんは,つまらなくないですよ。楽しめる場所を見つけられたんですから。梅田君。あなたには,そういう場所がありますか?」
答えられなかった。「でんせん」のまっすぐな視線が痛かった。
莉沙とはまだ仲直りできてなかった。洋司も、自分より藤村と過ごす時間のほうが多くなったみたいだ。学校のほかのヤツらとの関係だって,テキトウに合わせてるだけで…。
「梅田君。」
何も言えないオレを気遣うように、「でんせん」が笑って見せた。
「わたしね,時々思うんですよぉ。もしかしたら,メイド・カフェなんて、ないほうがいいのかもって。みなさんの心が満たされてるなら、きっとメイド・カフェなんて必要ないんですよぉ。でも、いろいろ理由があって、それを必要としてる人がいるんです。ロリータ・ファッションが好きだけど、周りの視線が怖くて、ふだん着られない女の子とか。それから…。」
「でんせん」は、足下に倒れてるあの男をちょっと見てから続けた。
「聞いた話なんですがぁ、お父さんが中高生の頃って、今よりも『受験!受験!』って、うるさかったらしいんです。プレッシャーがきつくて、ノイローゼで自殺する人もいたってゆうんですよぉ。それに、荒れてる学校が多くて、校内暴力なんてゆう言葉が、よく使われてたようです。そんな時代だから、表面的には、なんともないけど、今になっても精神的なダメージが残ってる人がいても、おかしくないと思います。」
前にもそんな話を聞いた覚えがあった。
中学の時だった。どういう流れだったかは忘れたけど、授業中に、当時再放送されてたドラマが話題になった。勉強に息詰まった生徒が自殺したり、バイクで暴走した生徒が事故死したり、かなりショッキングな内容だった。それを「ぶっ飛んでる」って言葉で片づけようとしたオレたちに、中年の教師がこう言った。
『あれは、結構リアルなんだぞ。』
「メイド・カフェの中年のお客様の中にも、きっとそんな人がいるんだと思います。学生時代をやり直してるような気分になりたくて、どこか学校みたいな雰囲気のある場所に集まってくるんじゃないでしょうか。」
「でんせん」は、床に膝をついて、ポケットからハンカチを取り出した。それをあの男の口元に当てながら言った。
「若い頃に自分のやりたいことをしないと、後になってむなしさに襲われたりするんですよ。だから、お父さんのこと許せなくてもしかたないけど、梅田君は自分の青春を楽しむって約束してくれませんか。」
オレは、洋司から身体を離し、痛む腹を押さえながら答えた。
「青春なんて…オレには関係ないですから。」
「青春の中にいる人って,自分ではわからないものなんですよぉ。青春ってゆうのは…。あっ。わたし,なんか恥ずかしいこと言ってませんかぁ?もうやだっ。」
そう言って,「でんせん」は手のひらでほおを押さえて、照れ始めた。
オレは心の中でつっこんだ。今までだって十分恥ずかしいよ。
「ああ。そりゃ確かに、このあいだのわびに飯おごるって言ったよ。でも、こんなの聞いてねえぞ。」
廃工場の一件からしばらくたってからのこと。
オレは、あのメイド・カフェの前にいた。洋司と藤村も一緒だった。でも、違ってたのは、それだけじゃない。日曜の昼前で、店の前には長い列ができてた。
大声で不満をぶちまけたオレに、洋司は平然と言った。
「何言ってんだよ。飯っていったら、アキバに決まってるだろ?なあ、王子。」
「ああ。今日は、人気メイドさんの卒業式があるんだ。こういう場に立ち会えるっていうのは、ラッキーなんだよ。」
藤村は、読んでた雑誌から顔を上げて、涼しい顔で答えた。くやしいけど、世間のオタクのイメージからほど遠いイケメンぶりだ。
それにしても、かなりの人数だった。列は、何回か折り返しながら延び、スタッフらしき人たちが「交通整理」にあたってた。
「で、どれくらい待てばいいんだ?」
オレは、列の最後尾を振り向きながら聞いた。花束やプレゼントの包みを抱えた人が続々と集まってくる。洋司が、カバンからゲーム機を取り出して、答えた。
「2時間も待てば入れるだろ。」
「2時間?ふざけんなよ。どうしてオレが…。」
「梅田君。青春を楽しみましょうねっ。」
洋司が、「でんせん」の口まねをして言った。冗談にも「青春」なんて言葉を口にしないキャラだったのに。すっかり担任さんに感化されちまったみたいだ。
「先生に言われただろ。楽しまなきゃ損だって。」
「別に、オレは納得したわけじゃないからな。」
オレは、手持ちぶさたで周りを見回した。
並んでる客に色紙とペンを渡してる男がいた。「卒業」する女の子に寄せ書きを贈ろうとしてるんだとわかった。すでに何十人分ものメッセージが集まってるみたいだった。
ちょっとした公園のようになってるスペースに目を移す。若い女の子が、ベンチで眠りこけていた。
オレは、洋司に聞いた。
「あの子たちはなんだ?」
「ああ。今日シフトに入れなかった新人のメイドさんたちが、客として見送りに来てるんだ。早朝から並んでるみたいで、力尽きて仮眠をとってるらしい。」
洋司は、ゲームの画面から目を離さずに答えた。オレの後ろから藤村が付け加えた。
「こういう日は、卒業するメイドさんと関わりの多かった『ベテラン』中心のシフトになるみたいだ。」
「へえ。じゃ、あれは?」
オレは、店の入り口近くを見て、言った。ちょっと悪そうな男が二人いて、クレームをつけてるように見えた。洋司が、いまいましそうに言う。
「あれか。大きいイベントの時とか、ああいう連中がからんでくることがあるって聞いたことがある。詳しくは知らないけど。」
「他にも,ネットで掲示板が荒れたりとか,いろいろあるみたいだ。」
また藤村が口をはさむ。すっかり板についた「コンビ・プレイ」に、オレはちょっとムッとした。それを隠すように、二人から視線をそらす。
男たちに対応してたのは、メイドとしては年長って感じの人だった。話は聞こえてこなかったけど、一歩もひかないって気持ちが表情に出てた。
オレは、あの時の「でんせん」を思い出した。学校じゃ、「ダメダメ」なくせに、そこらの格闘家なんてメじゃない強さだった。洋司によると、「でんせん」も、教師になる前はメイドだったって話だ。「伝説のメイド」とか言ってたが、今じゃ教師として別の意味で「伝説」を作ってるわけだから、やっぱりよくわかんない女だ。
ぼんやりとそんなことを考えてたら、突然あたりがざわめいた。
「あっ。」
思わず声が出た。店のドアが開いて、中から「でんせん」が出てくるところだった。全身フリルだらけの、パッと見、メイドと区別がつかないような格好で。
並んでた客たちが、気づいて、口々に名前を呼んだ。
「りあちゃん。」
「りあさんっ。」
それを見た「でんせん」は、困ったように、軽く頭を下げた。それから、男たちと「バトル中」のメイドに気づいて、ちょっと心配そうな顔を見せた。
目があったメイドが、力強くうなずく。大丈夫と言ってるようだった。
オレたちに気づいた「でんせん」は、下手なウインクをして、笑顔を振りまきながら、走っていった。何度もコケそうになる危なっかしい足取りだった。あの工場と同じ人とはとても思えなかった。
またドアが開く音がした。早く店に入った客が出てくる時間だった。
「あっ。どうも。」
あいさつする洋司の声につられて、オレも何気なくそっちを見た。
「…。」
口を開けたが、言葉が出てこなかった。立っていたのは、あの男だった。
あの男は、洋司に向かって軽く頭を下げ、すぐに背中を向けた。一瞬、オレと目が合ったが、それだけだった。
あっけない。
そんな風に思ったけど、心の中ですぐそれを打ち消した。オレは、何かを期待してたんだろうか。そんなはずあるわけない。あの男とは、今も昔も赤の他人だ。これからだって、それは変わらない。オレは、金を払ってあの男を襲わせたほど恨んでる。そうだ。ガキの頃に捨てられたうえに、あんな姿を見せられたら、誰だって…。
その時、混乱した頭の中で、ひとつ「大事なこと」に気づいた。
オレは、洋司の手からゲーム機を取り上げた。
「あっ。おい。何すんだよ?返せって。」
いい場面だったんだろう。洋司は、腹立たしそうにゲーム機を取り返した。オレも、にらみつけながら、洋司に言った。
「のんきにゲームなんかしてんじゃねえよ。お前、知ってたんだな、あの男がここの常連だって。」
「…。」
洋司は、気まずそうな表情になって、言葉を選ぶようにして答えた。
「それは…知ってたけど…いや。もちろん、お前には悪いな、って思ってたよ。でも、こういうことって、やっぱり言いにくくて。なんて言うか…微妙な問題っていうか…。」
なんだか洋司がかわいそうになった。それはそうだろう。オレが、洋司の立場でも言えなかったと思う。「お前の親父さん、メイド・カフェで『萌えーっ』って言ってるぞ。」なんて。
なんだか引っ込みがつかなくて、オレは、舌打ちして、背中を向けた。
客の列はまだ延び続け、そこには、笑顔とさみしさの入り交じった表情があった。早く店に入りたいけど、中に入ったら、「終わり」になってしまう。みんな、そんな風に思ってた、ってことなんだろうか。
メイドのことも、アキバのこともよくわからない。でも、少なくとも、卒業する女の子を気持ちよく送り出したいという気持ちにウソはない気がした。
日差しが強くなってきた。街路樹の枝から漏れた光で、その場がキラキラと輝いて見えた。くやしいけど、なんだかきれいだと思った。
「なあ。あの通り魔事件以来、この街のこと悪く言う人も増えたけど…。」
オレの後ろで、洋司が、つぶやくように言った。
「でも、アキバも悪くないだろ?」
「ふ、ふん。オレには、か、関係ねえよ。とりあえず、おごりはなし、ってことで、いい、よな?」
オレは、強がって言ってみたが、恥ずかしいくらいに、かんでた。すると、藤村が、オレの前に回り込んできた。
「それより、食べ物っていったら、罰ゲームを考えるのが『りあちゃんクラス』のスタイルだろ。二人とも、罰ゲームってことにしろよ。」
「お前なあ、自分は関係ないと思って…。」
思わず、洋司と「ハモった」オレは、振り向いて言った。
「マネすんなよ。」
「してねえって。お前こそ、マネすんなよ。」
洋司も、すかさず返してきた。
そうだった。ガキの頃によくこんなことがあった。
オレは、思い出した。あの頃は、洋司と莉沙と徹といつも一緒で、日が暮れるまで遊んで、家に帰ると…。
ガラにもなく感傷的になりそうだった。そんな気分を打ち消すために、オレは、別のことを考えようとした。すると、頭に浮かんできたのは、なぜか前に来たとき食べ損なったオムライスだった。
オレは、洋司の身体を引き寄せて、半笑いで耳打ちした。
「約束通り、オムライスおごってやるよ。そしたら、お前は、メイドさんにケチャップで『生まれてすみません』って書いてもらうんだぞ。」
〜 めいせん 第3話 『青春喪失者の歌』〜