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死の聖女  作者: モブ子
2/2

ある軍人の話


「この出来損ない」


ごめんなさい。


「なぜこんなこともできないの?」


ごめんなさい。


「無能め」


ごめんなさい。


「恥さらし」


ごめんなさい。



才能がある者しか使えない魔術。その中でもさらに一部の者しか使えない治癒魔法。そんな治癒魔法の使い手を何人も輩出し、国で有数の貴族に上り詰めた一族。


そして、そこに生まれた魔術の使えない俺。


魔力は目に見えない。

感じることもできない。

魔力を有する者が魔術として具現化することで、初めて認知することができる。

そして、魔力を持つ者は少ないが、魔力を持つ両親から生まれる子は、魔力保有者である確率が高い。


当然、魔力保有者である両親から生まれた兄も姉も魔力保有者であり、一族の特性を引き継ぎ、治癒魔法が使えた。

兄は王宮の専属医として城の重役を任されており、姉は神殿の聖女として人々を癒した。


両親は俺を必死に教育した。

何人もの魔術師を家庭教師として付け、時には忙しい中でも自分自身が魔術を教える時間を作った。


来る日も来る日も来る日も魔術の練習をして。


そうして俺は、1つも魔術が使えなかった。


父は怒り、母は泣き、兄と姉からは軽蔑された。


俺はただ、謝ることしかできなかった。


一族はその希少な能力により地位を確立してきたが、その一族の誰もが生まれ持った能力に甘んじることなく、努力により技を磨き、癒しにより人々の役に立つことを誇りとしてきた。


無駄に丈夫な身体を生かし、せめて別な方法で人々の役に立ればと、軍人として生きる道を選んだ。


「人殺しの技術を身につけて何になる」


「痛みや苦しみから人々を救うのが私たちの役目なのよ」


両親はこちらを見ぬままそういったが、その頃には俺に何の興味も持っていなかったため、止められることもなかった。


軍の訓練は血反吐を吐くほど激しかったが、僅かながらも日々上達するのを感じる分、魔術の練習よりマシだと思った。

かの一族から軍人が出ることは初めてで、好奇の目でみられたが、人が寄ってくる分気の合う連中とも出会え、初めて自分の力を認めてくれる仲間ができた。


幸せだった。

努力し技を磨き、人の役に立つ喜びとはこういうとかと、知った気分だった。


そうして挑んだ実際の戦場は、地獄だった。


瓦礫の散乱する街は辛うじて活気のあった頃の面影を残すだけで、怒号と悲鳴に塗れている。


過酷な訓練よりも厳しい現実を見せつけられた。


所属している部隊はゲリラ戦が主な任務とされており、街に潜伏している敵軍を見つけては、奇襲により殲滅するという戦闘を繰り返していた。


神経をすり減らし街を進み、一方的な殺戮をしては再び身を隠す。

仲間と交互に気絶するように眠り、支援部隊から最低限の物資を受け取り戦闘に戻る。

そんな日々をどれほど過ごしていただろう。


ある日、ついに作戦が失敗した。


奇襲をかけた部隊に攻撃魔術師がおり、奇襲を受けて応戦している味方ごと俺たち部隊を焼き払おうとしたのだ。

咄嗟に投げたナイフが攻撃魔術師の頭に刺さり、全滅は免れたが、敵部隊と仲間が一瞬で焼け死んだ。


肩で息をしながら呼吸を整える。

息を吸うたび肉の焦げた臭いが鼻をつく。

心臓の音がどくどくと煩い。

僅かに負った火傷がじくじくと痛む。


その時。


「かっ…はっ…」


倒れた仲間の1人がピクリと動いた。


「おい!大丈夫か!」


咄嗟に駆け寄るもヒューヒューという僅かな呼吸しか帰ってこない。


「待ってろ!!今支援部隊に治癒魔術師の派遣を依頼する!!」


身を隠すのも忘れ戦場を駆け抜けた。

幸いにも敵に遭遇することなく支援部隊に合流できた。


「奇襲失敗により部隊が壊滅状態!負傷者一名が戦場に取り残されている!重症により移動困難のため至急治癒魔術師の派遣を頼む!」


「そんな…!」


顔見知りの支援部隊員が青ざめる。


「無理です。希少な治癒魔術師を危険な戦場の最前線まで派遣するなんて国が許すわけありません。」


悔しげに目を逸らしながら吐き捨てるように言った。


「まだ生きてるんだ…!治癒魔術さえあれば助かる!!俺の一族の誰でもいい!!誰か呼んでくれ…!!」


はっと支援部隊員が目を合わせてボソリといった。


「貴方はあの一族の…。そういえば噂で軍人になった者がいたと…。」


支援部隊員の肩に縋りつき言う。


「早く…!支援部隊には通信魔術が使える者がいるんだろう!?」


支援部隊員は一瞬迷うように目を泳がせたが、すぐに目を合わせて頷いた。


「…わかりました。通信隊員!医療部隊に通信してください!」


「了解!医療部隊に接続します」


通信魔術が発動し、医療部隊の映像が浮かび上がった。


「こちら医療部隊。支援部隊の通信と接続を確認しました。」


医療部隊の通信隊員と、背後に神殿のから派遣されて負傷者の救護にあたる姉が見えた。


通信隊員に駆け寄り叫ぶ。


「こちらゲリラ部隊!奇襲失敗により部隊壊滅状態!重傷者が一名戦場に取り残されています!至急治癒魔術師の派遣を要請します!!」


「前線に治癒魔術師の派遣は行っておりません。負傷者は速やかに医療部隊の設営場所まで搬送してください。」


医療部隊の通信隊員からは規則どおりの回答が返ってくる。


「姉さん!!助けてください!!仲間が死にかけています!!助けてください!!お願いします!!」


通信隊員の後ろにいる姉に向けて叫んだ。


姉は治療の手を休めず、ちらりとこちらを向いて冷静にいった。


「こちらの負傷者を見捨てて前線に赴くことはできません。…仮にも我が一族の者なら、仲間は貴方が治癒魔術で助けなさい」


「…っ!!」


「連絡事項は以上ですか?以上であれば通信を切断します。負傷者については規則どおりに対処ください」


「…連絡事項は以上です。申し訳ありませんでした。通信切断します。」


それぞれの通信隊員がが通信を切断した。


握りしめた拳が震えている。

噛み締めた唇から鉄の味がしたが、そんなこと気にもならなかった。


「…治癒魔術師の派遣は期待できません。せめて貴方だけでも本隊に戻り、医療部隊の治療を受けてください」


支援部隊の隊員がそっと肩に乗せて語りかけてきた。


俺は。

俺には。

俺に治癒魔術が使えれば。



「この出来損ない」


「なぜこんなこともできないの?」


「無能め」


「恥さらし」


家族の言葉が自分の声で聴こえてくる。


ああ。全くもってその通りだった。


支援部隊の手を振り払い、戦場のに向けて走り出した。


助けなければ。

でもどうやって?

この出来損ないで無能な俺に何ができる。


答えは出ないまま、仲間のもとに走る。


もう死んでいるかもしれないよ?

お前が無能だから死ぬんだ。

役立たずの恥さらし。


頭の中でいくつもの声がする。


頰をたつたう雫が、汗なのか涙なのか血なのかも分からなかった。


そうしてたどり着いた仲間いた場所。


少女が死体の散乱する戦場で焼け焦げた男の手を握り、優しく囁いていた。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ。」


それは母親が子をあやす様な穏やかさで、戦場には酷く不釣り合いな神聖さを持っていた。


こわばっていた仲間の唇がふっと緩み、微笑んだ様に見えた。


「おやすみ。」


最後の仲間が死んだ。


「痛みや苦しみから人々を救うのが私たちの役目なのよ」


ふと母の言葉を思い出した。


ああ。

そうか。

仲間は救われた。

この少女によって。


この時の感情は言葉にならない。


ただ、きっとこの瞬間、俺も救われたんだ。


無意識にふらりと一歩を踏み出す。


じゃり、と砂の擦れる音に少女がピクリと反応する。


はっとこちらを振り向くと、一目散に走り去ろうとする。


「待って!!!待ってくれ!!!お願いだ!!!」


多少負傷していても俺の方が足が速い。


すぐに追いかけてその手を掴んだ。


「やっ…!」


少女は必死に俺の手を振り解こうとするが、掴んだ手に縋り付く様に膝をついた。


「待ってくれ…!危害をくわえるつもりはない!!俺は…いや、あいつは俺の仲間で。俺はあいつを助けられなくて…。でも君が救ってくれた!!」


伝えなければ、と口から零れた言葉は支離滅裂だ。

自分でも何を言っているのか、何を言いたいのかわからない。

でも今この少女を失うことが何よりの恐怖だった。


抵抗していた少女も、情けなく縋り付く俺に敵意はないと感じたのか、困惑しつつ抵抗をやめた。


「…お兄さんあの軍人さんの仲間なの?」


そっと少女が問いかけてきた。


「あ、ああ。君が手を握ってくれていた奴も、その周りで死んでいた奴らも俺の仲間だ。あ、いや、半分は敵軍の奴らもいるが…」


感情の整理がつかないまま、しどろもどろになりながらも答える。


「仲間…みんな死んじゃったの?」


「…あぁ」


そうだ。死んだのだ。

訓練時代から一緒にいてくれた仲間たち。

無能と罵られ続けた俺の力を認め、居場所になってくれた奴ら。


みんな死んだ。


ぐちゃぐちゃだった頭の中が、少女の問いかけに応えることで整理されていく。


「…っ!」


情けないことに、少女の前で嗚咽を漏らすのを止められなかった。


俺は独りだ。

無能な俺だけが生き残ってしまった。

なぜ俺だけが。

あいつらと一緒に死ねばよかった。

一緒に死にたかった。


「だいじょうぶ。」


俺が掴んでいない手で、そっと少女が背に触れる。


分厚い軍服越しでは温もりを感じることはできないが、小さな手の優しさに、体の強張りが緩む。


「俺が死ぬべきだったんだ…!俺こそがっ…!」


見知らぬ少女に何をいってるんだと思う。

少女からしたら、大の大人の男が泣いて支離滅裂な発言をしながら縋り付いてきたら恐怖だろう。

それでもとめられなかった。


「生きてるなら、生きなきゃ」


はっ、と顔を上げる。


少女は酷く凪いだ瞳でこちらを見つめていた。


「生きて、生きて、生きて、生き抜いて、死ぬの。」


少女が言っているのは当たり前のことなのかもしれない。


でもそれは、俺には一種の天啓だった。


流れる涙を拭うこともできぬまま、惚けたように少女を見つめる。


「…軍人さん、帰らなくていいの?」


帰る…?

帰るって、何処へ?

一緒に戦った仲間達はみんな死んだ。

役立たずで無能な俺の帰りを待つ人なんて、もうどこにもいない。

本隊に帰っても、また捨て駒にされるだけだろう。


「…帰る場所はもうない」


俯いて答える。


「じゃあ一緒にくる?私街外れの教会でひとりでいるの」


「ひとり?君の家族は…」


「お父さんとお母さんは死んじゃった。親戚や兄弟はいないの」


戦争孤児。

この街では珍しくもないのかもしれない。

そしてその子供達が成人まで生き抜く確率は低い。

大人でさえも当たり前に死んでいくのが戦場だ。


「連れて行ってくれないか。君に危害をくわえることは絶対にしない。できることはなんでもする」


無意識に握り続けていた腕を離し、目を合わせて懇願する。


「やった!生き延びるのに仲間は多い方がいいもんね。私はキア。軍人さんの名前は?」


無邪気に微笑んで少女、キアが問いかける。


「俺はアルバン。仲間達からはアルと呼ばれていた」


「アルね!今日からよろしく」


そういって握手をするキアからは、仲間の手を握っていた時の神聖さは感じない。


ただ、俺の残りの人生は、キアに捧げようと決めていた。

それが俺の生きる意味になる。


あの時確かにキアは、俺も仲間も救ってくれたのだから。

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