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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
5章 英雄──神断ち、のち、愛
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91. ディオネ祭

 道行く子供の声で、僕は目を覚ました。目覚ましが鳴るよりもほんの少し早い時間、だというのに今日は外がとても賑やかだった。たくさんの出店が今日は開かれ、賑わいを見せている。

 朝に弱い僕も、今日は清々しい気分でベッドから抜け出し、さっと着替えて顔を洗う。


 そのまま部屋から飛び出し、客室の扉を叩く……前に、もう一度洗面所へ行って身だしなみを確認だ。

 よし、彼女を起こしにいこう。


「レーシャ、入るよ」


「はい、どうぞ」


 客室の扉を開くと、ベッドに座ってぼんやりと外を眺めるレーシャが居た。


「もう起きてたんだね」


「……私が人間だった頃は、一日二時間睡眠が平均だったからね。私がおかしかったんじゃなくて、普通の人の平均睡眠時間が二時間だったんだ」


「へ、へえ……」


 それは……身体が持つのだろうか。僕は毎日十時間は寝たいくらいだ。睡眠時間が確保できない時には神転して眠気を吹っ飛ばすのがセオリー。


「お店が開き始めたみたいだね。行こうか」


「うん、朝ご飯はどうする? 家で食べてくか、外で食べるか」


「少しでも長くお祭りを楽しみたいし、外にしよう」


 彼女は立ち上がり、少し伸びをしてから僕に何かを訴えかけるような目で見た。


「……?」


「まだパジャマなんだけど」


 あ、着替えか。


「ごめん、下で待ってるね」


 我ながら察しが悪い。

 階下に降りると、ルチカは居ない。今日は休みを出していて、彼女は今頃皇女殿下と一緒にいることだろう。


 空は快晴、素晴らしい祭日になりそうだ。

 平和の証たるディオネ祭は今年も恙なく執り行われる。戦争なんてもはや泡沫、数百年前から今日に至るまでずっと、誰もがこの平和は続くものだと思っている。……そうだと、良いんだけど。


「お待たせ」


 かわいらしい衣服に身を包んだレーシャが降りてきた。白いブラウスと水色のスカートの組み合わせで、相変わらず意識が飛びそうな可愛さだ。

 ……褒めるべきだ、間違いない。


「かわいいねレーシャ」


 それ以外に言葉が出てこない。もっと言葉巧みに褒められればいいんだけど……


「そ、そんな当たり前のこと言われても……行くよ」


 彼女は僕の手を引いて外へと出へ向かった。引っ張られるままに外へ出て、玄関に鍵を掛ける。

 さて、楽しむぞ!


                                      ----------


「ね、アルス君。迷子になりそうだよ……」


「ここら辺の広間は毎年すごい人込みになるからね。あっちに行こうか」


 レーシャは林檎の菓子をもぐもぐしながら物珍しそうに辺りを見回す。なんとなく予想はついていたが、彼女が最初に買ったのは林檎のお菓子だった。

 その様子を何となく眺めていると、彼女と目が合った。

 ちょっと悩ましげな顔をした後に、彼女は一つお菓子を差し出した。


「あげる」


「え、いや、いいよ。君が全部食べて」


「む……」


 いや、素直に受け取った方が良かったかも。

 眼前の少女はちょっと頬を膨らませて、お菓子を僕の口に無理やりねじ込んだ。


「むぐっ……!」


「君もりんごの加護を受けるのだ」


 なんだその加護。よわそう。


「おお、おいしいね! やっぱり林檎は偉大だな」


「うんうん、そうでしょ? もう一個あげる」


 彼女は再びお菓子を僕の口に放り込み、ご満悦だ。

 これがりんごの加護か……! 彼女の笑顔が見れるなんて、なんて偉大な加護だろうか。


「おうガキども、イチャイチャしてないであっち行け。イチャつくにしても陰でやれ、陰で」


「あ、チョウさん」


 大柄な体で僕らを道の端に追いやったのは、ディオネ騎士のチョウ・マーフロイ。

 彼は露骨に嫌そうな顔をして僕らに視線を向けた。


「こっちはフルタイム出勤で疲れてんのに……カップルばっかりだぜ、この祭り。……しかし、お前の彼女……美人すぎねえか?」


 チョウさんはレーシャに聞こえないように小声で囁いた。


「……激しく同意します。まあ、恋人じゃないんですけどね。残念ながら。誠に遺憾ながら」


 僕と彼女ではつり合いが取れないのだ。いや、逆に考えれば彼女とつり合いがとれる人物なんて存在しないのだから、これで良いのだ。


「へえ……つか、こんなとこで喋ってたら職務放棄だと思われるな。いいか、あんまり目に余る行為はするなよ。騎士の兄として公序良俗を守れよ」


「はい、もちろんです。妹の風評被害になるような事はいたしません」


 チョウさんはそれだけ伝えて警備の仕事に戻っていった。

 僕もそれなりに顔は知れ渡っているから、馬鹿げた行動はできない。タクシーに乗り上げたり、冷蔵庫の中に入って自撮りを上げたり。『蒼麗騎士』マリーの名に瑕疵を付けるわけにもいかないし。


「アルス君、私たちカップルに見えるかな?」


「え、えっと……まあ、そうかも」


「じゃあネットで拡散されちゃうかもね。私みたいな美少女と噂になれたら光栄だね?」


 ……それは喜ばしいが、ちょっと困るな。


「ま、まあ……そうだね。光栄だね!」


 まあいいか。認識阻害も僕は使えないし、レーシャとのお祭りなのにサングラスとか仮面とか嫌だし。

 僕は素直に彼女の厚意(?)を受け入れた。


                                      ----------


「お、アルス君。あれ欲しい! ……買って?」

「はい、喜んで!」



「りんご成分が切れた! はやく補給しないと私しんぢゃう゛!」

「まずい、今すぐ買ってこよう!」



「あ、あれマリーちゃんかな? 抱きしめにいってもいいかな?」

「いや、めっちゃ忙しそうだし我慢して……」



「そろそろ疲れたね。どこかで休もうか?」

「うん? 私は全然疲れてないけど……アルス君は貧弱だね」

「ぐっ……いや、ぜんぜん? 疲れてないよ? 気遣っただけだよ?」



「キャッ! アルス君、あれ……! ちゅーしてるよ、ちゅー!」

「おー、あのカップル、公衆の面前ですごい度胸だね。僕たちもする?」

「えっやだ。ちょっと幻滅したよ」

「い、いや冗談だよ冗談。ハハハ……流石に今のはキモかったな」



「広場の中央に鎮座する銅像……初代国王だね。たしかアルス君は歴史に詳しかったね……解説してみて?」

「リート・ネガート・ディオネ(3558~3591)は、ディオネ神聖王国の初代国王である。現在のガロン領、マスコーチェ村に騎士の息子として生まれた。兄と妹が一人ずついたが、兄はリキュイーの山岳戦で死亡、姉は大病を患い寝たきりとなった。故郷にリアス帝国の軍隊が進撃してきた事をきっかけとして奮起、反逆を開始した。彼は神より力を授かったと喧伝し、急速に勢力を拡大。3576年、ゼーランタの戦いでリアス帝国に勝利し、ディオネ神聖王国を樹立した。国王の座に就いて暫くは寛大な政治を行い、民からも厚い信頼を得たが、晩年は暗殺未遂により反動化し厳しく反対勢力を取り締まった。3591年、暗殺者イヤンの手によってダイヤモンドを用いて、暗殺された」

「う、うん……ありがと……」



「あれは……カチューシャが色々売ってるね。かわいいなあ」

「被ってみる?」

「じゃあ……このうさぎのはどう、ぴょん?」

「かわいいぴょんっ」


 …

 ……

 ………


 たくさん歩き回っていると、あっという間に夕方になってしまった。終わりが近づいてきたのが寂しいものの、本番はここからだ。


「そろそろ国王陛下の挨拶があるね」


 陛下の挨拶の後、花火が何百発も打ち上げられるのだ。この花火こそがディオネ祭を有名たらしめるもので……それはもう、言葉にできないほど綺麗なのだ。


 僕達は王城前の大広場へと向かう。すでに大勢の人が押し寄せ、統治者の登場を待っていた。


「ねえ、こういう式辞ってめんどくさくない?」


「うーん、そうかな? 僕は陛下に恩があるから普通に聞きたいけど」


「ふーん……」


 さて、しばらく待つうちに王城の高台に陛下が数名の聖騎士を引き連れて現れた。

 彼が姿を見せると、人々は高台を見上げ静まり返った。


「我はディオネ神聖王国国王、ゲイト・ネガート・ディオネである。本日はまことに喜ばしい日である。初代神聖国王が我が国を建国して以来、千と七百と四十の時が経った。我らの歩んできた道には、戦、災害、魔の襲来……あらゆる危難が在った。しかし、我らは互いに救いの手を差し伸べ、乗り越えて今日に至る。そして、今後とも……」


 その時、陛下の言葉を遮る者があった。


「待つがよい!」


 ──待ったをかけたその男は、天……僕らの真上に浮かんでいた。


 

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