90. お祭り、一緒に行きませんか?
精神世界から帰ると、通信があった。
アリキソンからの電話だ。
「僕だ」
『俺だ。もうすぐディオネ祭だが、一緒に行ってくれる彼女は見つかったか?』
電話越しにアイツのにやついた顔が透けて見える……声もどこか馬鹿にしたような感じだ。
どうせ「一緒に行く女性なんて見つからなかったよ」なんて答えを予想しているのだろうが……
「ああ、見つかったよ。今年は一緒に行けないな?」
まだレーシャを誘っててはいないが、たぶん一緒に行ってくれる。たぶん。
『なっ……!? ……いや、分かったぞ。マリーだろ? それかユリーチだ!』
「いや、マリーは警備の仕事がある。ユリーチはお一人様だ。残念だったな!」
数秒ほど電話の向こう側で歯噛みするような気配を感じさせるアリキソンだったが、
『はあ……なんでお前に彼女ができて俺にできないんだ? 絶対俺の方が性格良いだろ!』
愚痴を言いだしたぞコイツ。
まあ、彼の方が性格が良いしかっこいいのは否定できないけど。
「いや、彼女なんて言ってないが。そもそも僕と君がなんで競ってるんだよ」
競うのは剣だけでいいだろ。どうも彼には余計なことまで張り合うきらいがある。
『まあ、分かった。邪魔はしないさ。俺もたまには部下と行くか……楽しんで来いよ』
そこで通話は終わった。
……でも、僕は知っている。アリキソンは他の騎士や国民から熱狂的な支持を得ていることを。彼女でもなんでも作ろうと思えば作れる筈なんだが……ドルオタだからなあ。いや、別にドルオタがモテないって言ってるわけじゃないんだ。ただ、彼はあまりに熱狂的なファンすぎる。
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「皇女殿下。今日はお休みにしましょう」
「……おや、なぜですか?」
「明日はディオネ祭ですから。はしゃぐにも体力が必要なので、明日に向けて英気を養うのです」
彼女は祭りの事などすっかり忘れていたかのように、はっとした表情で手を叩いた。
「そうなのですね! 初代神聖国王リートが建国して以来、伝統的に毎年開催されるディオネ祭。あの国を挙げて行うとされる祭事が明日だったとは……ぜひとも参加してみたいです!」
明日は建国千七百四十年。この国の歴史もかなり深いのである。
「それで、アルス様はどなたと行かれるので?」
「ああ、友人と行く予定ですよ」
「おや、先客がいましたか。では私は……ルチカと行ってもよいでしょうか? 雇用者である貴方の許可が必要かと思いますので……」
彼女とルチカはリンヴァルスに居た頃からの友人だ。皇女殿下の幼少の砌より、ルチカは始祖以外にも彼女の面倒を見てきたらしい。
「ええ、明日は彼女にも休暇を出しているので。ぜひ楽しんでください」
「はい、楽しみです」
という訳で、今日はオフだ。暇な僕とは対照的に、マリーは多忙を極めている。今朝も早朝に家を発って行ったようで、明日は更に忙しくなるだろう。がんばれ。
僕が庭から家へ戻ろうとした時、入り口に誰かが立っているのが見えた。
端的に言えば、地上に降りてきた天使である。
「レーシャ!」
「お、アルス君。久しぶりだね、ちょうど今来たところだよ」
ディオネ祭は明日だが……まあ良いや。
彼女は目を細めて、外へ出て行った皇女殿下の背を見た。
「誰よあの女!」
「……彼女とは仕事の付き合いだ、勘違いしないでくれ!」
「嘘よ! 証拠を見せて!」
証拠……証拠だと?
何かあるか、なんでもいい……!
ルチカの言葉は証拠になり得るか……!?
「まあ、こんな茶番はいいよ。混沌が込められた白い玉……だっけ? はやく見せてよ」
「あっ、はい。……倉庫に置いてある。来て」
僕としては本気で弁解するつもりだったんだが、彼女にとっては茶番だったらしい。
家の裏手へ回り、倉庫に入る。
「なんか、宝物の類がたくさんあるね」
「欲しいのがあったら持っていって良いよ」
「いらなーい」
左側、四番目の棚を開けて布に包まれた宝玉を取り出す。灰色の不気味に輝く宝玉をレーシャに渡し、鑑定してもらう。
彼女は綺麗な瞳でしばらく玉を見つめていたが、玉を僕の手に戻した。
「すごい混沌の力が込められているけど、これ自体は何の害もないね。使い方次第では災厄級の被害を巻き起こせるけど。怖いのはこの技術を造ったとされるリフォル教だよ。下手したら国すら滅ぼす兵器に転用されかねない代物だ……まあ、私にはどうしようもないね」
「……これは厳重に鍵を掛けておこうか。しかし、リフォル教ヤバいね。放置して大丈夫なものか……」
「リフォル教の本拠地は神除けの結界で隠されてるから見つけようがないんだよね。世界が滅ぶような事は一介の組織にはできないから大丈夫だよ。まあ、悲劇が生み出される可能性はあるけどね……」
この宝玉に使われている技術を用いても、災厄にはなり得ないということか?
それなら安心だな。
「さて、これで用件は済んだね。じゃあ私はこれで帰るから……」
「ま、待って」
そんなにあっさり帰るのか!?
人間として過ごしている間は、中々創世主に戻りたくないって言ってたじゃないか。データと違うぞ……
「うん、どうしたの? もう良いでしょ? それとも、何かして欲しいことがあるのかなあ?」
あれ、これはまさか……
「明日はディオネ祭があってね」
「うんうん、それで?」
……レーシャに僕が何を言いたいのか分かって質問責めされてないか?
「その……一緒に行かないか?」
「えー、どうしよっかなー。一緒にお祭り回ってほしい?」
「はい、お願いします!」
彼女は少し考える素振りをした後、微笑んだ。
「うん、良いよ。実は最初から君の目的に気付いてたんだ」
「なんとなくそんな気はしてたよ……」
たしかに、レーシャにはどことなくアテルにはない感情があるみたいだ。今みたいに敢えていじめる行動はアテルなら取らないと思う。これが心があるってことなのかな?
「でも、嬉しいな。誘ってくれてありがとう、アルス君」
「ははっ。僕からも、受けてくれてありがとう、レーシャ」
やっぱり僕は──彼女が好きなのかもしれない。




