89. 創世主への策略
「はははははっ!」
沈んでいた気分も吹き飛び、瞑想も忘れてしまう程にその報せは笑えるものだった。
「僕が、カルトか! ははははっ!」
「い、いや! だって意味分からないこと言ってましたし!」
顔を紅潮させたマリーが僕に詰め寄る。
まあ、彼女が勘違いしたのも無理はないが……なんか笑えてしまう。
「僕はまだしも、タナンやルチカが宗教に心酔すると思うかい? 僕らが信じるのは実在する神と、あとは効果が確認できてる一部の概念神だけだよ。むしろ僕は信仰する側じゃないからね……」
でもマリーの視点からすれば僕とタナンは人間と魔族だし、神族の性質なんか知ってる訳がない。
先程の僕の発言を振り返ってみると、たしかに気が狂ったと思われても仕方がないな。リフォル教徒が魔神と一体化とか言ってたし……彼女からすればリフォル教と遜色ない発言だ。
「じゃあ、変な宗教に嵌ってたとか……ではないんですね?」
「ああ、もちろん。それこそカミサマに誓って、ね」
誰に誓おうかな。ゼニアで良いか。
僕が瞑想してたのは、神転しても皇女殿下に負けそうになったのがショックだったからだ。そこで神性の魂を純化し、神族としての基礎能力を高めようとした次第。
世界と一体化というのは、魂は理内にあり、この世の深奥にある根源が理を司っているとか何とか。つまり、瞑想すれば根源とやらに接近して神族としての質が上がる……らしい。アテルが言ってた。ごくごく微々たるものだが、まあ不安を落ち着かせる為の気休めだったのだ。
マリーはしばし困惑顔だったが、少し落ち着きを取り戻して一息ついた。
「……魂ってあるんですか?」
「よく分かんないけど、あるのは確からしいよ。一つの魂が所有できる魂は一つまで。たしかマリーは精霊と契約してるよね? それは精霊の魂を所持しているということで、他の精霊や概念霊とは契約できないってことだ」
僕だったら契約できる魂は二つ……いや、三つか?
創世主のやつが魂に含まれるかどうかで変わるな。
……ふと、ブルーカリエンテの事を思い出してしまった。僕が初めて契約したのは彼だった。
「この際言っておきますけど、お兄ちゃんは何を考えているのか分かりません! もう少しちゃんと意思表示してください!」
「はい」
そう言われてもな、どうしようか。
地の文の思考を全て会話文にすればいいのか?
「じゃあ、僕の思考の一言一句全て声に出そうか。意思表示だ……最近落ち込んでばかりだったが、この一幕ですっかり気分も晴れたな。流石マリーだ。
……冷静になってみれば、僕が負けそうになったのは単純な実力によるものではないかもしれない。もしかしたらリンヴァルス神の加護に、相手が強いほど能力が強化される、みたいな権能があったのかもしれない。それに僕が皇女殿下に破滅の型を教えられるのは間違いないんだし、一々憂慮する必要はない。
よし、今度皇女殿下の異能を分析してみよう。まあ、異能なんて分析しようがないが……ある程度の方向性は分かるさ」
「……な、何言ってるの? 皇女殿下? リンヴァルス神? 異能?」
「……というか、こんな状況になったのは全部師匠が悪いのでは? 師匠がめんどくさがらずに、僕に丸投げしなければ、ここまで気落ちすることもなかった。今度文句を言いにいこう。
とにかく、立ち直ったのだしこれ以上考えるのはやめにしよう。
その時、ルチカが階下に降りてきた。彼女は僕が何やらブツブツ言っているのを見て首を傾げる。まあ、そんな反応もするだろうね」
「あの、お兄ちゃん……」
「ついにはマリーまでもが僕を変な目で見始めた。彼女の提案で思考を全て声に出そうと決めたのだが……そんな目で見ないでくれ」
「極端すぎます! 全部声に出せなんて言ってない!」
「あはは、ちょっとからかおうと思っただけだよ」
流石に思考を全て垂れ流したらヤバい奴だ。一人称語りマンになってしまう。
それにしても、マリーの僕に対する心象は今日一日でひどく悪くなったことだろう。
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僕がカルト信者になったと勘違いされてから数日が経った。
マリーから皇女殿下が僕に嫌われたと勘違いしていると聞き、態度を改めることにした。あれ以来、皇女殿下とは普段通りの接し方に戻ったし、訓練も順調に進んでいる。ただ、彼女の異能については良く分からないままだった。
さて、ディオネ祭が迫ってきた!
そこで僕は誰と行こうか迷ったのだが……一緒に行きたい人が居る。例年はアリキソンやユリーチと行くのだが、今回はどうしようか迷ったのだ。今年はユリーチは一人で行くみたいだし。アリキソンは……まあ……いいや。
だが……彼女を誘うのは生半可な事ではない。僕はこれからゼーレフロンティア(めっちゃ危険で未踏破のフロンティア)に向かう心持でいた。
向かう先は、精神世界。
微睡む心地と、埋められるような息苦しさに挟まれたかと思うと、そこは灰の砂漠だった。
決意————創世主からレーシャを連れ出す決意を胸に、小屋の扉を開いた。
「やあアルス君! 元気?」
「うん、元気。アテルもいつも通りだね」
創世主は理由がなければこの精神世界を離れない。ここからのみ世界の観測が可能だからだ。もし僕が素直にディオネ祭に誘ったとしても、アテルは首を縦には振らないだろう。
彼女はにこやかに微笑むと、僕の腕を引いて椅子に座らせた。それから向かい側に座り、恥じることもなく瞳を覗き込んできた。美しいエメラルドグリーンの光を帯びた虹彩が視界を射抜く。
「今日はどうしたの?」
「見てほしい物があるんだ。僕の屋敷にあるんだけどさ、二週間後に来てくれないかな?」
もちろん、これはレーシャを誘い出す為の口実に過ぎないわけだが。
「うん? 私ならここから見てあげられるよ。私の拠点が精神世界とはいっても、現実世界も覗けるからね。見せてごらん?」
「いや、直接見てほしいんだ。神除けの結界が張ってあるからね」
神除けの結界は創世主の監視を掻い潜る術の内の一つである。
……ちなみに、神除けの結界はこの返答を予測して僕が張った。許せアテル。
「ふむふむ、そのブツというのは?」
「なんか混沌が込められた白い玉だ。リフォル教徒が落とした物らしいんだけど、何に使う物なのか分からなくてね」
グットラックとリフォル教の抗争に参加した時、ルチカが回収したものだ。
「む、リフォル教関連か! たしかに彼らは創世主からしても何をしているのか分からないんだよね。拠点に神除けの結界を張っているらしくてね……実態はまるで不明だ。よし、良いよ! それじゃあ二週間後に……なんで二週間後なの?」
ディオネ祭が二週間後だからです。
まあ、そう伝えるわけにもいかないので……
「僕も仕事があるからね。ちょっと予定が合わないんだ」
「あ、そっか。じゃあ二週間後ね! 楽しみだな!」
彼女は上機嫌で立ち上がった。
やっぱり、アテルに心が無いなんて思えないけどな……
でも、僕が好きなのは──




