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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
5章 英雄──神断ち、のち、愛
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88. アルス教

 休日、マリーが何心なく自室でくつろいでいた時のこと。

 彼女の部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


「マリーさん、こんにちは」


 入って来たのは今日も訓練を終えたベロニカだった。この数週間で二人の絆は深まり、こうして彼女がマリーの部屋を訪れる事も珍しくはなかった。


「突然なのですが、マリーさん……私の悩みを聞いていただけませんか? あなたもディオネ祭の準備で最近はお疲れかとは思いますが……」


「もちろん相談に乗りますよ。それで、悩みって……?」


「実は、私はアルス様に嫌われてしまったのではないかと思うのです」


 彼女は深刻な面持ちで告げた。


「兄に?」


「はい。先日、実戦形式の訓練をした日からアルス様が私の事を避けてるような気がして……おそらく、私が弱すぎて落胆されてしまったのではないかと」


 率直な感想では、ベロニカの見解にマリーは懐疑的であった。マリーから見ても、彼女は十分に強い。彼女のレベルで落胆されるとしたら、マリーはもはや軽蔑すらされるだろう。しかし、兄は弱者を見下すような人間ではないと彼女は知っていた。


「私が騎士を志し、訓練を始めたころ……兄はこう言いました。弱き者ほど強者となる可能性を秘めているのだ、と。ですからベロニカさんを兄が避けている理由は強さに関する事ではないと思います。もしくは単に避けられていると錯覚しているだけかもしれません」


「そう、でしょうか……」


「でも、たしかに最近兄の様子はおかしいですよね。どこか上の空というか……ぼーっとしてる気がします」


 最近のアルスは食事中も料理ではなく虚空を見つめ、話しかけても生返事が返ってくることが多い。ベロニカの話を聞けば聞くほど、兄は何かしらの病気ではないかとマリーは不安を抱きはじめた。


「やっぱり変ですよね……」


 その後も二人は様々に話し合ったが、結局結論には至らなかった。


                                      ----------


 午後、マリーは居間で兄の様子を観察していた。

 彼は忙しなく書棚から机の間を歩き続けた後、急に床に座って目を瞑り出した。


「……?」


 それから暫く観察していても、一向に彼が動き出す気配はなし。


「あの、お兄ちゃん何してるの?」


 堪え切れなくなり、とうとう彼女は口を開いた。


「うん……? ああ、マリー。僕は今瞑想してたんだよ。君もするかい?」


「瞑想、ですか。何か効果があるんですか」


「瞑想はね、世界との一体感を高めるんだ。魂の質を純化し、己の神性を向上させる。最終的には完全なる境地に達し、生命という概念から一段進み、より純粋な神性を獲得することができるそうだ。真理、或いは根源との接続している魔力に触れる最短経路こそが瞑想であり……」


 この間、マリーの思考は空白で満たされた。兄が言っている言葉は何一つとして理解できないのだ。

 間断と間断の果てに、ようやく彼女は思考を取り戻し、そして一つの結論を得た。


(お兄ちゃんはカルト宗教に嵌ってしまったのだ!)


 兄は聖痴愚となり、支離滅裂な思考に囚われている。一体全体、何が原因となってこんな有様に……そう思わずにはいられないが、彼女は元の兄を取り戻そうと画策する。


「あの、お兄ちゃん。神性……とかいうのは瞑想しても高まらないし……その、たしかにリラックスできるかもしれないけど、その……お兄ちゃんがやりたいことを否定はしないけど、ちょっと考えなおしてほしいというか……」


「うん? うん……でも、瞑想は良いよ。魂っていうのは根源の理内に在るらしいからね。僕には今、これが一番必要な事なんだ」


 ダメだ、カルト信者特有の妄信に彼は浸ってしまっている。兄は宗教なんかに嵌らないと思っていたのに……


「よお、ルス兄にお嬢じゃねえか! 何してんだ?」


 そこにタナンが帰って来た。

 マリーは普段彼を喧しい人間だと思っているが、この時ばかりは彼を救世主かのように見た。しかし、その希望はすぐに失うこととなった。


「やあタナン。今瞑想して神性を高めてたんだ。一緒にやるかい?」


「お、瞑想か。たしかに最近やってねえな……よっしゃ、神性高めようぜ!」


「!?」


 闘いと食事以外、頭にないと思われていたタナンがそんな言葉を口走った。まさか、彼もカルトに心酔しているのか……マリーはそう思わざるを得なかった。

 混乱に次ぐ混乱。もはや衝撃を通り越して彼女の心は絶望に支配されていた。


「う、うわぁああああーーーーーん!」


 思わず泣きだし、彼女はその場から飛び出した。勝負で敗北するよりも、仕事で失敗するよりも、彼女には兄がおかしくなってしまった事の方が深刻な問題であったのだ。


                                       ----------


「ルチカさん!」


「おや、お嬢様……いかがなさいましたか」


 マリーが飛び出し、辿り着いた先はルチカの下だった。

 彼女は書斎を掃除していたところで、手には隙間の埃を取る為の道具を握っていた。


「兄がおかしくなってしまいました! 瞑想して世界と一体になるとか言い出して……」


「おかしくなってしまわれた、ですか? この頃ご主人様に元気がない事は承知しておりますが、一時的な気落ちかと思われます。少なくとも身体に関する異常はありませんでしたよ」


 マリーが憂えているのは身体面ではなく、精神面での異常だ。

 それを伝えようとしたのだが……


「瞑想はたしかに、ご主人様に限って言えば世界との一体感を高めるものです。根源との親和性を高めることで、神性を高め、より高次な魂を得ることができるとされ……」


「!?」


 果てにはルチカまでもが謎論理を語りだした。マリーは周囲ではなく己の認識に誤りがあるのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 カルトの魔手はもはやマリーを除くホワイト家全体に伸びていたのだと……より深い絶望が彼女を襲った。


「い、一体どこの宗教ですか!?」


「はい……?」

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