86. 憧れを目指して
「はい、今日の訓練はこれで終わりにしましょう。受け流しの技術は一朝一夕で習得出来るものではないですから……気長に頑張りましょう」
「しかし……どうしても焦ってしまいますね。早く☨『破滅の型』☨を我が物としたいのですが……」
マリーは二人の様子をテラスから眺めていた。突然家に押し入って来たベロニカ……立ち振る舞いに中二的な言動が目立つ奇妙な少女に、兄は剣術を教えていた。兄の独自の剣術の型はマリーも教わった事がない、というよりも兄は教えようとしなかった。数年前、彼がマリーに教えた剣術は一般的なディオネ剣術。魔法の様に攻撃を受け流す彼の型は異能によるものかと思っていたが……どうやら違うようだ。
ベロニカには粗相がないように、とマリーは兄から言われている。どこかの偉い人なのだろうか……言動が奇妙なのが引っかかるが。
「焦るのは分かりますが……そもそも皇女殿下は何が目的で強くなることを志すのですか? この平和の世で強くなる事に意味がないと言う人も居ますが」
「もちろん、将来の夢が冒険家ですからフロンティアを探索して魔物を倒す為です。それに、己を高める事そのものに意味があるのです。……それと私は皇女殿下ではありません」
「なるほど、目標なんて案外漠然としたものが多いですよね。しかし皇女殿下はしっかりと夢を持っていらっしゃる。立派なことです」
「そ、そんな……立派だなんて……! くっ右目が疼くので失礼します!」
ベロニカは恥ずかしそうに顔を赤らめて駆けて行ってしまった。彼女は褒められると支離滅裂な言を発して逃げてしまうきらいがある。
「……あれ、眼帯着けてるの、右目じゃなくて左目だよね?」
アルスはぼそりと呟いた。それから困ったように訓練用の剣を片付けに倉庫へ歩いて行った。
『変な人たちだね。戦闘の技術は一流みたいだけど』
頭の上に乗ったクラゲ、『明鏡止水』の精霊シャスタがマリーに語り掛ける。いつも姿を見せているわけではないが、今日は姿を見せていた。契約者であるマリー以外には視えていないので不思議に思われる事もない。
「天才には奇人が多いと言いますね。たしかに兄は戦闘の才に恵まれていて、私の知らない技術もたくさん知っています、奇人ですけど」
『キミのお兄様もキミを天才だと思ってるみたいだけどね。……そういえば、アレは教えてもらわなくても良いの? すふぃるくれいう゛ん、だっけ』
四葉の奥義、【四葉秘剣】。父ヘクサムの死により途絶えたと思われていた技だが、兄が継承していた。無論、マリーとしては指南を受けたいという思いはあるのだが、
「まだ、いいです。少し早いのです」
『そっかー』
彼女の呟きと、精霊の間延びした声は穏やかな青空に溶けていった。
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今日も皇女殿下の訓練を終えて一息つく。彼女の滞在期間は特に定めていないとのことで、ある程度自由にスケジュールを組む事ができたのが救いだ。一か月で破滅の型を習得したいなんて言われたら僕にもお手上げだからな。一日中鍛錬をしていた僕でも習得に二年かかったのだから。
ちなみに彼女は付近の高級住宅街に家を設けてもらったらしい。流石皇族だ。
ベッドの上で転がりながらボーっと魔眼携帯を眺めていると、ドアがノックされた。そろそろ夕食の時間か。
立ち上がり、自分から扉を開ける。最近はドアがノックされる度にルチカに返事をすることもなく、僕から開けている。理由はただただ返事をするのがめんどくさいからだ。
「ご夕食の準備ができました」
「はい、いつもありがとうございます」
最近はマリーとタナンの分の食事もあるから大変だろうな。マリーは手伝ってくれているみたいだけど。
階下からは料理のおいしそうな匂いが漂ってくる。食卓では既にタナンが料理にがっついていた。
「タナンさん、あまり溢さないでください……」
「おう!」
マリーが忠告するも彼は聞いてないみたいだ。タナンに礼節なんて説いても理解しないからな……
それにしても、ホワイト家は本当に賑やかになった。時々妹の友達も遊びに来てくれるし。
「いただきます」
マリーの正面、かつて父が座っていた席に座る。
……と、彼女はまた変な被り物をしているのか。クラゲみたいなやつ。流石に食事中は注意した方が良いだろうか。まあ、家の中だし良いか、気に入ってる帽子みたいだし。
「はあ……」
!?
マリーが溜息をついたぞ!
何か不満があるのだろうか……僕に関する不満か?
それとも交友関係が上手くいっていないのか?
心配だ、心配だ……
「た、溜息なんて珍しいね。どうかしたの?」
「はい? ああ、最近仕事が忙しいので……ディオネ祭が迫っていて、その警備とか誘導とかの準備で」
ああ、ディオネ祭か。毎年建国日に開催される国を挙げての祭事で、今年は建国千七百四十年となる。
騎士はこの期間中、仕事に忙殺されるらしく父も不満を言っていた。今年は誰と祭りを回ろうかな……
そういえば、建国から千七百四十年の日に初代神聖国王が復活するなんて陰謀論があったな。僕みたいに歴史を読み込んでいるオタクにしか分からない眇々たる知識だけど、まあ造説に過ぎない。
「僕にも協力できることがあれば言ってね」
「お兄ちゃんに協力できることなんてありません。家でいつも通り寝ててください」
「い、いつも寝てる訳じゃないし……」
まだまだ妹からの信頼は足りないみたいだ……




