77. 災厄降臨
そして時は来た。
僕はただ固唾を呑んで天を仰ぎ見る。彼方まで広がる空に夕陽の光が満ちていた。
曰く、天を覆いつくす巨躯から破滅を振り撒くモノ。曰く、小鳥が如き体躯から放たれる翼の羽ばたきで全てを消し去るモノ。災厄に定義は無く、大きさの指標も無い。
唯一共通する特質は、世界を滅ぼす可能性を秘めているという点のみ。
……まだ、何も感じない。アテル曰く、災厄が接近すれば魂が反応するらしいのだが。
『──アルス君、話したい事がある。精神世界に呼ぶよ』
どうやら来たみたいだ。ただ、災厄は僕の近くには居ないらしい。
否応なく意識が混濁に呑まれ、気付けばそこは灰の砂漠。
「やあアルス君。とうとう来たよ、災厄が!」
精神世界にはアテルに加えて、四神が揃っていた。みな慎重そうな面持ちだ。
「それなんだけど……僕の魂は災厄の存在を感知できなかったみたいなんだ」
「ああ、災厄には二種類の召喚方法が存在するんだ。一つは文明が存在する場所に直接転移してくるパターン。もう一つは宇宙空間に出現するパターンだ。今回の災厄は後者で、同じ惑星に居ないからアルス君は感知できなかったんだろうね。まあ、ありがたいのは後者の宇宙に来るタイプだよ。世界が負う損害が少ないから」
初めて知る情報だ。宇宙の存在意義がよく分からなかったけれど、文明がある惑星に到達する前に災厄を討伐する為に在るのかもしれない。
「よし、今回はアルス君とゼニアが災厄の討伐に向かってもらうよ! ジャイル、ルーリー、ケウベインは世界の防衛でよろしく!」
二人で大丈夫なのだろうか。まあ、アテルの采配を信じるまでだ。
「……おおん? でもたしか、アルスは共鳴とやらができないんじゃなかったんかいな?」
地神のルーリーが疑問を呈する。ただ、僕は晴天の試練で一応共鳴に成功している。
今回もそれが上手く発動出来るかは分からないが、やるしかない。
「まあ、そこは実戦で覚えてもらわないとね。……という訳で、いってらっしゃい、二人とも!」
その言葉の後に、また僕は否応なく現実に引き戻される。どうやらアテルも相当焦っているみたいだ。
現実に回帰すると、隣には人間体の天神ゼニア。彼女は僕を見ると、静かに頷いた。
「……アルスさん。これからの戦いは苛烈なものとなるでしょう。そこであなたに天神の加護を贈与したいと思います」
「加護、か……精霊の加護とは違うのかな」
「はい、精霊は加護を贈与する者にその身を宿します。しかし神族の贈与は何かしらの力……神能や神装などを授ける行為。今回私が授けるのは、神剣。あなたは人型の神族ですから、剣が最適でしょう」
……神剣。伝説に登場する物しか僕は知らない。だが、絶大な力を秘めていることだろう。それがあればきっと災厄にも対抗できるはず。
ゼニアに跪くと、彼女から生じた神気がこの身を包み込んだ。
「人、そして神の子アルスよ。あなたに我が加護を授けましょう。気高き天の覇の如く、美しき羽の舞の如く、輝ける者となりなさい。贈与……【神剣ライルハウト】」
──たしかに、受贈した。
魂の奥底が澄んだような感覚。どこまでも清く、美しい……不滅の清澄。
神転する。おそらくこの加護は人の身では扱えない。
そして、それを呼び出した。
「受贈──ゼニア。神剣ライルハウト」
舞い降りた一筋の聖光。次第に剣の形を成し、僕の手に収まった。
「……さあ、行きましょうか。災厄の元へ」
彼女は巨大な鳥の姿へと変身する。その背に剣を携えて乗り、災厄の元へ。
僕らは舞い上がり、宇宙へと飛翔する。光をも超える速さで、彼方の彼方へと。その時、僕は光を超えても時は超えられないことを知ったのだ。
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冥世の深淵より天を穿つ魔性、方舟に永劫の焔を乗せ大地を睥睨す。
「盤上世界、アテルトキア。地真実灰セティアナガテルトキルアと天淵虚灰ゼーレルミナスクスフィス……混沌と秩序が争う盤上世界、か。……うん、いいね。面白そうだし、何よりも実入りがありそうだ。さすがにここまで強力な力を取り込めれば、僕の熱さも消えるんじゃあないかな。そう思うだろう、みんな?」
虚空に向かって方舟の主は語りかける。
燃える、燃え盛る、燃え続ける。彼の身を永劫の焔が燃やし続ける。
世界を超え、世界を呑み、創世主を喰らってもなお、彼の魂は燃え続ける。
「……ああ、熱いよエリー。熱いよお兄様。早く、はやく焔を消さなきゃ……」
彼の者の名はランフェルノ。
聖戦世界を滅し、創世主をも喰らい、数多の世界を燃やし続けたモノ。
もはや其の理性は夢うつつ。盤上世界の前に、悪夢が立ちはだかる。




