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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
第1部 序章 灰色の因果
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7. 戦士の矜持

「ここが俺たち騎士の訓練場だ。気軽に使ってくれて構わないよ」


 ソウラさんに案内された先は、広々とした屋内施設だった。

 威勢のある声を上げて剣を振るう者、弓を引き的を狙う者など、朝からやる気に満ち溢れた騎士達の様子が窺える。弛んだ雰囲気を感じさせない修練場は、ディオネの民から騎士が信頼を受けている証でもある。


「でも、皆さん忙しそうで……僕と訓練なんて……」


 正直なところ、これほど真面目に訓練に勤しんでいる方々に迷惑はかけられない。子供の僕が入っていく余地はなさそうだ。


「そうだね……それなら、俺とやるかい? いつもの訓練相手がまだ来てないんでね」


「あ、ありがとうございます!」


 これは僥倖だ。正直、訓練を行わない日は作りたくなかったし、父以外の相手と戦ってみたかったのだ。


「よし、全力で来い!」


 訓練用の剣を受け取り、いつものように気を集中させる。父ならば僕に合わせて手心を加えてくれるが、今の相手は父ではない。

 眼前の騎士……ソウラさんを見据え、目標を一本取ることに定める。


「では、いきます!」


 一般的に考えれば、運動神経の差と手足の長さ、経験の違いから子供が大人に勝つことは不可能に近い。

 だが、それを覆すのが魔術だ。いかに非力で身体的に劣っていようとも、魔術と異能は特別な力を齎す。


 風魔術で速度を上げ、地を蹴る。いつもはこれが父と僕との剣戟の始まりだ。


「ばっ……!?」


 先制の一撃を加えようと、上段から剣を振り下ろすも、受け止められる。

 ──しかし、体勢が崩れた。


「そこっ!」


 風魔術の恩恵を受け、背後に一切の空気抵抗を生み出すことなく回り込む。空いた背中に剣を突きつける。


 カラン、と剣の落ちる音がした。落ちたのはソウラさんの剣だった。


「……マジかよ。アルス君、だったか。流石は……ヘクサム様の息子だな」


「……なんとか、一本取れました。ありがとうございます」


 僕はようやく父の意地の悪さに気づいた。父は直接どの程度強くなったのかを教えず、実戦によって程度を学ばせていた。そして、その比較対象は父しかいない。僕の実力はすでに新人の騎士程度には育っていたのかもしれない。

 しかし父がこの城に勤めている以上、新人のレベルを遥かに凌ぐ実力者が多くいることは想像に難くない。


「おいおい、ソウラ? 子供にあっさり負けてんじゃねーか!」

「あれって確か、ホワイト家の……」


 周囲が少しざわめく。

 位が高そうな制服を着た騎士は何も言わないのを見ると、気を乱しているのは実力の判断ができない騎士だけみたいだ。

 そして、その中の一人が歩み寄ってきた。


「小さいのに凄いな、坊ちゃん。俺とも訓練してみるかい?」


 話しかけてきたのは中年のゴツいおじさん。

 色々な経験がしたいのでぜひともお願いしたい。さすがに奥にいる高位の勲章を身につけた方々ほどとは言わないが、戦い甲斐がありそうだ。


「では、お願いします!」


 少しでも、一刻でも早く強くなるために。

 どんな相手でも、どんな痛い目に会おうとも実戦訓練は積んでおくべきだ。


「おし、さあ来い!」


              ----------


 ……と、意気込んだものの決着はあっさりついた。どうやらソウラさんとこのおじさんの実力はそこまで変わらないようだった。


「チッ……そんじゃあ、よ。こいつはどうだあ?」


 彼は立ち上がると、走り回りながら身体に魔力を溜め始めた。


「なんだ……?」


 まったく見覚えのない奇妙な行動。僕は警戒して防御の構えを取り、土魔術を用いて耐久力を上げておく。


「よせ、チョウ!」

「馬鹿、子供相手に何している!」


 見守っていた騎士たちで、高位の者までもが彼の行動を止め始めた。その間にも彼は飛び回り、魔力を蓄積し続ける。

 今のところは……中級並の蓄積量、か。それだけならば僕が纏っている魔術によって作り出した土鎧も中級なので耐えることはできるが……周囲の反応を見るに、単純な技ではないのだろう。


「……手出しは無用だ。何かあれば儂が止める」


「イベン様! ……承知しました」


 何やらざわついていた周囲が一瞬で鎮まり返った。何かあったのだろうか?


「さあて、これでも食らいな! あんまり舐めてんなよ!」


 あれは……魔力が爆発的に増えている。

 捨て身というやつか? 人体の許容量を超えた魔力を用い、一時的に魔術の領域を押し上げる行為。訓練を積まなければ行使できない技で、リスクの高さからも忌避される。


「訓練のためにここまでするか……!」


 これが……騎士の矜持。

 そう……僕も強くなることを目指すのならば、これほどの覚悟と気概が必要なのだ。三年間の修行を振り返り、賭けてきたモノの小ささに後悔する。

 ――最初から、これほどの覚悟ができていれば。


「……全力で、迎え撃つ」


 相手に敬意を示した上で、それが僕にできる唯一のこと。

 あの捨て身により強化された魔術は上級騎士にも匹敵する。現在の僕の防御で防ぎきることは不可能。


 ならば、真正面から。


 父に何度も見せてもらいながらも、その真髄はわからなかったが……今、成功させなければ。

 全身に風を纏わせ、構える。

 重心を低く。相手の動きを見極めることに全身全霊で臨む。


「うらぁああっ!」


「右……!」


 相手が身体強化魔術を伴い斬り込んできたのは、右側面。それを受け流すことが唯一の勝ち筋。眼前には、莫大な魔力が迫っている。

 ――臆するな。

 受け流せない技ではない。見極められれば父の攻撃よりも遥かに単純なのだから。


「はぁあああっ!」


 流れるように、力と魔力を同時に繰る。迫り来る巨大な魔力を相殺し、むしろこちらが飲み込むように。自身の身体も制御できぬほどに意識を研ぎ澄ます。


 それは、刹那。

 僕の体には擦り傷がつき、受け流された魔力と地面が衝突する。低い爆発音が鳴り響く。

 ……だが、まだ。


「勝負は、ついていないっ!」


 後からこの瞬間を振り返ると、自分でも理解できないほど興奮していたのだった。

 訓練用の剣でも全力で振るえば致命傷になり得る。反撃に出るその瞬間、僕はそれすらも忘れて一閃を放とうとしていたのだ。


「そこまでだ、馬鹿ども」


 

「……ヤコウさん」


 僕の渾身の一撃を受け止めたのは、さっきまでここにはいなかった人物。ヤコウさんだった。


「どうして、」


 自然とそんな言葉が溢れた。その後に続く言葉は僕自身の意思で掻き消される。柄を握る手に自然と力が入る。

 相手は巻き起こった煙の中から立ち上がり、ヤコウさんに敬礼する。


「お、おう。ヤコウ先輩。さすがに暴れすぎましたかね。とにかく、その子が無事で良かったって感じで……」


 彼がヤコウさんを見た途端、その顔色が悪くなりだした。服を見る限り、二人の間に上下関係があることはなんとなくわかる。


「アホが。無事で良かったのはテメエだ、チョウ。ガキ相手だろうが油断すんな」


「すいません……」


 彼は呆けた顔をして自分の右腕を見る。そして、僕もあと少しで取り返しのつかないことをしてしまったのだと遅れて認識する。

 冷たいものが背中に走ったような気がした。

 ……熱くなりすぎた、かな。


「まあ、ここらで充分だろ。行くぞアルス」


「……は、はいっ! お相手、ありがとうございました!」


 混乱の最中からなんとか意識を叩き起こし、ソウラさんとチョウさんに礼をする。そうしてヤコウさんの背中を追い、訓練場の渡り廊下を駆ける。


 気まずさをどことなく感じながらも、見ないフリをしてその場を去っていった。

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