73. VS『猟犬』
「……話、か」
「はい、現在この都市はリフォル教とその兵器に占拠されています。グットラックは事前にその犯行の情報を掴み、阻止しに来たのです。今ここで我々が争うよりも、貴方に協力していただいた方が被害者は減るでしょう」
ヤコウさんは便々たる性格の人だが、騎士としての誇りは忘れない人でもある。人々を守る為に何が必要か……それを見誤る事はないだろう。
「だからよ、住民を守るのはお前らグットラックの仕事じゃねえって。さっさとお縄につけ、犯罪者」
「軍部の中にもリフォル教の手は伸びており、彼らの生物兵器が侵入していました。現在、この都市で警察機構はまともに機能していないのですよ。……それを把握した上で、我々は動いた」
「……そうか、それは知らなかった。住民を守ってくれた事に関しては、礼を言おう」
彼は頭を下げる。やはり、冷静さを常に見失わない人だ。
「では、」
「だが、俺がここで退く事と話は別だ」
彼が構えた剣が鞘に納められることはなかった。
戦意は瞳に湛えられたまま、僕の仮面を見つめていた。
「……何故。騎士として、人々を守る事が何より大切なのでは?」
「ああ、正解だ。俺の判断は騎士としては誤りだ。……だがな、騎士の前に人として退けない時ってのがあんだよ」
──人として、退けない時。
かつて父も似たような言葉を言っていた。僕にはまだ、その『時』が訪れたことはない。
僕の沈黙を受け、彼の言葉は続く。
「昔……もう八年以上前か。俺の国の詰所にグットラックの襲撃があった。襲撃を受けて、詰所に居た騎士は全滅したよ、無残に腹を斬り裂かれてな。……その中には俺の友人が居た。だらしない俺の事を兄貴って慕ってくれたヤツだよ……アイツの死体を見たら、そりゃもう苦しそうに最期の時を迎えたみたいだった」
……あの時、あの時の事だ。
クロックが襲撃し、僕がはじめて死体を見た時。
僕にははっきり言って、彼らと関係がなかった。でも、ヤコウさんには、
「なあ、お前は友を殺されて怒らないか? ……俺には無理だな、そんな聖人みたいなこと。俺が退かないのは……これが、俺の復讐だからだ」
──ああ、殺意だ。
彼は今、明らかな殺意を向けて僕の前に立っている。かつて、僕が狂刃に対して感じたものと同じ感情。
あの激情は、止められないんだ。
「……グットラックは、後ろ暗い犯罪に手を染めている者や、悪徳な為政者などにしか手を出しません。恐らく、貴方の友人にも何か闇があったのでしょう」
でも、
「でも、それが人を殺して良い理由にはならない」
「分かってるじゃねえか」
「しばしの間、お付き合いしましょう。他の部隊の邪魔をさせる訳にはいきませんから」
僕もまた、剣を構える。
こうして剣を取って向かい合うのは、子供の時以来だった。
「いくぞ」
ヤコウさんが剣を振り上げる。鋭く、重い一撃だ。
型にはまったディオネ剣術だ。しかし、これは長年の歴史を積み重ね、脈々と受け継がれてきた剣術である。基礎の型を重んじる事が何よりも有効であると、他ならぬ聖騎士の息子である僕が知っている。
受け流し、迎え撃つ。
これが僕の得意とする戦術だが、受け身のディオネ剣術とはやや相性が悪い。
「彗星の……っと、クソっ」
破滅の型を使おうとしたが、技名を言わないと効果が減衰するんだった。こんな型を扱うのは僕と師匠くらいなもので、技名を叫ぶと正体がバレる要因になる。
微妙に受け流し損ねた一撃が腹部を掠める。この程度であれば自己再生可能だ。
「チッ……攻撃食らっても全く怯まねえな、お前」
斬り返し、回転蹴りを放つ。
相手の動きは大半が予測可能。僕が持つアドバンテージは、ディオネ剣術を修めているということ。対して、ヤコウさんはこちらの戦闘スタイルを知らない。こちらは一対一の戦闘においては極めて重要な情報を一方的に握っているのだ。
下段突、斬り返し、退いてから正面へ。切落を回避し、中段に叩き込む。
ヤコウさんの一連の流れを受け切り、反撃に転じる。純粋な魔力を通す能力が剣術勝負では重要となる。その点では僕が有利なのだが……先程から動きが微妙に制限されている。恐らく彼の異能の技の一つだろう。
「お前、やるじゃねえか……っ! 人助けがしたいなら騎士団に入らねえか」
「いや、結構。騎士になっても救えない人はたくさん居ますから。それに……騎士になって、自分自身が幸せになれる気がしない」
「そうか、じゃあ仕方ねえな……!」
剣閃を回避しようとしたその時、僕の身体……いや、脚が急に重くなる。
『猟犬』の能力で僕を間合いから逃れられないようにしたのか。
「水流よ!」
使う属性も水に限定しなければいけない。複数の属性を使ってもバレる可能性が高い。
水属性と破滅の型の制限がきつい……なんとか水流を用いて受け流す。
常に相手の間合いに入っているということは、こちらの間合いに相手も入っているということ。
故に、
「我が身となれ、『波動』」
ヤコウさんの剣先が届く直前、其を纏う。
できれば使いたくはなかった技だ。纏った時間は、ほんの一瞬。
だが剣は弾かれ、確かな間隙が生じた。
神族ならば誰もが行使可能な波動……正式名称は分からない。神気によって邪気や魔力を阻む波動だ。人前では使えない技だが、今は仕方ない。
態勢を崩したヤコウさんの手元を狙う。刃ではなく、剣の柄で。
カラン、と音がした。彼の持っていた剣は地面に叩き落された。
「……俺の負け、か。途中から動きが読まれまくってるって気付いて、負ける予感はしてたが」
彼は剣を拾い、鞘に納めた。
騎士剣じゃない、普通の剣。
「もう、良いんですか?」
「ああ……俺は犯罪者が嫌いだし、グットラックが間違っているという意見も変えるつもりはない。ただ、俺は騎士としてじゃなく、一人の人間として復讐の為にお前と戦ったが……敵わなかったんだ。俺に復讐なんて似合わないってことだろうよ」
何かを為すには、力が必要だ。もしも彼の戦った相手がディオネ剣術と異能を知る僕ではなく、他のグットラックの団員だったら勝っていただろう。
その場合、彼は相手を殺していたのだろうか。
いや、彼はきっと──
「まあ、俺が負けて良かったのかもな。俺の嫌いな人殺しに自分からなるところだった。……さて、リフォル教の鎮圧にでも行くかね。久々に騎士らしい事ができる」
彼は背を向け、立ち去ろうとした。
「待ってください」
「ん……? なんだ、俺を殺しでもするのか? まあ、負けたんだからしゃーねえが」
「いえ、そうじゃないです。これを」
僕は腰に下げていた魔道具を彼に手渡した。彼の適正属性は土だったはず。
「街中にリフォル教が生んだ化け物……エムティターという生物が居ます。奴らの弱点は水属性。この魔道具を使ってください」
ヤコウさんは普段僕に見せなかったような……驚愕を孕んだ、複雑な笑みを浮かべた。
「やれやれ……俺もまだ弱いな。ありがとよ、『変態』のルーク」
魔道具を受け取り、彼は再び背を向ける。
僕はただ、彼の後ろ姿をじっと見つめていた。
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「戦闘力はある程度備えられているものの、弱点が分かっていれば異能を持つ集団が勝つことは容易い。……敢えて情報を流し、グットラックに倒させていた? リフォル教といえば魔神の贄となる為に自害するという情報はあるが……まさかそれが狙いか? いや、だが……クソ、まだ情報が必要だ」




