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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
4章 蒼と永劫
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72. 誇りの翻倒

「ちょこまかと逃げ回りおって……!」


 白き茨が地を奔る。

 しかしその攻撃は巧みに捻じ曲げられ、標的の喉元へ届く事はなかった。


 『翻倒』のバーマスターと首相ニーリの戦いは苛烈を極めていた。

 マスターの異能『翻倒』により、執務室の壁と天井が反転し、左右の空間が入れ替わる。技巧と力の衝突。互いに一歩も退かぬ闘争が続く。


「失せろッ!」


 ニーリが爆発的な魔力を発し、暴威の拳撃と触手の合わせ技が放たれる。余波に窓硝子が割れ、大理石の床と天井に亀裂が走る。

 凄まじい勢いで迫ったその攻撃を、マスターは天地を反転させ落下させた家具で妨害。続けざまに魔道具の魔弾を隙間から撃ち込んだ。弾丸はニーリの頬を掠め、致命には至らない。


「チッ……!」


 あまりニーリの相手に時間は掛けられない。いつリフォル教の加勢が来るのか分からない上に、他の部隊への応援にも向かわなけばならないのだ。エルムの采配が正しければ何も憂う事は無いのだが、過信してはいけないとマスターは思っていた。


「どうした、疲れてきたか?」


 ニーリが嘲笑するかのような声色で問いかける。人の身を逸脱し、疲労という概念を忘れた彼に対して、マスターには蓄積する疲労とダメージがある。それは着々と勝負の趨勢を傾けていた。


 早期に決着をつける必要がある。マスターはそう判断し、一手を打つ。

 まず目を付けたのが、硝子の割れた窓。人が通るには十分な穴が開いている。そして、水の魔道具。これが攻略の鍵と言っても過言ではない。通常の攻撃でもダメージを与えられるが、驚異的な再生能力で回復されてしまう。しかし、先程魔弾が掠めた頬は再生していない。水属性で受けた傷は回復できないものだと推測する。


「そら、吹き飛ぶがいい!」


 再び触手の攻撃が迫る。


「『翻倒』……!」


「何度も同じ手が通用すると思うなッ!」


 これまでの攻撃とは精度が明らかに違った。重力負荷と反転を以てしても重圧を跳ね除け、その触手はマスターの胸を貫かんと止まることはない。


 マスターは触手が届く直前に上体を逸らす。急所は避けたが、身体が大きく吹き飛ばされる。


「クハハハハッ! グットラックも大した事は無いな!? 所詮は下等種族の人間に過ぎんか!」


「フッ……」


 吹き飛ばされながらも、マスターは薄ら笑を浮かべる。その笑みはニーリの瞳に映る事はなかった。

 彼が吹き飛ばされたのは、窓の方角。空気に叩かれながら彼の身は窓の外へと投げ出されたのだ。


 そこは高所。下を見れば地は遥か遠くだ。落ちたところで、マスターのような達人、或いはニーリのような化け物は死にはしないだろう。

 しかし、羽でも生えていなければ空中での動きは制限される。


「来い、『交換』!」


 空中でマスターの異能が発動。ニーリを対象とし、自分との位置を入れ替えた。

 マスターは室内に、そしてニーリは空中に。


「なに……!? だがこの高さから落ちたとて、私は死なんぞ……!」


 マスターは再び窓の外へと飛び出す。今度は標的を仕留める為に。

 上昇気流が彼の身を包む中、拳銃を構える。照準は、下方へ落ち行く標的。


「……終わりだ」


「くっ……!」


 ニーリは落下しながらも身を捩らせるが、魔弾の軌道からは逃れられない。

 触手が伸びる。魔弾を阻み、マスターの身体を貫く為に。


「何度も同じ手が通用すると思うな……だったか。お前の触手の軌道、既に捉えた」


 放たれた魔弾は触手を掻い潜り、ニーリの胸を射抜く。触手はマスターに届かず、力を失うかのように崩れていった。

 大気に揉まれて消えゆく敵を目視し、彼は『反転』を駆使して地上に降りた。


『……標的を排除した。他部隊の応援に向かう』


 無線でエルムにそれだけを告げ、彼はその場から去った。


                                      ----------


「はっ!」


 水刃によってエムティターを斬り捨てる。リフォル教徒の妨害が厄介だが、そこは他の二人が上手く連携してくれて何とかなっている。


「……ここは片付いたな」


「よし、変態に白舞台。次の援護に向かうぞ!」


「はあ……もう疲れたよー。シトリーちゃん休みたいよー」


 エルムから次に向かうべき場所の指示が入った。彼の指揮のおかげでリフォル教との戦闘は有利に進めることができているらしい。


「オイオイ、こりゃまた派手にやってんじゃねえか……グットラックにリフォル教」


 ……え?


 聞き覚えのある声が聞こえた。いや、だが……何故、ここに?


「うん、誰だお前?」


「あー、通りすがりの騎士だ。なあんで俺が来てる時に限ってこう面倒起こすのかね、お前らは」


 ディオネ神聖王国聖騎士、ヤコウ・バロール。

 いつもと変わらぬ気怠げな態度だが、騎士服は着ていなかった。しかし、彼は騎士。住民を害す者を討つ義務は今はなくとも、志が僕らを見逃す事を許さないようだった。彼は腰から剣を引き抜き、構えた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私達はリフォル教から街を守ってるだけだし! なんで喧嘩売られてんの!?」


「街を守んのは騎士だの軍人だの、警察だのの仕事だ。グットラックなんざお呼びじゃねえ。……嫌いなんだよ、お前らみたいに正義面してるヤツがな。人を守りたきゃ騎士になれ。……違うか?」


 正論だ。だが、一点だけ。

 騎士は大衆を守る。グットラックは大衆の為に切り捨てられた者を救う。この二者の理念は相反し、決して交わることはない。もちろん、ヤコウさんはそんな事情知らない訳だが。


「……轟音に白舞台、ここは僕が引き受けよう」


 僕はヤコウさんの性格を多少なりとも知っている。正体を明かすつもりは無いが、話し合いでの解決は可能かもしれない。


「……チッ、了解だ。終わったらすぐに戻れよ、変態!」

「変態クン、がんば!」


 そう告げて二人は僕に任せ、先に行ってくれた。


「……おっと、逃がさねえよ」


 ──来る、『猟犬』が。

 ヤコウさんの異能、『猟犬』。自身から一定の範囲に結界を生成し、その外に獲物を逃がさない技だ。


水霧(メリアスター)


 水の霧によって二人の残像を形成し、かつ姿を隠す。これで二人を結界に閉じ込めることは不可能だ。


「……俺の異能を知ってるのか?」


「ええ。流石に聖騎士ともなれば存じ上げています、ヤコウ・バロールさん。私はグットラックの一員、『変態』のルーク。単刀直入にお話しましょう……僕は貴方と争う気は無い」


                                      ----------


「聖騎士の乱入、か。想定外の事態だが……今はそんな事どうでもいい……! なんだ、このリフォル教の配置は!? これじゃあまるで、わざと殺されているかのような……!」


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