69. 変態
リンヴァルス帝国の南に位置するルイム国。新たな首相が就任し、他国に対して挑発的な態度を取る事が増え、ルイム国民からは非難の声が上がっている。無論、挑発だけならば他国の不興を買う程度で済むのだが、スパイを目立つレベルで大量に送り込まれたら黙ってはいられないのが国際関係だ。
今回の暗殺計画はルイム国の一部閣僚とも協力し、ルイム・リンヴァルス・ディオネのグットラックが共同で実行することになる。
時刻は深夜、ルイム国のグットラック支部に僕は訪れた。
「……誰だ、お前」
入るや否や、覆面を着けたエルムに剣を突き付けられた。
僕は仮面を取って正体を明らかにする。
「やあ、認識阻害だよ」
「お? アルスかよ。このボクが正体を看破できないとは……」
『神算鬼謀』の二つ名を冠すエルムですら、この阻害は見破れないとは……
再び仮面を被ると、視界が狭まる。
「なるほど、それがあれば正体はバレないな。せっかくだしお前のコードネーム決めてやるよ」
エルムはそう言って思案し始める。
コードネームか……中二心をくすぐられるな! せっかくだし、かっこいいのを頼む。
「アルス……ルース、ルーク。……変態」
「うの?」
「『変態』のルーク!」
変態!?
「名前がルークなのは良いんだが、『変態』は酷くないか!?」
「いや、だってお前仮面被って変装してるじゃん? あといろんな戦い方するしな」
……ああ、そっちの変態か。ならセーフか? いや、アウトだろ。
まあでも、この場限りの名前だし良いか。
「それに、アレだ。前にボクの性別が『どっちが良い?』って聞いたら、お前は『女の子』って即答しただろ?」
あ、やっぱりそっちの意味も含まれてるのか……
それならば甘んじて受け入れなければならない。
「さて、『変態』のルーク。今後の予定を集会で話す。こっちだ」
エルムに連れられ、支部の奥の集会所へ向かう。この支部は製薬会社のビルの地下に位置しており、国の首都に置かれている。
集会所に着くと、そこには総員で六十名程の団員が集まっていた。……多いな。
見知った顔も居るが、大体は知らない人たちだ。やはり、一見すると奇抜な見た目の人が多いな。性格の程は実は良い人から腐った人まで多種多様である。
ざわざわと騒がしかった会場は、前方のステージに三人の人物が登った途端に静まり返った。
リンヴァルス帝国支部長、『神算鬼謀』エルム。
ディオネ神聖王国支部長、『翻倒』バーマスター。
ルイム国支部長、『波濤』シア。
いずれも多大な功績を上げたグットラックの重鎮……悪く言えば大罪人だが。
「さて、諸君。よく集まってくれた。今回は三国支部協働での計画となる。普段とは異なり、連携に支障が出る可能性が高い。依頼国の信頼を落とさない為にも、今回の計画は何としてでも成功させる必要がある」
ルイム支部長のシアさんが話す。彼女は生真面目な性格であり、任務も慎重に行う。それが信頼を得ている所以でもあるのだろう。
彼女は話を続ける。
「今回の目的はニーリ首相の暗殺。我々がこれから起こす計画は騒動になるだろうが……このままでは人々の不満が高まり、内乱も起こり得る。グットラックは弱き者の為に在る事を忘れるな、決して一般人に危害は加えず、首相のみを速やかに暗殺せよ。……以上、次に計画の詳細を『神算鬼謀』から説明してもらう」
行き過ぎた民主的な制裁は独裁に繋がる。グットラックが弱き者の味方を騙るのは分かるが、権力者に制裁を加えすぎても良くないだろう。まあ、部外者の僕が何を言っても仕方がない。
続いて、エルムが話を始める。
「あい、『波濤』のありがたいご高説に感謝して……と。まず、首相は現在、首相官邸でぐっすりお休みだ。ちなみに愛人の数は八人……まあ、これはどうでもいい。部隊は三つに分ける。官邸に突入する部隊と、街中の混乱を収束しつつ、警備を扇動する部隊。そして後方支援部隊だ。人数の内訳は突入部隊が十人、扇動部隊が十五人、残りが後方支援。なんで暗殺にここまで人数を用意したのかって疑問があると思うが……後々分かる。今はとりあえず従ってくれ」
正直なところ、それは僕も疑問に思っていた。
暗殺だけ行うのならば、専門性のある人物が行えばいいだけのこと。わざわざ六十人も集める必要はない。まるで小規模な紛争を起こすかのようだ。
『神算鬼謀』が言う事だ、何か情報を握っているのだろう。
「自分が所属する部隊はもう分かってるよな。こっからが大事な話……配置についてだ。扇動部隊は住民の安全を確保しつつ、ボクが指定した場所に分かれて待機してもらう。……なんで暗殺なのに街中で待機する必要があるのかって? 念の為、だ」
僕の配属は突入部隊、『翻倒』のバーマスターが指揮を執る。
そして扇動部隊が『波濤』のシアさん、後方支援部隊がエルム。突入部隊には精鋭が集められており、迅速に暗殺を成功させるという手筈になっている。
「後方支援部隊はこっから仲間の位置情報を確認したり、ボクの補佐とか……戦況がよろしくない部隊の支援にも行ってもらう。後は……そうだな、水属性の攻撃ができる魔道具を一人一つ用意してある。魔力節約の為にも、水属性が適正属性なヤツも持っていくように。あとで倉庫から持っていってくれ。念の為、な」
……水属性? なんで水なんだろうか。さっきからやたら念押ししてくるし。
そういえば、四属性を使いこなせたら僕がアルスだとバレる可能性がある。せっかくだから使うのは水属性だけに絞るか。
「ボクからの話はこんなもんだ。後は各々の指揮官の指示に従ってもらうことになるが……『翻倒』、なんか伝えときたいことはあるか?」
「……全員、死ぬな」
マスターはそれだけ言って口を閉じた。
子供の頃から店に訪れているが、やはり彼は優しい人だなと思う。
「おし、そんじゃあ間もなく決行だ。総員、配置に就け! ……あ、水属性の魔道具忘れんなよ」
エルムがそんな不穏な言葉を言い残し、計画は始まった。




