67. 外道の一歩
全試合終了後、スタジアムを出る。
「なんか、レベルが高くて分かんなかったけど、スゴい戦いだったな!」
「ええ、人気の理由が分かりましたわ。これは我が社も参戦しておきたい興行ですわね」
ケードどネーラが盛り上がっている傍ら、マリーは神妙な面持ちで何かを考え込んでいるようだった。
正直なところ、俺も衝撃を受けていた。恐らく、実力が高い者ほどあれらの試合には驚愕する事だろう。
レベルが高すぎる……これが率直な感想だった。新興の興行ということもあり、試合を見る前は戦いもよく知らないニワカどもが騒いでるだけだと思っていたんだが……聖騎士から見ても異常だ。
「『四葉秘剣』……ヤコウさんは知っていますか?」
マリーが顔を上げ尋ねてきた。
そう、アルスが使っていたホワイト家の秘技。どうやって習得したのかは不明だが、あの技を使えたということは、四葉を究めたということ。
俺の予想以上にアイツは強くなっていた。子供の頃のような強さへの執着は鳴りを潜めながらも、強さは格段に高みへと。
「ああ、名前だけはな。ヘクサムがたまに使ってた。ただ、アルスが使ってたのがヘクサムと同じものだとは限らねえ。興味があるなら直接聞いてみたらどうだ?」
「そうですか、ありがとうございます。四葉秘剣以外にも不可解な技がいくつもあって、混乱してしまいました」
「……俺もだ。たまには顔出せってアルスに伝えといてくれや、アイツに聞きたいことが色々とあるしな」
アルスが騎士にならないってのはマリーに聞いた。それで良いってのが俺の率直な感想だが、霓天の家系でありながら騎士に就かないのを快く思わない者もディオネには居る。
アイツは国からの助成金も断ってるみたいだし、何も気負うことなく好きな職に就いて欲しいもんだ。今回の戦いでアイツが楽しそうにしてたのを見て安心した自分が居る。
「さて、俺はこっからルイム国に行く。あんまり問題になるような行動は起こすなよ、休暇中とはいえ公務員なんだからな」
隣国のルイムの友人に誘われて久々に会いに行く予定がこの後入っている。三人はリンヴァルスを観光した後に帰国する予定だ。
「はい、分かりました。それでは、失礼します。……二人とも、あんまり遠くに行かないで」
相も変わらず友人達の面倒を見るのに苦労してるマリー。兄貴とは対照的に真面目な性格故に苦労もしているし、評価もされている。
いつかアイツが兄に届く日は来るのか……それは俺にも分からない。
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「あー、終わったあ。今回は妹が来てたから緊張したよ」
「ん、そうなのか? まあ勝てたし良かったじゃないか。お前に負けたのは悔しいが……まあ、ボクの本領は戦いじゃないし」
仕事終わりの休憩室で僕とエルゼアは気だるげに寝転んでいた。
パフォーマンスが終わった後には独特な虚脱感があるものだ。
「そういやお前、今年もアレ行くんだろ? 祝帝祭」
祝帝祭とは、毎年リンヴァルス皇帝の誕生日に催されるパーティーみたいなものだ。そういえば、もうすぐだったな。招待状はいつも通り届いている。
「そうだね、流石に招待状まで貰って行かないのは無礼だし」
「んじゃ、これ。皇帝に渡しといてくれ」
受け取ったのは、一枚の封筒。
「……なんだこれ? 怪しいものじゃないだろうな」
「任務関係の情報が色々書かれてる。皇帝からグットラックに依頼された案件もいくつかあるな」
そう言いながら、紅蓮剣士エルゼア……裏の姿はグットラック・リンヴァルス支部長のエルムは体を起こした。そりゃ偽装戦術にも長けているわけだ。
この国の皇帝、サイラジア・ミッド・フェン・リンヴァルスはグットラックを陰で利用している。表立っての行政ではどうにもならない問題の解決の為に反社会組織を使う……露呈すれば間違いなく危機に陥る行為だが、彼にはそれらのリスクを御する手腕がある。一見すれば覇気のない皇帝だが、間違いなく有能な人間なのだ。
「……自分で行けよ。持ち物検査とかもあるんだし……バレたらどうするんだ?」
「そこはボクから皇帝に話を通してある。よろしく頼むぜ」
まだ了承もしてないのに、エルムは勝手に話を進めていく。
……結果的に、引き受けることになる僕であった。
数日後。
祝帝祭に招かれた僕は、リンヴァルス皇宮に訪れていた。権力者でもない僕が招かれるのは未だに謎だが、この際考えないことにした。
いつも通り社交辞令の挨拶を一通り終わらせた後、適当に料理に手を付けて終わりの時を待つ。
「アルス様、ごきげんよう」
「ああ、皇女殿下。……ご、ごきげんよう」
祝帝祭も終わりに差し掛かった頃、リーシス皇女殿下が話しかけてきた。
紫紺の瞳と髪からは、いかにも皇族らしく上品な雰囲気が感じられる。
「先日の試合、私も拝見しておりました。剣の道を志す者として大変勉強になりました。最後に放ったあの技、私に伝授していただく事は可能でしょうか?」
「お褒めに預かり光栄です。あの技は私の異能を応用したものですので……残念ながら、他の方々に扱う事はできないのです」
この発言を聞いて分かる通り、彼女は武人である。リンヴァルスの皇族に稀に発現する異能の恩恵もあり、類稀なる剣才を持つ。将来の夢は未踏破の魔境を踏破することらしいが、流石にそれは危険すぎるので陛下も心の奥底では反対していることだろう。
「そうですか……それは残念です。そういえば、お父様がアルス様を捜していましたよ。会談室で待っているとのことです」
「分かりました、ありがとうございます。それでは」
会場も閑散とし、主役の陛下もここにはもう居ない。僕もまた会場から出て会談室へ向かうことにした。
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陛下にエルムから預かった封筒を渡す。
反社会組織の書類を持っているというだけでかなり緊張していたので、一気に肩の荷が下りた気分だ。
陛下の陰には人が隠れている。側近らしい。僕は彼……『帝刃』に会釈して、陛下の向かいに座った。
「わざわざ届けてくださって、ありがとうございます。近年、隣国の動きが怪しいものですから……グットラックの方々に頼って調査してもらっているのです」
「怪しい、とは?」
「最近、他国からのスパイが急増しているのです。グットラックの捜査によれば、隣国ルイムの首相がスパイを送り込んでいるようでして……我が国の戦略兵器の情報を盗もうとしているとか」
「そういえば、最近ルイムでは政権交代がありましたね。……しかし、戦略兵器ですか」
リンヴァルスは歴史上一度も敗北した事がない国だ。資源に恵まれている上に、始祖の命もあることから他国への侵攻も行わないが。売られた喧嘩だけは買い、その結果無敗を誇る国家である。
まあ現代でまともに戦争なんてすれば人類が滅ぶので、できはしないが……国防の為に兵器を作らなければないのもまた事実。風の噂に過ぎないが、ここリンヴァルスは工学技術に関しては突出しており、国防兵器も最先端だと言う。ただ、あくまで噂だ。
「主に始祖様が持つ強大な力を解き明かそうとしているようです。あのお方がおられる限り、我が国は安泰ですからね」
たしかに、この国の象徴たる始祖を探られるのは陛下としても気分は良くないだろう。
政治の裏側について一般人の僕がこれ以上知っても仕方がない。ここはお暇するとしよう。
「なるほど。まあ、これ以上聞くのもアレですからね、僕はそろそろ失礼しま……」
「アルスさん、ここからは独り言なのですが」
なるほど、独り言かあ。じゃあ聞かなくて良いよね。
「実は、グットラックの皆さんにルイム首相の暗殺をお願いしているのです」
……そ、そうですか。
まあ独り言だし、聞かなかったことにしよう。
「いやあ、エルムさんの話によれば人手が足りないようでして。協力して下さる人が居れば助かるのですが……もちろん、相手国にバレたとしても私の権力を使って全力で揉み消します。報酬も多大なものを用意しています」
……返事しない、返事しないぞ。
犯罪に加担するなんて皇帝の頼みでも御免だ。僕には家族が居るんだぞ。
陛下の独り言は続く。
「そういえば……ルイムの首相もまた、私とディオネ国王の暗殺を狙っているとか。今回の暗殺はディオネの王政も噛んでいるのですよ」
ああ、もうダメだ。
祖国ディオネすら僕に暗殺しろと言っているのか。もはや脅しである。
流石に皇帝陛下には死んでほしくないし、ディオネのゲイト陛下にも多大な恩義がある。
殺人はできるだけ……いや、絶対にしないようにして、首相だけを狙うことになる。加担するとなると、僕は身バレしないように徹底的な隠蔽を施す必要があるな。
「……協力、させてもらいます」
こうして、僕は道を少し踏み外すのだった。




