6. ディオネ王城
二年後。七歳と、少し。
「はぁっ!」
木刀を切り上げ、風を身に纏わせながら右回りに飛ぶ。一撃離脱を心がけ、常に相手の動きを注視する。
「剣筋が乱れているぞ!」
修練の相手は父、ヘクサム・ホワイトである。王城で騎士を勤める父から、仕事前の早朝に訓練を受けさせてもらっていた。
父は身体の重心をずらすと、目にも止まらぬ速さで剣を振るう。
「っ……!」
何とか躱し、反撃に転じようとする。
僕は風魔術を使い、動きの速度を上げているのだ。それでようやく手加減した父についていける。
「火球!」
左手を掲げて魔術を放つ。炎属性の魔術、火球だ。
本来、人は魔術の適正属性をひとつしか持たない。だが、神能……『四葉』により、僕は複数の属性が使用可能。ちなみに魔術の属性は数えきれないほど存在するが、僕の神能で操作できるのは四属性。
炎、水、土、風の四属性の適正を最大限に高め、あらゆる応用を可能とする。
……もっとも、それは父にとっても同じこと。
「水幕!」
父は水の魔術で炎を相殺し、爆破で僕の目を眩ませて……気づけば目の前にいた。
木刀が突きつけられる。
「やはり、魔術の後の隙が大きいな。……まあ、改善することだ。今日はここまで、仕事に行ってくる」
「ありがとうございました、いってらっしゃい」
父はそのまま魔導車に乗り込み、王城へ向かっていった。
玄関に戻ると、妹のマリーがこちらへやってくる。
「おみず!」
「ああ、ありがとう」
いつも通り、コップに水を入れてきてくれる。この一連の流れが僕の朝の日常になっている。たまにマリーが寝ている時もあるけれど。
「今日はどこをけがしたの?」
「ええっと……右腕。いつも迷惑かけてごめんなさい」
「いいのよ。アルスが頑張ってくれてるのがお母さんには嬉しいもの。お父さんだって、アルスのことをすごく褒めてるのよ」
母、ナニラは訓練の後に回復魔法を使って傷を癒してくれる。魔術を使った激しい訓練をできるのも母が手当てしてくれるからだ。
それにしても、父さんが僕を褒めてるなんて初めて聞いた。たぶん僕が調子に乗らないように配慮してくれているのだろう。
「そうなんだ。でも、僕はもっと強くなりたいから……頑張るよ」
「……無理はしないでね」
この程度では世界を守るなんてできやしない。可能な限り、いいや……限界を超えて強くなる必要がある。
剣術では父と渡り合えるほどに、魔術では上級も使いこなせるほどに、強く。貪欲になれるのなら、なれるだけ強く。
──執着しなければならない。
「おにいちゃん」
いつの間にかマリーがそばにいた。
服の先を引っ張ってくる。遊んでほしいのだろうか。
思えば、マリーは僕のように十歳先の精神を持ったりはしていない。まだまだ幼い子だ。
その姿を見て僕はやはり強くなろうと、より一層決意する。家族を守るためにも。
僕はそれからマリーが眠りにつくまで、おままごとに付き合って遊んだ。
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「アルス、明日は城に行くぞ」
修練の後、父が唐突に言った。
「えっ……どうして?」
「お前は覚えていないだろうが、赤子のころに陛下に会っているんだ。陛下が久々にお前に会いたいとおっしゃられてな」
父が騎士として働いていることは知っていたが、まさか僕が赤子の頃に国王のお目にかかっていたとは……。
「わかった。行ってみる」
「陛下は寛大なお方だが、礼節を忘れるな。謁見の仕方を知らないのならば教えるが……」
「お母さんに習ったから大丈夫だよ」
……というのは嘘で、本当はアテルに習った。もちろん、母も教えてくれようとしていた。
「そうか……しかし前々から思っていたのだが、その、なんだ。お前は同年代の子と比べても落ち着いているな。悪いことではないんだがな」
「そ、そうかな? とにかく、いってらっしゃい」
無理やり父を仕事に送り込んだ僕は家に戻る。
一年前に比べて修練でけがをすることは、ほとんどなくなった。さすがに父に勝てるようにはなっていないが、多少はついていけるようにはなったのだ。
……しかし、戦う相手が父だけなので自分のレベルがよくわからないのが難点だな。
翌日。いつもの早朝の訓練を省き、僕は魔導車に揺られていた。車窓は住宅街から徐々に景色を変えていき、ディオネ王城前の巨大な橋に差しかかる。かつて神聖国王が大いなる魔を相手に戦い抜いたと呼ばれる由緒ある大橋である。
そして、初めて見る天にも届きそうな威風を誇る城。この光景は瞳に焼きついて離れなかった。
「よし、降りろ。迷子になるなよ」
城へ到着し魔導車を降りる。
頭を精一杯上げても、てっぺんが見えない王城。大人になれば視界に収めきれるのだろうか。
……そういえば、父が騎士として仕事をする現場に来るのは初めてだ。警護や魔物の討伐なんかが主な仕事だと聞いているが、詳しくは話してくれない。
「おう、ヘクサム。その子がアルス君か?」
「ああ、陛下が会いたいとおっしゃったから連れてきた」
父に話しかけてきたのは茶髪の男性。中年と言うには少し若く、父より少し年上かな。特に印象的な顔でもないが、どことなく幸薄い雰囲気。
「はじめまして、アルス・ホワイトです」
「おう、しっかり挨拶できてえらいな。俺は騎士のヤコウ・バロール。おいヘクサム、この子お前よりしっかりしてるんじゃないか? お前って俺と初対面のとき、挨拶しなかったよな?」
「たわけ。俺の息子がしっかりしてないわけないだろう」
ヤコウさんと父は軽口を叩き合いながら進んでいき、僕はその後を追う。やはり子供がいると目立つようで、他の人等も物珍しそうに見てくる。
「そんじゃ、俺はこの辺で」
ある程度階段を上ったところでヤコウさんと別れ、人気がますますない上層階に至る。
「おや、ヘクサムさん。そちらはお子様で?」
「ああ、陛下に謁見に来た。通してくれ」
一際巨大で豪華な大扉の前で警備をしていた騎士が門を開き、見えてきたのは長い絨毯の先にある玉座だ。
「失礼致します! 聖騎士ヘクサム・ホワイト、陛下の御命により参上致しました!」
僕も習って礼をし、父の後に続く。
玉座に座っていた人物、このディオネ神聖王国の国王が手招く。名をゲイト・ネガート・ディオネ。白い髭を蓄えた威厳のある人だ。
「アルス・ホワイト、陛下の御命により参上致しました。数年以来の拝謁、再び陛下の御目にかかれましたこと、大変嬉しく思います」
「面を上げよ。しばらく見ない間に立派になったものよ」
「はっ、光栄です」
しかし……ここに来たのはいいものの、僕は何をするべきなのか。本当に僕の顔が見たいだけ……ということなのだろうか?
「さて、アルス。父さんは暫く陛下と話があるが……お前は少し外にいてほしい」
「え、これだけ? ……あ、失礼しました」
王の前だと言うのに、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「はっはっ。まあ、挨拶だけだからな。……そうだ、陛下よ。アルスに訓練場の使用許可をいただけますか?」
「うむ、将来の期待できる子だ。何より戦友たるお前の頼みとあれば許可を出そう」
なんだか僕抜きに話が進んでいく。しかし、一国の王が相手だというのに父の態度はだいぶ砕けた感じがある。
「父さん以外と戦ったことないお前には良い経験となるだろう」
「では、ソウラに案内を頼むとしよう」
国王が衛兵に命じ、案内の手配をする。
「はっ! ……というわけだ。一緒に行こうか、アルス君」
「はい、お願いします」
その後、僕はソウラと呼ばれる青年の騎士に連れられて訓練場へ赴くこととなった。
【四葉】……霓天の神能。炎、水、風、土の四属性を操ることができる。個人によって適正差があり、アルスはあまり四葉の適正がない。
【魔術】……魔力を媒介として引き起こす現象。戦闘で扱うものを魔術、生活で使うものを魔法と大別する。属性は百以上存在し、年代が進むごとに観測される属性が増加する『属性進化論』が提唱されているが、研究はまだ進んでいない。発動形式は視覚式、詠唱式、魔法陣式の三つが存在するが、九割以上の魔術師は視覚式で発動する。