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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
3章 壊れたココロ
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63. メイユーア

「レーシャちゃん!」


「お、マリーちゃん! ……と悪魔」


 レーシャはマリーを見て表情を綻ばせた後、悪魔を見て後退った。精霊を見て見ぬふりしたことには誰も気づいていない。

 峡谷深部の大穴、そこに浮かぶのは巨大な緑色の球体。壊霊の手によって作り出された其は、レーシャの魔術によって縛られていた。

 駆けつけたマリーは、その異様な状況を見て驚愕する。


「な、なんですかアレ……!?」


「んーと、壊霊の最終兵器みたいなかんじ? 壊霊は倒したんだけどね。アルス君とタナン君はアレ……めいゆーあのコアを破壊しに中に入ってったよ」


 レーシャが指さしたのは、うねうねと蠢く管。

 灰色の柔皮に包まれた管からは、得体の知れない液体が滴り落ちていた。


「えっ!? あ、あのキモいのに入っていったんですか!?」


 マリーの顔色はたちまち青褪める。


「あはは……私の魔法で保護したから大丈夫。あの二人ならちゃんとコアを壊してきてくれるだろうし、マリーちゃんは休んでて」


『さて、マリー! 行こうか?』


 彼女の頭に潰れて乗っかっている薄緑色のクラゲが囁く。

 メイユーアへの突入を一瞬躊躇うマリーだったが、意を決して顔を上げた。


「……私も行きます」


「うん、言うと思ってたよ。管のヌルヌルがつかないように水風魔法をかけて、あと飛べるように翔魔法で……はい、どうぞ」


 不思議な光がマリーの身体を包み込み、魔力の波が流れた。彼女の周囲には水のオーラが迸り、地を蹴ると羽が生えたかのようにふわりと浮かび上がった。


「わ、すごい!」


『おお……この娘、とんでもない魔導士だねえ。神族でもないのに人の領域を超えてる……。ボクは八重戦聖の一人と会ったことがあるけど、彼に匹敵するよ』


 シャスタはレーシャが創世主のアバターであることを知らず、戦慄している。


「ありがとうございます、行ってきます!」


「うん、頑張ってね」


 微笑んで手を振り、メイユーアへと飛んで行くマリーを見送るレーシャ。その後、露骨に嫌そうな顔をして背後の悪魔を見る。


「……キミは? できるだけ早く私の傍から消えてほしいんだけど。くさいし」


「申し訳ないが、私は貴方に尋ねたいことがあるのです」


「はあ……」


 メイユーアを抑えながら、彼女は嘆息した。


                                      ーーーーーーーーーー


 桃色と緑色の内壁が胎動し、そこら中から透明な酸が溢れている。もはや何から構成されているか分からない体内を進み、コアを探す。数多の生命を破壊し、壊霊の『新生屋敷』によって作られたメイユーア……一体どれだけの命が無駄になったのだろう。


「見つからないな……」


 コアがどこにあるのかは不明だ。このメイユーアは山のように大きい。コアを見つけ出すのは一筋縄ではいかないだろう。

 一応頭の中でマッピングはしているが、広すぎて迷いそうだ。

 現在は中央に向かっている……はず。


「ん、これは……?」


 なんだか見慣れた物体がある……壊霊が着てた服か? 繊維が少しずつ溶解している。

 どうやら本体は既に溶かされて、身につけていた物だけが残ったみたいだ。屈んで探ってみると、胸ポケットからブローチが出てきた。


 ブローチの写真には笑顔で笑う壊霊ベローズ、先程の呪術師……ニシキといったか。二人の間には茶髪の女性が車椅子に乗って微笑んでいた。


「……」


 彼らがどんな経緯を辿り、狂気へと至ったのかは僕の知るところではないし、彼らの行いを糾弾して正義を騙るつもりはない。だから僕はブローチを懐にしまい、黙って歩みを再開した。ただ両親の仇の同胞が目の前に現れたから、殺しただけだ。




 しばらく歩み続けると、風景に変化が訪れた。

 これまでの不気味な胎動する床壁とは打って変わり、木製の古めかしい建築だ。不思議なことにその木製建築は酸に侵食されておらず、原形を保っていた。

 広い屋敷みたいだ。


 扉をいくつか開け放ち、探索を進めていくうちに感覚の隅に引っかかるものがあった。


「……生気と、呼吸」


 向こうの部屋だ。


「誰か、居るのか?」


 廊下の先、最奥の部屋。そこには──


「……やはり」


 車椅子に乗った茶髪の女性が縛られていた。息はある。しかし意思はないようで虚ろな瞳で中空を見続けている。

 壊霊はメイユーアのことを『お母さん』と呼んでいた。正直、察することはできたが……認めたくなかった。しかしこうして目前に現実が突きつけられた以上、認めざるを得ない。

 この女性は、壊霊の母親……ブローチに映っていた女性だ。


「──」


 ただ呼吸を続けるだけの植物状態。彼女がコアに違いない。

 殺すことが彼女にとっても救いとなるだろう。


 でも、その前に。


「ブローチ、お返しします」


 彼女の首に壊霊のブローチを掛ける。

 この人はもう写真のように微笑むことはない。


「……さようなら」


 首を撥ね、絶命させる。あっさりとコアは破壊された。

 少し遅れて、揺れが生じ始める。どうやら崩壊が始まったみたいだ。


 脱出を図ろうとしたその時、最近はあまり聞くことのなかった……鈴のような声が耳を掠めた。


「お兄ちゃん!」


 やって来たのは、僕の妹。なんでここに居るんだ……?


「マリー? どうして……」


「レーシャさんに送ってもらったの。それで、コアは……」


「コアはもう破壊したよ。この揺れは崩壊が始まった証拠だ」


 彼女が近くに来て気づいたが、頭の上に変なのが乗ってる。帽子なのかな?

 薄緑色で、透けていて……点のような目がこちらを見つめている。最近の帽子の流行はよく分からないな。


「そ、そっか……じゃあ私が来た意味なかったかな」


「いや、そんなことないよ。来てくれただけでも嬉しいし……そうだ、帰り道が分からないんだ。マリーは分かる?」


「うん、こっちです!」


 一瞬落胆しかけた彼女だったが、役割を持たされてやる気を出したみたいだ。

 本当にマリーが来てくれて良かった。来てくれなかったら壁を強引に破って脱出していたところだ。

 あと、力になろうとしてくれた事が嬉しい、とにかく嬉しい。心中で全力でガッツポーズしてる。


 彼女が走る度に頭の帽子が揺れている……さっきはあんなの被ってなかったよね?


「えっと……たしかここが右で、その次は……えっと……あれ?」


 ん?


「こっち、じゃない……行き止まりだ。じゃあこっち?」


「……大丈夫、マリー?」


「は、はい。大丈夫です……多分」


 うーん、ダメそう。


                                     ----------


 崩壊するメイユーアの内部を駆ける。桃色の内壁は罅入り、剥がれ落ちていく。

 揺れているせいで足場が不安定になり、走りが阻害されてしまう。


「ご、ごめんなさい……迷ってるかも……」


「あはは、まあどうにかなるよ」


「な、なんで命がかかってるのに笑ってるんですか!」


 タナンはもう脱出しただろうか? まあ、彼の心配は不要か。

 とにかくマリーを外に出さないとな。


 結構走った筈だ。出口は近いのではないだろうか。


「あ、この服……見覚えがあります! こっちだ!」


 壊霊の服。良かった、もう脱出できるな。


「うおっ!?」


 安心したのも束の間、走る僕の足に地中から生えてきた触手が絡みついた。

 まるでメイユーアが最後の力を振り絞って引っ張ってきているような、凄まじい怪力だ。

 咄嗟にマリーが僕の手を掴み、引き留める。


「お兄ちゃん!?」


 ……まずい、振り解けない!

 神転するか? でも、マリーの前だ。


「マリー、先に行ってて。僕も後で追いつくよ」


 なんだか今際の際みたいな台詞だが、死にはしない。先にマリーに行ってもらってから神転するつもりだ。


「だめ! その触手、風で切り飛ばせない!?」


「……無理だ。僕の心配は要らないよ、脱出手段はあるから」


 試しに風刃を飛ばしてみたものの、存外に硬くて切れない。

 魔術分野において、僕は特別な才能は持っていない。四葉(よつのは)で四属性を操れるだけでも贅沢なことだが……威力は魔導士やマリーに大きく劣る。まあ、それを創意工夫によって強化するのがバトルパフォーマーというものだが。


 しかし、どうしたものか。こうしている間にも僕の足に触手が絡んでくる。


「いやだ! お兄ちゃんと一緒に出るから!」


 ……なんだか今日はマリーの調子が変だな。

 いや……二、三年は話す機会が殆どなかったからいつもの調子なんか分からないけど……なんだか昔の彼女みたいで、冷静さが失われているようだ。


 でも、ここは僕だって彼女に言う事を聞いてもらわなきゃいけない。神転する以外に脱出手段が思いつかないんだ。

 マリーに僕が人間じゃないなんて知られたら……もっと心の距離を開かれてしまう。だから、それが怖いから、彼女の前では神転なんて出来ない。


「……よし、マリー。兄としての命令だ、先にここから離脱するんだ。僕にも考えがある……どうしても君が心配なら脱出した後にレーシャに頼んで……」


「わ、私は!」




「私は、お兄ちゃんに謝らないといけないこととか、一緒にしたいこととか、いっぱいあるから! ここで手を離したら、お兄ちゃんが死んじゃって……それができなくなるかもしれない! だから、だからね……私が大好きな、憧れるお兄ちゃんの手は離さない、離せないの! ……お願い、これ以上大切な人を失わせないでよ!」



 ──ああ、僕は君のことを勘違いしていたんだね。



「お願い、シャスタさん。

 明鏡止水──『水溶けの針(みずとけのはり)』」


 精霊術。それは、大いなる加護の奇跡。

 魔力が静かに、されど激しく渦巻く。細く、鋭い一本の水の針が触手を貫いた。

 たちまち触手は針の接点から融解・破裂し、露と消えていった。


 瞬間、体に自由が戻る。


 僕がすることは、一つ。


「よし、行こう! 二人で!」


 マリーの手を引いて走る。もう、手は離さなくて良い。


「う、うん!」


『よかったあ、無事に出れそうだねえ』


 見知らぬ声が聞こえた。きっと、マリーの精霊だ。

 姿は見えないけど、彼女を守り続けていてくれたのだろう。


 ──光が見えた。


 崩れた壁から飛ぶ。

 眼前には、大滝が流れ落ちる大穴。星々が煌めく紫紺の夜空。


 背後でメイユーアが崩壊し、爆風が吹きすさぶ。

 後ろには手を繋いだ妹が飛んでいる。


 僕が守る。




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