60. 壊霊こわれる
二体の魔物の爪牙が、レーシャへと襲い掛かる。
彼女は軽々とそれを回避し、焔術を放つ。焔は邪竜へと命中し──
『ゴオォオオオオォオオ!』
断末魔を上げさせ、命を絶った。
意思を奪われた筈の光竜が怯んだかのように見える。それもそのはず、竜種は生命体の頂点である。
如何に優秀な魔導士であろうとも、一撃で竜を屠るなど不可能。間違いなく人の領域を超えた魔道の深淵。
「……ん、なんか飛んできた」
その時。燃え盛る豪炎を貫き、一本の剣が飛んできた。
彼女はそれをキャッチしてまじまじと見つめる。
「これ、アルス君の?」
壊霊と戦っているアルスの魔剣、リゲイルだ。氷属性の魔剣で刃は決して折れず、その冷気は決して絶えない。
魔剣は現代技術でも製造不可能な代物であり、フロンティアに埋蔵されたものが出土して人の手によって復元される。それでも完全に出力できる者は存在しない。しかしながら、引き出された一部の力でさえ莫大な恩恵を齎すのだ。
「せっかくだし、使おうかな」
レーシャは魔剣に魔力を通し、一閃。
光竜の首は落とされる。
僅か十数秒の戦闘であった。
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奥義の反動でふらつきながらも、地に降り立つ。単純な疲労なら神転してから人に戻る事で解消できるが、魔力は回復しないのでこのふらつきは治せない。
相手が人外じみた存在である事を忘れていた。
「タナン!」
今頼れるのは彼だけだ。
しかし──
「うぐっ……」
彼も呻き声をあげて倒れていた。
僕の技に巻き込まれていた。そこは躱してくれ……
「タ、タナン……」
「クソ……ワタシが……」
「お、俺に任せろ……し、神転……」
三人とも満身創痍。しかし、タナンは神転で再起可能だ。
それを察知したのか、壊霊もまた動き出す。
「はぁ……はぁ……負ける訳には、いかないわ……。お母さん、来て!」
「うお、なんだ……?」
神転により調子を取り戻したタナンが、突如揺れだした大地に狼狽える。
壊霊が何かしらを発動させたことは分かる。そこで僕を襲ったのは、危機感。直感がこの地揺れに対して警鐘を鳴らしているのだ。
「タナン、この場を離れて!」
「おう! 掴まれ!」
こちらへと跳んできたタナンに抱えられて、壊霊の傍から離脱する。
僕達が向かっているのはレーシャの方向。どうやら彼女は二匹の魔物を倒し終わっていたようだ。
彼女の近くにタナンが着地し、僕を下ろしてもらう。
「ん、アルス君……魔力が死んでるね。はい、どうぞ」
レーシャの指先が僕に触れる。すると、なみなみと魔力が溢れ、一瞬の内に魔力が全回復した。やっぱり彼女が居て本当に良かった。
依然として地鳴りは鳴り響き、ゴゴゴと鈍い音が止まずにあった。
「あと、この剣飛んできたよ。あげる」
「僕の魔剣だ! ありがとう。……で、この地鳴りは?」
なにやら壊霊は大穴を覗き込んでいる。もしかして、あの緑の球体……メイユーアが動き出したのか?
予想は当たってしまったみたいで。穴底から浮遊してきたのは、山のような球体。目も口も、生命らしい要素は何も見られず、所々に管のようなものが付いていた。
「おい、ルス兄……アレはさすがに倒しようがなくねーか?」
そうだな……さすがにあのサイズは厳しい。
レーシャの魔術でどうにかなりそうか?
「さあ、お母さん! あそこにいる奴らをブチ殺すのよっ!」
壊霊の指令のもと、メイユーアが動き出す。
いくつもある管が撓り、無造作に空を掻く。
そして、その管が伸びて襲い掛かる。
壊霊に。
「「は……?」」
僕とタナン、思わず同時に困惑の声を上げてしまう。
メイユーアの管が壊霊を上からすっぽりと包み込み、飲み込んでいく。
「い、いやお母さん!? ちが、違うっ! やだ、やだよ、おかあさ……」
壊霊の声は次第に小さくなっていき、聞こえなくなった。
……何が起こっているんだ?制御しきれていなかったのか?
「あの体力だと彼はもう生きてないね。まさか自分の兵器に殺されるとは……」
レーシャも目を丸くしている。
「……で、どうする? あれを倒さなきゃいけない事に変わりはないけど」
「あー、俺は二人の判断に任せる。一応、これ以上の力は出せるが……」
彼が言ってるのは神転の事だろう。彼はレーシャが一般の魔導士だと思っている手前、龍への変身は避けたい、か。
恐らく、僕とタナンは神転すればアレを倒せるし、何ならレーシャは今の状態でも魔術で倒せるだろう。しかし地形が変わる程の戦いになり、世間を騒がせる事態は免れない。できれば静かにアレを鎮めたいと他の二人も思っていることだろう。
「そーだね……めいゆーあ、のコアを破壊してみるというのはどうかな? 私があれを拘束しておくからさ」
「……コア?」
「ほら、壊霊に作られた魔物には身体の中心となる部位があったでしょ? めいゆーあもコアとなる部位を破壊すれば活動を停止するんじゃないかって……あれ? もしかしてアルス君、気付いてなかった?」
「……い、いや気づいてたさ。うん……それっぽい部分があるのは気づいてたよ? それで、あのメイユーアのコアをどうやって壊すんだ?」
たしかに、これまでの魔物の胴体を破壊しても、動くものがいれば止まるものも居た。頭を破壊しても同様だった。今思えば、心臓のようなものが位置する部位を壊したから止まったのか。
……いや、気づいてたけど。
外側にはそれらしき部位は見つからない。
内部に侵入するしかないか。メイユーアへの侵入方法は一つだけ考えられる。
いくつかある管だ。でもまさか、壊霊を飲み込んで殺した管に突っ込めとは……流石のレーシャでも言わないだろう。
「あの管から突っ込もうか」
「おお、ナイスアイディアだなレシャ姉!」
「……もういいや、突っ込むぞタナン!」
こういう時は流れに乗るしかない。壊霊は疲弊していたが、僕達は違う。管を通っても消化されずに突き進む事はできるだろう。
「さて、私はめいゆーあの拘束と……二人に防御結界を付与してそれを維持するよ。二人はコアの破壊だけど……中はどうなっているか分からない。気をつけて」
彼女はそうエールを送ると、僕とタナンに結界を付与してくれた。かなり強力な結界だ。
あれほど大きな魔物の拘束と、結界の遠隔維持……本来、彼女の仕事は一国の魔導士団が総力を挙げて行うものに匹敵する。
大きな負担をかける分、僕も奮闘しなければ。
「ありがとう。それじゃタナン、僕はあの管から入る。君は反対の方から頼む」
「よっしゃ、神転!」
あ、レーシャの前でも普通に龍になっちゃうんだ。
彼は龍となり、咆哮を上げて飛翔していった。そのまま管に入っていったが、彼の魔力は消えていない。どうやら入っても大丈夫そうだ。……人柱にした訳じゃないんだ、すまないタナン。
僕も続いて神転し、空を飛んで突っ込んでいく。
……なんか管の中はヌメヌメしてるし。レーシャの結界のおかげで弾けているけど、気分は良くない。
陸地というか、足をつける部分があったので着地する。
内部は様々なものがドロドロに溶けていたり、赤い細胞が胎動していたり。まさに生物の体内といった感じだ。
さて、メイユーアのコアを探すとしよう。




