57. 新生屋敷
レーシャに先導され、壊霊の元へ向かう。
峡谷の道なき道を往く。進めば進むほど行程は険しくなるが……師匠に放り込まれた龍島に比べれば、この上なく温いものだ。タナンも涼しい顔をしている。
「おっと、ルス兄! 前の方から魔物がいち、にい、さん……めっちゃ来てるぜ!」
「お、タナンの察知力はすごいな。全然気付かなかったよ」
「俺の勘は外れたこと無えからな!」
それは……龍神の加護か何か? 的中率百パーセントまで来ると、もはや異能の領域だ。
さて、相手が多いとなると……魔術で纏めて吹っ飛ばすのが早い。
「レーシャ、頼んだよ」
「言われなくても、もう魔術の準備してるよ」
気づけば彼女の足元には魔法陣が敷かれていた。魔法陣は即席で行使する魔術では出現しない。上級魔術や理外魔術などの、莫大な魔力を消費する魔術でのみ現れる。
僕が言うずっと前に準備していたという事は、彼女も魔物に勘づいていたということだ。正直、圧倒的に僕よりも優秀なレーシャさん。連れてきて良かった……。
「……流水、大海、凍りて氷山。流砂、砂海、凝して大山。
連なり合わさり、渺茫たる万象流転。
我が魂は兵戈、地殻は天穿、吹雪は凍焔。
真理の秤は我が血にあり……」
え、え。
レーシャさん、何かヤバい魔術使おうとしてない? 何その詠唱?
あと、魔法陣が虹色でヤバい。単色の魔法陣しかこの世に存在しない筈なのにヤバい。
あとあと、魔力の質がヤバい。
「お、おいルス兄……これ大丈夫なのかよ!?」
さしものタナンも焦りを隠せないみたいだ。
「大丈夫だよ、二人とも。魔物を片付けるついでに壊霊までの道を平坦にするだけだから。…………あと、ストレス発散」
……ん? 最後なんて言った?
「さあ、見るがいい! これが理に従いながらも、精錬の極致の魔術……真理だよ!」
やけに高揚しているレーシャに突っ込んでくる、ベローズによって作られた魔物達。
魔物の影が目視できるようになった、その時。
「真根源氷土」
紡がれた、一筋の言葉。
頭が割れそうな程の魔力の奔流が爆ぜる。
刹那、耳を劈く轟音。視界を埋め尽くす白光。思わず神転して全ての感覚を遮断してしまうほどの衝撃。
……戦略兵器かな?
眼前に拓けたのは、一面平坦な凍土。跡には草木の影一つ見えない。
隣を見ると、タナンは呆けた顔をしていた。
「防御結界張ってたから、そんな構えなくてもよかったのに。……あ、ツルツルで歩きにくいから土に戻すね」
レーシャが手を翳すと、凍土は峡谷……いや、平野に戻った。
そして、彼女は平然と歩みを再開する。
「……これが、魔術の極致か」
「逆に言えば、これが理内魔術の限界ということだよ。更なる力を扱うには、理外魔術が必要となる。アルス君にもいくつか理外魔術を今度教えよう」
「おお、よろしくお願いします」
「よし、真っ直ぐ行けば壊霊だよ。さあ、行こうか」
「レーシャ……いや、レシャ姉か……」
タナンは正気を取り戻し、尊敬の眼差しを彼女に向けている。
……もうこいつ一人でいいんじゃないかな。
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たどり着いたのは、大穴。水音が轟轟と鳴り、穴に滝が流れ落ちている。
そして、その周縁に壊霊は立っていた。
「あら、追いかけてきちゃったの? 今お母さんの様子を見てたんだけど……仕方ない子達ね、ワタシが遊んであげる」
壊霊は振り向き、嗜虐的な笑みをこちらへ向けた。
しかし、気になる言葉が聞こえた。
「お母さん……とは?」
「まあ! ワタシったら紹介するのを忘れてたわ。ホラ、下を見てちょうだい?」
壊霊を警戒しつつ、滝が落ちる先を覗き込む。
──そこには、
「何だ、アレは……? 山……?」
大穴の底には、山を想起させる巨大な緑色の球体。其から感じ取る気配は尋常なものではなく、壊霊が作り出した魔物と似通った気配でありながらも、今までとは比べ物にならないほど大きい。
「彼女の名前はね、メイユーアって言うの。ワタシのお母さんなんだけど……病弱でね? いつも寝込んでいたんだけど、ワタシの『新生屋敷』で元気にしてあげたのよ!」
まさか……アレを、緑の球体を母と言っているのか?
やはり、魔元帥とはまともな話はできそうにない。一人の人間に数多の生命のパーツを継ぎ合わせて球体……メイユーアが作られたとしたら……考えただけでも悍ましい。
「おうおう、テメエ、壊霊! 俺と勝負しろや! テメエのきめえ言動、精神……何もかもがムカつくぜ!」
痺れを切らしたか、或いは壊霊の常軌を逸した行動に憤懣を覚えたのか、タナンが啖呵を切る。
「ええ、楽しみましょ? でも、三対一は不公平ね。……そうだわ、とっておきの子供たちがいるの! 一緒に遊ぼうねえ」
ベローズは楽しそうに笑い、大穴に飛び込んで行った。
「ふむ……新生屋敷、パーツを取りに行かなければならない……【領域】かな」
何やらレーシャは壊霊の言動を見て考え事をしているようだ。
「おまたせ。とっておきの二人を作ってあげるわ……」
上がって来たベローズが片腕でそれぞれ抱えているのは、二頭の竜の死体。一方は光竜、もう一方は邪竜。いずれも国すら滅ぼしかねない天災級の竜だ。高い知能を持つ故、人里を襲う事など滅多にないが……。
そして、竜達を取り巻くように浮かぶのは、大地獣、黒死鳥、半魚人……他にも強力な魔物達の死骸。
「まさか、あの魔物達を合わせるつもりか……!?」
「さあ、ワタシの家族になりましょう。『新生屋敷』」
竜と魔物の肉体が潰れ、砕かれ、分解される。
さっき見た光景と同じだが……その質は、悪い方に上がっている。
そして、新たな『闇』が二つ、生まれた。
これまで経験した中でも、最大の邪気。僕の全力を以てしても、一体の相手が限界かもしれない。
……クソ、どうする?
「それじゃあ、楽しみましょう! ワタシの二人の子供達と一緒に!」
戦いが始まる。
「盛り上がってるとこ悪いけど……アルス君にタナン君。恐らく、壊霊の神能『新生屋敷』は自身の範囲内の物質を破壊・分解して再構築する能力だ。二人は神族だから、破壊されても自己蘇生できるし問題ないね。死体が再び意思を持って動き出すプロセスは、混沌から秩序の因果への再編の副作用だ。……ああ、二頭の竜は私が遊んでおくよ。君たちは壊霊をお願い」
──レーシャは淡々と、そう告げた。




