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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
3章 壊れたココロ
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56. 激情、その核は

 激情。

 私のココロに渦巻く動力源。


 復讐しなければならない。


 狂刃を砕くその日まで、私の心臓の鼓動を止めてはいけない。


 強さを誇り続けなければならない。


 意志を鈍らせてはいけない。


『マリー、お母さんはあなたを愛してる……』


 母の今際の声が頭の中に響いて止まない。

 地に滲む母の鮮血。

 喚き立てる狂刃の忌々しき声。

 怒り狂い、刃に貫かれた父の背中。

 復讐の火を灯した兄の瞳。


 『悪い子』になったあの日の情景は、今でも鮮明に私の脳裏に焼き付いている。

 黒ずんだ昏く、碧いココロ。


 きっと、私が幸せになるには──


              ----------


『マリー、お兄ちゃんから離れないでね』


 物心ついた時から、兄はとても頼れる存在だった。頼んだ事は全てやってくれるし、周囲の大人からの評価も頗る高かった。

 劣等感など、幼心に抱きようもない。いつも訓練に明け暮れていたように見えたが、私の世話も、両親の手伝いもしていて、完璧な存在だった。





 そんな兄が、ある日消えた。

 海外へ留学へ行ったらしい。数日は寂寞を覚えたが、学校へ通い始めたばかりの時期ということもあり、すぐに忘れていった。それでも、両親は時折兄の名を出すので、再会する日を夢想することもあったけど。

 まだ私が五歳の時のことだったので、兄はなんだか凄い人、という印象だけを抱いたまま幼少期は過ぎ去っていく。


『マリー! 久しぶりだね、お兄ちゃんだよ』


 帰ってきた兄は、昔変わらぬ笑顔を私に向けた。

 どこか洗練された雰囲気を見に纏い、素人である私にも強大な魔力が感じ取れる。


 将来、霓天の家系を継ぐ者として。どこまでも立派になって戻ってきたのだった。

 この時、私が騎士を志すなんて微塵も思っていなかった。優しく抱き留めてくれる両親、毎日のように遊びに誘ってくれる友人。私はただ、幸せな日々を送る少女だった。


 しかし、そんな日常は脆くも崩れ去る。

 ゼロントの悲劇。五大魔元帥『狂刃』により、私の両親や一緒に避難していた人々は殺戮された。

 血の匂いに慣れたのは、その時からだったのかもしれない。その日の悪夢を見続けて、魂を削られ続けて、それでも私は歩みを止めなかった。支え続けてくれる人が、傍にいたから。


                                      ----------


 惨劇の後。私は騎士を志し、兄に師事して剣と魔術を学んだ。士官学校に入り、基礎の基礎から学び始めるのと並行して。

 神能を持つというだけで、英雄の末裔は常軌を逸した戦闘力を約束されたようなものだ。


『うん、踏み込みが甘いね。注意が剣先に向きすぎだ。この程度で霓天を名乗ったら笑われるし、騎士としても恥晒しだよ。……あ、ちょっと疲れたし休憩する?』


 だが、兄は厳しかった。……時折、甘さは見えたけど。

 その甘さもきっと私を叱責する為のものだったのだろう。


 ──まだ。

 足りない。

 強く、強く、強く、もっと強く、ただ強く。


 狂刃()を討つために。

 どんなに身体が悲鳴を上げようとも、とめどない殺意が、私を動かし続ける。

 怖かったのかもしれない。己の無力故に、霓天の名に瑕疵をつけることが。


『今はまだ基礎の段階だ。ああ、いずれは呼吸だったり、魔力の精錬とか……君がどこまで求めているのかは分からないが、教える時が来るかも?』


 修行を重ねれば重ねる程、兄の背は遠ざって。彼我の実力差は圧倒的で、追いつくことは不可能に思われた。幼少期から兄が血の滲むような鍛錬をしてきたことは知っていた。

 だから、どうにかして彼の足元に近づこうと私は決意したのだ。


 兄に教わったことは、戦いだけではない。


『昼食は何にしようか? あと、今日のおやつはアップルパイにしようと思うけど、どうかな?』


 亡き親に代わって、私の世話も焼いてくれた。使用人としてルチカさんが雇われるまで、兄は家事もしてくれて、傭兵の仕事を多忙な日々の合間を縫ってこなしてくれた。

 親を喪ったばかり、彼の心もひどく傷ついていたはず。けれども、悲しみの感情を表に出すことは無かった。昔と変わらない微笑みで、傍に居た。

 必死に堪えていたのだろう。私を慮って、悲哀を見せないように。


 憧憬に入り混じった、淡い期待。

 心も体も私よりずっと強い兄が騎士となったならば……父をも超える名声を得るのではないか。そして、彼の憎き狂刃を共に討ち取ってくれるのではないかという期待が沸々と湧き始めた。


 しかし、兄が騎士を志す兆候は見えてこなかった。

 騎士見習いとして士官学校に入学はせず、傭兵として活動することが大半で王城からの勧誘は全て断っている。

 研修は受けずに、十六歳で試験を受けて騎士になるのだろう、そう思っていた。



『マリー、色々と調べてみたんだけど……剣以外を使うって選択肢もあるよ。弓とかどうかな?』


 士官学校に入学してから二年後、兄はそう告げた。実際、その言葉に従って様々な武器を扱ってみると……弓が最適解だ。

 ……なぜ兄は私の適正武器が分かったのだろう?



『スピネ・リンマよ。あなたのお兄さんに頼まれて、弓を教えることになったわ。よろしくね』


 私は兄の元を離れ、聖騎士第六位のスピネ・リンマさんに師事することになった。……まさか聖騎士に教わる事ができるなんて、身に余る光栄だ。

 ホワイト家の屋敷に戻る事も少なくなったが、ルチカさんが屋敷周りは何とかしてくれるので問題ない。


『あなたの持つ才能は素晴らしいものだわ。まだ原石だけど……磨けば立派な宝石になる。アルス君も自分以上の伸びだって、褒めてたもの』


 新たな師から、そう褒められる。

 でも私の才能が兄以上なんてことは無い。神童と呼ばれた彼には遠く及ばない。

 努力が必要だ。


 誰よりも、強く。

 ……由緒ある霓天の強くなる理由が、憎い者を殺す為なんて聞かれたら……笑われるだろうか。


 ……それでも、構わない。


              ----------


 【蒼麗騎士】。

 いつしか私はそう呼ばれていた。亡き父は『蒼輝』と呼ばれていた。その名残らしい。見習い騎士では異例の称号獲得。

 数多の任務を熟し、私も自信が少しはついた。

 でも、まだ足りない。

 飽くなき渇望が、私を駆り立て続ける。まだ足りないんだ。狂刃にも、兄にも、師にも、『蒼麗騎士』は届いていない。


『マリー、アルスは最近……最近何してんだ?』


 ある日、父の友であった聖騎士のヤコウ・バロールさんからそう聞かれた。

 

 分からない。今でも傭兵は続けているが、依頼を受けるのは稀なようだ。私を養う必要もなくなって、今は何をしているのだろうか。


 私が時折家に帰っても、兄は居ない事が多い。ルチカさんに尋ねると、大抵はリンヴァルスへ行っているか、旅行に行っているという答えが返ってくる。

 ……顔を合わせたとしても、会話は殆ど生まれないけど。


『おかえり。最近、活躍してるんだって? 僕としても嬉しい限りだよ』


 ──理解不能。

 私は兄から、底知れぬ違和感を感じるようになった。

 あれほど力を求め、鍛錬に明け暮れていた面影はすっかり消え失せたかのように思えてしまう。それがいつからなのかは、分からない。


 彼が私に労いの言葉をかけるたびに、疑念は募っていく。ディオネでの兄の評価は下がっていくばかりなのに、どうして彼は気にしないのだろうか?

 挙句の果てには、私の方が兄よりも強いと吹聴する者まで現れ始めて。

 そんな事はないと、声を張り上げて否定したかった。

 ……でも、私の臆病で惰弱な心では、否定できなかった。自分の弱さを認めたくなかったから。







 ──疑念はゆっくりと、ゆっくりと……別の感情に変わっていった。


 周囲の期待から押しつぶされそうで、狂刃への殺意に駆られて、焦燥が私の身を焦がしていく。

 悶え苦しむその最中で。

 何も無い、日常の朝に見た。


 私と同じ、碧水のような瞳。

 垣間見た兄の瞳に、何の感情が込められているのか──それを微塵も理解できなかった時。胸中の期待が突然失せた。



 ココロを覆っていた黒ずんだ殺意と、碧色の憧憬が、ぼろぼろと剥がれ落ちる。

 表出したのは、




 恐怖。


 私は、兄に恐怖を抱いていた。


                                      ----------


 その事実を……あれほど好きだった兄を恐怖してしまったという事実を自覚した刹那、私は気づいた。


 ああ、私が幸せになるには──復讐を果たすしかないんだ。

 狂刃を殺せば、きっと……この恐怖も消えてくれる。


 

 

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