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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
3章 壊れたココロ
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55. 霓天のプライド

 見覚えのある流星が魔物目掛けて突撃した。


「タ、タナン!? なんでここに……」


 飛び掛かってきた犬の魔物を斬り捨て、緑髪を逆立たせたジャイルの子に尋ねる。

 彼は死骸を蹴り飛ばし、ニタリと笑った。


「よお、アルスだったか! あの後、お前の強さの秘訣を知ろうと思って追っかけたんだが……ディオネに居なくてな。街の人間にお前が依頼で出て行ったって聞いたから、そのまま走って来た!」


「そ、それはご苦労様……」


 なるほど。この男、胆力のある馬鹿だ。

 こういう人は付き合いやすくて好きだ。


「それで、やけに強えコイツらは何だ! 修行か!?」


「うん、修行だよ。わざわざ苦労して来てくれたんだし……そうだ! この魔物達、全部君に譲るよ!」


「マ、マジ!? ありがてえ、感謝するぜ!」


 一応修行にもなっているし、嘘ではない。


「がんばれ、タナン!」


「アルス君……ひどい」


 レーシャは冷ややかな目で僕を見てくる。

 彼を喜ばせてあげたんだから、ひどくない。


                                      ----------

 

 辺りは魔物の死骸で覆い尽くされていた。

 魔物を全て倒し終えたにも関わらず、タナンは疲弊した様子を見せない。


「うし……なんか呪いみたいなのが来たけど、弾いてやったぜ。いやあ、いい汗かいたぜ! ありがとよ、アルス……兄貴!」


「あ、兄貴?」


 僕はマリーだけのお兄ちゃんだぞ!

 ……まあ、良いか。


「それでアルス君、ベローズは追いかけるの?」


「ああ、もちろんだ。すぐに追いかけよう」


「お、なんだ! まだ強いのが居んのか!?」


 なんとなく話を聞いていたタナンが瞳を輝かせる。これは心強い。神族である彼が居れば、大きな戦力が見込める筈だ。


「うん、君も是非協力を……」


 その時、僕の声が遮られた。


「……お兄ちゃん!? なんでまだ居るの!」


「げ……マリー、帰ったんじゃないの?」


 たった今できた義弟を勧誘していると、実妹がやって来た。

 彼女は帰ったのではなかったのか?


「それはこちらのセリフです! もう立ち入らないように、って言いましたよね!?」


 マリーが凄く怒った時の表情で詰め寄ってくる。怒ってても可愛い。


「い、いや……今はその、緊急事態で……五大魔元帥の『壊霊』がここに居るんだ。このまま放置する訳にもいかないし、ね?」


「ッ……!」


 その言葉を聞いた途端、彼女の怒りは動揺に変わった。動揺の中には恐怖も混じっているようだ。

 やはり、五年前の出来事が未だに尾を引いているのだろう。彼女の胸中に渦巻く感情は測り知れないが……僕と同じように、報復を多少なりとも望んでいることは間違いないだろう。まあ、両親の命を奪ったのは『壊霊』ではなく、『狂刃』なんだけど。


「私も……」


 なにやら彼女は迷っているみたいだ。僕達に避難勧告をするべきか判断がつかないのだろうか。

 ここは僕から声をかけた方が良いだろう。


「大丈夫、壊霊は僕達が何とかする。そこの彼……タナンも手伝ってくれるし、遅れを取るつもりはない。この場はかなり危険だし……マリーは戻ってていいよ」


 魔元帥の力は未知数だ。化け物みたいに蘇生しまくる僕やタナンと違って、彼女の命は一つしかないのだから、むざむざ危険に晒す必要は無い。


「いえ……私も行きます……行かせて下さい!」


「……それは無茶だ。魔元帥は軍隊にも匹敵する力を持つ。命を落とす危険もあるんだよ」


「そんなのはどうでもいいですから……私に、機会をください!」


 マリーは食い下がる。

 でも、彼女には立場がある。小隊の隊長として、霓天の末裔として、正しい判断が求められるし、危険な状況に突っ込んでもいけない。


 逆に僕は傭兵としてこのシィーメ峡谷の問題を解決するという依頼を受けたのだから、責任を持って壊霊を倒さなければならない。


「……分かってくれ。君は連れて行けないんだ」


「ッ……もう、いい……!」


 震えていた彼女は、峡谷の奥へと駆け出してしまった。

 ──やってしまった。言い過ぎたかな……


「なんだぁ、アイツ?」


 タナンは走るマリーの背を見つめて呆気に取られている。レーシャもどこか困った様子だ。


「あの子は僕の妹で……まあ、魔元帥と確執があるんだ」


「どうする? マリーちゃんが向かったのは壊霊とは違う方向だけど……追いかけた方がいいかな?」


「いや……ブルーカリエンテ!」


 召喚魔術を行使する。呼び寄せるのは、この世界のどこかを放浪しているだろう悪魔。

 青の魔法陣が多重に積層し、辺りに蒼炎が奔る。


「……ブルーカリエンテ、契約に基づき参上した。何かお困りか? 我が使役者よ」


 現れたのは、僕に勝手に使役された青の悪魔だ。悪魔的な美しさすら感じる青年は、夥しい数の魔物の死骸を見ても表情を変えなかった。


「うわ、悪魔……」

「お、あん時の悪魔じゃねえか!」


 レーシャは忌まわしそうに眉を顰め、タナンは藹々と悪魔を歓迎した。


「向こうに行った僕の妹を守ってほしい。僕達は他にやらなくちゃいけない事があるから……頼んだよ」


「了解した。では」


 ブルーカリエンテは疑問一つ呈さず、峡谷の奥へ疾走していった。彼がいれば呪術の類も対策してくれる筈だ。


「アルス兄貴……いや、ルス兄。あのヤベー悪魔まで仲間にしたのか? 器が広いぜ!」


「ル、ルス兄か……まあいいや。さて、壊霊の元へ行こうか。レーシャ、案内してくれる?」


 レーシャへ視線を向けると、彼女は未だに可愛らしい顔でむすっとしていた。


「……りょーかい。しかしアルス君、悪魔はあんまり良いものじゃないよ?」


「うん、分かってるよ。まあ……どうにかなるさ」


「君がそう言うなら良いけど……よし、行こうか。こっちだよ」


 レーシャを先頭に、僕達は壊霊の居場所へと歩みを進めた。


              ----------


 マリーは足場の悪い峡谷をひたすらに走っていた。

 思えば、魔元帥がどちらへ居るのかも分からない。しかし、彼女は走るしかなかった。


「どちらへ行かれるのです?」


「!?」


 その男は、音もなく傍に居た。

 青い瞳と髪、自然体で人を見下すかのような視線に、マリーの本能が警鐘を鳴らした。


「……何者ですか」


「失敬。私は月世界(アスガンド)の悪魔、魔界伯爵のブルーカリエンテ。我が使役者の命により、貴方の護衛を任じられた。以後、お見知り置きを」


「悪魔……!?」


 法により禁じられた呪術により喚起される存在。

 強大な力を持ちながらも、それを御するのは至難の業であり、契約者は自身の破滅を覚悟しなければならない。


「使役者とは……いったい誰なの?」


 壊霊か、それともその協力者か。だが、そうだとしたらマリーを守れと命令した意図が分からない。


「たしか、貴方が妹だと言っていたな」


「まさか……兄が悪魔の喚起を……」


「いえ、呪術で私を喚んだのは貴方の兄ではない。契約者が死んだところを再契約した」


「でも……悪魔の使役はこの国では罪となります。悪魔は、契約者に破滅を齎すと言われていますから」


 もしかしたら、目の前の青き悪魔にアルスが滅ぼされるかもしれない。たとえマリーの身を、一時的にとはいえ守ってくれる存在であっても……看過はできない。


「ふむ、貴方は兄が私に殺されることを危惧しておられるな。だが、あの者は私には滅ぼせない。たとえ全力を出したとしても」


 その言葉に、マリーは軽い衝撃を受ける。

 この悪魔は圧倒的な強者の気を放っている。明らかに己より格上の存在でも、兄には届かない。その事実は、ずっと追ってきた兄の背中が遥か彼方へと遠のいてしまったかのようだった。


「…………」


 青き悪魔は、何も言わず側に佇んでいた。

 ただ守るということが使命である以上、マリーがじっとしていても何も言わないのだろう。


「私は……結局、守られているのですね」


 歩みを再会する。砂利道を進みながら呟く。


「……うん? 貴方はまさか、我が使役者に劣等感でも抱いているのですか?」


 そうじゃない。

 抱いているのは、マリー自身もよく分からない複雑な気持ちだ。尊敬、憧憬、嫉妬。劣等感だってもしかしたら少しは混じっているかもしれない。


「いえ……気にしないで下さい。私は、あの人には敵いませんから」


 幼い頃より神童と呼ばれ、何事も完璧に熟してきた兄とマリーは違う。そう思い込んでいた。

 今回も恐ろしい敵を相手に、マリーは足手まとい扱いされていた。きっと彼から見れば自分は塵芥のようなものなのだろう。


「敵わない……? それは、大きな間違いだな」


 ──だが、悪魔はそれを否定したのだった。

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