194. 復興
レアとの面会後、アルスは楽園へと帰還。
かつては創造神が愛した土地は破壊神により荒廃してしまった。
破壊神が滅んでからおよそ二十年の時が経ち、徐々にかつての光景を取り戻しつつある。木々や花を育て、川を浄化し、崩れた神殿を組み直し……
「ふうー……よし、今日の仕事は終わりだ! お前らもおつかれさん!」
神殿の玉座に座るジークニンドは額の汗を拭って笑顔を浮かべた。
現在、楽園を復興しているのはアルス、サーラ、ダイリード。ナリアとフェルンネは復興というよりも自らの研究に没頭している。
今はジークニンドが創造神の代わりに玉座へ座っている。しかし、楽園の面々は人助けの活動を行っていない。「もはや神の手助けは人類には不要」と判断したためである。
「あーつかれた! 私、はやく家帰って寝るー!」
サーラは本日の作業を終えるや否や帰路につく。一日中ずっと楽園を覆う海の浄化を行っていたので相当疲れているはずだ。
一方でアルスはひたすら木々の枝を矯めていた。ダイリードは海岸線の防波堤を直し、ジークニンドは……寝ていた。
「ジークニンド、汝はもう少し働いてほしいのだが……」
「まあまあ、ダイリードさん? 五千年間、精神世界で引き籠りやってた俺がまともに働けるとでも? それに楽園だってかなり綺麗になってきたし……そろそろ観光地としてオープンするかな」
復興を始めた当初は他国が侵略してこないか懸念があったが、鳴帝が守る地ということもあって侵略はされなかった。
そこでジークニンドは楽園を観光地として開く予定だ。
楽園と観光地とすることについては意見が二分している。
否定派のダイリードとサーラ、肯定派のアルスとジークニンド。否定派曰く、楽園を観光地として人々に見せると資源の豊富さに目を惹かれ、侵略の危険性が高まるというものだった。
対して肯定派は人の善性を信じ、この楽園がいつまでも美しい自然として残り続けることを夢見ている。
どちらの言い分も筋は通っている。だからこそ難しい問題だ。
「……まあよい。我も明日に備えて準備をしよう」
ダイリードは納得しているわけではないが、渋々神殿を後にした。
彼は思い出の地である楽園が壊されるのが怖いのだろう。
「……ジークニンド。ダイリードとサーラの気持ちを考えるのならば、この楽園は人目に触れさせるべきではないのかもしれない。それは分かっているな?」
「もち。だからまあ、最初は数人くらいを招致して様子見だな。創造神の加護がなくなった今、この楽園もタダで維持できるわけじゃない。整備するには金だって必要だし、金を稼ぐためには人を呼び込む必要がある。俺だって色々と考えてるのさ」
そうだ。楽園を維持するには外部からの援助を受けなければならない。
アルスが加護を齎せる今ならばともかく、何百年と豊かな自然を継続させる予定ならばなおさらのこと。
「楽園の管理者は君だから、すべて君の判断に委ねるが。あまりダイリードとサーラを傷付けないでやってくれよ」
「分かってるって。じゃ、また明日!」
~・~・~
アルスは楽園南東部にある家に帰宅する。
例にもれず彼の家も粉々に壊れていたが、がんばって昔の姿を再現して再築した。
ふう、とため息とついて家の扉を開けようとした瞬間──
「……?」
違和感があった。何かの気配がしたのだ。
しかし周囲を見渡しても人影はなし。
(ああ、そうか)
彼は右へ向き、真っ赤な果実が実った木を見つめる。
じっと。
「……」
じーっと。
「…………」
凝視し続けた。
やがて重圧に耐えかねたかのように、りんごを持った少女が顔を出した。
「こんにちは、レーシャ」
「こんちゃ」
昔のアルスであれば、レーシャと相対することに恐怖していた。
しかし今は恐怖はない。自分が愛した別世界のレーシャとは完全に別の、赤の他人。そう割り切ってしまえば良いだけのことだったから。
「林檎は好きなだけ持っていくといい。何か困ったことがあれば言ってくれ」
「あっはい……」
彼女はアテルの器という使命から解放された。創世主という概念は潰え、器となっていた少女は因果から解放され。
今はただの人間のレーシャと、ただの神族のアテルが世界に存在しており、二人は瓜二つの姿をしている。アテル側がレーシャの姿を気に入って容姿をコピーしているのだ。
「あの、イージア。アテルから話はぜんぶ聞いてるよ。私を因果から解き放ってくれたのは君……なんだよね?」
踵を返したアルスの背に、レーシャは問いかける。
彼はしばし答えあぐねていたが、やがて振り返って笑顔で答えた。
「因果を消滅させたのは、私だけの活躍によるものじゃない。ノアやAT、アビスハイムなど……たくさんの人の協力があってこそだよ。うん……君が自由になれてよかった。どうか今後の世界を謳歌してほしい。これまで自由に生きられなかった分も含めてね」
完全に割り切っていた。
アルスはレーシャとは極力関わらないよう、ただ幸福を祈るのみ。本心と欺瞞を織り交ぜた言葉を投げて彼は再び背を向けて歩き出す。
「……ノアから聞いたんだけどさ」
再び彼の足を止めたのはレーシャの言葉。
「私は別の世界線で、君の恋人だったらしい」
「……そうだな。だけどこちらの世界の君とは関係ない。私の故郷の世界は滅び、もう帰ることなどできないのだから」
「でも、君の恋人のレーシャは生きてるんでしょ?」
「…………」
沈黙は肯定。たしかに共鳴がつながっている以上、今も滅んだ世界でレーシャはアルスの幸福を祈っている。
だから何だと言うのか。もう帰ることはできないのに。
彼はやがて邪剣の魔人と共に消えるのに。
「私、イージアのことはよく分からないけど。優しいひとだと思うから。ええと……私もいろいろ、がんばってみるね!」
一方的に言葉をぶつけてレーシャは走り去って行った。
手にはかじりかけのりんご。
「な、何をがんばるんだ……?」
よく分からないが、とりあえずがんばってくれるらしい。
アルスは首を振って家へ戻った。
ジークニンド〔神代103/後211〕
またの名をクロイム。破壊神を討伐し(神代5317), 神代後の楽園を復興した英雄である。管理していた十二の神能, および神器の六花剣は因果消滅と共に喪失。以後は創造神の意志を継いで楽園の維持に注力した。サーラライト国女王シレーネとは旧交があり, それゆえの確執は後年の創作物に大きな影響を与えている。
ダイリード〔神代55-〕
ジークニンドと同じく, 創造神ナドランスに創られた生命体。神能消失前は巨大な獣へ転身する力を持ち, 創造神の手足となって人々を助けていた。かつて『光神』と呼ばれていた彼は, 破壊神の騒乱以降『邪神』と呼ばれ蔑まれることになる。破壊神の死と共に更生し, 楽園紛争時(後211)までは己の罪を悔いるように人助けを再開する姿が見られた。




