192. 堕ちゆく神
神域。
三大陸の中央に位置する、絶対不可侵の神々の領域。
中央に在る龍神の神殿では、今日もうなり声が響いていた。
「だぁーっ! わかんねー!!」
タナンは頭を抱えてペンを放り出す。
彼は親である龍神から歴史の教育を受けていた……が、ダメ。
「……今日はここまでにしておくか」
「いーや! まだやるぜ!」
タナンは考えること自体は得意なのだが、集中力が続かない。とにかく体を動かしたい性質なのだ。
頭のキレは良いので、自分を超えるポテンシャルはあると龍神は踏んでいるが……まだまだ立派なタナンを見れるのは先になりそうだ。
「なあ親父、歴史って何の意味があんの? 数学とか理科は分かるけどよ」
「ふむ……極論を言えば、二つの側面からの見方がある。因果消滅以前と以後。我ら神族が人の歴史を編み、標となっていた時代と……」
「あーそういうめんどくせえのはいい。簡潔に言ってくれ」
「……神はこれからの時代、不要となる。汝には神としてではなく、一つの人権を持つ者としての教育を施しているのだ。いわば一般教養だ。歴史をただしく知る者がいなければ、人の世は過ちを犯す。とはいえ、歴史から過ちを学ぶという通念もそこまで役に立つことはないが……」
因果の消滅によって、神々の力は大きく減衰した。
龍神もタナンに神族としての責務を背負わせるつもりはない。ただし、生きるために最低限必要な知識と教養くらいは親として叩き込むつもりだ。
「まあ、そうさな。俺だって賢くはねえが、過ちは犯さない。だけど世の中には賢くても過ちを犯す馬鹿がいる。そういう奴らはたぶん……自分の行いが最終的にどんな結果を引き起こすのか知らねえ。なぜなら歴史を知らないから……ってことだろ?」
「然り。汝も多少は自分の頭でものを考えられるようになったか。親として鼻が高い」
「へっ……俺は親父とは違う道を歩く。将来、親父みてえな立派な神になるつもりはないけどな……人を助けるって考えは悪くねえと思う。その為には知識も必要だから俺は勉強する」
──それでいい。
龍神ジャイルは表情にこそ出さないものの、心中で微笑んだ。
~・~・~
一方、神域の外れでは。
「これがデヴィルニエさんのお墓で、こっちがメアさん。それでこれがネガットさん」
天神ゼニアが無数の墓標の中を歩いていた。
彼女の視界に映るのは、せっせと石を創造する純白の少女。
「アテルさん、もう三日間ずっとお墓を作り続けていますよ。そろそろ休まれては?」
「私に休息など必要ない。それに……これは私なりの贖罪でもある。私が創世主然として裁きを下した神々。彼らは私を憎悪している。この程度で罪滅ぼしができるとは思わないけど……墓はすべての神族に対して建てる」
ゼニアとしても複雑な心持だ。
かつての同胞だった神族は、そのほとんどがアテルによって粛清されてきた。ゼニアもまたアテルに裁かれることを畏れてきたし、他の神々だって同じ恐怖を抱いていたのだろう。
しかしアテルを責めることはできない。「そうあれかし」と旧世界の管理者により創られたのがアテルだ。セティアが融合しない限り、心を持ってはいけないと定められた存在だ。
しかし彼女はいつしか世界に愛を抱いていた。自分が創った世界を愛するあまり、神々に対して過剰な重圧を与えていたに違いない。
「まあでも、【棄てられし神々】の一件は壊世主が神々の心を邪悪に染めていたから起こってしまったのです。本来の神族は……誰もアテルさんにそこまでの恨みは持っていなかったと思いますよ」
虚神デヴィルニエだって蘇ってアテルに激情をぶつけたが、世界を滅ぼそうとするほどの憎しみではなかった。あくまで憂さ晴らし程度のもの。
ルミナが暗躍して神々を狂気へ導かなければ、きっとバロメもメアもクニコスラも世界を滅ぼそうとするほどの憎悪は抱いていなかったはず。
「……そういう問題じゃないんだ。私は……私が創世主であったことを否定し、新しい世界の幕開けを告げるために墓を建てている。やがて……やがてこの墓の数々も、ええっと……忘れじの碑のように存在意義をなくすけれど……たしかに神という守護者は存在した。……という事実を刻むだけ」
アテルは上手く言葉にできず、とぎれとぎれに本音を吐露した。
まだ自然に振る舞うことには慣れていない。超越者然とした口調が抜け切れておらず、それがゼニアにはどこかおかしくて笑ってしまった。
「ふふっ……そうですね。一緒に新しい世界を見届けましょうか。ずっと私たちが護り続けてきた世界が、神々の手を離れてどこへ向かうのか……今から楽しみです」
龍神ジャイル〔神代元年-〕
創世と共に存在を確立した神の一柱。因果消滅と共に地上に確認されていた龍神, 天神, 地神, 海神はすべて活動を停止。人々に恵みを与えることはなくなった。しかし人々は偉大なる神々への畏敬を忘れず, 神域を神代後も絶対不可侵の領域と定めた。四神の存在消滅は確認されておらず, 以降の活動は明らかになっていない。
タナン〔神代5233-〕
正体不明の武人。時折世界各地の武道場やバトルターミナルに訪れ, あらゆる挑戦者を返り討ちにしていく。長い時を生きても老化することはなく, 彼は自らの正体を魔族だと語っている。後211年の楽園紛争時, 収束へ大きな役割を果たし, ゲンペルト平和賞を受賞。
アテル〔神代元年-〕
彼女の情意は世界を見つめ続けた。
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