191. 霓天の家系
ホワイト家。
四英雄の一つ……『霓天』の血筋を引く家系にして、ディオネの至宝。
当主はディオネ聖騎士、マリー・ホワイト。
若き頃より武勇を誇る国の守護者である。
「ご主人様、アルス様より連絡が」
使用人はルチカ・ツァイト。昔はアルスを主人として仕えていた彼女だが、今の主人はマリー。元より彼女はホワイト家に仕え続ける予定であったので、長い旅を続けるアルスには追従することができなかった。
「お兄ちゃんから……久しぶりですね。なんと言っていましたか?」
「五分後に帰宅予定だそうです」
「え゛」
マリーは頭を抱えた。
兄はいつも突発的に帰ってくるから困る。今回は五分前とはいえ、事前の連絡があるからマシな方だ。
「……わかりました。ルチカさんには悪いですが、客室の掃除を……」
「こんにちは! ただいま二人とも!」
マリーの言葉を遮って、執務室の窓から兄が飛び込んで来た。
五分後でもないし、玄関からの帰宅でもない。意味が分からない。いったい誰に似たのか……と問われれば彼の師匠に似てしまったのだ。
「お帰りなさいませ、アルス様」
ルチカは眉一つ動かさずにペコリとお辞儀。
さすがに元主人の奇行には慣れている。
「ルチカさん、よく冷静でいられますね……私だったらブチ切れてますけど。あのさあお兄ちゃん……いいえアルスさん。子どもじゃないんだからもう少し落ち着きというか、まともな礼節というか……」
「そうだね。僕よりも、まだマリーの子どもの方が落ち着いている。……ところでミルラちゃんはどこ?????」
「あの子は一階ですけど。あまり怖がらせないように」
マリーは結婚し、第一子である娘を生んだ。今は三歳のミルラ・ホワイトである。娘の愛くるしさのおかげでアルスの帰宅頻度も増加し、最近はホワイト家がさらに騒がしくなっている。
マリーが結婚すると聞いて兄が猛反対した時はどうなるかと思ったが、最終的には丸く収まった。……というのも珍しくルチカが激怒して兄を叱ったからだ。あんなに怒気を発したルチカは初めて見た。
アルスは意気揚々と一階へ向かっていく。
彼の背を見つめながらマリーは嘆息した。
「……相変わらず老けない人。どうなっているんですかね」
「……」
ルチカはアルスが神族であり、老化しないことを黙っていた。
彼女はアルスから、あと数年でホワイト家への帰宅はやめにしようかと思っている旨を聞かされている。マリーの子どもが年を取らない叔父を不気味に思う可能性も考慮してのことだ。せめてあと数年は家族と過ごしたい……そんなアルスの想いをルチカは尊重していた。
~・~・~
「ミルラちゃん! こんにちはー!!」
ハイテンションに幼児へ接近する彼の様相はまるで不審者。
熊のぬいぐるみを抱きかかえていた少女は、笑顔で彼を迎え入れた。
「あっ、りんごのにおいのおじさんだ!」
「りんごの匂いのおじさんだよー! 今日はミルラちゃんにプレゼントだ。はい、どうぞ」
プレゼント袋から出てきたのは、おままごとのおもちゃ。
マリーが幼少期に好きだったので、娘のミルラも好きだろうという案直な考えのもとに選ばれた。
「わーおもちゃだ! ありがとうおじさん!」
「欲しいものがあったら何でもおじさんに言うんだよ? お母さんはケチで買ってくれないからね」
「うん!」
なんと娘は母親がケチであると認めてしまった。
後ろで会話を聞いていたマリーは苛立ちながらアルスを娘から引きはがす。
「ちょっと、あんまりミルラに与えすぎないで。物を大事にする精神を培わないといけないので」
「だから……マリーが与えすぎないから、僕がつり合いを取っているんだ。バランスだよヴァランス。施しの僕と簒奪のマリーね」
「うっざ……子どもをかわいがりたいならお兄ちゃんも結婚すれば?」
正論がすぎるマリーの言葉。
ただしアルスは結婚などしない。人類のすべてが庇護対象であり子どもであるという創造神ムーブを継承しているのだ。
「僕はいいや。で、ミルラはどこの学校に進学させるか決まった? 不良生徒がいない学校にしなよ? 学費は僕がぜんぶ出すから」
「いや、まだ入学まで三年ありますし……別に学校なんてどこでも良いと思いますけどね。可能な限り良質な教育環境を構築したいですが、本人の適正とかもあるし」
マリーには娘を騎士に就かせようという意志はない。ミルラ本人が望めば別だが。子どもに関して、彼女は進路を強制する気はなかった。
霓天の重荷を背負わせる悪習は自分の代で断ち切ると……マリーは決意したのだ。
「なるほどね。まあ僕の口座のお金、全額マリーの口座に移しておくから。教育費に使ってくれ」
「……いや、結構です」
まるで最近の兄は身辺整理を行っているようだ。
マリーは不安を感じ取ったが特に言及することはない。兄がホワイト家と乖離しようとしている意識はずっと昔から読み取っていたから。
~・~・~
夜更け、マリーとミルラが寝静まった頃。
アルスはかつての使用人を呼び出した。
「悪いね、ルチカ。君も忙しい中で急に帰ってきて」
「いえ、ここはホワイト家。アルス様のご自宅です。いつでもお帰りくださいませ」
ルチカの温情には痛み入る。
その上でなお、アルスは彼女に頼みごとを重ねなければならなかった。
「で、尋ねたいには君の今後について。今はマリーの使用人という雇用形態だが、さらに先はどうする? 君は魔族だからずっと生き続ける。マリーが死んだ後は?」
アルスはずっとずっと先の未来を見据えている。
見据えた上で、現在に蒔ける種を残す。
「私はずっとホワイト家の使用人として仕えようかと考えております。無論、今後の当主様が許せばの話ですが」
「うん、そうだよね。君になら安心して血筋を任せられる。僕がマリーの結婚に異を唱えた時も、しっかり僕を叱ってくれたし」
ただ追従するだけではなく、家全体のことを考えてくれる。
ルチカはホワイト家に必要な使用人だ。
「で……もう一つ、お願いしてもいいかな」
「なんなりと」
「たまにはレアの様子を見にいってあげてほしい。彼女、掃除が苦手だから部屋がすぐに汚くなるんだ。もちろん僕が掃除に行けるなら行くけど……いつまでもレアの面倒を見ていられるわけでもないから」
あと何十年かは、アルスもだらしない始祖に構ってやれる。
しかし……少なくとも百年後には。レアの傍にも、誰の傍にも居てあげられない。
ルチカはレアが心おきなく語り合える、数少ない友の一人。だからこそ託したい。
「はい、元よりそのつもりです。始祖の宮殿が雑草まみれになる周期は把握していますので。定期的に会いにいきます」
「ははっ……それは頼もしい。じゃあ、よろしく頼むよ」
アルスは手を振って、そっと窓から夜闇へ抜け出す。
彼が帰るのは何か月後か、何年後か。或いは……
再びの帰宅を待ち、ルチカはホワイト家へ仕え続けた。
マリー・ホワイト〔神代5302/後62〕
父にヘクサム・ホワイト, 母にナニラ・ホワイト, 兄にアルス・ホワイトを持つ。ディオネ神聖王国の聖騎士にして, 高名な精霊術師。両親の死を契機に見習い騎士へ就職(神代5310)。騎士就職への意欲が低い兄とは対照的に, 非常に勤勉な姿勢で国へ貢献したとされている。リシュ親神国においては両親の仇である死帝を討伐する快挙を達成(神代5317)。後6年以降, 兄アルスが失踪。しかし通信を送ると必ず返信はあり, 少なくとも後52年までの兄の存命は確認されている。以後もディオネにおいて多くの功績を挙げ, マリー・ホワイトは歴代最高の霓天と呼ばれた。




